君は私の太陽だ

 文化祭を終え、演劇部は三年生の退団をねぎらう会と併せて、二年生の新部長による挨拶会が行われている。

 しかし、私は関係ない。

 元々は男役として台詞も無く、客演しただけの外様とざまだ。

 せっかく舞台に出演したのだからと参加を打診されたものの断った。


 マシモトキヨツのビタミンサプリによってすっかりと脚気も治り、さてまた運動でもと思っているうちに陸上部は秋の大会を終え、三年生は引退して受験とやらの準備に入ってしまった。

 やれやれ、私はまたしても時流に乗り遅れたようだ。


 さて、これから私の進路はどうしようかなぁ……。

 戦隊モノのスーツアクターでもしようか。

 だが私の身体では被服越しにおなごらしい肉付きが浮かび上がらず、映像監督も困るであろう。

 日光江戸村でベタな忍びの役者にでもなろうか。

 しかしそれでは元・本業として将軍様や御用取次ごようとりつぎ殿にご迷惑にもなるだろうし、御庭番としての名が廃る。

 だったらいっそのこと、元の時代に帰らせてくれないかなぁ。


 私はしばらく悶々と考え事を続けていた。


 そんなある日の放課後、百合枝がやってくる。

「ねぇ、はるみ。一緒に帰ろうよ」

「あぁ構わない」


 百合枝と私は共に歩いた。

 しばらくして学校から遠のくと、彼女は通学カバンを足元に置く。

「ねぇ、はるみ。こないだの文化祭、ありがとね」

「気にすることはない。私は私の出来る事をしたまでだ」

「結果としてお芝居も盛り上がったし、あたしも助けてくれてありがと」

「大したことはしていない」


 すると百合枝は突然に私の両手を握ってきた。

「ねぇ、はるみ……あたしの正直な気持ち聞いてくれる?」

「……どうしたのだ?」

「あのね。もちろんはるみの事は女の子だってわかってるし、あたしも理解してるつもりなんだけど……あたしと付き合ってください!」

「……はぁっ!?」


 私は虚を突かれたように目を丸めて口をだらしなく開けてしまった。

 顎を震わせて、次の言葉を吐こうにも一向に音が出てこない。


「はるみってボーイッシュでちょっと気怠そうな感じが凄いカッコいいなって思ってたんだけど、あたしには真似できないし、ずっと変わった友達だと思ってたのに……あたし気づいたの。自分の気持ちに。文化祭であたしを助けてくれたはるみ、ホントにタカラヅカみたいでカッコよかった!」

「いやいや、待て待て。おいおい、どうしたと言うのだ?」

「だから女の子どうしでもいいじゃない! はるみ……久野市はるみさん、あたしと付き合ってください!」


 これには私も頭を抱えてしまった。

 だって私は至って普通。殿方とイチャコラしたいんだもん!

 ごつごつとした大きな手で繋がれたりギュッと抱きしめられたり、口吸いとかしたいんだもん!


「あのな、百合枝……私は……」

「もちろん、はるみにカレシが出来たらすぐにやめるから! それまではるみのそばで一緒に居させてよ!」

「そうは言ってもなぁ……」


 彼女を諦めさせようと私は困惑しつつも言葉を続けた。

 すると百合枝が私の胸に飛び込んでくる。

 相手はおなご同士ではないか。なにゆえ私の心の臓は乱れているのだ。

 これでは江戸患いが再発する。


「あたし、はるみのためなら何でもできるよ」

 そう言うと、百合枝は私に唇を重ねてきた。

 ほのかに甘い香り。柔らかい乙女の感触。

 そして、彼女の唇は……。

 しゅ、しゅご~いっ! 

 口吸いってこんなにしゅごいなんてっ!

 おなごって優しくて儚くて可憐で素敵!


 ……あれ? 私も一応はおなごだぞ?

 では何故にこの娘はこのように甘美なのだ?


「ねぇ、はるみ。あたしの家に寄ってよ? まだ両親が帰ってこないから」

「……あぁ、わかった。お邪魔しよう」


 その後の記憶は私には無い。

 とにかく全てがしゅごくて、しゅごい体験をしたようなしてないような。

 朧ろげな景色の断片と共に、帰宅した後も心身とも火照っていたのは憶えている。



 それからというものの。

 百合枝は私に腕を組んで登校するのが日課となった。

 江戸の頃だって男色だんしょく陰間かげまがあった。

 ここは女子校でしかも二十一世紀、多様性の時代だ。

 仲睦まじく距離の近い同性の友として、気にする者もさして居ない。


「ホントあんたたち仲いいよね?」

 クラスメイトの他の者が囃し立てる。

 しかし百合枝はお構いなしといった風情だ。


 よもや私も殿方とイチャコラしてチュッチュして、場合によってはチョメチョメっていう期待に胸を膨らませていたが、こうなると男役も悪くない。

 芝居というのは楽しいものだ。

 そして芝居はいつしか真実になるのだから、げに面白き世の中よ。


「だってあたしとはるみは大切な仲なんだもん。ねっ?」

 そう問い掛けた彼女の顔を見て、私の胸にはまた熱い想いが込み上げる。

 いっそ、自分が殿方になってしまって、百合枝にイチャコラする方が彼女の反応を見て楽しめるというものだろう。

 脚気と共に私の胸からはいつの間にか、寂しいおなごの気持ちは消えていた。

 まるで恋がビタミンサプリそのものであったかのようだ。


「あぁ、私と百合枝は共に認め合った、まことに大切な仲……でござる」

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江戸患いのせいで命を落としたくノ一の私は二十一世紀こそ殿方と恋がしたいのに、学校でクラスの女の子から好きになられる話、でござる 邑楽 じゅん @heinrich1077

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