従妹と同じ屋根の下で暮らすことになりました
フジワラ
第1話 新生活
「よし……っと」
ダンボールに残っていた本を並べ終われば部屋の見栄えは格段に良いものとなった。まぁ、ここからダンボールの処分など面倒な作業は残ってはいるが……ひとまず引越し作業は終わったと言っていいだろう。
この春から高校生。実家からは距離があるため一人暮らしとなる。まだ早いんじゃないかと言われたが、さすがに往復2時間の通学はキツい。
「……それにしても広いな」
一人暮らしには少々持て余すのではないかと思ってしまう。出来るだけセキュリティが整っている場所を……と決めた家がここ。
広いに越したことはないが……それでも2LDKは想定外である。もちろん、条件を絞っていった中で残ったのがここ……と言うのはあるが。
『引越し作業終わった』
母親にそうメッセージを送る。するとすぐに既読がついた。あの人、忙しそうにしてる割には早いんだよなぁ。部屋を見渡しながら返信を待っていると……普段鳴らない着信音が鳴り響く。不思議に思いながらも応答すると向こう側から声が響いてきた。
『もしもし伊織?お疲れ様』
「ん、仕事は?」
『現実に引き戻さないで欲しいのだけれど?』
なるほど、サボってるらしい。もしくは昼休憩に入ったか。どちらにせよ時間はありそうだ。
「一つ気になったんだが母さん、部屋広すぎないか?とても一人暮らし用とは思えないんだが」
先程から思っていた疑問をぶつける。セキュリティやら何やら拘ってくれたのはありがたいが……と、俺の言葉を聞いた母さんが不思議そうな声を上げる。
『……あら、聞いてない?』
「何が」
その時、インターホンが鳴り響いた。何か届いてない荷物でもあっただろうかと印鑑を持って玄関へと向かう。ただ「聞いてない?」というのは物凄く引っかかる。
何か聞き逃していたことがあったかと玄関を開ける……が、そこにいたのは配送業者でも何でもない。俺と同じくらいの女の子が立っていた。
「は?」と、俺は恐らく情けない声を上げただろう。ただ、その声は自分でも聞こえなかった。その女の子に俺が目を奪われてしまったからだろう。同時にスマホから母親の声が聞こえてくる。
『従妹の柚季ちゃんと一緒に暮らしてもらうことになったから♪』
☆☆☆
「……………………」
さて、どうしようか。そもそも従兄妹って何?いや意味は分かるし存在も微かに覚えている。ただ……
「あの、どうかしましたか……?」
こんな綺麗な女の子は一切記憶に無い。親戚の人が軒並み苦手なので集まりに出席しないからだろう。従兄妹に会ったのは10年以上も前のことだ。
透き通るような綺麗な髪、整った顔立ち、スラッと長い脚など、「この人は美人だと思いますか?」と聞かれれば秒で「美人である」と答えてしまう姿が容易に想像できる。
「あ、いや……その、何でもないです。考えごとをしていたので」
「そ、そうですか……」
「……………………」
「……………………」
気まずい。本当に気まずい。一緒に合格しようね!って受験したのに片方だけ受かっちゃったカップルと同じくらい気まずい。いや、そんな経験は無いのだが。ついでに言うと彼女が出来たこともない。
「……あの、久遠君」
「え、あっ……何でしょうか」
「わ、私のこと……覚えてませんよね?最後に会ったの……10年以上前ですし」
「あ、あー……そう、ですね。覚えてないです、はい」
いや正確に言うなら従兄妹の存在は覚えていたのだが、こんな美人は知らない。幼少期の頃の記憶なので曖昧ではあるが……まぁ記憶には残っていない。
「えっと……じゃあ、その、
「え、あぁ……
ぺこりとお互い頭を下げて自己紹介。ただ、その後はまた無言が続く。時折こちらの視線に気付いてはぎこちない笑みを浮かべて座っているだけ。……まずいな。静寂が続くのは本当にまずい。というか今更なんだけど一緒に暮らすって何?俺の両親も神室さんの両親も何で簡単にOK出してるのか本当に理解できない。
「あ、あー……えっと、どうしてこうなった?」
もうお前喋んな。『どうしてこうなった?』って質問の仕方が下手くそすぎる。ついでに言うとキモい。マジでキモい。コミュ症陰キャぼっちとして過ごした中学三年間を何も改善できていない。
ちらりと神室柚季を見ると黙り込んでしまっていた。なるほど、共同生活となったが早速地獄が完成したわけだ。やはり女子と話すのは苦手……
「えっと……ど、どうしてなんでしょうね」
神室柚季は天使か何かですか?地獄のような雰囲気の中、小さな声ではあるが返答をしてくれた。
「……で、でも!私は久しぶりにお会いできて嬉しいですよ。久遠君、あれ以来親戚の集まりに来なくなってしまいましたから」
「あ、あー……元々祖父母が嫌いなんです。俺の父親があんまり良く思われてないって聞いたので」
自分の父親を悪く言われて良い気分になる人間はいないだろう。だから親戚を遠ざけるようになった。母さんだけが集まりには参加していたが、俺と父さんが最後に参加したのは10年以上前のこと。
それ以来顔を合わせていない従妹との再会は嬉しい……という感情には至らないのだ。こう言っては何だが顔も名前も声も覚えていなかったのだから。
「……なるほど、そんな事情が。でしたら申し訳ございません。毎年のようにお手紙を……迷惑、でしたよね?」
「いや、全然迷惑とかじゃ……」
だって神室さんは何も悪くない。俺が遠ざけていただけだ。せめて、何かしらの返答はすべきだったのかもしれない。
「こちらこそ申し訳ないです。毎年のように手紙をもらっていたのに返事のひとつも……って、神室さん?」
じーっと顔を眺められては居心地が悪い。そんな神室さんの顔を見てしまったからには目を逸らすのも……と思ってしまう。
「……久遠君、敬語慣れてませんよね?」
ふと、神室さんは聞いてきた。俺の喋り方だとか表情を見ていたのか。それとも……10年以上前のことを覚えているのか。そう思った理由は分からないが見抜かれているのだけは確かである。
「遠慮しないでいいですよ。同い歳ですから。敬語である必要はありません」
「えーっと……じゃあ、そうする。なんか気を遣わせて申し訳ない」
「いえ、気にしないでください。それと……これからよろしくお願いします、久遠君」
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