第5話

 カラオケ大会本番を迎えた日。会場の町立体育館には立ち見が出る程の大勢の観客がつめかけた。中学校の音楽の先生、民謡の師範、バンドの元ボーカル……大会には町内の歌自慢が揃った。田舎町のカラオケ大会といえどなかなかレベルが高いと言われるこの大会に、ひかるはカドヤ建設の代表として臨んだ。

 ひかるは久しぶりにアイドル時代に着ていた赤いチェック柄のミニワンピースを羽織り、髪を当時のトレードマークだったツインテールに仕上げた。

 桂子のポリープが判明したあの日以来、ひかるは、日中は仕事をこなし、夜になると桂子の家でレッスンを受ける日々が続いていた。桂子の指導は容赦なく、ひかるはアイドル時代の歌い方をことごとく否定され、そのたびに心が折れそうになった。それでもひかるは、桂子の無念な気持ちを晴らしたい一心で、どんな厳しい指導にもひたすら耐え続けた。


「みなさま、お待たせしました。エントリーナンバー7 カドヤ建設代表、河内ひかるさんです」


 司会者のアナウンスが流れると、突然会場がざわつき始めた。


「あれ? 『カドヤの歌姫』は? 今年はあのチャラそうな女の子が歌うの? 」

「あの子、河内ひかるじゃねえか? 噂では、東京で根暗なオタク相手の地下アイドルをしていたらしいぞ。そんな奴を出して勝てるのかよ」

「カドヤ建設さんの連覇は、残念だけど『9』でストップだろうな……」


 ひかるは次々と聞こえてくる心ない観客の言葉に手が震えだした。歌うことができないまま、マイクを手にステージにずっと立ち尽くしていた。


「ちょっと、いい加減にしてよ! 」


 客席の中央から、女性の金切り声が起きた。

 女性は腰に手を当て、睨みをきかせながら会場をぐるりと見渡した。


「この子は地下アイドルなんかじゃない! 歌姫だ! 今のカドヤ建設の歌姫は、私じゃなくてこの子なんだ! これ以上侮辱したら、私がタダじゃおかないからね! 」


 かすれた声で必死に叫んでいたのは、桂子だった。

 ひかるはやっと正気を取り戻し、桂子に向かって頭を下げると、マイクを口元に近づけた。.


「聞いて下さい……歌は高橋真梨子さんの『for you…』です」


 ひかるは、桂子が大好きだと言っていた「for you…」を、思いを込めて堂々と歌い上げた。その声は哀愁を帯び、艶があった。さっきまでひかるを小馬鹿にしていた観客達は、ひかるの歌声を聴いて表情が一変した。


「これ、本当にあの子が歌ってるの?……まるで桂子さんが歌ってるみたいだよね」

「いや、紛れもなくひかるちゃんの声だよ」

「ヤバい。ひかるちゃんの声を聴いてるうちに、泣きそうになってきたよ」


 ひかるは無事に歌い終えると、会場からは嵐のような拍手が沸き起こった。

 ひかるは安堵したのか、力が抜け、その場に座り込んでしまった。司会者が慌てて近寄り、ひかるの両肩を後ろから支えた。


「だ、大丈夫ですか? 河内さん」

「あははは、嬉しくて、いつも以上にがんばって歌っちゃった」


 ひかるは司会者に支えられながら、次第に意識が遠のいていった。

 かすかに見えたのは、客席の中央に立ち、大声でひかるの名前を連呼する桂子の姿だった。

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