第190話 Epilogue last
正体不明の装置に手を出した尚斗が膝から崩れ落ちていく姿にその場にいた者達の間で緊張が走った。
その中で真っ先に声を上げたのは……。
「お兄ちゃんっ!」
「だめだ!来るなっ!」
尚斗に駆け寄ろうとした美詞の機先を制する尚斗、周囲も美詞の叫びにも似た悲鳴に触発され駆け寄ろうと動き出していた体をピタリととめることに。
しかし一人だけ……言うことを聞かない悪い子がいた。
美詞だけはその制止を振り払うように足を一歩前へ……どころか尚斗へ向け走りだす。
「やつはちゃん!尚斗お兄ちゃんをアレから引き離して!」
美詞の隣から風が通り過ぎる。
「『任されよ』」
タンタンタンっとまるで自重を無視するような跳躍で尚斗の下まで駆けた八津波が遠慮なしに尚斗の襟首を咥える。
「ぐへっ」
無理やり引っ張ったためかなんとも情けない声を上げながら八津波に引きずられる尚斗、装置から一定の距離を置いたところで八津波の口が開き尚斗を解放する。
「んごっ」
まぁ、いきなり支えを失えば後頭部を地面に打ち付けるのは必然であり、なんとも優しくない救出方法に非難の声の一つも上げたくなった尚斗であった……が。
「『いささか軽率が過ぎたのではないか?らしくないのぉ、おん?』」
しかし非難の声を掛けられたのはむしろ尚斗の方、普段の尚斗なら切羽が詰まっている場面でもない限り危険かもしれないものを調べもせず手を出すなんて事はなかっただろう。
尚斗の心の内を見透かすような八津波の言葉にバツが悪くなる。
「そうだよ尚斗お兄ちゃん。心配させないでっ。お兄ちゃんに何かあったら私……」
走り寄って来た美詞が尚斗の傍に寄り沿い両手から黄金の光を放ち始めた。
治癒術によって生命エネルギーを尚斗に送り込んでいるのだろう、動かす事が叶わなかった体に力が戻ってくる。
「ああ……そうだな……。ごめんよ美詞ちゃん……ちょっと焦りすぎてたみたいだ……」
美詞の表情が悲痛で染まっている事に気付き改めて思い知らされた。
ただでさえ尚斗は美詞の前で一度死にかけたのだ、そのトラウマスイッチを自ら踏みに行くなんて軽率以外の何物でもないため直ぐに反省することに。
美詞の術により十分動けるまで回復した尚斗がよろよろと立ち上がる。
一同が待つ場所まで戻ってくると頭を下げた。
「申し訳ありません、御心配をかけました。もっと慎重に行動すべきでした」
「ああ……何が起こってもいいように心構えはしていたはずだが正直肝を冷やした。もう大丈夫なのかね?一体何があったんだ?」
全員の顔には尚斗の身に何が起こったかを知りたいという気持ち一色であり、基晴が代表し尋ねてきた。
「トラップではないかと。霊力を根こそぎ持っていかれました。推測になりますが恐らく資格を有する者しかアレには触れないのでしょう」
『資格を有する……か。ミスター・ナオト、その者に心当たりはあるかね?』
ジャクソンが二人の会話を通訳から聞き及び間に入って来た。
「……いえ、残念なことに今回知れたのはあの認証装置と思われる端末の出現方法まででした。順当に行けば『悪魔』がキーでしょうね。悪魔以外が端末を操作する……もしくは悪魔が持つ魔力に反応してか……道具を使用する線もありますね」
先ほどまでは尚斗がそれぞれの言語に合わせて会話していたため、暇であった通訳達が水を得たように忙しなく仕事をする。
『その考えが妥当と言えるね。しかしナオト、そうなるとゲートの開錠条件は更に厳しいものになるだろう』
ディエゴが懸念している事は尚斗も気づいている。
