反省会大失敗

 Photon epoch 3


「まず、お前たちの力の基礎イメージからだ。円運動の中心から離れる遠心力は、最も原初的な長距離の移動手段として機能しただろうと推定されている。歩く、飛ぶ、泳ぐとは異なる、惑星形成以前の――」

 反省会。そう書かれたホワイトボードに記されているのは三つの力だった。コリオリ力、オイラー力、遠心力。回転座標系にかかる慣性力についての基礎項目を図示した指導教官の女性、日和宮ひよりのみやは、しかし、自分の説明が眼前の生徒たち二人には届いていないことに気付いていた。

 木製のテーブル席が軋みを上げる。わなわなと震えるヴェロニカ・ヴィランコートが拡げた模試判定には、もうこれ以上ないくらいダメですを意味するZが記されていた。距離二〇センチと離れていない隣同士。全く干渉を受け付けない様子で窓の向こうを眺めるパートナー、フタヒメをちらちら気にしながら、クリーム色の髪の彼女は用紙からにゅっと顔を覗かせる。

「あの、サインとか書いてあげますんで、どうにか合格という感じには……」

「ならん」

「二年経っても結構人気なのになぁ!」

 女性を主として発現する遠心能力が認知されてから、五〇年くらいが経つ。彼女たちは、地球自転由来の遠心力を強化して垂直方向Verticalに影響させるV遠心と、自らの運動行為にかかった遠心力を強化して水平方向Horizontal――正確には垂直以外全ての方向――に影響させるH遠心に大別されている。傍から見れば、それぞれの方向に推進力を与えることができる念動力の使い手だ。

 分類カテゴリーは行使規模であり、V遠心の第七分類はヴェロニカのために追加されたもので、H遠心の同分類も希少極まりない。分類が大きくなるほど該当人数は減り、架空飾かくうしょくや影響範囲は強化され、遠心力は制御困難になる。新南陽しんなんよう総合支援学校、遠心科。まとめれば、六歳で入学して一一年を共に過ごした彼女たちは、二○二○年現在、能力の危険さを含む様々な理由で、卒業不可能と評されているコンビだった。

 二人の前で、青い双眸がその深さを増した。遠心科G組担当。日和宮ひよりのみやとは名ばかりの厳格さで他の生徒に知られるワイシャツ姿の女性は、危険視されやすいクリームヘアたちの事情を十分に知っている。カレンダーを見ればもう一二月で、時間はあまり残されていない。それなりの貫録を纏った三七歳が、目を細めて言う。

「将来のヴィジョンは成長を促す。お前たち、卒業したらやりたいことは?」

「はいはいはーい! テロリストたちをどかんとやりたいです!」

「治安を守るのは警察の仕事だ。能力者の正規採用枠はまだ認められていない」

「じゃあ、最近災害が多いから、どんじゃか救っちゃうぞー!」

「災害救助は自衛隊の仕事だ。能力者の正規採用枠はまだ認められていない」

「ええと、反対に突風を起こして、銀行から全ての紙幣を巻き上げ」

「警察と自衛隊の仕事を増やさないでほしい」

「なら、いいですよ女優で」

「お前は芸能界を舐めすぎている」

 小さく眉を困らせて、日和宮は続ける。学校を卒業さえすれば、選べる未来は少なくない。いまのところ臨時の職に限られるものの、工事現場のサポートや、風力発電の補助で大いに歓迎されるだろうし、遠心科生のコミュニティーのお世話や、就労支援の事務所で働く道もある。遠心科がはじめての卒業生を出した、二〇年前とは違う。『Centrifugirls』など複数のフィクションや、能力者団体による水面下の掛け合いのために、日本における能力者を巡る社会事情は、かなり希望的な方向に向かっている。

 配膳車が廊下に止まる。残念だが、あのドラマへの出演は、演技力ほかの技量の高さを買われたわけではなく、お前たちが最大分類の生徒たちだったというだけだ。芸能事務所で採用の例はまだない――、と念を押した教員は、二人分の給食をテーブルの上に並べた。あたしの輝かしい未来が!! 好きなメニューでないためにさらに喚き散らすクリーム色の髪の彼女の隣で、精巧な彫刻にも似てずっと窓の向こうを眺めていたもう一人が、腰を浮かせる。

「ハーレンレファー」

「帰れないんでしょ。卒業しないと、アメリカに。無能力者の大人にどうこう言われる筋合いはない。時間の無駄ですから、さようなら」

 六歩、上履きが床を叩き、ばたんと扉が閉まる。鮮やかな喧騒を響かせていた部屋が、七音でもだした。フタヒメ・ハーレンレファー。墨色の髪を揺らす彼女の残した冷気の余韻に、反省会はいつも通りの打ち切りの形となった。

 

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