第3話 便利なものは使う
(……こいつ、便利だ)
本日も勇者一行の露払いと宝箱設置に精を出したレグは、ちらりと傍らの無表情を見上げた。
「お帰り~! ルードさんお疲れ様ぁ、ごはんできてるよ!」
「ああ……助かる」
ぼそりと呟かれたそれだけの台詞に、リリイがウッと胸を押さえてうずくまる。笑顔ひとつないそれに、レグの努力(?)は何だったんだと言いたい。
「処理していい分だ」
「んまあっ! 日々の食事が大幅に改善されちゃう~」
目を輝かせるリリイの前に、次々取り出される魔物素材の数々。
ちなみに、所謂『いい素材』は勇者の旅に役立てられるよう、国へお取り上げされる。今まではリリイが所定の場所でルードと落ち合い、情報のやり取りと共に回収した素材を渡していた。そのルードが同行するようになったので、リリイが常にレグの……いやルードの側にいるようになり、日々の食事が様変わりした。
しかも、今まで放置してきた素材も、全て回収できるようになっている。何せ、ルードが大容量の収納魔法持ちであるために。
しかしルードが便利なのは、それだけではない。
「ルードさん怪我してない?! 疲れたでしょ?」
「は? 戦ってんのほぼ俺だぞ?! 疲れんのは俺だ!」
纏わり付かれるのは鬱陶しいが、正当な評価がないのは腹立たしい。しかし、リリイは睨み付けるレグをフンと鼻であしらった。
「何言ってんの、ルードさんが転移してくれるから、レグは楽になってるでしょ?」
そう、それだ。貴重な転移魔法が使える……! この任務にこれほど有用な能力があるだろうか。ルードは収納・転移、そして多少の回復魔法と、非常にサポートに向いている能力の持ち主らしい。むしろなぜ今まで同行しなかったのか。
レグは、先日ルードが同行することに激しく難色を示したことなど、すっかり忘れて憤る。
「じゃーなんでそのルード様が、この任務をやらねえんだよ! 適任だろうが!」
「目立つと言われた」
「こんな美丈夫がその辺のダンジョンにいるとおかしいでしょ! それにルードさんは騎士兼王様付きの影なんだから! これが特例中の特例よ!」
彼は元々騎士であったものを、特殊な能力故に密かに影としても重用されているらしい。おそらく、破格の給与を賜っていることだろう、ますます気に入らない。
何が美丈夫だ、レグよりほんの少しガタイが良く、ほんの少し顔面のパーツ配置が的確であるだけだろう。大した差ではないはずだ。
「なら、なんで戦闘に参加しねえんだよ!」
「……必要か?」
意外そうな声音に見下ろされ、カッと頭に血が上る。
「いらねー!! てめえは黙って指くわえて見てろ!」
「そうか」
淡々とした返答に、我に返った時既に遅し。
ハッとしたレグに、リリイは憐憫のこもった視線を向けたのだった。
「――ねえ、ねえねえって!」
遠慮無く揺さぶられて寝入りばなを挫かれ、目を閉じたレグのこめかみに青筋が浮かぶ。
「うるっせえ……夜這いなら向こうの無表情にしやがれ」
「当たり前じゃん! だけどルードさんガードが堅――そういう話じゃなくて!!」
行ったのか。こいつ中々の猛者だと敬意を示し、片目だけこじ開けた。
リリイも監視役を担っているため、この時間は勇者一行の元にいるはずだったが。
「なんかさ、勇者様たち荷物が少ないんだよね。食事する様子もないし……」
「だから?」
「だから! 手助けがいるんじゃないかってハナシ!」
ペチペチと額を叩かれ、不機嫌に唸って寝返りを打った。
「いらねえだろ、そのくらい……1日2日絶食したって死にゃしねえよ」
「あんたはそうでしょうけど! もし、空腹で魔物に遅れを取ったりしたら……」
そのくらいで遅れを取るなら、旅を続けること自体無理だろう。無視して寝る体勢に入ったレグは、再び揺さぶろうと伸びてきた手を振り払って歯をむき出した。
「知らねえよ、俺は寝るんだっつうの! そんなに心配なら、食えそうな魔物でも捕まえてけしかけろ!」
「あ、なるほどね。料理を差し入れようにも、こんな辺鄙な場所じゃ怪しすぎて、どうしようかと思ってたのよ! それ採用っと。あ、探りは入れておくから、明日はちゃんと対応してよね!」
レグからの返事はなかったものの、リリイは満足してその場を後にしたのだった。
「――昨日の話なんだけどさ、やっぱり勇者様たち荷物をごっそりなくしたみたい」
何の話だと言いかけて、咄嗟に腸詰めと共に口内へ押し込んだ。そう言えばそんなことを言っていたような。
「ふーん」
ただ、レグの興味は腸詰めの脂を最後の一滴までパンでこそげ取る方に向いている。腸詰め、スクランブルエッグと焼いたパンにスープ。朝からなんと贅沢なことか。こんな野外生活なら、何日でも歓迎だ。
「多分、収納袋ごとなくしたと思うんだ。ここからしばらく街なんてないし、私とレグでそれぞれ行商人とか装うしか――」
レグは丁寧にスクランブルエッグを乗せ、こんがり焼かれたパンを頬ばった。カリリ、と良い音に自然と頬も緩むというものだ。
「うま……」
夢中で咀嚼し、ざらついた口元を乱暴に拭った。次いで温かいスープを流しこめば、口内のパンくずを一掃して旨みの余韻だけを残していく。仕上げにきちんと指まで舐めたところで、無言の圧力を感じて顔を上げた。
「……何だよ」
「聞いてた? 私の話」
聞いてない、と言ってはいけない雰囲気に視線を逸らすと、変わらぬ無表情で黙々と朝食を摂るルードが目に入った。
「あっ?! お前、なんで腸詰め3つなんだよ! 俺2つだったぞ!」
目を剥いて詰め寄ると、涼しい瞳がぱちりと瞬いた。
「……欲しいのか?」
「当たり前だろ?! 焼きたての腸詰めだぜ? お前だけ3つなのはどう考えてもおかしいだろ!」
鼻息も荒く指を突きつけると、ルードはもう一度ぱちりと瞬いて自分の皿に目を落とし、無造作にフォークで腸詰めを突き刺した。
「あっ! おまっ――」
奪われないよう食うつもりかと慌てた瞬間、芳醇な香りがレグの口内に広がった。途端に猛獣は大人しくなり、嬉々として放り込まれた腸詰めの咀嚼を開始する。
鎮まったレグを確認してひとつ頷くと、ルードは再び穏やかな朝食を再開した。
「あ、あんたねえ……」
上機嫌で自分の場所へ戻って来たレグは、地の底から響くような声に首をすくめる。ああ、そう言えば話の途中だったような気もする。それも、怒られている途中だったかもしれない。げんなりとしたレグの胸ぐらを、華奢な両手が掴み上げた。
「このっ! よくも、よくもルードさんの『あーん』を!! 返しなさい、今すぐ私に寄越しなさい!!」
……怒りの矛先はちょっとばかり、レグの想定と違ったが。
「はあー?! そんなもん俺だっていらねえよ! やれるもんならお前にくれてやらあ!」
「いらないとか、この罰当たり!! 感謝して
「どっちなんだよてめえは?!」
ルードはゆったりとスープカップを傾け、今食べた物を既に消費しそうな勢いで騒ぐ二人を眺めた。
「……勇者のことはいいのか」
呟かれた低い声は、残念ながらすぐさま騒ぎの中へ消えていったのだった。
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