「ええ、難しいですね。道具がキーならば悪魔を引き続き尋問し情報を得ればいい。……ですが、悪魔そのものがキーなら大変だ。逃げ足の速い奴らを生け捕りにしここまで連れてこなければいけない……。難易度の高いミッションになりましたね……」
悪魔は不利と悟ると滅ぼされないためにすぐ逃げる。
名前を暴かれ支配されないために必死になるのは当然だろう、なのでなかなか本体が現世に降りてくることはない。
分体故に拘束は出来てもすぐ逃げる……生け捕りにしたところですぐ逃げる……例えそこまでがうまく行っても連れてくるまでにやはり逃げられる……なにか対策を考えない限り現状ではお手上げ状態。
人間に好意的な悪魔なんて聞いたこともないし見たこともない、ゲートを開けるために協力してもらうなんて夢のまた夢だろう。
「いや、ここは前向きに考えよう。逆に言えば手がかりを絞り込めただけ前進だ。それに魔力がキーという線もあるのならば、その力を解析し模倣することができれば希望も見える。今はそれでよしとしよう」
基晴の言う通りだろう、「出来ることからやっていく」今まで通り方針を曲げる必要もない。
手探り状態で手あたり次第試していた頃よりは確かに前進したのだ。
翌日尚斗はまたゲートの前に立っていた。
既にバチカンとアメリカの非公式訪問団は自国へと戻っていった。
これからもヘルズゲート殲滅の協力体制を一層強固なものにしていく事で合意し、今回の調査結果を世界に広めるため帰って行った。
全世界に散らばるエクソシスト達の働きはこれからもより一層苛烈なものになっていくことだろう。
「美詞君、私はこれから忙しくなることでしょう」
「はい……」
「君を弟子に取ってからは海外への渡航を最小限にしておりましたが……これから悪魔祓いの活動を本格的に再開するつもりです」
「………はい」
今回の件で尚斗のオリジナルハッキング術が、悪魔から情報を引き出すのに有効的であると証明された。
しかしこの術、色々な宗派の術を組み込んでいるため純粋な一神教聖職者が覚えることはできない。
なので必然的に今後爵位級悪魔が絡んでいると思われる事件を嗅ぎつけた際は、なるべく尚斗へ応援が要請されるよう手を回すとのこと。
遭遇戦では流石に間に合わないが、それが調査段階ならば尚斗の応援も間に合う。
後日改めて教皇より尚斗へ正式に通達が来るはずだ。
そうなれば尚斗は美詞と再会する以前のように世界を飛び回ることになるだろう。
流石に以前と同様とまではいかない、想定される要請基準は爵位級……それも子爵以上のものとなるだろうからそう頻繁にくることもない。
しかし……
美詞は気が気でなかった。
無理をする尚斗の「枷」としての役割もあった。
しかしその枷も、もう拘束し続けられるだけの段階ではなくなってしまったのだ。
ならば自分の存在意義は?
弟子として無理やり押しかけた自分の居場所は?
やっと再会できたのにまた離されなくてはならないのか?
思いがけず獲得できた大切な人の隣を諦めなくてはならないのか?
「以前君には言いましたね、対悪魔案件において君は足手まといになってしまうと……」
「……」
美詞が胸を押さえる。
それは別れを告げられる時の決定的な一言を発する前兆にも似た空気。
ぎゅっと目を瞑り聞きたくもないその先の言葉に耳を塞ぎたくもなる。
しかしそれは許されない、溢れてしまいそうな涙を堪えるので精一杯。
「その上で私は君の意思を確認したい」
「……え?」
想像した言葉とは少し違う内容に、意味を理解するまで時間を要した。
ゆっくり開かれた美詞の目から辛うじて耐えていた涙の一滴が流れ落ちる。
「まだ私についてくる気はありますか?」
「……え……あ……」
その言い方はどう捉えればいいのだろうか。
ここで自分が是と答えれば道は開けるのか?
