第3話 入学式
「では私は先に行きます。久遠君もどうか遅刻はしないようにお願いします」
「ん、行ってら」
よくあるラブコメのようなキャッキャウフフな通学風景は俺達に存在はしない。外では他人であることを振る舞う。神室は難色を示していたが、これは俺の望んだことだ。
客観的に見て神室柚季は間違いなく美人であると言えるだろう。整った顔立ちやすらっと細長く、出るとこは出て引っ込むところは引っ込む。そんな理想的な、モデルか何かのような姿を見れば何となく分かることだ。
だから俺は他人でいたい。俺達の間には従兄妹という明確な関係が存在するが、それを知ってる人間は限られた者しかいない。
俺と神室柚季は他人でいる。それが俺にとっても神室にとっても最善であり、それ以外の選択肢など何一つ無い。
☆☆☆
入学式を控えた教室はどこかザワザワと落ち着かない様子。その中でも出来るだけ早くコミュニティというか……一部では既にグループのようなものが出来ているのだから早さには驚かされる。
自分の席を確認して席につく。今日から1年間、彼らとクラスメイトとして過ごす訳だが……なんと言うか、まぁ本当にこういった日は緊張する。
俺自身も落ち着かない心境の中で席に座ると突如として背中をなぞられた。当然、人間の弱点である背中は触られるとゾワッとしてしまうものである。
「おはようございます。同じクラスなんですね」
「……神室、あのな」
文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが神室は下を向いてスマホをいじり始める。何なんだと思って視線を外して正面を見るとスマホが震える。通知だ。相手は何と言うかもう分かってたというか……神室である。
『面白い反応でしたよ』
『変な声出たわ。二度とやるな』
『えぇ、他人ですからね。ちょっとした挨拶です』
『普通にやれ』
『面白くないじゃないですか』
『エンターテインメント性を求めすぎだろ。芸人志望か?』
『私が人を笑わせられるとでも?』
少なくとも今は面白い。ただ刺さる人には刺さると言っても俺一人じゃ絶対に売れない。そう考えりゃ神室に芸人は向いてないだろう。じゃあ何が向いてるのか……分からない。
『友達は出来ましたか?』
『俺今何してる?』
『私と会話をしてますね。電子機器で』
『つか神室は?』
『何人かとはお話しました。皆さん良い人です』
『そうか。それは良かった』
『私の心配してる場合ではないですよ。ほら、久遠君も友達100人目指して頑張ってください』
『目標が大きすぎる』
と、まぁ初日にも関わらず誰にも話しかけずスマホをいじり続ける奇行を続けている内にチャイムが鳴り響く。先程までの喧騒どこへやら。自分の席についたクラスメイト。……結局誰とも話さなかったが悔いても遅いので現実を直視するしかない。
静寂が包む中、少し待っていると教室の扉がゆっくりと開き、スーツに身を包んだ女性が入ってきた。そのまま黒板の前に立つとチョークを手に取る。
名前のような文字が書かれたかと思えば、教室内を見渡して挨拶を始めた。
「さて、私がお前らの担任を務める
そんな挨拶を軽く済ませ東雲先生は入学式の大まかな流れなどを説明していく。別に何か特別なことがあるわけじゃない。
国歌斉唱に校長や「誰だよ」と思わず突っ込みたくなる来賓のありがたい話を聞き、祝辞や新入生の名前読み上げ……と他にもあるがボリュームほど長い時間を取るわけじゃない。
「今更言うまでもないと思うが、お前らは高校生だ。それに相応しい行動をしてくれると信じている。私の話は終わるが、すぐに移動がある。なるべく静かにしていろ」
クールな女性……少し冷たい雰囲気……どこかかっこよさを感じる……様々な印象をこの人に抱くが、この人が少なくとも1年間、俺達の担任を務めるという事実は変わらない。
東雲先生が話を締めると、少し緊張感があった教室は、その緊張感が緩和され始める。
中には東雲先生に話しかけに行く奴もいる。どんな話をしているのかは聞こえないので分からないが、東雲先生は笑顔とは言わずとも嫌そうな雰囲気を出しているわけじゃない。
『良かったですね。東雲先生、とっても美人ですよ』
確かに東雲先生は美人と言えるだろう。今まさに(電子機器で)会話をしている神室は絶世の美女と言っても何らおかしくないが、東雲先生は神室とは違うタイプの……クールなタイプの美人だなぁとの印象を抱いた。
『神室はやっぱイケメンの方が良かったか?』
『久遠君は私を何だと思ってるんですか』
『女子ってそんなもんかなと』
『私は良識と清潔感があり生徒に真剣に向き合ってくれる方なら性別や年齢は問いません』
『ハードル高いな』
『本来そのハードルは低くないといけないと思います』
うーん正論。当然と言えば当然だが。ただ思い返すと全員が全員そのハードルを越えられてるわけじゃない。俺もハズレの教師の元で過ごしていた年もあったし。
神室にそんな過去があったのかどうか……正直そんな興味は無いが本来なら求める必要の無いことを求めてしまっているのだから経験があるのかもしれない。
☆☆☆
入学式は滞りなく進行する。一部の在校生が面倒そうな雰囲気を隠さないが新入生ですら面倒だと思うのだから別に不思議に思わない。
高校生活で1度しかない大切な行事と言われると「お、じゃあ一秒一秒を大切にして臨もう!」と思う……わけでもなく、やはり面倒だなぁという気持ちが頭の大半を占めていた。
ただ彼女はそうとも限らないらしい。背筋を伸ばし凛とした雰囲気で在校生のありがたい話を聞いている神室。彼女の辞書にサボるだとかの言葉は登録されていないのだろう。
ご立派だなぁと我が従妹ながら感心する。10年以上も会ってなかったのに何様のつもりだと自分でも思ってしまうが。何ならほぼ他人だろう。
ただ神室の佇まいは贔屓目とか関係無しに「綺麗だ」と感じた。
『……新入生の学生生活が素晴らしいものになることを在校生一同、応援しています。以上を持ちまして私からの歓迎の言葉とさせていただきます』
さて、ほぼ聞いてなかったが在校生の歓迎の言葉とやらが終わったらしい。お疲れ様です先輩。ほぼ聞いてませんでしたが良い言葉だったと思います。ほぼ聞いてませんでしたが。
『続きまして新入生挨拶。新入生代表、久遠伊織さん』
なんてことない。ただの新入生挨拶だ。きっと新入生も在校生も抱く感情は「誰だよ」というものだと思う。ただ、その中で一つだけ、驚いたような感情を隠しきれてないような視線が向けられている。それを無視して壇上に上がる。
『若い草の芽も伸び、桜の花も咲き始める春爛漫の今日、私達は響崎学園の門をくぐりました……』
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