前世倒した魔王が“スーパーイケメン保育士”になっていた件について。

うさぎ咲

第1話 さようなら。はじめまして。

 「七瀬さん、次の特集が決まったわ」

 「なんですか?」

 「都内にいる、『スーパーイケメン保育士』について、よ。そこで、その記事を七瀬さんにお願いしたいのだけれど」

 「もちろんです!!」


 私は、七瀬舞華ななせまいか。ごく普通の24歳、編集者。そう、ごく普通の。前世がという、ごく普通の。

 

 私には、前世がある。しかも、私は前世、勇者だった。あ、前世はもちろん女でしたよ?女が勇者、っておかしいかもしれないけれど、実際そうだったから。あとはご想像の通り、魔王を倒し、仲間に裏切られ、死にました。って思ったら、この日本に転生しておりました。


 「まーいーかっ!!一緒にご飯食べよう?」

 「うん。佳奈、行こ行こ!!」

 佳奈は、私と同期の女の子。

 大学を出てはや2年。私は念願だった編集者になった。

 小さい頃、私は初めて『雑誌』というものを見た。それはすごく驚いたものだ。前世では、紙は超高級品で勇者である私が手に入れられるくらいのものだったからだ。

 しかも、色、写真付き!!私はすぐに、将来、この雑誌に関わる仕事に就きたい!いや、就くんだ!!と決心した。

 おかげで今は、バリっバリの日本人です。超真面目な。


 私のいる会社は大きく、屋上まである。私たちは、屋上でご飯を食べるか、オフィス内にあるカフェで食べるか、どっちかだ。

 屋上は、人がいないので、いつも貸切状態。

 

 ブーブー ブーブー

 スマホの着信音だ。着信源は・・・・・・え、っと、誰だろう。見たことのない番号だ。

 「ごめんね、ちょっと」

 佳奈に一言いって、席を立つ。そして恐る恐る、スマホの応答ボタンを押す。

 「もしもし」

 「もしもし。七瀬、舞華さんでしょうか?」

 「はい。申し訳ありませんが、どちら様でしょうか」

 「申し遅れました。私、お兄、すいません、環直人の妹、環みなみです」

 お姉ちゃんの、旦那さんの妹?

 「あの、何か?」 

 「夏美さんが、今日の午前12時32分に亡くなりました」

 お亡くなりになられました。という言葉を、私の脳は認識できていない。

 「え?」

 「事故で、兄と一緒に。子供を守って__。お通夜が明日、S区でありますので__」

 

 そこから、どうやって家へ帰ったのか、私は覚えていない。佳奈が来てくれて、会社を早退し、佳奈が家へ送ってくれた。





 私の家は、まあ、結構裕福だった。両親が若い頃に始めたビジネスが当たり、一気にお金持ちになったそうだ。お母さんがいて、お父さんがいて、8歳の離れたお姉ちゃんがいる。笑いの絶えない、幸せな家庭だった。そう、私が10歳の頃までは。10歳の頃に、両親が事故で亡くなり、残されたのは、大量の財産と、たった1人の姉。

 

 両親の葬式で、誰が私たちを引き取るか、抗議になったことを覚えている。姉はもうすぐ高校卒業だからよかったけれど、私はまだ小学校卒業すらしていない。誰も、両親の死を悲しまずに、ただ、狙っているのは、両親が残した莫大な量の遺産と会社。ただ、それだけ。私たちのことなんか、誰も見ていなかった。そんな時、姉が、「舞華は私が育てる」と私を抱きしめ、親族にそう宣言した。もちろん、猛反対が起きたが、姉はその猛反対を押し切って、私が高校を卒業するまで、大学進学をも諦めて、育ててくれた。彼女自身は大学進学は諦めたのに、私には、大学へ行っていい、と言ってくれた。

 姉が、恨み言や私に対する愚痴を聞いたことは一度もない。容姿も綺麗だったが、それだけではなく、心もとても綺麗な人だった。

 姉は、私が20歳、姉が28歳の時に北海道にいた男性、環直人さんと結婚した。ようやく、自分の幸せを掴んでくれた、と私はとても大喜びしたのを覚えている。今まで生きてきた中で、姉の結婚式が、大学に合格した時より、今の会社に採用された時より、嬉しかった。3年前には、可愛い男の子をも出産した。


 そんな、優しい姉が、亡くなった。


 

 現実を受け止めきれないまま、やっとの思いでお通夜を乗り越えた。

 「舞華さん」

 「あ、みなみさん」

 私が何もできない分、みなみさんに押し付けてしまっている。彼女も、兄を亡くして、辛いはずなのに。

 両親が死んだときは、姉が仕切ってくれたから。

 

 それでも、なんでなんでなんでなんで?なんで姉が死ななきゃいけないの?前会った時はあんなに元気だったのに。

 私はまた、失ってしまうのか。大切なものを。また、守れずに。

 

 「ねえね」

 その時、小さな男の子が、私に抱きついてきた。

 「だいじょぶ。だいじょぶ。よしよし」

 「・・・・・・拓海、くん」

 拓海くん。姉が産んだ、男の子。

 彼も、失ったんだ。私が両親を亡くした時より、はるかに早く。

 「ああ。ごめんね。私が、前のような力を持っていたら」

 たった1人の姉を守れずに、何が“勇者“だ。

 彼を、強く、強く抱きしめる。

 拓海くんは、昔、私が両親を亡くして心細かった時にしてくれたように、ぽんぽん、と優しく頭を撫でてくれている。

 

 「みなみさん」

 たくさん、たくさん、泣いた。初めて、泣いた。

 あの時、両親が亡くなった時、私は、泣けなかった。姉は、泣いた。でも、私は、泣けなかった。悲しかった。とても、悲しかった。でも泣けなかったのは、前世の業だろう。たくさん、殺したから。人も、獣も、魔獣も、魔人も。慣れてしまっていたのだ。人のに。

 

 でも、初めて泣けた。なんでだろうか。


 「みなみさん。この子は、これからどうするんですか?」

 「あ、それは、まだ・・・・・・」

 「決まっていないんですよね?」

 「はい」

 「私が、引き取ります」

 彼を、抱きしめたまま、言う。

 「この子は、私が引き取ります。私が、育てます」

 

 拓海くん、いや、拓海はまだ世の中の汚いところを何も知らないような、物凄く純粋な笑みを浮かべ、私が言っている意味もわかっていないだろうに、「あーとう」(ありがとう)と言ったように見えた。

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