そう考えるよりも先に口から言葉が出ていた。
「は、はい!ありますっ!ついていきたいです!」
美詞の目の前に立った尚斗が美詞の目から流れる雫をそっとふき取った。
「とても危険ですよ?君は日々強くなっている、その成長速度は正直羨ましいほどだ。それでも悪魔を前にすれば丸裸も同然。それでもですか?」
「はい……はいっ!離れたくありませんっ!私も連れて行ってください!もう尚斗お兄ちゃんと離れ離れなんていやだよぉ……」
「……ほんと甘えん坊になっちゃって。子供の頃に戻ったみたいだ……わかった、一緒に行こう」
尚斗のその言葉に美詞が飛びつく、言葉通り尚斗の胸の中へ飛び跳ね抱き着いた。
なかなかの勢いがのっていたため踏ん張ることになった尚斗だが、その元凶の顔には眩いばかりの笑顔が浮かんでいる。
「やった、やったぁっ!嬉しい!ありがとうお兄ちゃんっ!」
尚斗の首にぶら下がった美詞がぐりぐりと肩に頭を押し付け喜びを全開で表現する様に「やれやれ」と困り顔になった尚斗。
「ところで大丈夫なのかい美詞ちゃん?」
「なにが?」
「君は外国語ができたかな?最低限英語を日常会話レベルまで話せないと困るよ?それに単位は後から補習でどうとでもなるが学園を休むことも増えるけど?」
尚斗の首にぶら下がったままピシリと固まった美詞。
「……うぅ……自信ないかも……書きと読みは大丈夫だけど会話する機会なんてないんだもん……英会話教室とか通わないとかなぁ……。学園の勉強は大丈夫だよ、もう三年の範囲まで履修を終えてるから補習も短縮してもらえることになってるの」
なんとも準備のいいことだ。
除霊の付き添い等のため頻繁に授業を抜け出してもいいようにがんばっていたみたいだが、まさか高校範囲最後まで勉強を終えているとは少々過剰気味とも言えた。
こんなところでも美詞の猪突猛進っぷりは発揮されていたみたいだ。
「高校範囲を履修済みとは……はは……これから君との会話を英語にしましょうか?日常会話を英語で交わすのはどこの教室もやっていることですしね」
「もうっ、またそうやっていじわるする。でも……ふふ、はーいわかりました、尚斗センセ」
なにが嬉しいのかにこにこと笑顔を絶やさない美詞、勉強と聞けば顔を顰めるぐらいが一般的だろうがそれすらも気にならないほど「離れずに済む」事に喜びを感じているのだろう。
「悪魔対策のための修行も増やそう。ある程度は装具でカバーするとしても底上げはしないとね」
「うん、うんっ!修行もがんばるっ!」
もう幼児退行が臨界点に達しているのかなかなか普段の口調に戻ってくれない美詞。
実は美詞を海外へ連れて行くこと、この話は以前から考えていた。
美詞の実力が最低限レベルまで追いついてきたこと、そして八津波のおかげで力を得ることができたのもあるが、尚斗自身も美詞に拒絶の意を突き付けるのを躊躇ってきたからだ。
美詞に対して甘いのを自覚している尚斗であったが、まさか自分の意思を覆すに至るまでとは思ってもいなかった。
いつかはこのような決断を迫る時が来ると思い、正教会に頭を下げ対悪魔装具の作成許可までもらっていた。
その際「使用するのは自分と身内の範囲に限る」と条件を出されてしまった事に加え、尚斗が編み出した聖言付与技術と引き換えにしてまで頼み込んだのだからやはり過保護が過ぎるのだろう。
先日美詞に渡した装飾品とナイフはそういった経緯があったことを美詞は知らない。
尚斗自身を縛る美詞の枷は両手足どころか既に全身を雁字搦めにするに至っていた。
尚斗も今更美詞と離れる事なんてできずにいたのだ。
「ここまで君に絆されるなんて思ってもみなかったよ」
「ふふ、えへへぇ。……尚斗お兄ちゃん、私今とっても幸せだよ」
「『やれやれ、この者達はまったく……』」
抱き着く美詞の頭をそっと撫であやす尚斗、隣で何か言ってるお犬様は放って置くとして、慈しみの籠もった表情で美詞を見つめるその視線はいつもと同じ。
幸せがなんたるかも分からなかった絶望の淵にいたあの幼子が、今は心の底から「幸せ」と感じ咲き誇るような破顔を見せている。
決して一般の子が歩んできたような普通の道でもなく、一般的な幸せとはかけ離れているのかもしれない……それでもこうやって幸せと感じてくれるのなら……。
あの時、あの暗い森の中で、震える手を取り引き上げた出会いは、きっとこの笑顔のためにあったのかもしれない……そう感じずにはいられなかった。
― 第十章 & 第一部 完 ―
【第一部完結】刷り込み巫女は嘱託退魔師に押しかけたい【本編改定完了】 如水伽絽(じょすい きゃろ) @Carom
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