第7話 レグとルード

寝床探しに難渋していた勇者一行もやっと腰を落ち着け、レグとルードにも休息の時間がやってくる。

テントなど不要な2人は、申し訳程度に灯した焚き火を前に、装備を外して身体を解す。装備を外すのは、この一時だけ。眠る際には、再び身につけなくてはいけない。瞬時に戦闘態勢を取れるように。

皮肉にも、二人と同様魔物の巣に行き当たった勇者一行は、大魔法一発で殲滅を完了していた。今頃そこでゆっくり休んでいるだろう。

一対一ならまだ負ける気はしないが、パーティ単位では負ける。レグは正確にそう判断して複雑な気分になる。揺れる小さな炎に目を細め、呟いた。

「なあ、お守りってまだ必要なのか? もういちいち宝箱に詰めなくても、あいつら頑張るんじゃねえ?」

なんせ、真面目なやつらだ。こいつみたいに。視線を上げると、端正な顔はほのかな灯りに縁取られ、くっきりと陰影を浮かべていた。姿勢を崩して瞳を和らげていれば、そこらの男とそう変わりない。……少しばかり見てくれがいいだけだ。

「今まで苦労の見返りに得ていた物がなくなれば、士気が下がりかねん……とのことだ」

レグとルードの能力を含めて勇者一行であることは、レグには言わなくてもいいだろう。今さら抜けられるはずがない。

ボーナスが突然なくなる。たとえ他から手渡しされても、それは+αでしかない。なるほど、それはレグなら旅を辞めかねない士気の下がりっぷりだ。深く納得したレグに、ルードの呆れた視線が向けられた。


「けどよ、必要なのはともかく、このままだと先に俺が死なねえ?」

やってらんねえ、とごろりと仰向けになって目を閉じる。

「……なんだよ」

視線を感じてまぶたを上げれば、切れ長の瞳が何か言いたげに見下ろしていた。

「お前も、既に失うには惜しい戦力だ」

「だろうなあ、分かってんじゃねえか」

にやっと口角が上がる。何よりも、その口から言わせた言葉であることが重要だ。

「守るつもりではある。……レグ、もう少し俺を信頼しろ」

言われた台詞に目を瞬いた。じっと見つめる真摯な瞳を見上げ、怒るよりもつい吹き出してしまう。

「ぶはっ、俺が守られるかよ! 100年早えっての!」

腹を抱えたレグに、ルードが不服そうに唇を歪めた。

「戦闘だけでいい、もう少し、背中を預けろと言っている」

レグは、ルードの胸ぐらを掴んで乱暴に引き寄せた。されるがままのルードは、訝しげに眉根を寄せる。

「……なら、お前が預けてみろよ。できるか? ルード」

大きく口の端を引いて囁いてやると、その瞳と間近く視線を絡めた。

はっきりと目を丸くした表情に満足し、さっさと手を離して目を閉じる。

感じる視線を無視して、レグは完全に寝る体勢に入ったのだった。



「――チッ! お前っ、突っ込みすぎなんだよ!!」

歯ぎしりして鎖鎌を振り回すと、2人を囲もうとしていた大きな蜘蛛たちがなぎ払われる。なんで、俺が雑魚の相手を。

レグがキッと背後を睨み付けると、今倒した蜘蛛の5倍はあろうかという小山のような蜘蛛がいる。そして、それと渡り合うルードの背中が。

「俺は、対個の近接戦闘しかできん! この方が効率が良い」

「俺だって近接だっつうの!!」

ただ、中距離もある程度カバーしているだけで。

雑魚と言ってのけたものの、相手は上級クラスの魔物。レグはむしゃくしゃしつつ、手を緩めるわけにもいかずに鎖鎌を操った。


広い空間が蜘蛛の遺骸で埋まった頃、とうとう巨大蜘蛛が倒れ伏し、動きを止めた。既に3本しか残っていない脚が、ゆっくりと畳まれる。沸いて出ていた眷属の蜘蛛も、ぱたりと漏出が止まった。

「お前なぁ、何焦ってんだよ?! 守りを捨てていい相手じゃねえだろうが!」

ルードが汗を拭うのも待たず、レグは鼻息を荒くして駆け寄った。絶対におかしい。ここのところ、ルードが戦闘に積極的すぎる。おかげで圧倒的に戦闘時間は短くなったが、レグが尻ぬぐいする機会も増えた。

「捨ててはいない」

その無表情がなんとなくにやりとしたようで、詰め寄る足が手前で止まった。なぜか、レグの第六感が警鐘を鳴らしている。

「なら、なんで……」

「お前が、守るんだろう?」

空いた1歩分を大きく詰め、武骨な拳がレグの顎を持ち上げるように小突いた。ぐっと屈み込んだルードは、面白そうな瞳でレグを深く覗き込む。

「預けたぞ? 俺の背中」

低い囁きは甘ささえ含んで、視線に艶を滲ませる。

「なっ……?!」

存分にからかいを含んだそれに、レグは咄嗟に手を振り払って飛びすさった。


……やられた。煽った自覚があるだけに、ぐうの音も出ないとはこのことだ。

「先、に……言ったのはお前だろ!」

「そうだ。だがお前ができないと尻込みするから――」

髪の毛より細いレグの堪忍袋の緒は、簡単に切れた。

「はあぁ?! いつ俺が尻込みしたっつうんだ!」

「できるのか?」

「できるに決まってん……だ、ろ……?!」

次第に尻すぼみとなった台詞と共に、渋面が広がる。

こっの野郎……!! いいように扱いやがって! 地団駄を踏むレグを見る目は、やはり面白そうに細められていた。


この日から、レグとルードはようやくパーティとして機能しはじめる。

それは、魔王城手前の最後のダンジョン、最下層での出来事だった。

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