第8話 ラーメン

「おかえり」


「た、ただいま帰りました」


「めっちゃ改まるじゃん。もう少し楽にしろよ」


「……ただいま、です」


まあ今はそれでいいか。別に敬語を使われるのが嫌とかそういった感情は特にないし好きにすればいい。

靴を脱いだ神室は髪を束ねながらキッチンへと向かう。……まさか今から飯を作る気か?と思ったが、どうやらその通りらしく冷蔵庫の中を見つめている。


「……なあ神室」


「どうかされましたか?」


「いや、その……なんだ。嫌じゃなけりゃ今から外食とかどうだ?って思ってな」


「外食、ですか?」


「ん、奢るからさ」


「ですが……」


「慣れないことすると疲れるだろ。つかいつも世話になってるし」


もちろん、こんなことで返せるとは思っていないが。というか世話になりすぎて返せる気がしない。神室がこの家に来てからというもの食事に関しては神室頼りになってしまっている。

神室は「料理をするのは好きなので」と言うが趣味が義務になるのは良くないだろう。


時間も18:30を過ぎている。うーん……と考えるような素振りを見せる。しばらく……と言っても20秒ほどだが間が空いたかと思えば神室はぺこりと頭を下げた。


「すみません。お願いしてもいいですか?」


「ん。じゃ何か食べたいものあるか?あんまり高いもんは無理だが」


……なんか初めて神室にこういった質問をしている気がする。基本的には神室の考えるメニューだが何か食べたいものがある時はリクエストをする。

まあ俺が料理をしたところで神室に迷惑をかけるだけなので質問するならこういった外食の時のみだろう。


「あ、それでしたら……」


キラキラとした瞳をこちらに向ける神室。妙に子供っぽい姿に、どう言った反応をすればいいのか一瞬分からなくなる。結局、慣れていなければこんなもんだろうと割り切ることにしたのだが。


☆☆☆


「ラーメン、ねぇ……」


「はい!私、こういったものを食べたことがないので……嫌、でしたか?」


「いや、意外だった。こういうの食べるんだなって」


「私をなんだと思ってるんですか。むぅ」


なにそれ可愛い。……まぁイメージという面ではあまり湧かない。どちらかと言うとカフェで優雅にコーヒーを飲んでたりケーキを食べてるイメージの方が湧く。写真を撮る姿は……あまり想像はつかないが。


「私は至って普通の高校生ですからね?」


「普通の高校生はあんな美味い飯作れんのかね」


「難しいことではありませんよ。特別なことをしているわけではありませんから」


じゃあ俺が神室のような料理を作れるかと言われればそうじゃないだろう。実家にいた頃なんかはたまに料理をしてみたが、どうにも上手くいかない。

自分で食う分には問題は無いのだが人に提供するとなると……あんまり積極的に食べて欲しいとは思わない。


「……まあ、その、久遠くんはいつも美味しそうに食べてますから……それは嬉しいですが」


「実際美味いからな。学食とか満足できるか不安になる」


今から食うラーメンも満足できるかどうか分からん。さすがに口に出して言えるわけじゃないけども。


ところで……横浜だからなのかは知らんが、しっかり家系ラーメンを選んでるのがまた面白い。曰く以前から気になってはいたものの地元にはなかったために食べれなかったとか。

まあ最近は小学生でもスマホを持ってるし、それだけインターネットが日常にあるのだから田舎=情報に疎いというのは時代遅れなのかもしれない。


神室は表情こそいつも通りだが心做しかソワソワしてるようにも見える。こういった姿を見ると神室のことも知らないことだらけだと実感してしまう。

10年前に出会ってはいるが記憶があまりに曖昧なのでカウントしない方がいいだろう。声も顔も思い出せなかったのだからほぼ他人と同義だ。

その「他人」と同じ屋根の下で暮らしているのだから人生とは相変わらず何が起こるか分からない。


「おまたせしました!」


そんな声がかけられたかと思えばたっぷりのほうれん草と大きなチャーシュー、煮卵や海苔などが乗ったラーメンが運ばれてくる。

ラーメンの煮卵と言えば半分に切られてるイメージだが、そのままの姿で乗せられているのもまた家系ラーメンの特徴と言えるかもしれない。


神室は少し興奮気味だ。「これが噂の……!」なんて口にしているが相手が家系ラーメンというのは本当にそれでいいのかと思ってしまう。いや美味いけどさ。

神室が髪を結ぶ。いつもは髪を下げた姿しか見ないので、少し得した気分になる。


「「いただきます」」


と、手を合わせる。声まで合わせたわけではなかったが綺麗にハモってしまった。神室は気にする素振りを見せないが。まぁ、珍しいことでもないからだろう。

麺を啜る神室。するとびっくりしたような表情を一瞬見せて、へにゃりと笑う。水を少し飲んで今度はスープを口に運ぶ。またもへにゃりと笑って……コロコロと変わる表情を見て吹き出しそうになってしまった。


「毎日来ていいですか?」


「太るぞそれ」


「冗談ですよ。ふふっ、こんなに美味しいとは思いもしませんでした」


「……神室も美味そうに食うよな」


「そうですか?」


「あぁ。表情とか見てるとな」


「……は、恥ずかしいのであまり見ないでください」


特段気にすることでもないと思うんだが……という言葉を呑み込む。以前、美人だと言った時の反応を思い出した。それ以前に誰だって顔を見つめられるのは良い気分はしないだろう。


「まったく……」と呟いて神室が再び麺を啜る。へにゃり……と、3回目はさすがに無いらしい。

そのまま食べ進めていく神室のペースは意外と早く、いつの間にか半分以上食べていた。まあ、これに関しては俺が遅いだけかもしれんが。


「そういえば……」


「はい?」


「どうだったんだ?カラオケ」


クラスの女子の全員が行ったかどうかは分からないが親睦を兼ねてとのこと。神室が積極的に歌ったり人に話しかけたり……そんな姿は想像しにくい。まぁ、これも勝手なイメージではあるが。


「仲良くなれそうな方はいましたよ」


「意外」


「意味によっては久遠くんの明日のご飯は無しです」


「決して悪い意味じゃないから飯抜きは勘弁してくれ」


神室の飯が食えないのは何よりも死活問題なので本当に困る。順調にダメ人間になっていってる気がして笑えるな。いや笑えないが?


「……本当に、何となくそう思っただけです。結城さんもそう言っていましたし……私も同じだな、と」


結城……と名前を出されても顔が思い浮かばないあたり俺の交友範囲の狭さを物語っている。まあ女子と普段関わることなんてないので当然なのかもしれない。……いや、男ともほぼ関わらんけども。


「……本当は、久遠くんともう少しお喋りもしたいんですよ?」


「勘弁してくれ。俺の身が持たん」


「ふふっ、楽しみです」


「聞いてないし……」


そんな風に、楽しそうに笑いながらラーメンを食べる神室を見て、未来に少しばかりの不安を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る