6話 男心は難しい

 「七瀬さん、コーヒーいる?」

 「あ、編集長、ありがとうございます」


 涼と再会して1週間後。

 その間、何も起こらず、平和に過ごしていた。


 拓海と一緒に買い物に行ったり、公園に行ったり、仕事をしたり、の繰り返し。そろそろ子供持ちっていうのも慣れてきたかな、って感じです。


 ただ、問題は。

 「舞華、オムライス美味しい」

 「そうですか。よかったです」

 そう、涼だ。あろうことか、ふらっと我が家にやってきては、拓海と遊び、ご飯を食べ、帰っていく。もう!!鬼桜先生ファンに見られたら、私、死ぬ。スキャンダルだよ!!スキャンダル!!

 

 「俺が入れたコーヒーは、どう?」

 「・・・・・・憎らしいほど美味しい」

 「良かった」

 こないだなんて、近所の人に、彼氏かっこいいわね。って言われたんだからね!!全くもって違いますから!!

 でも、拓海は懐いてしまっているし、ああ、もうどうすればいいのよ!?



 カタカタカタカタとパソコンのキーボードを叩いていく。最後にエンターキーを、タンッと叩く。

 「編集長の入れるコーヒー、めちゃくちゃ美味しいです」

 「そうかしら?旦那のおかげね」

 「旦那さんの?」

 「ええ。私の旦那ね、喫茶店を開いているのよ」

 「へえ。いいですね。今度行ってみよ」

 「その時は私がご馳走するわ」

 「よろしくお願いします」

 

 編集長の名前は、坂本千鶴さかもとちづるさん。妖艶な美女、って感じで、モテる。でも、もう40後半。下手したら、30歳くらいにしか見えない。下手しなくてもだけど。よくナンパとかされるらしいけど、持ち前の美脚で撃退しているらしい。そんな彼女をいとめた旦那さんに会ってみたい、と思ったり。


 「舞華〜、お客さんだよ〜」

 「へ?私に?」

 「そうそう。なんだか、めちゃくちゃイケメンの弁護士さん」

 「はい?弁護士?」 

 私、何か訴えるようなことしたっけ?もしかして、涼との不倫?いやいや。まず付き合ってもないし?いや、もしかしたら涼の彼女が・・・・・・。いや、涼彼女いないって言っていたし?




 ◇◆◇




 下のカフェにいくと、オーラ?何かが違う男の人がいた。


 「こんにちは。七瀬舞華です」

 「こんにちは。颯樹里です」

 へえ。確かにイケメン。うん。いかにも女の子が好きそうな顔をしている。そうだな。あだ名は優男やさおだな


 「で、弁護士がなんのようですか?」

 颯さんはものすごく心外!!というような顔をした。

 

 「え!?俺のこと覚えていないの?」

 「ええ。新手のナンパですか?」

 「えー。ひどいなあ。やっぱりサイラスのことしか覚えていないのか」

 「あ、ああああああああ!!!!!!!」


 その優男の正体を思い出した!!


 「えっと、サイラスの右腕の、えっと、えっと、誰だったっけ?名前忘れた!!あ、思い出した!!机!!デスク!!」

 「いいや違うから。デクス!!」

 「ああ。久しぶり〜。元気だった?」

 「ああ。おかげさまで」

 「へえ。本当にあっちの世界の人たちも転生してるんだ」

 「変わらないね、舞華ちゃんも。俺、結構こっちでいろんな子と付き合ってきたけど、舞華ちゃんみたいな綺麗な子って、いなかったよ?ていうか、この会社、美人多すぎじゃない?大丈夫?セクハラとか」

 「全然大丈夫。何?その心配。っていうか、涼にあった?」

 「うん、結構前に」

 「そうなんだ」

 「っていうか、涼、って呼んでるんだね。舞華ちゃん」

 「うん。そうだけど?」

 「うん、って。あの頃みたいに、ソワソワ、バタバタしている舞華ちゃんを見に来たのに」

 「あれは、一応私だけど、今の“私“じゃないから」

「まあ、そうだね」


 なんのために来たの?こいつ。わざわざここまで。


 「で、なんのために来たの?」

 「なんのためって、俺が会いたいから来たんだよ?」

 「はあ?」

 「いや。涼くん、俺が舞華ちゃんに会ったよって言ったら、どんな反応するのかなって」

 「いや、普通でしょ。今更」

 「ほら、前はやばかったでしょ。嫉妬で狂って、城を崩壊させそうになったじゃん」

 「まあね」

 

 すいません、と店員さんを呼んで、コーヒーを頼む。

 

 「本当にさ。びっくりしたよ。少年、青年漫画とか読んでると、君たちのような関係の話、全く出てこないから。逆に、討伐する側と、討伐される側じゃん?」

 「本当に、ね」


 注文したコーヒーが届いたので、まだあったかくて湯気が立っているコーヒーを、口に運ぶ。うん。涼が入れたコーヒーの方が美味しい。



 ここで一応、私たちのことを話しておいた方がいいのだろうか。


 私と涼は、普通の勇者と魔王ではない。私たちは元々、“夫婦”だったのだ。ただ、色々あって、最終的に、私たちは、勇者と、魔王になってしまった。

 まあ、その間に何があったのか、とかは、また今度ね!



