第6話

カラオケ大会の翌日、ひかるはいつものようにカドヤ建設へ出社した。

ひかるはまだ昨日の後遺症が残り、身体がふらついていたものの、気合いを入れて机の上に溜まっていた書類を片っ端から目を通し始めた。


「おはよう、ひかるさん。お疲れ様、そして優勝おめでとう」

「桂子さん……! 」


桂子は笑顔で手を振ると、ひかるの背中を軽く叩いて出迎えた。


「桂子さん……あの時は、助けてくださってありがとうございました」

「いいのよ。あんなに必死に練習したのに、歌えないまま終わるなんてしゃくでしょ? それより、社長が私たちを呼んでるから、一緒に行きましょ」

「社長が?」


ひかるは桂子に強引に手を引かれ、一緒に社長室に入った。


「よう、ひかるちゃん。昨日はお疲れ様」


社長の悦雄は満面の笑みでひかるを出迎えると、社長室の壁に飾られた賞状のうち一枚を指さした。


「たった今、賞状を飾ったんだ。どうだい? この場所でいいかな」

「ありがとうございます。桂子さんの隣だなんて、恐縮です」

「いいんだよ。これでカドヤ建設としては大会十連覇を達成できたんだ。桂子さんの町民栄誉賞はお預けになったけど、会社の知名度が上がって、仕事の話も頂いている。俺としては十分満足だよ」


悦雄がそう言うと、桂子はすまなそうな顔で悦雄の前で一礼した。

ひかるは飾られた自分の賞状を見ているうちに、表彰式で渡された目録を持参したことを思い出し、ポケットから取り出して悦雄に手渡そうとした。


「社長、優勝賞金の百万円の目録を持ってきました。このお金をぜひ会社のために使ってください」


すると隣に立っていた桂子が突然両手を広げ、悦雄に目録を手渡そうとしたひかるの手を止めた。


「ひかるさん、これを元手にもう一度東京に行っておいで」

「!? 」


桂子からの言葉に、ひかるは仰天した。


「ひかるさん、あなたには、ぜひプロを目指して欲しい」

「……無理ですよ、そんな」

「無理じゃない。あなたはプロになって、私のやり残したことをやり遂げてほしい。私はちゃんとポリープを直して、次のカラオケ大会で優勝して、賞金を会社に寄付するからさ。ねえ社長、今回の賞金はひかるさんにあげていいでしょ? 」


桂子は悦雄を睨みつけながら、何度も肘を打ち付けた。


「うーん……まあ、ウチらの実入りが少なくなるけど、今回は我慢するかな」


悦雄は額を拭いながら苦笑いした。

ひかるは桂子の言葉がまだ信じられず、直立不動のまま戸惑っていた。

桂子はそんなひかるの様子を見るに見かねて、両手でひかるを思い切り抱きしめた。


「桂子さん……」


桂子の身体は、彼女の歌声のようなふんわりと包み込む柔らかさがあった。桂子の身体に包まれるうちに、ひかるはようやく決心がついた。


「桂子さん……昨日私のことを『カドヤの歌姫』って言ったでしょ? 私、あの時初めて桂子さんに認めてもらえたような気がしたの。すごく嬉しかった」


そう言うとひかるは桂子の身体から離れ、

「ありがとうございました。私、もう一度がんばってきます」と言い、深々と一礼した。

社長室を後にするひかるの姿を見届けながら、桂子はハンカチで目頭を押さえ、咳き込みながら嗚咽を始めた。

ひかるは社長室のドアを開けかけた所で後ろを振り向き、腹の底から声を張り上げた。


「ねえ桂子さん。もし上手くいかなかったら、ここに戻ってきていいでしょ? その時はまた鍛えて下さい! 」


そう言うと、ひかるはいたずらっぽく笑った。


「あ、あたりまえでしょ? 徹底的に鍛えてやるわよ!『カドヤの歌姫』として恥ずかしくないようにね! 」


桂子はそう言うと、涙を拭いてひかるの前に駆け寄り、握りしめた拳をひかるの前に差し出した。

ひかるも拳を握り締めると、二人はお互いに拳をぶつけ合った。

これまでの健闘をたたえ合い、そして、これからの健闘を誓い合うかのように。


(おわり)





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カドヤの歌姫 Youlife @youlifebaby

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