第2話 同居人

「ここでいいか?」


「あ、ありがとう……ございます。頼りになります」


「最初から素直に頼んでいいんだからな?」


「わ、分かってます!本当に……ありがとうございます」


翌日になって運ばれてきた神室の荷物を部屋に置いていく。ベッドなどの重い家具は業者に設置してもらったが、それ以外は基本的に自分でやらねばならない。

神室も最初は「自分の荷物ですから自分で頑張ります」と意気込んでいたが、1時間2時間待っても戻って来ないので見に行ってみれば案の定苦労していた。そして今に至るというわけだ。


「とりあえずお昼ご飯にしませんか?調理器具がありましたらお借りしたいです」


「神室、料理できるのか」


「はい。自慢できるものでもないですが。久遠君は料理するのですか?」


「するけど自分好みの味しか作れん。……で、調理器具だよな。好きに使っていいぞ。買ったばかりの新品ばかりだ」


一人暮らしをするにあたって一通りの調理器具は揃えたが食材を買うのも面倒だし近くに飲食店が揃ってるのもあって自炊はしていない。初めは自炊していたが次第にコンビニやジャンクフードに〜みたいな経緯じゃない。レベルが違うわけだ。

と、まぁ神室が作ってくれると言うならありがたいわけだ。昨日今日で割と打ち解けたとは言え、まだまだ知らないことが多すぎる。知れるのは悪いことではないだろう。


「じゃあ……頼んでもいいか?」


「はい、任せてください。冷蔵庫見ますね」


「……そういや食材必要か」


「はい、当然そうなりますけど」


そう言って神室が冷蔵庫を開く。……見事なまでに、飲み物ばかりか置かれた冷蔵庫を、だ。

無言。そんな状態が10秒……15秒と続く。何となく申し訳ない気持ちとこの家に期待するなという気持ちが入り混じる。そして神室は……ドン引き。そしてここまでの過程の全てを後悔し始めたかのような表情で頭を抱えた。


「……スーパー行きますよ。久遠君」


「はい、仰せのままに」


☆☆☆


「私もある程度食材が無いのは覚悟していましたが……まさか全く無いとは思いませんでした」


「あっただろ。牛乳」


「それしか無いですし牛乳だけでは胃を満たせません」


「はい、仰る通りです……」


まったく……とため息つきながら慣れた手つきで食材をカゴに詰め込んでいく。何を作るかは一切知らないが変に俺が手を出すと確実に迷惑かけるだけなので荷物持ちと会計を請け負うことにした。しかしまぁ食材の買い出しとは言え美人の隣を歩くというのは不思議な気持ちになる。先程から通りがかる人らが全員振り向いて神室の顔を見ているのだから、俺が神室柚季に抱く「美人」という印象は間違ってないのだろう。


「近くにスーパーがあって助かりました。大きなショッピングモールもあったので買い物には困らなそうです」


「あー、あの無駄にでかいやつか」


「私の地元には無いサイズです」


「何か申し訳ない気持ちになるだろ」


「いえいえ。自然な流れで地元disをされてムカついたとかではありませんので安心してください」


「……神室、どこに住んでたんだ?」


「田舎……とだけ言っておきます。ですが良い場所ですよ。住みやすく……はないですね。バスも時間通りに来ないし……コンビニやスーパーは車が無いと行けない。ごめんなさい、最悪ですね」


「手の平返しが早すぎる」


田舎には住んだことがないので分からない。ただ最悪とは言うものの、それを語る神室の顔や口振りはどこか楽しそうだ。


「しかし大丈夫ですか?全額払ってもらうのは申し訳ないのですが」


「金だけはあるから気にするな。料理とか任せきりになるだろうし」


作れるのだが結局のところ面倒なのでやらない。それならば材料費くらいは出した方が良いだろう。というか状況が状況なので、そこら辺は協力していくしかない。

神室もうーん……と悩んでから「よろしくお願いします……」と言ってぺこりと頭を下げた。


☆☆☆


「美味い」


「そう言ってくださるなら何よりです」


「いやしかしマジで美味いな。え、俺これ毎日食えるの?」


最初言われた時は何と言うかお互いの両親は何を考えているんだと思ったが、そのリターンは十分に受けていると言える。いや2日目で何を言ってるんだと思うが。とは言え少しずつ慣れている自分もいる。いや2日目で何を(以下略)


「……そう言えば、私と久遠君は同じ学校なんですね」


「ん、そうだな。さっき制服見た」


私立響崎ひびきさき学園。それが俺と神室の通う学校。ちなみに校名の由来も知らないし校訓も知らない。県内で1番偏差値が高かったのが響崎学園であったから選んだ。それだけだ。


「一人というのは不安なので久遠君のお友達がいましたら仲良くしておきたいのですが……誰かいますか?」


「いない」


「……またまた」


「本当にいない。そもそも中学の時に友達いないし、合格したの俺だけだから。地元からだいぶ遠いし」


さらっと自慢を織り交ぜることで友達がいないと言う悲しい事実をあやふやにする作戦。……悲しくなってきたな。だから高校では頑張ろうって思ってるんだが。うちの中学の生徒の誰も行かなそうな学校をわざわざ選んだというのもあるし。


「……いざという時は傷の舐め合いをしましょう。生憎、私も人付き合いは苦手です」


「見てたら何となく分かる」


「私だから許しますけど他の方には絶対に言わない方がいいですよ、それ」


「言う相手がいない」


「作ればいいんですよ。友達でも恋人でも」


「神室は?」


「私はただの同居人です。それに従妹ですから。どこまでいっても私達は親戚です。それは変わりませんよ」


「左様で」


どこまでいっても親戚。ただの同居人。それ以上になる必要は無いと暗に言っているのは理解した。確かに10年以上も会ってなければほぼ他人と言っても差し支えないだろう。

俺と神室の間には従兄妹というその明確な関係が存在するだけ。この異常な生活を唯一正当化できる、そんな事実だけだ。

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