第11話 勇者と魔王とレグとルード

「――あいつ、青龍より弱くねえ?」

物陰から勇者一行の戦闘を覗き見て、レグが眉根を寄せた。ほどほどに頑張ってもらわねば、張りぼての魔王がバレるというもの。

「そう。だから、今まで出て来なかった」

覚えのない声に驚いて足下に目をやれば、白髪の女児がしゃがみ込んでいた。

「うおっ?! なんだお前?」

「白龍のミココチル。あ、降参」

緊張が走った瞬間の白旗宣言を受け、がっくりとレグの肩から力が抜けた。

「白龍? 魔王が白龍じゃねえのか?」

「魔王は、銀龍。休眠に入った」

なぜかレグから離れない猫を撫で、白龍は二人の質問に淡々と答えていく。

どうやら本当に戦意はないらしいと判断し、三人と一匹は戦闘の陰で飯を頬張りつつ、情報収集と体力の回復に努めることにした。


休眠中の魔王は、今はただの猫に身をやつしていること。魂を癒やして再び蘇ること。休眠中の姿は、姿であること。

「だから猫なのか?! くそ!! こんなの、どうやって息の根止めんだよ!」

悔しげに頭をかきむしる様を、猫が好きだったんだなと微笑ましく見守るルード。

「別に、放っておけば? 休眠も討伐も、魔王がいない期間はさほど変わらない。再任か新任かの違いしかない」

「え? 魔王ってそういう……? じゃ、あいつは?」

黒龍を指したレグに、白龍は首を振る。

「あいつに魔王印はない」

ほら、と猫を持ち上げて伸ばしてみせると、灰色の胸元に、何やら白く模様が見える気もする。



「――決着が、着く」

ルードがぼそりと呟いた。

早い……赤龍よりも弱いのか、それとも勇者たちの実力が上がったからなのか。

「あ……倒しちゃダ――」

しまった、と白龍が貪っていたパイから顔を上げた、ちょうどその時。聖光の輝きと共に断末魔の声が上がった。

「……ごめん。忘れてた」

しゅんと項垂れた白龍が、再び座ってもそりとパイを齧る。

「なんだ、何を忘れてたんだ?」

「呪い。黒龍の呪いが発動する」

その言葉を裏付けるように、勝利に沸いた一行から悲鳴が上がった。思わず駆け寄ろうとしたレグを、ルードが抑える。

「呪いなら、回復術師がいる」

そうだ、最高峰がそこにいる。しかし、白龍は再び首を振った。

「黒龍の魂を一部埋め込む、変質の呪い。普通に解呪できない」

一行のざわめきが次第に懇願と泣き声に変わり、レグは堪らず彼らの前へ姿を現わした。


「ああ……やっぱり居てくれた」

横たわった勇者がふわりと笑う。右手から広がってゆく黒い染みが、徐々に禍々しい質感へ変化している。

側には、完全に魔力を空にした回復術師が倒れ込んでいた。

身構える彼らを、勇者が弱々しく制してレグを招いた。

「お礼……言えない、かと。ありがとう、ございました。……さいごを、頼みます」

ほのぼのと柔らかかった表情は半分以上黒く塗りつぶされ、それでも凜とした気高さは王家の血だろうか。レグは、ぐっと拳を握った。

「……お前は、俺を信じるか?」

「はい」

即答、かよ。

微笑んだ勇者を見下ろし、レグは無理矢理口角を引き上げた。

「なら……応えてみせろ!」

誰の手も間に合わないまま、渾身の力で振るわれた鎌は、勇者の首と胴を離したのだった。



――青い空、青い海。広がる砂浜を前に、豪奢な天幕が広げられている。惜しみなく使われた環境調整の魔道具が、カウチソファで寛ぐ男に心地良い風を届けていた。

「……暑いんだよ!」

はだけた胸の上に乗られ、レグが鬱陶しげに灰色の猫を見やる。せっかく快適空間だというのに、なぜそこにいる。

「レグさーん! 海入りましょ、海ー!」

太陽でも背負ってきたかのような煌めきを連れ、アウルが満面の笑みでやって来た。ぱたぱたと滴る海水を避けて身体を縮め、レグは邪険に手を振る。

「勝手に入ってろ。つうか、なんでお前らがついて来んだよ……」

これは、レグの褒美で、レグだけのものではなかったのか。ふて腐れるレグなどお構いなしに、アウルの手が伸びた。

無造作に猫を払いのけ、ひょいと抱え上げられる。

「は?! こんの、馬鹿力がっ! 離せ!!」

「嫌ですよ! なんでしょうね、力強くなりましたよね! 龍の魂のせいなのか、神の雫と相性良かったせいなのか。みんなー、レグさん確保ー!」

抱え上げられたレグを見て、浜辺の元勇者一行+リリイが、水しぶきを上げてわっと沸いたのだった。


「――全然、全っ然休暇じゃねえ! なんで俺があいつらのお守りを……」

這々の体でアウルたちから逃れ、再びソファへ横たわれば、当然のように猫が乗る。

「暑い! うぜえ! どっか行け! 猫、それとお前もだ! いや、マジでなんでいるんだよ! あいつら連れて帰れよ!」

ぎろりと見上げた傍らには、長い手足をゆったり組んで寛ぐ美丈夫の姿。

「ちっ! 報償金貰ったら、仕切り直しだ。一人で楽しんでやる」

まあ、仕事を辞めれば王族と会うことも、こいつと会うこともない。そう思えば、この期間くらい大目に見てやろうではないか。

不承不承気を取り直したレグへ、いつもの視線が注がれる。涼しい瞳に楽しげな色を乗せたそれは……。

レグが訝しげに口を開こうとした時、真一文字であった口元が緩んだ。

「ふ、お前ほどの実力者、野放しにされると思うか?」

「は?」

ぽかんと口を開けたレグを眺め、その瞳の色はますます豊かな彩りを浮かべて眇められた。ぐっと間近く覗き込む瞳を見上げ、レグは湧き上がる嫌な予感を無視しようと努める。

「……から、逃げられると思うな」

端正な顔が、にやりと――笑みを浮かべた。


穏やかな砂浜には、レグの絶叫が響き渡ったのだった。

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