雪兎のいる庭

大和田 虎徹

ゆきうさぎ

 この庭は、冬になると雪兎がやってくる。野生の白いウサギではなく、雪で作られた方の雪兎だ。原理は不明。この庭にだけやってくる理由も不明。科学でない理屈で動いているらしく、写真を撮ろうとしても映らない。もしかしたら、雪兎の幽霊なのかもしれないなんて、非科学的なことを考えながらお茶をすする。

 この庭付きの日本家屋は、吃驚するくらい格安で売り出されていた。幽霊騒ぎに始まり、一家心中だの犯罪者の住んでいた家だの、好き勝手に言われて値下げに値下げが繰り返され、結果目の玉が飛び出るほどに安くなってしまっていた。

 しかし蓋を開けてみれば何のことはない、ただただかわいい「すこしふしぎ」がやってくる平和な庭があるだけの、広くて居心地のいい日本家屋でしかない。そりゃあ科学信仰の現代では不気味に映るだろうが、このちいさないのち(仮)に何の罪があろうか。そこにいるだけで罪になるものなんてそうそうないのだから、かわいいを享受してもいいだろう。麻薬の元になる植物だって、人間が馬鹿な使い方をしなければただの草花なのだから。


「それにしても、雪兎ですか」

 不動産屋の社員である男は、ぽろりと独り言をこぼす。オカルトに強くはないが、職業柄そういった「非科学的な」それを否定はしない。それに、世の中思い込みだけで案外善し悪しが決まるので、この住人もそういったことなのだろう。

 ちょっとの思い込みでささやかな幸せを味わえるなら、それを無理に阻む理由はこちらにない。そう思って、そのままにしていた。

 しかし、それは彼の先輩によってずたずたになる。

「雪兎だなんて、随分かわいいもの見ているな」

――――――頭をそっくりそのまま死んだ人間にすげ替えた、二頭身の雪だるまにしか見えないんだよ、どうしてもな。

「……ひえっ」


 今日も雪兎がやってくる。まるまるとしていて、笹の葉の耳がくっついた、赤い目がチャームポイントの、絵に描いたような雪兎。

 その正体がなんであれ、私はこの子らを追い出したりしない。たとえ雪兎の姿を模倣した何者でも。

 好き勝手に言われた噂の中に潜む「真実」の末路であろうと。

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雪兎のいる庭 大和田 虎徹 @dokusixyokiti

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