第4話 慣れません

「……少し意外でした」


「何が。……あ、やっべミスった」


「久遠君、首席入学だったんですね」


1分前まで2-1でリードしていたストックを凡ミスで見事に溶かした俺に神室がそう言った。あの驚いたような視線も神室のものだったのだろう。

壇上からその様子も見たが凛とした雰囲気が少し崩れていたのは面白かった。おかげでこちらも緊張が少し緩和されたわけだから感謝しなければならない。


「今度、私に勉強教えてくださいね」


「なんでだよ」


「更なる精進のためです。……後、単純に私より上なのは癪です」


「驚いた。神室って割と負けず嫌いか?」


「少なくとも勉強では負けたことがなかったので」


プライドが高いのは立派なことだ。それに相応の実力があるのだろう。現に今も参考書を開いて問題を解いている。苦労している様子は一切無い。容姿端麗、頭脳明晰。運動は……まだ見てないので分からないが、ここだけで既に天才と呼ぶに相応しい存在である。


「これからの学生生活が楽しみです。目標が生まれましたから。友達は出来ませんでしたが……まぁ、いざとなれば久遠君もいますし」


「……?帰る前に数人と喋ってたろ」


「喋るだけで友人になれるのでしたら私が久遠君と他人を装う必要は無いでしょう。……まぁ、私は必要性を理解していませんが」


「クラスメイトの反応見ただろ?教室に一人とんでもない美人がいるだけであれだ。俺みたいなのが仲良くしてたらそれだけで殺意を向けられ……どうした?」


「いえ……その、なんでもないです……はい」


「……もしかして美人って言われるの苦手なのか?慣れてるだろうに」


「な、慣れてません!慣れるわけないじゃないですか……」


……そうなのか。神室ほどになれば言われ続けてるものだと思ってたし、まさか自分の容姿が優れているのを理解してないわけじゃないだろう。

ただ本人が嫌がってれば話は別なので、もう言わない方がいい。この生活が始まってからの時間は浅いが何となく神室のことは理解した。


「と、とにかく!私は明日の準備をするので!お、おやすみなさい」


「お、おう……おやすみ」


そう言って神室は部屋へと向かってしまった。……怒らせてしまっただろうか。これまでの人生でまともに女性と……いや、そもそも人との関わりが多いわけじゃない。

友達と呼んでもいい相手は片手で数えられるほどだし、今も連絡を取り合ってるのは……残念ながら一人しかいない。

神室柚季は俺にとって初めてまともに関わりを持った女性であり……大切にしなければならない親戚でもある。

だから難しい。どうしても縁は残ってしまう。

特別な関係になりたいわけじゃない。ただの同居人のまま終われば楽だと思ってる。きっと神室もそれを望んでいるのだろう。


「……難しいな」


そんな誰にも届かない独り言。少し、愚痴の意を込めた独り言を呟いた。


☆☆☆


つい逃げてしまった。明日の準備など済ませてあるし寝るにしても少し早い。ただ何となくあの場に残り続けるのは……柚季が色々耐えられる気がしなかった。


「以前会った時とは全然違う……」


考えてみれば当然である。柚季の記憶に残っているのは幼少期の伊織であり今とはかけ離れているもの。だから柚季は自然と伊織を警戒してしまうのかもしれない。

分かってる。彼に悪意なんてない。柚季も頭ではそう理解しているつもりである。クッションを抱いてゴロゴロとベッドの上を転がる。

スマホを開くと柚季は通知マークがついていることに気付く。色々考えてる内に通知が来て気付かなかったのだろう。アプリを開くと通知の相手は柚季の母親であった。


『新生活はどうですか?』


『慣れません。ですが嫌ではありません。久遠君が良い人で助かりました』


部屋の天井を見つめながら、まだ始まったばかりの生活を振り返る。今までと全く違う街。バスは時間通りに来るし車が無くてもコンビニやスーパーに行ける。学校はクラスが沢山あるし教室には空調まで完備されていた。

全てが、本当に全てと言っても過言でないほど柚季の生活は大きく変わっている。無論、それは伊織とのこの共同生活にも言えること。

不安と、多少の恐怖と、そして多少の興奮。柚季の感情は滅茶苦茶でありながらも、それは決して悪いものでもない。

送られてきたメッセージを見つめ、なんと返信しようかと悩む。その中で明日はどんな出来事が起こるのかを頭の中に思い浮かべながらスマホを見つめていた。

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