 「まあいいや。舞華ちゃんに会えたし。俺は満足!!じゃあ、LINO教えて!!」

 「え?なんで?」 

 「なんで?って。グループLINO作りたいじゃん。“前世組“って」

 「私抜きでやりなよ」

 「ほうら。もしかしたら、“あいつ“も、転生してるかもよ。その時、情報網が広い方がいいでしょう?」

 「・・・・・・。まあ、そうね。いいわよ。で、デクスのことはなんて呼べばいい?颯?樹里?どっちでも呼べそうだけど」

 「じゃあ、樹里で!!」

 「わかった。じゃあね。樹里。あと、気軽に訪ねてこないで。私にだって仕事はあるんだから」

 「はーい」


 樹里とはLINOを交換して別れた。


 

 「で、舞華。あの男性とはどのような関係で?」

 樹里が帰った瞬間、佳奈が後ろから飛びついてきた。


 「佳奈。そんな関係じゃないよ。ただの、え。なんだろう。昔の仲間?」

 「え。何それ。っていうか、約束覚えているよね?スーパーイケメン保育士に会わせるって」

 「約束したっけ?」

 「したわよ」

 「いや、してな・・・・・・」

 「しました」


 うーん。会ってくれるかな?涼。そういうの嫌いそうだけど。


 「わかった。じゃあ、聞いてみるわ」

 「ありがとう!!」

 「結果が悪くても怒らないでね?」

 「いいのいいの。私の好みじゃないかもしれないし」

 

 つくづく思う。女子関係って、難しいなって。



 ◇◆◇




 「拓海〜!!迎えに来たよ〜!」

 他の仕事も相待って、拓海を迎えに行くのが少し遅くなってしまった。


 「おお。遅かったな」

 「悪いわね」


 涼は、当たり前のように、出てきて、遅かったな、という。私も、もう決まり文句のように、悪いわね、とか、悪かったわね、とか憎まれ口を叩く。


 「まいちゃん、おちゅかれ」

 「拓海も、お疲れ。遅くなってごめんね」

 「いいよいいよ」


 うちの子。なんて素直でいい子なの!!いいこいいこしてあげる〜!!


 拓海の頭を、わしゃわしゃと撫でまくる。拓海はくすぐったいのか、身を捩らせているけれど。涼は何?こいつ。親ばかか?みたいな顔で見てくる。はんっ。わかんないでしょうね。あんたには。


 「今日も変わりなかったぞ〜」

 「そう。ならよかった。てか、あんた。私たちに対して、適当すぎない?他の家族には、ちゃんと、何々があって、何々をしていて、みたいな、ちゃんと説明しているのに」

 「まあな。でも、何かあったら、LINOできるだろう?」

 「まあ、そうだけど」

 「じゃ、そう言うことで」


 それだけ言って、さっさと部屋に戻っていってしまった。


 全く。なんなのよ。


 つんつんと服を引っ張られ、下を向くと、拓海が眠そうに、はやくかえろ、とあくびをしながら言った。


 「あ、はい。すいません。帰りましょう」




 ◇◆◇




 家に帰り、拓海を風呂に入れ、大急ぎでご飯を作って、毎夜恒例の読み聞かせをして、拓海を寝かしつける。ここまでが、夜の私のルーティーン。あっという間に夜の9時過ぎになる。そして、私は自由時間を過ごせる!!!


 冷蔵庫を開けて、週末の金曜日にだけ飲むことができるビールを出す。プルタブを開けると、プシュッといい音がする。よし、飲もう!!1週間お疲れ!!私!!


 グイッと飲もうとした瞬間。


 

 ピコンピコンピコンピコンピコン



 ビクッ。急に通知音がめちゃくちゃ鳴り始めた。


 全く。誰だよ。こんな時間に。


 ロック画面を見ると、そこには、涼からのびっくりするほどのLINOが来ていた。


 【おい】

 【見てるか?】

 【聞いてるか?】

 【未読スルーするんじゃねえ】

 【早くスマホ見るべし】

 【俺、もう寝るぞ】

 【ラーメン食いてえ】

 【早くしろよ】

 【ぷんぷん怒っているスタンプ】

  ・・・・・・・・・・・・などなど


 通知は、99件くらい来ていた。なんなの?マジでなんなの?


 次の瞬間、ブーブーと電話がかかってきた。着信先は、もちろん涼。



 「ねえ。なんなの?何か用?」

 『LINO見るのの遅えよ』

 「仕方ないじゃない。拓海を寝かしつけていたんだから」

 『それより、お前、今日、樹里に会ったんだってな』

 「ああ、樹里?会ったけど、何か?」



 あれ?なんか、こいつ、キレてないか?



 『何か言われたか?』

 「あー。LINO教えてって言われたから、教えたくらい?」

 『なんで教えた?』

 「ほら、“あいつ”も転生してるかもでしょ?だから、情報網は広い方がいいし、一応弁護士だから、何かあったときに便利かなーって」

 『・・・・・・そうか』



 なんなのよ。全く。



 『ああ、そうだ。お前、明日、休みか?』

 「休みだけど?一応」

 『用事はあるか?』

 「用事?そうねえ。あっ!!そうそう。近くで夏祭りがあるらしいから、そこに拓海を連れて行こうかな、と」

 『そうか。何時からだ?』

 「えーっと、確か、6時くらいから。家から歩いて行けるから、混まなくて済むな、と思って』

 


 なんか、機嫌が良くなった気が・・・・・・。



 『そうか。なら、それ、俺も行くから』

 「はっ!?」

 『ってことだから、じゃあな。おやすみ』

 「ちょっと、あんた__」

 


 ちょっと、あんた、仕事は!?と聞く間もなく、ブチっと電話を切りやがった。


 全く。なんなのよ。男心は難しいわ。本当に。



 「もう!!男は勝手なんだから!!」



 涼への当てつけのように、グイッとビールを喉に流し込んだ。

 

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前世倒した魔王が“スーパーイケメン保育士”になっていた件について。 うさぎ咲 @usagisaki

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