第4話 頼らない
「――ここ、一人で行けってのか?」
「私もいるが?」
独りごちた台詞に、憮然とした言葉が返ってくる。それをことさら無視して、レグはうんざりと目の前の洞窟……いわゆるダンジョンを眺めた。
「本当にここに魔王城への鍵があんのか? 戦力を削ぐためのガセじゃねえの?」
「最難関だもんねえ。だけど、ここだけは最初から最後まで占術に出てくるらしいし、最後の試練ってやつ? だけど大ジョブ大ジョブ、ルードさんがいるから生きては帰れるって! 多分!」
外で待つ気満々のリリイが、気楽に言って背中を叩いた。それを受け、レグは胡乱げな瞳で傍らの男を見上げた。
「じゃあお前さ、勇者と俺が同時に危機的状況にあったら、どうすんだよ」
「お前を捨て置く」
「せめて、勇者を助けるって言えよ?!」
言い方ってもんがあるだろ! 地団駄を踏むレグを、無表情なりに面白そうに眺めているのが分かる。些細な変化に気付けるようになったのがまた、過ごす日々の長さを示すようで腹立たしい。
「ほらほらぁ、早くしないと追いつかれるよ!」
「お前は気楽でいいよな?!」
けして優しくない手つきで背中を押されつつ、レグは重いため息を吐いてダンジョンへと足を踏み入れたのだった。
旅も終盤の今や、ルードの転移なしに宝箱の設置もままならなくなっていた。
ただ、ルードが知覚した場所でないと転移不可。やはり勇者より先にダンジョンを進んでいる必要がある。魔物の脅威度も上がり、レグ一人で戦闘するのは中々に鬼畜の所行だ。
勇者一行より1階層先に進み、転移で戻って様子を見つつ宝箱を設置する、その繰り返しだ。その過程で強敵も一掃できるが、戦闘に時間がかかれば勇者らに追いつかれてしまう。
――その焦りが、手元を狂わせたのだろうか。
「――っぐ!」
散った鮮血が視界を掠め、呻き声を呑み込んだ。目前には、大きく開かれた顎。さすがに……地龍二匹を一人でいなすのは分が悪い。一匹目を下した気の緩みがあったのかもしれない。
「レグ!」
「っるせえ! 勝手に俺の名を呼ぶな!」
剣に手をかけたルードを睨み付け、岩に絡めた鎖を頼りにその
思い切り引いた鎖のままに、投げ出された身体が地面に激突してまた呻く。うねる尾による追撃を転がって避け、跳ね起き様に鎖鎌を振りかぶった。
「チッ、……疾風っ!」
瞬間、レグの手にあった鎖鎌が消え、声にならない地龍の苦鳴が響き渡った。
そして――その喉を掻き切った鎖鎌は、土壁にめり込んで鎖を揺らしていた。
「ほう……魔法を武器に適応できたか」
いつの間にかすぐ側にいたルードが、感心したような、半ば呆れたような無表情で見下ろしている。だからコイツの前で使いたくなかったと、レグはため息を零した。
レグのようなソロ冒険者にとって、隠し球をいくつ持てるかが勝負だ。よりによってコイツの前で、大切なひとつを使ってしまった。
「意地を張るな、参戦する」
「意地じゃねえよ、お前を信用してねえだけだ」
「そうか。だが、そうも言ってられん」
庇うように前へ立たれて、むっと眉根を寄せる。その背中の向こうから響く咆吼は、さっきの地龍と同種のものだろうか。
「どけよ、俺がやる」
「その足でか?」
……バレていたらしい。痛む左足をさりげなく隠したところで、今さらだ。
もう一度聞こえた『意地を張るな』の声音が新鮮で、レグが訝しげにその顔を見上げようとした時、その背中が消えた。
「……くっそ、むかつく」
さすがは、王の影。危なげなく圧倒していく様が面白くない。
これが共に戦えば、必ず頼る羽目になる。寄りかかることに慣れれば、次に一人で立つのは難しい。ましてや、寄りかかろうとした時に避けられたら。
命は、ひとつしかない。生半可な信頼で預けられるものではない。
剣を一振りして戻って来たルードを見やって、フンと鼻を鳴らす。
「ま、いいか。どうせ俺は辞めるからな。次なんか、考えなくていいか」
せいぜい使えるものは使って、楽をすればいい。命のやり取りをするのは、この任務で最後だ。
「辞める……?」
聞きとがめたルードが、眉間に皺を寄せた。
「ハッ、任務は途中で辞めねえよ、終わってからのハナシ。たんまり報償もらったら、もう働く必要ねえだろ」
南国の楽園で、優雅に長い長い余生を楽しむのだ。そのためならば、この任務だって耐えられる。うっとりと想いを馳せた所で、ハッと二人同時に視線を走らせた。
「やべ、もうそこまで来てやがる。……どっちもな! どうする?! 間に合わねえ!」
「仕留めなくとも、今の勇者ならば……。お前は、これを持て」
呟いたルードが前へ走り、地響きと共に姿を現わした地龍へ切りかかる。ぽいと投げられた袋をつい受け取って、レグは思い切りしかめ面をした。
「おいっ、もうほのぼの勇者が来るぞ! 倒してる暇はねえよ!」
もう、その角を曲がればこちらが目に入ってしまう。早く転移を、と視線を戻した時、レグの口から気の抜けた声が漏れた。
「……へ?」
いない……。
地龍を討ち取らんばかりに猛攻をしかけていたルードの姿は、影も形もなかった。
びっこを引きながら通路の奥に逃げようとしていた地龍も、状況に気付いたらしい。その表情が分かれば、きっとニヤリと笑っていたことだろう。
「くっそ野郎! 一人で逃げやがった?!」
そして、まずいことに地龍がこちらを獲物と定めたようだ。ルードが痛めつけた分、レグに怒りの矛先が向いている。
「だから! 信用できねえっつうんだ!」
見ろよ、こういうことになる。寄りかかっていないつもりだったのに、転移に頼っていた自分に腹が立つ。
既に勝利の咆吼を上げる地龍を横目に、足を引きずって鎖鎌の元へ駆けた。
「なっ……?! 大丈夫ですか?!」
地龍の攻撃を躱し、もう少し……という所で響いた声に、レグはビクリと肩を震わせる。恐る恐る振り返った視界には、駆け寄るキラキラした美青年が見えた。
げ、減給っ?! いや、減給ですめばいいが、任務失敗にでもなれば……今までの苦労は一体。
衝撃のあまり呆然と動きを止めてしまったレグの背後で、地龍が大きな口を開けた。
「危ないっ」
柳眉を逆立て、レグの前へまわった勇者が地龍の攻撃をいなす。一撃、二撃、さらに繰り出される攻撃を迎え撃ち、合間にお返しの一撃は入ったろう。
へえ、と思う間もなく背後から魔法の援護が入り、見上げるような大男が、盾を構えてレグの傍らへ立った。
「ウルズ、助かった! この人を頼むよ。ララ、行くよ!」
「任せて! ネアちゃん援護お願い!」
「ぬかりないわよぉ!」
魔法の援護を背負って、勇者とララと呼ばれた少女が突っ込んで行く。泥臭いが、着実に一手を重ねる堅実な戦法は、いかにもほのぼの勇者らしい。
「……あんた、やけに落ち着いているんだな」
「あ? ……ああ、驚いて声も出なかったというやつだ」
肩をすくめると、盾を構える男は不思議そうにレグを見やったのだった。
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