第5話 神室と朝食
「昨日は悪かった」
謝罪の言葉くらい相手の目を見ながら誠意を持って伝えろと自分で自分に突っ込みたくなるが、そんな言葉を味噌汁の味見をする神室に伝える。
「……別に気にしてませんよ?あ、お米を盛っていただけませんか?」
「ん、おう」
味噌汁の味見をする神室。……美人がエプロン着て味噌汁を作る。この光景だけ見ると夫婦か何かのように見えるが、残念ながら俺と神室の間にはそのような愛情だとかは存在しない。
「……少し驚いただけです。嫌ではないですし……それに、久遠君も」
「俺?」
「……内緒です」
「なんでだ」
「しつこい人は嫌われますよ」
「それ強すぎるから二度と使わないで欲しい」
同居してるのに嫌われたら気まずくなる。それを言ったら久々の再会だと言うのに全く覚えてなかったのも気まずいと言えば気まずいが。
神室がため息をついて朝食をテーブルに並べる。呆れた感情なのか……それについて考察する気など起きない。神室の飯は美味いし余計なことは考えたくない。
「いただきます」
「はい、召し上がれ……私も、いただきます」
「ん、召し上がれ」
「……何かしましたか?」
「ご飯よそった」
「それはそれは……立派ですね。頭でも撫でてあげましょうか」
「え?マジ?」
「なんで本気に捉えるんですか……嫌です」
「神室から言ったのに」
「でしたら今後は冗談を言いません」
再びため息をついた神室。今度は間違いなく呆れたような感情が100%詰まってると言えるだろう。
しかし美味い。本当に神室の作るご飯は美味い。これを……まぁ、何かやらかさなければの話だが3年間は食えるのだから恵まれてると言えるだろう。
美味しいヤミー感謝感謝……とか言ったらしばらく口を聞いてもらえなそうだな。
俺達の間に愛情だとかは存在しない。あるのは従兄妹という関係性と同居しているという事実だけ。やはり異常だし、それに慣れてきている自分も、そして神室も異常と言える。
☆☆☆
「では鍵、お願いします。それと帰りに食材の買い出しをお願いしても大丈夫ですか?」
「ん、任せろ」
「ありがとうございます。後でリストを送りますね」
「おう」
会話もそこそこに柚季は先に学校へと向かう。越境入学の柚季に友達と呼べる存在はまだいない。唯一……友達と呼んでいいのか分からないラインなのが伊織であるのだが。
「私達は友達と言えるのでしょうか」
従兄妹。それ以上でもそれ以下でもない。それに伊織は柚季に関する記憶はほとんど無いという有様。それに関しては柚季も若干不満げではある。1回しかマトモに話したことがない相手を覚えていろ……なんて言うのは酷なのかもしれないが。
来週の献立と冷蔵庫の中身を思い浮かべる。その際、初めて見た空っぽの冷蔵庫を思い出した柚季はふふっと笑う。
だらしないというのも正しいのかもしれない。ただ伊織が優秀なのも優しいのも全部知ってる。前者は最近知ったこと、後者は10年前に知ったことだ。
友達ではない。それよりは遥かに近い距離に2人はいる。家族ではない。それよりかは遠い距離に2人はいる。
ただ……なんと言うか、明言するわけじゃない。ただの願望混じりではあるが……
(ずっと、関係が続けばいいな)
親戚でも友人でも……恋人は、少し考えられないけれど。恋心を抱いているわけじゃない。それでも柚季の中でずっと会いたかった相手なのは事実であり、今の状況は嬉しくもあること。
買い物リストを作りながら柚季は再び笑みをこぼした。
☆☆☆
(さて、どうやら友達作りに関して俺は完全に出遅れてしまったらしい)
2日目だしまだ余裕だろとか、そもそも新入生挨拶で「あいつが首席なのか」と思わせたから誰かしら寄ってくるもんだと思ってた。
そしてその考えは間違えだったのだと激しく後悔する。
いや、正確に言うなら何人かは話しかけてくれた。ただ非常に残念なことに中学時代まともに人と関わってこなかった弊害か言葉が上手く出てこない。ついでに言うと面白い話も出来ない。そんなんで友達が作れるかと。普通に考えて無理である。
『収穫はありましたか?』
スマホが震えたかと思えばそんなメッセージが表示される。後ろを振り返る……が、そこに美少女の姿は無い。この醜態を見てどこに収穫があると感じたのか……と教室内を見渡すと女子数人と笑顔を交えて会話をしている神室と目が合った。
(……気まず)
こっちが探して目が合ってしまった手前、何となく逸らしにくい。いっそ神室から目を逸らしてくれれば楽だが……ただ、そんな期待に応えてくれることもない。ただスマホが震えるだけだ。……あいつ画面見てなくね?
『見すぎです』
『そっちは随分楽しそうで』
『そんなことないですよ。話について行くので精一杯です』
……じゃあ俺と話してる場合ではないのでは?人と友好的な関係を築くにはコミュニケーションは重要であり……そして、俺がそれを取れていないので完全敗北である。
こうして始まった高校生活は対称的なものであると言えるだろう。果たして俺に友達はできるのか。
次回、「グループワークは1人でこなすもの」
……とか言ってる場合じゃねえんだ。ユーモアに溢れているのでは?と一瞬思ったが、ただのぼっちの自虐であり誰も聞いてない。始まったばかりだと言うのに高校生活が早々に詰んでる気がしないでもないが……いや、ごちゃごちゃ言ってても仕方ない。
胃を決して立ち上がる。狙いは俺の前の席で喋っている3人組。一言でいい。「何の話をしてるんだ?」と。
自然な流れで近付き、若干の緊張を身にまといながら、喉から絞り出すようにして声を……
「……ナンノハナシ、シテルンデスカ」
……その後どうなったかは言うまでもあるまい。
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