第6話 自己紹介
「……と、そんな感じで仲良くしていきたいので、よろしくお願いします」
教室内に拍手が響き、喋っていた者は席に座る。あるよなぁ……自己紹介。進学や進級にあたっては最早恒例というか……無論、経験は何度もしてきてるわけで。
その度に嫌だなと感じてはきたが、今の俺にはありがたいイベントであると言える。
既に友達作りは失敗してる感あるが、挽回のチャンスが来たのだからこの機会を逃すわけにはいかない。さすがに1年間教室で1人で過ごすのはキツすぎるだろう。
「はいはい。おなじ趣味があるものは積極的に関わるように。さて、次は……神室か」
「は、はい」
担任教師である東雲先生によって指名される神室。立ち上がると教室内の視線は神室に注がれる。
自己紹介なのだから注目を集めるのは至極当然であり特別でも何でもないが、なぜだか神室の立ち振る舞いや透き通るような声が視線を集めた気がしてならない。
「……神室柚季です。県外から来ました。その……ここについてはよく知らないので、たくさん誘ってくださると嬉しいです。仲良くなれるように頑張ります。よろしく……お願いします」
神室が無難に自己紹介を終える。ここ数日で既に何人かの心を掴んでいるのだろう。神室が自己紹介を終えても尚、視線は集まっている。
美人も色々大変なんだなとは思いつつ、神室が自己紹介を終えたということは……あぁ、そうだ。
「んじゃ次、久遠」
さて俺はどうするべきなのだろう。受けを狙うか無難にこなすか。ここで「おもしれー奴」みたいな印象を得られたら挽回できるかもしれない。
ただ滑ったら1年間は死ぬ。というか誰かしらと次の学年も一緒になると考えたら3年間死ぬ可能性も出てくる。
時間がスローモーションに感じる中で思考を加速させる。今、ここでどんな自己紹介をすべきなのか。俺が友人を作るためにはどうするのが正解なのか……
「久遠伊織です。……これといった趣味や特技などは……ないです。1年間、よろしくお願いします」
それだけをギリギリ聞き取れるようなスピードで喋って席に座る。そして即座に悟った。
(……挽回、できてるわけないよな)
☆☆☆
「久遠くん」
「…………」
「……?久遠くん!」
「あ、え……なに、どうした?」
「こっちの台詞です!まだ引きずってるんですか?」
「そりゃ引きずるだろ……あぁ、失敗した」
家に帰ってからも後悔しかない。一応それとなく自己紹介に関しては考えてたんだが、直前になって受けを狙うとかいう余計なことを考えてしまったのが良くなかった。
お陰で考えてきたものは全て吹っ飛んだし滑るよりかはマシと終わってる自己紹介を繰り広げた俺に話しかけてくれる者は現れず。ここにクラスのカースト最下位が爆誕したわけだ。
「神室は……色々誘われてたな」
神室は既に男女両方の人気を集めており多くの人間に話しかけられていた。やはり美人は大変だなと思うが、今の俺に神室を心配する余裕などないわけで。
「えっと……で、でしたら!久遠くんも来ますか?」
「あの中に入れるメンタルがあったら俺はこうなってない」
「でも私とは喋れるじゃないですか」
「神室は……また違うだろ。面識もあるし、今こうして一緒に暮らしてるんだから」
その神室とも10年以上会ってなかったわけだが。とはいえ同じ屋根の下で暮らすとなれば関係が悪いというのは非常に良くないことだ。その点、今の俺達は良好な仲ではある。
「明日から学校行きたくねえな」
「早すぎませんか?」
「この後の行事とか考えるとなぁ……あぁ、頭が痛くなる……」
普段の学校生活は1人で問題ないというか、それはもう既に慣れてしまってるというか……ただ学校行事となると誰かと一緒に行動するのはほぼ確定なわけで。
「……私じゃダメなのですか?」
「……………………目の敵にはされたくないというか」
神室は何度見ても美人だと思う。だからこそ学校ではあまり関わりたくないというか……まぁ、なんというか、これは俺のエゴだろう。
俺みたいなのがクラスの女神様と仲良くして反感を買う。そんな漫画みたいな展開があるのかどうかは分からない。
とはいえ下手に関わるのは避けるべきだろう。友達がいないだけならともかく反感を買うのは何一つ良いことはない。
神室が少しだけ寂しそうに俯く。ただ、諦めたように一言、そうですか……と小さく呟いてソファから立ち上がりキッチンへと向かう。
明確にこの話を切り上げる意思が見えれば、わざわざ続ける必要もないだろう。元より俺にとっては都合の良くない話だ。
「今日のメニューは?」
「肉じゃがです。久遠くん、食べたいと言ってましたよね?」
「まあ言ってたけど……え、良いのか?」
言った記憶はあるがSNS上で流れてきた写真を見て呟いただけだ。そんな呟きも聞いていてくれるとは……なんと言うか、いや嬉しいんだが。
発言には色々気をつけよう。エプロンをかける神室を見て、今一度そう意識した。
☆☆☆
一週間も過ぎるとクラス内の立ち位置だとかグループだとかが形成されていく。見事なまでに友達作りに失敗した俺は休み時間もスマホを見て過ごすことが多い。
ただ……少し意外なのは俺の一つ後ろの席。神室柚季も特定のグループに属することなく一人でいる姿が目立つということだろうか。
とはいえ立場は全く違う。神室はあくまで特定のグループに属してないだけで会話自体はしているので俺のようなぼっちではない。
あくまで神室は単独行動を好んでいるだけなのだろう。それを示すかのように読書に夢中になってる姿はやはり、どこか手が届かない場所にいるような気もする。
「神室さん」
「……は、はい。どうしましたか?」
あまりに夢中になっていたのか。少しだけ神室の反応が遅れた。……そんなに面白いのか。家に帰ったら作品名と著者を教えて欲しい。
「今度の日曜日さ。カラオケとか行かない?親睦も兼ねてさ」
「か、カラオケ……ですか?えっと……その」
……なんだか視線を感じる。いや、凝視しているわけじゃないのは分かる。
別に気を使う必要は無いぞ……と言いたいが、それは俺と神室に何かしらの関係があるのを示唆することになる。
「ん〜、なんか予定とかある?無理にとは言わないんだけど……できれば来て欲しいなって」
「いえ、予定は今のところ特に……」
「じゃあやっぱ行こ!神室さん!」
「え?え?……は、はい」
最近の女子は強引だな。しかし……悪いな神室。助けようにも助けられない。
まあ嫌ってわけじゃないのだろう。勢いに押されたようには見えるが。まあ飯くらい何とかしよう。普段任せっきりなわけだしな。
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