危機迫り鬼気迫るようだ
そして学校は文化祭の日を迎えた。
私は緊張からか高揚からか、どうにも武者震いが止まらなかった。
講堂の舞台では演劇部による芝居の準備が進められている。
命の恩人であり、私の秘密を知る百合枝のために一肌脱ぐことにした。
背が高くておなごらしい肉付きではないという、嬉しいのか悲しいのかよくわからない理由で、演劇部の皆も私の客演を賛同してくれた。
確かに皆、背も低いし声も高いし、おなごらしい者ばかり。
所詮、私はおとこの役がぴったりということか。
惑星の姫君のドレスなどと呼ばれる衣装に身を包んだ百合枝が私に近づく。
私はと言えばスーツという殿方が着る衣服だが、その生地は光を反射したり七色に光る素材で作られていて妙に眩しい。
髪はべっとりとした
「もうじき幕が上がるけどリハの通り、はるみは板付きだからね」
「そうか、私の芝居も板についてきたか。練習の甲斐があったな」
「板付きってのは役者が最初から舞台に居ることだってば。まずは中央にある緑色のバミリのとこに立ってて。ナレが終わったら玉座に腰掛けてね」
百合枝の指示通りに私は立っている。
やがて講堂が暗転するとブザーが鳴り、幕が上がる。
ただ一人立つ私。
ナレーションも演劇部の者がしてくれる。
やがて、袖に控えた百合枝から合図があると私は小道具の玉座に座った。
台詞も無い。
ただそこに居るだけでよい。
だと言うのに、この緊張はなんであろうか。
周りの者はさすがに素人芝居とは言え、演劇を嗜む者達。
非常に達者に、雄弁に語りながら劇を進めていく。
私は遠く離れた惑星の姫君に想いを伝えるために宇宙電波で告白をする王子の役。
だが異性に滅法弱い彼は、いざ姫君を前にして言葉も発することができない。
なんとか姫君が晩餐会に来てくれたうちに自分の想いを伝えようとするも、普段の寡黙な王子の性格が仇となり、家臣達は王子の願いを勘違いして、姫君に多くの失礼を働いてしまう。
という私の知る時代の、芝居小屋で見せる狂言のようなものだ。
心境は全て他の部員が声を当ててくれるので、私は何もすることがない。
それでいて終始出番があるから、割と目立つ。
ふむ、こういうのも悪くないな。
やがて落胆した王子は星空を仰ぎ見る。
必死に自分の言葉で他の惑星の姫君に想いを伝える方法を探す。
そこで、舞台は暗転した。
いったい何があった。このような筋、私は知らないぞ?
舞台袖に控える部員たちも狼狽している。
いや、袖も客席の非常灯も全て消えているではないか。
突然の事に次第にざわめき出す講堂内。
私はそこに何人かの気配を感じた。
ひぃ、ふぅ、みぃ……隠密であろうか。足音も立てない。
だが闇夜に紛れて活動していた私にはよくわかる。
廻船問屋の田中平右衛門と、大奥の御中臈・千勢が放った忍びだ。
よもや現代に転移してまで私の命を再び狙ってくるとは!
ここで会ったが百年目!
……いや江戸時代ならば二百年か。
違うな。私の頃はもう少し前だから、えぇと……。
ともかく、二百有余年の時空を超えた因果を断ち切る時だ!
相手は舞台に立つ私に向かって一気に駆け寄る。
そこだっ!
江戸患いが完治した今の私は、以前のように後れを取る事も無い。
得物のない肉弾戦も鍛錬の一環として習得済みだ。
ひとり、ふたりと私の拳が相手を倒していく。
「きゃああっ!」
敵の一人は舞台を離れて出番を待っていた百合枝を狙った。
私は咄嗟に手元にあった小道具を掴んだ。
ベニヤ板に描かれた王子の城の書き割りの一部を放る。
手裏剣のように回転しながら空を切る板は敵の後頭部に炸裂した。
「だいじょうぶか、百合枝!」
私は百合枝を抱えて舞台上に向けて駆けた。
やがて、講堂内の照明は戻る。
舞台が照らされると、私は百合枝を抱きかかえたまま立っていた。
周囲には全身を漆黒の布に身を包んだ者が数名、倒れている。
「お前の身が心配だったが、無事でなによりだ。私はお前が居なければ退屈な毎日になってしまう。我が友よ、どうかずっとそばに居てくれ」
私は百合枝を心配して吐いた言葉であったが台詞と勘違いされたのか。
すると、ちらほらと手を叩き出す観客。
それから割れんばかりの歓声と喝采が飛び交う。
私も抱きかかえられた百合枝も、唖然としたまま客席を見回した。
今年の演劇部は妙に凝って、かつ派手なパフォーマンスを取り入れた、ということで後夜祭の審査部会で『最優秀発表賞』が贈呈された。
皆、千勢の放った忍びの者達も演劇部員であったと勘違いしている。
それで、あの者達はどうしたかって?
安心しろ。私も忍びの者だぞ?
この時代の奉行所や
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