第6話 弱点を晒せ
「……なんか俺、お前といる方が孤独を感じるんだけど」
遠目にも和やかな雰囲気漂うパーティを眺め、レグはつい現状を嘆いて無表情を睨み上げた。
本日もきっちり朝食を食べてからダンジョンへ出勤したわけだが、考えてみれば朝から聞いたルードの台詞といったら『ああ』くらいだった気がする。それも、リリイの『ルードさんはカフィーでいいよね?』の返事でしかない。無駄に話をされても鬱陶しいが、こうも押し黙られると、こちらばかり手札を晒している気分になる。
現に、今もルードは微かに首を傾けただけだ。
「ただでさえ無表情なのに、黙ってたら何も分かんねえって言ってんの! 伝わんねえの!」
「…………」
返される視線がわずかに細くなり、不服そうな色を宿す。
「うるせえ、伝わってねえから言ってんだよ! 雰囲気で話すのをやめろっての! 口で言え! ……それもだ! 面白そうな顔すんな!」
レグが胸ぐらを掴まんばかりに怒っているというのに、むしろ楽しそうなルードが腹立たしくて仕方ない。
「余裕ヅラしてんなよ? 俺、お前とタイマン張れるぐらいの実力はあるぞ」
低い声で凄んでやると、ようやくその薄い唇が開かれた。
「……知っている。良かったのか? それを言っても」
「は? ……あ」
――だから! 俺ばかり手札を晒す羽目になると……!
レグは思わず呻いて髪をかきむしった。常にぎりぎり勝利をおさめる程度に抑えていた努力が水の泡。しかし、ルードの台詞を聞くに、レグが実力を知られないよう振る舞っていたことも含めて把握しているらしい。
「っいいに決まってんだろ! お前に舐められるのは我慢できねえからな!」
「そうか」
相変わらず面白そうな視線で淡々と返され、レグのきつい瞳にも涙が浮かびそうだ。
「お前、タダで俺の情報を得られると思うなよ? 対価を寄越せ」
悔し紛れに睨み付けると、涼しい瞳に初めて困惑の色が宿った。
「対価だよ、お前の手札も寄越せって言ってんの。ま、金でもいいけど」
勝手にしゃべっておいて『ただ、俺の情報は高いけどな』なんて言ってのけるレグは、完全に詐欺の類いだろう。
「……私は剣以外に転移と収納、多少の回復魔法が使える」
何を言うのかと、若干の期待を込めて口元を眺めていたレグは、つんのめりそうになった。
「知ってるわ! そんな基本情報いらねえよ?!」
「何が知りたい」
「ハッ、てめーのことなんざ知りたくもねえな!」
再び面白そうな視線を寄越されてハッとする。違う、そうじゃない。
「っだから、違う、その……お前が内に秘めて俺に言いたくねえような情報だ!」
これならどうだ。何を言ってもルードの弱みになるのだから、情報としての価値はあるだろう。
してやったりとにやりと笑う。
珍しくしばし言い淀むルードに、今度こそはとレグの期待も高まった。
「……お前は実力者だが、隙が多くて面白い男だと思う。お前は孤独だと言うが……
考え考え綴られた台詞が、静かなダンジョン内に響いて消えた。その唇が閉じられてしばし、ルードが『どうだ?』と言わんばかりに微かに首を傾げる。
「……っはああぁ?! ざっけんじゃねえよ! ただの悪口だろうが!! そんなもん一生お前の胸に秘めてろ! 俺だって聞きたくねえわー!」
力一杯叫んだせいで、瞬時にルードに別階層へ転移させられた。誰が隙だらけだ、誰がぼっちだ!!
