第7話 なんとなく
「では久遠くん。何かあったら連絡してくださいね」
「子供扱いか」
「ふふっ、では行ってきます」
神室を見送って部屋へと戻る。……割と久しぶりの1人だ。いや学校では浮いてるが。……そういうことじゃない。
この家に、この空間に神室柚季がいるというのも少しずつ慣れてきて……それが当たり前の光景になっている。
自分が色々おかしいことを言ってる自覚はある。そもそも一人暮らしを始めたつもりだったし、従兄妹という関係とはいえ男女二人で一緒に住むとか何を考えているんだって今でも思う。
「長い3年間になりそうだな……」
一人きりの空間で、そんなことを呟いてみる。当然、誰も聞いちゃいないが。
しかし自分の残念すぎる交友範囲やコミュニケーション能力を考えると初対面の人間を誘えるのは素直に尊敬する。もちろん親睦を兼ねてという明確な目的があるわけだが。
さて、1人で特にやることもないし寝るか……とベッドに入ろうとしたところでスマホをリビングに置きっぱなしなのを思い出す。
どうせ寝るのに面倒ではあるが……まぁ何かしら連絡入った時に見れないと困るからな。そんな状況があるかは別として。
リビングへと向かうとソファに俺のスマホと……それとは別にもう一つのスマホが置き去りになっている。俺は一台しか所持していないので当然、このスマホの持ち主はと言うと……
「……神室の、だよなぁ」
神室もこういうミスをするんだな。まぁそんな時間も経ってないし……この辺のカラオケは一つしかないので届けに行くとしよう。
☆☆☆
私は昔から友人が少ない。小学校でも中学校でもそれは同じ。田舎に住んでいたため人との関わりが多いというのにだ。
今も連絡を取り合ってるという仲の人は……思い返しても誰一人いない。実家はあの地域の中では裕福な方だったと思う。当然、それをよく思わない人もいた。
だから今回、私に声をかけてくれたのが嬉しい。仲良くできるかどうかは分からないけれど、それでもそのきっかけをくれたのが嬉しい。
「流行りの曲も勉強したし……大丈夫、ですよね?」
「どうだ……ろうな。歩くの早すぎ……」
なんとなく発した独り言に反応されてびっくりする。振り向くと肩で息をする久遠くん。な、なんでここに?
「あの……久遠くん?」
「スマホ……忘れてんぞ」
「え?あっ……す、すみません。ありがとうございます」
「ん」
深呼吸して呼吸を整える久遠くん。私、そこまで歩くの早かったかなと思うけれど……なんだか、こういった久遠くんを見るのは楽しい。
「……何笑ってるんだ」
「ふふっ、バレましたか」
「性格悪いぞ」
「自分のこと、性格が良いなんて思ったことありません」
「だろうな。俺もだ」
こういうところは気が合う。彼は、久遠くんは良い人だとつくづく思う。普通、急に一緒に暮らせと言われて受け入れる人なんていない。それが従兄妹という関係であったとしても。
「久遠くん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「……さっき聞いたよ」
「ふふっ、いいじゃないですか」
「帰る」
「はい。気をつけてくださいね」
少し照れたような顔をしながら久遠くんは来た道を引き返す。今度は私がその背中を見送って……多分、気付いてないだろうけど小さく手を振った。
☆☆☆
クラスメイトとカラオケに行くなんて初めての経験。そもそも友人という括りでも経験はないけれど。目の前で流れる曲も最近勉強したものだ。
久遠くんが教えてくれた、そんな誰もが知る曲。テレビで流れていたこの曲を知らないと言った時の久遠くんは今でも鮮明に思い出せる。驚きというか……若干、呆れ気味だった。
「神室さんも歌おうよ!せっかくだからさ!」
「……そうですね。では、その……この曲にします」
端末を操作して予約を送る。大人気……らしいアニメの曲だ。若者を中心に人気の歌手が歌っている曲らしく社会現象を起こしたとかなんとか。
それすら知らないと言った時の久遠くんの表情もまた呆れたものだった。ただ、それでも親身になって教えてくれたのは……きっと私が孤立しないためなのだろう。
……本当は自分の好きな曲を歌いたい気持ちがある。ただ私のような田舎者が聞く曲をクラスメイトの皆さんが聞いているのかが分からない。
「神室さんは……県外出身って言ってたよね?じゃあ今一人暮らし?大変じゃない?」
「そう……ですね。一人暮らしですよ」
言えない。従兄妹という関係とはいえ同級生の男の子と同居しているだなんて言えるわけがない。
……同居と言うよりかは居候が正しいのかもしれない。そもそも私は久遠くんの住む家に勝手にお邪魔させて頂いてるだけで……いや、そんなことはどうでもよくて。
「大変ですが……楽しいですよ」
今の暮らしが楽しいのは事実だ。だからこそ終わってしまうことに怖さを抱いている。3年後の未来は分からない。でも、私が笑顔で終わりを迎えられるような幸せな未来を想像する。
……もっとも、これは願望に近いのかもしれないが。
「……すみません。私、飲み物を取りに行きますね」
話している間にグラスの中が残り少なくなっていた。喉が渇いている訳ではないけれど、せっかくお金を払っているのだから1.2杯で終わってしまうのは勿体ないと感じてしまう。
部屋を出てドリンクバーへ。炭酸は昔から苦手なので烏龍茶を選択。個人的に氷を使うと味が薄くなってしまうので、あまり使いたくない。
……なんとなく1人は落ち着く。孤独が好きというわけではないが1人で過ごすのは嫌いじゃない。「仲良くして欲しい」とは言ったものの交友関係を広げたいかと言われれば違うと私は答える。
数人の親友さえいればいい……なんて、そのような仲になるまでが難しいというのは十分に理解しているつもりでも、そんな欲求を捨てきれない。
「はぁ……」
「……どしたのさ、そんなため息ついて」
「……………………えっ?」
振り返ると女の子が1人。いや、謎の少女とかの存在ではない。私は彼女を知っている。クラスメイトの……えっと、確かお名前は……
「ゆ、結城さん」
「お、名前覚えててくれたんだ。嬉しいね。……で、どうしたの?神室さん」
「いえ、その……特に何もありませんよ」
「そう?私と同じかと思ったんだけど違ったかな?」
「同じ、ですか?」
「うん。疲れるよね、こういうの。いやそりゃありがたいよ?ありがたいけど……なんというか色々気にすること多くてさ。私も人付き合いが得意なわけじゃないしね」
「は、はぁ……」
結城さんはよく喋る人なのだろうか。若干ついていけてない。ただ核心を突かれてる気がする。
「私さ、神室さんとは仲良くなれそうだなーって最初に思ったんだよね。で、今1人で部屋出たから話しかけるチャンスって思ったんだけど……」
「私と、ですか?」
「うん。本当になんとなくだけどね」
「……ふふっ、なんとなく、ですか」
友人を作りたいと思って参加した今日の集まりを楽しめたかと言えば正直、あまり楽しめなかったと思う。
けれど、なんとなく……私も結城さんとは仲良くなれそうな気がした。なんとなく、ですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます