第5話 勇者一行と妖精さん
この隙に鎖鎌を回収していると、ちょうど戦闘も終わったようだ。
はしゃぐ一行が、レグの目には随分眩しく見える。中級の魔物で精一杯だった勇者が、手負いとは言え上級魔物を下せるようになった。
(やるじゃねえか。ま、俺が育てたようなモンだからな)
レグは、じんわり温かくなった胸元を乱暴にこすって、そっぽを向いた。
「ねえ、ところでその人は?」
拳闘士らしい軽装のララが、レグを眺めて首を傾げた。
「そうだ、あなたはどうして一人で? いや、この龍は随分傷ついていた、もしやあなたの仲間は……」
沈痛な面持ちになった勇者に、レグは腹立ち紛れに事実を伝えてやった。
「違ぇーよ、置いてかれたんだよ! 俺を置いて逃げやがった!」
「え、ええ? まさか、そんな……こんな場所で置き去りにされては……」
ますます表情を曇らせる勇者は、腰を下ろしたレグの側に座り込んだ。
「僕らは先に進まないといけません。送ることはできませんが――」
そっとこちらへ伸ばされた手を用心深く見つめていると、気付いた勇者が苦笑する。
「大丈夫、回復するだけです」
ふわり、と柔らかな光と共に足の痛みがスッと引いた。
「もう、アウル様ってば……回復なら私がしますよ」
「ごめんねシャーナ、でもこれくらいなら僕でもできるから」
頬を膨らませたのは回復術師だろうか。勇者パーティは勇者・重騎士・拳闘士・魔法使い・回復術師の5名、それぞれ随分様になったものだと、レグは柄にもなく感傷的に目を細める。
「おーい、宝箱、あったよ!」
その声に、勇者パーティの面々が歓声をあげて駆け寄り、レグのこめかみにはにピシリと青筋が浮かぶ。あの野郎……俺を囮にして宝箱を設置しやがったな。
先に開けておいて、なんて皆へ声をかけた勇者は、再びレグに視線を戻す。
「あと、これを。僕たちは余裕を持って準備してあるので、差し上げます」
何の気なしに受け取ったそれに、思わず目を剥いた。
「は?! 脱出球?!」
ダンジョンから脱出できる使い捨ての転移魔道具。ダンジョンには必需品だが、非常に高価な魔道具だ。当然、行きずりの人にポイと渡すものではない。
「お前、何考えてんの?! 馬鹿だろ!」
つい声を荒げて突き返そうとすると、勇者はキョトンと目を瞬かせて笑った。
「ふっ、意外といい人なんですね。黙ってもらってしまえばいいのに」
「お前に言われたかねえよ?! 意味のねえ施しは怪しすぎるだろ。心配しなくても、一人で入り口まで戻ることくらいできる」
「意味、意味ですか……」
顎に手を当てた勇者が、うーんと首を捻った。言外に『面倒な人だな』と言われている気がして腑に落ちない。
「じゃあ、ひとつ。僕ら、実は勇者一行なんてものなんですよ。皆さんの善意で旅をしている。だから、というのもありますし、あと……」
くすりと笑って、勇者はぐっとレグの耳元に顔を寄せた。
「妖精さんがね、喜んでくれるんじゃないかと思って」
「…………は?」
レグは、間近にある綺麗な顔をしげしげと眺めた。そうか、ほのぼの勇者だと思ってはいたが、度を超していたらしい。
「絶対、誤解していると思うんで言っておきますけど、ソレじゃないです。僕がそう呼んでいるだけですよ。いるんです、旅を守る妖精さんが。これまでの旅で、運がいいではすまない恵みがありました」
難関のはずのダンジョンを妙にスムーズに抜けられたり、手強い敵、中には歯が立たなかったはずの相手もいたのに、誰一人欠けることなく今まで来られたこと。とうとうと語られるそれに、思わずレグは言葉を失った。
「――あと、食糧が尽きそうになるとちょうどいい獲物が現われたり、行商人に出会ったり。あまりにも、出来すぎた偶然が重なるんです」
レグの背中を、冷たい汗が伝った。やべえ、気付いてる。勇者、割と気付いてる。だけど大丈夫、行商人の時に顔は見られないように隠していたし、適宜メリリも使ってうまくやっていたはずだ。レグであるとはバレていない……はずだ。
「そう言えば……今も食糧が乏しくなっていたんですが、もしかしてその袋、食糧だったりします?」
