4話 前世勇者だってリア充になりたい!!

 涼と別れたあと、私は、本社に帰って、録音した音声を文字に起こす。本当は、文字に起こすアプリがあるのだが、私はタイピングがものすごーく速いと自負しているので、手作業でする。あの、パソコンのキーボードをカタカタする音が、たまらなく好きなのだ。


 それにしても・・・・・・。まさか、スーパー保育士が、前世倒した魔王だったとは。世の中って狭いものだね。

 でもなあ。会いたくなかったなあ。どっちにしろ、拓海を迎えに行かないとだから、これから会うことはあるんだろうけど。

 普通の、漫画で見る勇者と魔王だったらよかったのに、と思う。


 あああああああああ。私の精神が崩れてくるのがわかる。タイピングの音がカタカタカタカタカタカタ、と次第に大きくなっていく。周りの人たちが、大丈夫か?こいつ、と思っているのがわかる。視線が痛い。

 カタカタカタッタンッ

 

 「よし、終わった」

 「舞華、大丈夫?」

 恐る恐る、と言った様子で佳奈が尋ねてくる。

 「ええ。それより、私、先にあがるわね。拓海を迎えに行ってくるわ」

 「そ、そう。明日、スーパーイケメン保育士がどんな人だったか、教えてよね」

 「それまで私の心が持てば、ね」

 「は?」

 

 時計を見れば、もう6時前。急がなければ。



 ◇◆◇



 「すいません。遅れました」

 猛ダッシュで園に駆け込む。

 「おう。遅かったな」

 げ。

 「なんでまだいるのよ」

 「保育士だからだ」

 ドヤ顔で答える涼。

 「で、拓海は?」

 「見りゃわかるだろ」

 拓海は、涼の膝の上で、気持ちよさそうに寝ていた。

 「すぐに友達ができてたぞ?お前の甥っ子だったっけ?拓海。お前と血が繋がっているはずなのに、なんてこんなに素直でいい子なんだろうな」

 「私ほど素直で天使のように心が真っ白で、頭もいい。こんなハイスペックな女性いないと思うけど?」

 「それをいうなら、俺のように顔が良くて、子供ウケが良くて、女性がすぐに魅了される男性もいないと思うが?お前、男性経験ないだろ?」

 「・・・・・・っ。余計なお世話よ!!」

 「ふん。図星か」

 「あ、あんたねえ!!」

 「ほらほら。静かにしろよ。拓海が起きるだろう?」

 悔しいけど、正論なので、黙る私。


 「大丈夫か?拓海抱いて帰れるか?」

 多分、私の腕にかかっている大荷物を見てそう言ったのだろう。

 「もちろん。勇者の腕力なめないでよね」

 「はいはい。おみそれしました。あ、あとこれ、連絡ノートな」

 「ありがとう」

 

 帰ろうとしたとき、涼に、ちょっと待って、と声をかけられた。

 「何?」

 「うーん。やっぱ、俺も帰るわ」

 「は?あんた、仕事はどうするのよ?」

 「俺の今日のシフトは、6時30分までなんで。それに、お前んとこ以外全員もう帰ったし、帰る方向同じだから」

 「でも・・・・・・」

 「ってことで、すぐ支度してくるから、3分待っとけよ」

 

 え、あ、え?と私があたふたしているうちに、エプロンを脱ぎ、私服に着替えた涼が出てきた。

 

 

 「お待たせ。家どこ?」

 「ここから真っ直ぐ行って、歩いて10分くらい」

 「へえ。結構近いんだな」

 「涼は?」

 「俺もそんくらい」

 「ふーん」

 

 涼は、拓海を抱っこしてくれている。


 「本当によかったのに・・・・・・」

 「それにしてもなあ。お前も、こっちにいたなんてな」

 「お前?」

 しまったというような顔をする涼。

 

 「私たち以外にも誰かいるの?」

 「んー。まあ、ぼちぼちわかるだろ」

 「ケチ」

 「あ?」

  

 そんな話をしていると、イチャイチャしているカップルとすれ違った。

 「あー。私も彼氏欲しいなー」

 「え。お前、彼氏いなかったのか?」

 「いませんよ。できたこともないですよ。なんでかなあ」

 「ふーん。まあ、可愛いいこともないがな」

 「何よ。その上から目線。そういうあんたはできたことあるの?」

 「あ?彼女はできたことないが、俺に言い寄ってくる女はたくさんいたぞ?」

 「は?生意気ー。あんた、前からそうだったもんね。勇者だってね、リア充に一度放ってみたいのよ」

 「はあ」

 

 マンションの前に着いたので、涼と別れる。

 「じゃ、ありがとう」

 「ああ。またな」

 ぽんぽん、と私と拓海の頭を叩いて、ポケットに手を突っ込んで涼は帰っていった。




 ◇◆◇




 「涼先生、なんか、S出版社の人から電話で、涼のことを取材したいんだって」

 園長先生、もとい、望美さんからそう言われたのが、2週間前。


 「え。なんで?」

 「なんか、スーパーイケメン保育士として名高い鬼桜涼先生の特集?というか、子育てに悩んでいるお母さんを応援する企画だそうよ」

 「げ。面倒臭そう。断っといて」

 「そうね。でも、これがきっかけで入園希望者が増えてくれるかもしれないじゃない」

 

 望美さんは、見た目は優しそうなオバサンだけど、その腹の中は結構黒い。子供も好きだけど、お金も大好き。優先順位は、子供、お金、その他。みたいな人だ。見た目に騙されないようにご注意を。


 「わかったよ。ただし、今回限りだからな」

 「もちろん」



 そして、約1週間後。

 特殊な環境にある子供が入園してくることになった。

 親が死んで、今はお母さんの妹が預かっているという子供。その妹の顔写真を見た瞬間に、わかった。彼女は、勇者カイラなのだと。



 早く会いたい。彼女を見たい。会って、話がしたい。でも、会いたくない。見たくない。でも、会いたい。


 

 彼女の預かっている子供、拓海の初登園までの7日間は、7年過ごしているんじゃないかと思うほど、長く感じた。


 拓海の初登園の日は、俺はその日、取材が入っていたから、シフトは午後からだから、会えなかった。会えようと思えば、会えたはずだが、どこかで、会いたくない、というブレーキを、少しだけ、踏んでいたのだと思う。



 今日は、もう会えない、と思っていた矢先、取材先の記者が、舞華だったときの驚きは、ものすごく激しかった。イチゴだと思って食べたら、唐辛子だった時よりも。

 

 彼女は、綺麗だった。あの世界でも綺麗だったけど、もっともっと、ずっと、輝いていた。好きなことを、しているからだろう。

 彼女も、俺のことを見て、固まるくらいびっくりしていた。その時の顔は、ものすごく面白かったけど。


 会いたくて、会いたくて、会いたくてたまらなかった。彼女を見たら、今まで溜めてきたものが、ぼんと爆発してしまいそうで、頑張って、それに、自分で着火しないように、着火されないように、頑張って、胸に秘めた。



 最近、よく、思うことがある。俺と、舞華が、漫画でよく見る、普通の、悪い魔王と、正義の勇者だったら、と。俺が、心の底からの悪者で、舞華が、みんなから尊敬される、勇者だったら、と。



 でも、これが、神様がくれた、たった一回のチャンスなら、悔いのないように、生きたい。

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