第7話 勾玉と天女

日曜日

秋子は朝食を済ませてからコーヒーを飲みながら窓の外を見る。今日はよく晴れているから海は気持ち良さそうだ。出かける準備を始めた。

美鈴はまだ寝ている様だ。

今日は先に江ノ島に行ってから鵠沼海岸に行こう。

江ノ島はおそらく二十年ぶりくらいだろうか、あまり覚えていない。

乗り換え案内を見て、目に入った片瀬江ノ島という文字。

「片瀬江ノ島。なんか響きが良くて素敵だわね。」

彼の事はあまり考えずに観光を楽しもうと思った。

彼と出逢えなくても、素敵な場所を見つけられた。

鵠沼海岸。あの海。

あの浜で海を眺めていると無になれる。心を洗われる感じ。日常を忘れる事が出来て、広い海を見ていると、自分の小ささに気が付き、ただひとつの生命体となるあの感じが秋子は好きになっていた。

時計をチラチラ見ながら化粧をする。

今までならこんなに心弾ませて鏡と向き合う事などなかった。

この日秋子は自分自身の変化に気がついたみたいだ。

仕度が終わると

「美鈴ーお母さん出掛けるからねー」といつもより大きな声。

「はい~」かったるそうな美鈴の返事が帰ってきた。


家を出ると秋子は彼のTwitterをチェックしてみる。

今日は写真を上げていた。

勾玉のネックレスと海。

今日彼は海にいるみたいだ。

「うしっ」!

「しまった。双眼鏡でも準備しておけば良かった」…いや。キモいな私。

この勾玉、見たことないキレイな石。

これは何の石だろうか…


駅に着き、電車に乗ると秋子は石の種類が気になって調べ出した。

あの青い感じはトルコ石に似ているが、もっと薄く水色っぽい、メノウでもない…

ソーダライト?でもなさそう。

「あっ!これやん」

ラリマー!?

聞いたことない天然石。

そのまるで南国のきらめく海原のような水色

をした石に秋子は見入った。

「へぇ~カリブ海があるドミニカでしか産出しないのか~ これ欲しいかも。」

確か吉祥寺には天然石のお店があったから帰りに覗いてみよう~

爽やかな秋晴れの中、小田急線は秋子を海へと乗せて走った。

藤沢を越すとあっという間に片瀬江ノ島駅に着いた。

改札を出ると秋子は振り返り、竜宮城の様な駅の写真を撮った。そして鵠沼海岸駅との違いに気が付いた。

すぐに海の香りがしたのだ。鵠沼海岸よりも磯っぽい匂いだ。わずか少しの距離でこんなにも香りが違うものかと感心しながら江ノ島へと続く弁天橋へと向かった。

右手には鵠沼の海、左手は片瀬海岸。

流石に人が多い。

賑やかな海もいいものだ。

秋子は右手に見える海ばかり見てしまう。遠くにサーファー達が見えるからだ。

あの中に彼も居るのかな~

そうだ。片瀬江ノ島駅の写真をTwitterに上げないと!今日はコメントも付けちゃう。

「多分20年ぶりくらいの江ノ島ー」

送信完了!

「完璧やん」

「よっしゃ~江ノ島天辺まで行ったるわー」

秋子は気合い十分であった。

いろいろ目移りするお店のある通りを過ぎると、狛犬と階段が秋子を待ち構えていた。

「あいゃ~階段スゴいやん…」

日頃運動不足の秋子。早くも気合いが抜けた。

「帰りに生しらす丼が待っている。

頑張れ私…」

「生ビールも付けよう。」

心の中でブツブツ言いながら登り始めた。

途中で何回か休憩をしつつ江ノ島神社へと着いた。

弁天様にお参りをして、ここはひとつとおみくじを引いてみる。

第14番…

大吉!

恋愛は…

交際順調!現実的な結びつきとなる!

ののののの~

嬉しさのあまり空を仰いだら

首が痛くなった。

縁起物は天女さんが入っていた。

それを財布の中にしまうと、ニタっと笑って秋子は当初行こうとしていたシーキャンドルには背を向けて、来た道を戻り始めた。

「この勢いで鵠沼海岸に行けば、もしかしたら…」

そう思ったら足取りも早くなった。

が、膝に来ている。確実に膝に来ている。

自分の年齢を実感しつつも秋子は海岸へと急いだ。

もはや、しらす丼も生ビールも潮風と共にどこかへ飛んでいっていた。


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暁のシクラメン 人喰い刀 @4shin6

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