第10話 秘密

午前の授業も終わり昼休み。腹も減ったし食堂へ……は向かわずに職員室へ。東雲先生からの呼び出しだ。説教ではないとのことだが、それでもこうして職員室に来ると少し緊張する。


「……久遠くん?」


職員室に入ろうとしたところで聞き覚えのある声がかけられる。声の方を振り返ると腰の辺りまでサラサラと綺麗な髪を伸ばした少女が、最近一緒に暮らし始めた少女。神室柚季が立っていた。


「神室?なんでここに」


もちろん、そのことは誰も知らない。俺と神室が従兄妹の関係であることも、だ。10年以上もの間止まっていた時間が動き出したことは誰も知らない。

そんな神室は少し困惑した様子で職員室の前に立っている。なんでここに?なんて質問はしたが普通に考えて神室も呼ばれたから、だろう。


「失礼します」


とはいえ学校で話すこともない相手だ。別に俺達従兄妹は仲が悪いわけではない。確実に面倒なことになるので学校では関わらないようにしているだけだ。それがまさか、こんな形で鉢合わせるとは思っていなかったが。


ドアを開けて職員室を見渡すと声に気付いた東雲先生が「こっちだ」とひらひら手を振る。東雲先生の方に歩き出すと神室もついて来たので、やはり東雲先生に呼び出されていたのだろう。


「悪いな。せっかくの昼休みに呼び出しなんて。神室も」


「いいえ。特に気にしていませんよ」


「それで……その、聞きたいことって?」


別に予定は無いが手早く済ませたい。東雲先生が俺と神室の顔を見比べている。そこから机に置いてある紙を一瞬見てから立ち上がった。


「呼び出しておいて悪いが、ここでする話でも無いし場所を変えるとしよう」


☆☆☆


そうして連れてこられた部屋。入口には「社会科準備室」と書かれていた。鍵を開けて教室内へと案内されると小さめのソファや煙草の灰皿、そこだけやけに整理整頓された机などが置かれていた。……こう言ってはなんだが、とても準備室には思えない。


「ここはほぼ私の部屋みたいになってるからな。少し汚いが我慢してくれ」


何も聞いていないが、こちらの疑問に反応するように説明をする東雲先生。部屋の奥からパイプ椅子を2つ持ってきて座るように促してきた。


「さて、あまり時間はかけたくないからな。単刀直入に聞くが……お前らって一緒に住んでるのか?」


「は?」


「……というのもな」


こちらの思考をまとめる時間など与えないと言わんばかりに話し続ける東雲先生。隣に座る神室も声には出さずとも動揺が見て取れる。


「お前達、住所が同じなんだよな。いや、まあ仮に間違いなら修正が必要だからな。とりあえずお前達2人を呼び出した、というわけだ」


……当たり前のことだが俺と神室は一緒に暮らしているので住所は全く同じだ。むしろ何故今まで気付かなかったのか。

合格してから入学までの間、必要書類等は全て今の暮らしが始まる前に。つまり実家に送られてきたからなのだが……普通に考えれば気付けたことだ。


思考がまとまらない。この場で何と言うべきなのかが分からない。どちらかが間違ってました……なんて言えばその場で修正だろう。

適当な住所を書くわけにもいかない。かと言って実家の住所を書くのも……そもそも、とても実家から通える距離でもないため、そっちの方が不自然だ。


「……そう、ですね。一緒に暮らしています」


「神室!?」


こちらの思考がまとまらない内に神室が答える。やはり動揺している様子だが傍目から見ればそれは分からないだろう。


「私達は従兄妹の関係ですから。両親同士合意の元ですよ」


「そうか。なら今後はお前達に関する書類はなるべく私が管理するようにしよう」


「そうしていただけると助かります」


話がまとまる。そのまま準備室を出ると「失礼します」と頭を下げて神室が教室へと足早に戻って行った。同居のことも従兄妹であることも、あっさりと認められてしまっては困惑してしまう。

悪いことじゃない……いや、むしろいいことなんだろうけども。どこかモヤモヤとした気分が胸を支配する。ただ考えてみてもその正体が分からなかった。


☆☆☆


本日の授業も終えてスーパーへと向かう。神室から送られてきたリストを見ながらカゴに商品を入れているが、最近はどこに何があるのかをしっかり覚えてきたので買い物がスムーズになってる気がする。