ダンジョンの魔物は、急いで解体しないとダンジョン自体が吸収して消え去ってしまう。貴重な素材をメインにはぎ取っていれば、どうしても肉は後回しになって取りこぼす。今回の地龍も、今後の武器素材となる貴重な角や骨の入手を急いでいるようだ。
勇者の視線を辿って、そう言えばとルードに渡されていた袋を開いた。中身を確認した途端、レグははらわたの煮えくりかえりそうな顔をする。
「えっと、その、違いました? ……なんか、怒ってます?」
「怒ってねえよ! ほらよ、これでいいならやるよ!! 回復と脱出球の代金には全然足りねえけどな!」
いっぱいに詰められた食糧を押しつけ、今さらながら嵌められたと歯ぎしりする。
「い、いいんですか? そのう、今の僕たちにはお金よりもずっと価値のある物ですから……」
いいからさっさと行け、と身振りすると、勇者はぺこりと頭を下げて仲間の方へ駆けて行った。
こちらを気にする勇者一行に背を向け、レグはスタスタとダンジョン入り口の方へ向かう。
その角を曲がれば、おそらく……。
「――っ!」
腕を組んで壁面に身を預ける美丈夫が目に入った瞬間、レグが飛びかかった。
当たり前のように拳を躱され、怒りのままにその胸ぐらを掴む。
「てめえ、俺を嵌めやがったな……!」
「そのつもりはない。説明の時間がなかった」
淡々とした声音は、しごく真っ当なことを言っていると理解できる。しかし、それはそれ。
「一発、殴らせろ!」
「……断る」
この野郎、危なげなく躱しやがって……鎖鎌を使ってやろうか。レグが不穏なことを考えた時、ルードがため息を吐いた。
「……報償金」
「ああ?!」
「あれなら、減給されん」
暴れるレグの身体が、ピタリと止まった。しばし、脳内で金勘定が繰り広げられる。
「……ふーん、お前、報償金のこと考えたわけ? ま、いい判断だったんじゃねえ? 俺じゃねえと対応できなかったと思うけどな! 次からはお前もサボらず戦えよ?」
減給どころか解任の危機すらあったことを思い出し、レグはにっこりと微笑んだ。ついでに、いけしゃあしゃあとルードを戦闘に参加させることにする。
「納得したなら、行くぞ。勇者が転移地点を越えたら厄介だ」
「言われるまでもねえ」
大きな手が無造作に首根っこを掴むに任せ、レグは発動した転移に身を任せる。
……しかし、もうちょっとマシな場所を掴めないのか。子どもか動物のような扱いに、ルードのレグへの扱いが透けて見えるような気がしてならなかった。
「――そう言や、勇者サマ俺らのこと勘づいてるっぽいぞ」
地龍の角煮を頬ばりながら、レグはダンジョンでの出来事を切り出した。
「えっ?! 勇者様って素直だし全然気付いてなさそうだよ? 気のせいじゃない?」
ルードにたっぷりと角煮をよそってやりながら、リリイが振り返る。
ダンジョンに籠もる勇者一行には悪いが、自在に転移できるレグたちは、今日もダンジョンの外でリリイの飯を堪能していた。もちろん、勇者一行が安全地帯で落ち着いたのを見計らってのことだ。
「そうでもねえ、いや、マジでそう思ってんのかもしれねえけど。あいつ、旅を手助けしてくれる『妖精さん』っつってたぞ」
「――ぶっ! ごほっ、ごほっ!」
「る、ルードさん?? 大丈夫?」
激しくむせたルードに困惑しつつ、リリイがせっせと広い背中をさすった。
「――てことで、俺だってことはバレてねえと思うが……もしかしたら、もしかするかもな」
一通りの説明を受け、リリイも頭を抱える。
「うーん、微妙。にしても、よりによってレグが『妖精さん』はないわぁ」
「――っふ!」
どうにか咳を収めたはずのルードが、再び大きな身体を丸めた。
すぐさま何事もなかったように姿勢を正したものの、時折小刻みに震えている。ただし、不自然なほどに無表情ではあるが。
「お前さ、一体何を想像したわけ……?」
三白眼に睨み上げられ、ちらりと視線が下がって二人の視線が絡む。と、ルードの震えはかえって大きくなった。慌てて逸らされたそれが、決して怯えではないことが分かるだけに、レグの瞳はさらにつり上がらざるを得ないのだった。
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