ごみ屑令嬢は婚約破棄されたあなたにとらわれる
もちづき 裕
第1話
私って本当にこの両親の子供なのかな?
なんて思ったこと、少なからず一度や二度はありませんか?
物心ついた時から、父と母、そして妹がいたけれど、どうしても違和感を感じずにはいられないんです。
「お父様は私のことが嫌いなの?」
「こんなにアラベラの事を愛している父に向かって、疑問に思うこと自体が信頼関係を損ねる行為だよ」
「お母様は私のことが嫌いでしょ?」
「まあ!そんな事を言われるなんて心外だわ!」
「オリビアは姉である私が嫌いでしょ?」
「私は嫌いなんて言わないわよ!」
嫌いではないと言いながら、大好きとは決して口にしない。
ただ、疎ましい存在だというように見つめて、家族の絆から排除する。
そうして十八歳まで成長することになったのだけれども、
「さあ、見てごらんなさい。アティカス様からの手紙にも書いてあるでしょう?貴女のようなふしだらな女にはうんざりだと、貴女のような女ではなく清純そのものの妹であるオリビアに癒されたいのだと。貴女は自分には相応しくないのだから、ここで婚約を破棄して、オリビアと新たに結び直すと書いてあるでしょう?」
嬉々とした様子で、別れを切り出す婚約者の手紙を私の目の前に差し出す両親の姿を見つめて、私の違和感は最高潮となったのだ。
「オルコット伯爵家はオリビアと結婚したアティカス殿は継ぐ事になる、その事についてはアビントン侯爵とも話はついている」
私には6年の付き合いになる婚約者が居た、その婚約者との結婚も間近という今、この時に、婚約者は妹へ乗り換える事を周りの全ての人間が認めたらしい。
「私とアティカス様が結婚するというのに、毎夜、何処の男と関係を結んでいるかも分からないお姉様が親族として参列する事は許されない事じゃないかしら?」
頬を膨らませて訴える可愛らしい妹の声に、両親は頬を綻ばせた。
「ええ、本当にそうよ!オリビアの言う通りだわ!」
「アラベラ、ふしだらなお前を伯爵家から追放処分とする。今すぐこの家から出ていくように」
「男の友達が多いお姉様なら泊まる場所には困らなそうね!」
「ああ!本当になんて汚らわしい娘なのかしら!さっさとこの屋敷から出て行ってちょうだい!」
母のヒステリックな言葉と共に、家族が集うサロンから追い出された私、アラべラ・オルコットはため息を吐き出した。
きっと最初から、婚約者のアティカス様は妹のオリビアと結婚する予定で居たのでしょう。
両親が私の目の前に差し出したアティカス様の手紙は間違いなくアティカス様の筆跡でしたし、アティカス様は私よりも妹のオリビアと話が弾むのはいつものこと。
アティカス様は、もしかしたら、私の事が好きなんじゃないかしら?
なんてことを考えていた過去の私を殴ってやりたい。
ああ・・本当に・・・
「お嬢様、なんて真っ青な顔!具合が悪いんじゃありませんか?」
ふらふらとした足取りで自分の部屋へと戻ると、私の部屋のベッドメイキングをしていたメイドのコリンナが驚きに目を見開きながら私の方へと駆け寄って来ました。
「私ね、アティカス様に婚約を破棄されたみたい」
「は?」
「ほら、アティカス様のお兄様のサイラス様がキャスリン様と逢瀬を続けているというでしょう?だから、アティカス様がオリビアと結婚する事で伯爵家を継ぐという形で話がまとまるみたい」
「それではお嬢様は?」
「私は今すぐ、この家から出て行かなければならないの」
太ったコリンナの姿が歪んで見えるのは、私の涙が頬をこぼれ落ちているから。
「私が夜毎に男性を誘惑して歩き、一晩の恋を毎日のように相手を変えながら楽しんでいるっていう噂が広がっていたでしょう?そんなふしだらな私が親族としてオリビアの結婚式に参列するのは許されないのですって」
「そんな根も葉もない噂を?本当にご主人様たちは信じ込んでいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうよ。醜い私は満足に社交にも出させてもらえていない状態だというのを分かった上で、噂を信じて、その話に乗っかっているのよ」
両親が美しい妹と私を差別しているのは物心がついた時からわかっていました。
私を見ると嫌悪感を露わにする両親や妹とは自然と距離が出来てしまい、私は自分の部屋に引き篭もる日々が続いています。閉塞された日々に倦んだ私は、メイドのコリンナが居なければ、自分の命を断つ事も考えたでしょう。
「お嬢様、出ていけと言われたのなら出ていけば良いのですよ」
私の涙を拭いながら笑顔を浮かべるコリンナは、私にとってお姉さんのような存在であり、心の拠り所でもありました。
「私もメイドの仕事は辞めるので、一緒に私の家に行きましょう?」
「コリンナの家?」
「王都から少し離れた田舎町にあるんですけど、空気は良いし、とっても住みやすいんですよ?オルコット家を出るのならお嬢様はもう自由という事ですので、これから私と一緒に自由に暮らしていきましょう?」
コリンナの家は豪農で資産もそれなりにあるという事で、コリンナは行儀見習いとして伯爵家に来たのですが、やっている事は完全なる下働きです。お金を積んで伯爵家に来たというのに下級メイドとしてしか扱われないコリンナが、辞めずに伯爵家に残ってくれたのは私を憐んでの事ということには気が付いていました。
「はあ、お嬢様が一緒なら私もようやっとここを辞められますよ。追放してくれたご主人様には感謝をしなければなりませんね」
「まあ・・そうね・・そう考えれば良いのよね・・・」
「アティカス様からはお手紙だけだったのですか?」
「ええ、そうなの」
「本人から直接婚約破棄を宣言されたのではなく?」
「お手紙を頂いただけだわ」
捨てる予定だった婚約者の私とは、顔を合わせる必要もないという事なのでしょう。
「うーん、そこの所も私に任せていただけませんか?」
「任せるっていうのは、何を任せるのかしら?」
「全てです、落ち着くまでの全てを私に任せてくださいませんか?」
「ええ、もちろん、コリンナの負担にならなければだけれども」
コリンナにっこりと笑うと、早速私の荷物をまとめる作業に入りました。
私の荷物をまとめると言っても、本当に大した物などありません。
パーティーには婚約者であるアティカス様がドレスを送ってくださいましたが、パーティーが終われば母に回収されて、二度と見ることはなかったのですから、ドレスの一着すら手元にないような状況なのです。
「コリンナ、迷惑をかけると思うけどよろしくお願いします。私もなるべく早く、自分一人で生計を立てられるようにするつもりなので、それまではお世話になりますわ」
「ええ!ええ!全てはこのコリンナにお任せください!」
ドンと自分の胸を叩くコリンナを見つめて、私はできる限りの笑みを浮かべたのでした。
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