それまではどこに何が並んでいるのかを確認しながら歩いていたのでかなりの時間がかかっていた。うん、成長していると言っていいだろう。


会計を済ませてカバンからエコバッグを取り出す。……まあ、別にこれに関しては俺の私物でも何でもないのだが。「節約できるところは節約しましょう」と神室が言うもんだから俺が逆らえるわけがない。

そもそも食事に関しては神室に任せてしまっているのだから当然である。「生殺与奪の権を他人に握らせるな」と誰かが言ってた気がするが、まともに料理ができるとは言い難いし神室の料理はいつでも食いたい。


商品を詰めてスーパーを出る。4月も中旬辺りだが今日は少し寒い。ブレザーを羽織ってはいるものの、それでも少し寒さを感じる程度だ。

家までは10分もかからない。少し足早に岐路を辿る。


「ただいま」


家に帰ると静寂に包まれていた。出かけているのか?と思いつつ神室が普段持っている鍵は置いてあるので外出はしてない。リビングにはスマホも置いてあるので家にはいると思うんだが。


とりあえず買ったものを冷蔵庫に詰めているとリビングのドアが開いた。パジャマに身を包んだ神室がこちらに気付く。


「おかえりなさい。久遠くん。……すみません、お風呂に入っていました。手伝いますよ」


「いいよ。もう終わるし。この後は神室に任せるわけだしな」


「……では、すみません。お願いします」


ぺこりと頭を下げて、ふふっと笑いながらソファに腰かける神室。律儀だよなぁ。

風呂上がりだからか少し火照ったような様子の神室を見て、今日のことを思い出す。最近は慣れてきたし相手が従兄妹だから、と流してきたが女子との同居生活。

未だにお互いの両親がなぜ合意したのかも分からない。10年以上も会っていなかったのだから尚更。最近は考えるのも面倒で気にしていなかったが……風呂上がりの神室を見て、この生活をまた意識してしまって、そして少し緊張してしまうのは仕方のないことだろう。


神室の方を見つめる。特に気にした様子をなくスマホを眺めて時折高速フリックで文字を打ち込んでいた。女子高生というのは誰しも高速フリックを習得しているものなのだろうか。

……まぁ、この生活のことを意識しているのは俺だけなのかもしれない。最初こそ困惑していた神室も今ではすっかり慣れてしまっているのだから特段意識はしていないのだろう。

俺も気にしないようにしよう……密かにそう決意する。


「なあ神室、良かったのか?あんなあっさり……その、この生活のこととか」


「良いも何も、東雲先生は知っておかなければならないのでは?」


「そりゃそうだが」


「でしたら、その質問の意味は特にないように感じますが」


神室の言う通りだ。こういった特殊な事情は知っておかなければならないことであり、俺達が隠す理由は何もない。


「……なんでだろうな?」


「私に聞かれても……」


困るよな。俺だって困る。自分のあまりのコミュニケーションの下手さにも困惑する。ただ神室はふふっと笑っていて……いや、まぁ笑われているだけかもしれないけどさ。


「誰にだって秘密はありますよ。久遠くんだって、その……えっと……せ、性的な……本、とか、隠しているかもしれませんし」


「所持してないが!?」


「お、男の子は誰しも持っていると……お母様が」


「いいか神室、それは違う。いや、まぁ何と言うか……今は色々便利な時代になっていてだな。そういった本に関して少なくとも俺は所持してない……いや、なんで俺こんなこと説明してんだ」


「わ、私は聞いてませんからね!?久遠くんのばかっ!」


ぽふぽふっとクッションで攻撃してくる神室。全く痛くない。クッションだからってのもあるだろうが神室の力が無さすぎる。実際、心配になるほど細い腕をしているが。


「よ、夜ご飯作りますから!久遠くんはお風呂に入ってきてください!」


「分かったからクッションで攻撃するのやめて!?」


その後、2分ほどに渡ってぽふぽふっとクッションで攻撃され続けた。こちらにダメージは全く無かったが、神室はぜぇ……ぜぇ……と肩で息をしていた。

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