第2話 替えがきくので大丈夫

「……フーン。勇者サマ、ちっとばかしマシになったんじゃね?」

裂帛の気合いと共に振り下ろされる剣筋を目にし、レグは鎖鎌を握る手から力を抜いた。


王都から離れてしばらく、今日も今日とて勇者サマのお守りをしていたレグだったが、魔王の居城への旅も中盤を迎え、このところ仕事が楽になっていることを実感している。曲がりなりにも勇者に選ばれるだけの素質はあったのだろう、あのほのぼの勇者にも。

いずれにせよ岩しかない荒野広がるこの場では、身を隠してのサポートも簡単ではない。彼らで魔物を倒しきってくれるなら重畳だ。

「きゃー! 素敵ぃ! 汗まで輝いて見えるぅー!」

彼らが苦戦している魔物はゴアエイプ、3mを越える巨体の割に、俊敏で力強い猿型の魔物。これは『ちっとばかしマシ』のレベルで太刀打ちできる相手ではない。着実に勇者一行が成長している証でもあった。

小声で大騒ぎするという器用なことをやっていたリリイは、ふと視線を険しくして勇者たちの戦闘から視線を外した。


「……大丈夫なんじゃねえ?」

「じゃねえわよ! ほらさっさと行って、バレないうちに!」

まなじりを釣り上げてレグを追い立て、いそいそと自分は観戦……もとい勇者の見守りを続けるらしい。

「勇者様……本当に頑張ってるぅ。強くなったのね……私はちゃんと見ているからね!」

リリイは感涙すら浮かべてその姿を追う。ちなみに彼女も勇者パーティに志願はしたものの、落ちた。諜報員はいらんと言われてべそをかきつつ、ならばとこの勇者日影部隊の報・連・相係に立候補したのだ。まあ、レグから相談はされたことがないけれど。

「やっぱり王都から離れるにつれ、魔物は強くなってきてるわ。勇者様の実力も確実に上がっているけど……」

本当に、この調子で魔王討伐など叶うのだろうか。密かに魔法で援護しつつ、リリイの表情は優れなかった。


一方リリイに追い立てられたレグは、明らかに勇者たちを目指す2体の大きな影を発見してしまい、渋い顔をしていた。

「チッ、これは確かに大丈夫じゃ……ねえ!」

ブツブツ零しつつ、見下ろした大岩の上から飛び降りる。あわよくばこのまま1体目の延髄を掻き切れれば……と思ったものの、そこは相手も雑魚ではない。ゴアエイプはレグが背中に着地する寸前、ハッと身を捻った。

「逃がさねえ!」

じゃっと放った短剣は狙い違わずその肩に深々と潜り込み、くさびとなってレグと魔物を繋いだ。たまらず上がった悲鳴が、思いの外荒野に轟く。

「げっ?! 騒ぐな! あっちにバレたら減給される!!」

焦るレグを尻目に、ゴアエイプは跳ね上がるように立ち上がった。伸びきった鎖に引かれ、レグの身体が宙へ舞い上げられる。すかさず捉えようとした豪腕をするりと躱し、ついでに鎖で絡め取れば、今度は刺さった短剣が引かれて魔物の身を抉った。すっぽ抜けてきた短剣共々真横へ振られたレグは、叩きつけられる寸前、身体を翻して岩壁を蹴った。


「大人しく俺の――退職金になれ!」

呻くゴアエイプの眉間へ左手の短剣を投擲、突進してきたもう一体へ右手の鎌を放った。

一瞬の空白の後、巨体が静かに傾いでいく。荒っぽく鎖を引けば、手元へ戻る武器と共に、もんどり打った巨体が辺りを揺らした。

「これは、ボーナスもんだろ。俺、この任務終えたら仕事辞めて――」

にやりとほくそ笑んだ時、緊急通信の魔道具が作動した。

『早くーー宝箱! 倒されちゃうー!! ゴアエイプ、もうちょい耐えろー!』

焦るリリイの支離滅裂な声に、サッとレグの表情が変わった。まずい、強敵打倒後のご褒美宝箱は、まだレグの懐にある。ボーナスがチャラになってしまう……!!

「疾風!! うおお、間に合えー!」

風をまとって放たれた矢のように走るレグの目に、ようやく巨大な影が目に入る。そして、聖剣を振りかぶった勇者の姿も。


無情にも振り下ろされた聖剣が光の軌跡となり、今まさに傷だらけのゴアエイプを切り裂いた。動きを止めた巨体が、ゆっくりと崩れ落ち――

ホッと安堵の息を吐いた時、勇者は視界を横切った影と、不自然な鎖の音を聞いた気がしたのだった。


「――はあっ、はあっ、はあっ……きっっつ!!」

「よし、よーし! 無事宝箱入手! なぁんてチャーミングな笑顔!」

遠見筒片手にはしゃぐリリイの傍らで、レグは汗と泥にまみれて大の字になっていた。

「なあ、これっ、そろそろ無理があるんじゃね?! やめにしようぜ! 次行くダンジョンとか、広々した平原だぞ?! 見つからずに宝箱設置とか不可能だろ!!」

「そうなのよ~。愛しの勇者様も実力が上がって誤魔化しがききづらくなってきたし」

「魔物のレベルだってさらに上がるぞ? 俺一人で気付かれずに片付けるとか、フザけんなよ」

「そこは、まあレグも一応トップクラスの冒険者なわけだし? でも大丈夫、レグの場合は、やられてもちゃんと替えがきくから!」

爽やかな笑顔で親指を立ててみせるリリイに、間髪入れず短剣をぶん投げた。にゃあっ、なんて妙な声を上げて躱され舌打ちする。じゃらりと地面へ伸びた鎖をたぐり寄せ、レグは軋む体を起こして岩へもたれかかった。


「あっ、そう言えばあんた素材は?! 勇者様のための大事な素材!」

「ああ? 回収する暇があったと思うか?!」

三白眼がさらに鋭く眇められ、危機を察知したリリイが素早く逃げた時、フッとレグの前が陰った。

「あれ? ルードさん、わざわざどうし――はっ、やだもしかして私を心配して……?!」

ぱっと頬を染め出したリリイを放置して、ルードがレグを見下ろした。相変わらずの無表情に、レグの元々悪かった機嫌がさらに悪くなる。

「……俺に何か用か? 素材はあっち。さっさと持って行けよ」

「分かった。あと、今後は私も同行する」

顎をしゃくって指したレグに怒るでもなく、ルードは淡々と告げてかき消すようにいなくなった。恐らく素材の回収に行ったのだろう。

「な、 同行って――」

残されたのは、クネクネと身悶えするリリイと、ポカンと口を開けたレグだけだった。

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