第3話
こうなる事は、かなり前から分かっていたような気がします。
オルコット伯爵家から追放される未来は決まっていた事なのでしょう。
「誰の目にも触れさせず、君を幸せにするのが僕の夢なんだ」
婚約者だったアティカス様は、私がゴミ屑令嬢と呼ばれているのを知っているので、周りからの悪口に心引き裂かれない未来を思い描いてくださったのかもしれません。ですが、今や伯爵家を出た身ゆえ、どうでも良い話といえばどうでも良い話になりますね。
「セグロ商会の方からの伝言なのですが、お嬢様の作品がレンフィールド公爵夫人の目に止まったとの事でございまして、今後、公爵夫人から仕事を受けることになるだろうと」
「まあ!レンフィールド公爵夫人ですって!」
レンフィールド公爵夫人は社交界のトップに名前があがるほどの人物です。あまりに大物の名前が出てきた為に、胸がドキドキしてきました。
「娘さんが隣国の公爵家に嫁ぐことが決まっているので、お嬢様の作品を是非とも持たせたいと、そう仰っているそうですよ?」
「まあ!ジュリエット様はお輿入れをされる年齢になられていたのね!」
公爵家の令嬢とお顔を合わせたのは私がまだ六歳の時の事でしたが、あの時も天使のように可愛らしいお嬢様だったので美しく成長していることでしょう。
「ウェディングベールも良いけれど、常に身につけられるような小物か何かで、結婚を意識した寿ぎの図案を入れたものも良いと思うのだけれど」
図案の紙を何枚も机の上に広げていると、コリンナがため息を吐き出しながら、
「お嬢様も、今頃は結婚の準備に忙しくしていたはずでしたのにね・・・」
と、寂しそうに言いました。
家に居場所がなかった私は自分の部屋に閉じこもってばかりの生活を送っていましたが、部屋にいる間は、内職でお金を稼ぎ続けていました。
この世界に魔法の力が消失して千年近くが経ったといわれていますが、その力の片鱗は今でも残っているのは間違いようのない事実です。
魔法陣を使って創造をする錬金術師の力もそうですが、私の体に残される加護の呪印も太古の力の一つと言われています。加護の呪印といえば仰々しいように感じますが、その力とは、お守りを作る程度のちっぽけな力。
刺繍やレースに力を施すとちょっとした加護が付与されるため、お守り代わりに買う人が多いのです。
私は十歳の時から刺繍したハンカチをセグロ商会に売っているのですが、家を出てからというもの、かなり大物にも手を出してお金を稼いでいるような状況です。
つい一週間前には花嫁のベールを作成し、かなりの値段で取引しています。きっとその加護付きのベールを見て、公爵夫人も発注を考えてくれたのでしょう。
「結婚なんて夢のまた夢よ・・・」
家を出て八ヶ月近くとなりました。
こんな私でも結婚したいと言ってくれる人も現れたのですが、どうやら私には命を狙ってくるような人が居るようで、自分の結婚など到底考えられません。今でも護衛の男の人を二人も雇っているような状態なのです。
始めはコリンナの実家にも身を寄せていたのですが、不審な人物を見かけるようになって住まいを移動する事になったのです。
今も移動を続けているような状態なので、落ち着かない日々を送っています。
護衛の人やコリンナを養うだけの金銭は稼がなくてはなりませんし、セグロ商会から頼まれる仕事もあるので、今はまだ、生活に困るような事もありません。ですが、今後はどうなるかが分かりません。
この国を出ることも考えていますが、国を出たから安全という事になるのかどうかが分かりません。
「お嬢様・・・」
「なあに?」
「お嬢様にお客様です」
どれほど仕事に夢中になっていたのだろう。
すでに日が暮れかけていて、狭い部屋の中が夕闇に染まり始めています。
小さな漁師町にある小さな空き家を借りて今は住んでいますが、来月には町を移動する予定でいます。
この家の場所を知っているのは商会の人くらいしか思い当たりません。
「私にお客様?商会の人かしら?」
まさか、私の命を狙ってくる人ではないと思うけど。
様子がおかしいコリンナが扉を大きく開けると、旅装姿の男性が部屋の中へと入ってきました。
へーゼルの瞳が私をとらえると、仄暗い瞳に殺意が混ざりこみ、ゆらめいた瞳の奥が怪しい瞬きを繰り返す。
鋭い殺意を向けられた私は、思わず持っていたペンを落としてしまいました。
「アティカス様?」
私の元婚約者、私たちの婚約が決まったのはお互い十二歳の時の事でした。
かれこれ6年の歳月が経過したことになるわけですが、彼にこんな殺意を向けられるのは初めての事です。
「ああ・・・」
子供の時には猫背だったアティカス様は、大人になるに連れて背も伸びて男らしい体格となり、ヘーゼルの瞳が叡智を讃えるように瞬く姿は、人を魅了せずには居られないわけです。
お兄様のサイラス様は本当に顔立ちが整い過ぎた方なのですが、私は、弟のアティカス様のお顔の方が好きでした。
コリンナの顔が、血の気を失って真っ青になっています。
ああ、護衛の方々は無事でしょうか?
生きているのならば、皆さんの命乞いをしないと。
「アティカス様・・・アティカス・・・」
「アラベラ、ようやっと会えた」
殺される事を覚悟した私が自分の首を差し出すつもりでアティカス様を見上げると、アティカス様は私を抱きしめて、私の髪の毛に顔を埋めながらホッと安堵のため息を吐き出したのでした。
殺すべき相手をその手に捉えて、ようやっとホッとしたという感じなのでしょうか?
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