「うるさい」
誰のせいだと……! 息を荒げるレグを見る視線は、むしろ不思議そうだ。
「悪口か?」
「それ以外の何だっつうんだよ?!」
「俺の……本心?」
小首を傾げられても、かわいくもなんともない。
「本心からそう思ってるってことじゃねえかあぁー!!」
「うるさい」
まるで子どもを相手にするようなため息を吐かれ、憤るレグは心底思った。やっぱりこいつ、気に入らねえと。
「――これで終わり、っと!」
じゃっと鎖が鳴って、最後の一匹を貫いた。それを確認し、ルードも剣を振って鞘へ収めた。
いくら小物でも、数の暴力というものがある。大がかりな魔法を使えないレグとルードには嫌な相手だ。むしろここは勇者パーティの方が適任だった気もする。
「っあーーークソ、俺ほどの実力者でもさすがにキツくねえか?!」
殲滅完了した魔物の巣へ入り込み、ついそんな愚痴も出ようというものだ。
ダンジョン下層に近づくにつれ、魔物の脅威度は上がってくる。二人しかいないパーティが苦戦するのは当然の流れだった。
元々冒険者の最高ランクにあると思っていたレグだが、まさかまだ大幅に実力が伸びるとは思っていなかった。人間、やればできるものだ。
どさりと足を投げ出して天井を仰ぎ、疲れ切った身体を土壁へもたせかける。残念ながら、最下層に近くなった今日は外でゆっくり美味い飯というわけにはいかない。万が一に備え、共にダンジョン内でのお泊まりとなる。
ここらで休憩、と脇道に逸れたはいいものの、魔物の巣にぶち当たってしまったというわけだ。ただ、おかげで休む場所は確保できた。
無言で寄越された携帯食をひったくるように奪い、レグは脱力したまま頬ばった。
キツい、これはキツい。早く寝てしまいたいが、勇者一行はまだ後方。彼らが宝具で強固なシールドを設置するまでは、お守りがいる。
ちらりとルードを見やれば、衣装こそ薄汚れて傷みが増えているものの、本人は朝から何ら変わらぬ様子で携帯食を囓っている。
さすがにおかしいと眉根を寄せたところで、そう言えばコイツ、回復魔法を使えるんだったと思い当たった。
「回復薬……」
青い小瓶を取り出し、手の中で転がして眺める。使わなくてすむものは使わない信条のレグだったが、飄々としたルードの様子を見てしまえば、使いたい誘惑に大きく心が揺らいだ。
大きな怪我はない。しかし、怪我をしていないわけではない。痛むものは痛む。ただ、普段なら使わない。
「してやるぞ、回復」
携帯食を食べ終えたルードが、ぺろりと指を舐めてこちらを窺った。お前が構わないのなら、と続きそうな視線に、レグは用心深く尋ねる。
「……金は?」
「取らん」
呆れた眼差しも何のその、言質を取ったレグはにっこりといい笑顔を浮かべてみせる。対価不要の他人の労働ほど、素晴らしいものはない。
「なんでこの姿勢なんだ? 勇者サマはフツーに回復してくれたけど」
地面に伏せた体勢を取らされ、レグは不満げにふり仰いだ。
「聖王子と一緒にするな。あくまで『多少』回復できるだけだ」
どうも、勇者サマみたく適当に手をかざしてぱあっと治すというわけにはいかないらしい。ピンポイントで怪我の部分に魔力を注ぐということだ。
「ここは? ……こっちはどうだ?」
「ぐっ……! ヴッ……!」
こ、こいつ……っ!! 何を言う前から的確に痛む箇所を押さえられ、遠慮の無いそれにうめき声が漏れる。このサド野郎、絶対分かってやっている。
跳ね起きてぶん殴ってやろうかと思った時、痛む箇所がふわりと熱を持った。
「どうだ?」
「……ふーん、本当に回復できんだな。ま、さんきゅ」
やっぱりコイツ、便利じゃねえ? 心なしか疲労感も楽になり、レグは機嫌良く立ち上がって伸びをした。対照的に、ルードの無表情にはわずかに疲労が見える。
レグはここぞとばかりににやりと笑った。
「仕方ねえな、俺がお守りに行ってやるよ! 感謝して寝てな」
わずかに目を見開いたルードは、いつものように『ああ』とひと言答えたのだった。
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