第二章 真実瘴
未来へ(ヴネハ真実瘴)
Photon epoch 3
The First Quintillion Heat Vortices Predict――
Photon epoch 3
地球が形成された。
Photon epoch 3
風呂あがり。ホテルの一室で、コーヒー牛乳を飲みながら夜のニュースを見ていた。
「旧来のものが、新規のものの発見によって、区別のために新しく名前を付けられることがあります。アコースティック・ギターや、在来線、
横に寝転がったバスローブ姿のパートナーと笑い合う。一九九九年七月。私たちの卒業旅行は、奇妙なほど完璧といってよかった。若々しい男の顔が青ざめ、ニュース速報が次のテロップを映し出すまでは。
発見された方は、危険ですから刺激せず、警察に通報ください。
これについて、防衛大臣の会見が間もなく始まります。
本日は予定を変更して――
いきなり胸倉を掴まれるのには慣れていたが、彼女からははじめてだった。適当に偽造した胸元の卒業証明が引き千切られて、床に転がる。パートナーに視線を動かして、その口元の動きを注視する。
話が違う。卒業できたんじゃなかったのか。これがどういうことか分かっているのか。遠心科だってただじゃすまない。後輩たちが将来的に悪い状況に置かれるかもしれない。背伸びして必死に言葉を飛ばす彼女の表情が愛しくて、その両頬に手を触れた。
「気にしないで。私ときみの間にある以外のことは、本当のところ、全く無意味なことなんだよ」
しかし、ウザったらしいサイレンの音がする。ホテルから警察に連絡があったということが分かる。私は、――これは心外にもよく言われるが――この世で最も冷徹な眼、を作ると片手をくるくると動かした。小さく纏う紫色の
最も強度の高い遠心能力者は、全ての真実にすら至るから、私は何もかもを知っていた。愛は、秘密の共有によって強くなるという。なら、私の大切な彼女には、ほかの誰も知らない、とびっきりの世界の真実を伝えよう。自分のストレートな黒髪とは違い、こげ茶でウェーブのかかったそれを掻き分けておでこにキスすると、話を進める。
ビッグバンによる開闢の閃き、光子の
「まず、正しい時間の理解から始めようか。いまは、西暦一九九九年ではなく、
予測は描出より早く終わる。一九七〇年時点で役目を終えた世界に、私たち遠心能力者が発生した。
思い返せば、みんな知らないのに律儀に制御に苦心していて笑えてくるが、要するに、遠心能力者は、私たちの生きている、
狂っている! パートナーは叫んで、バスローブ姿のまま荷物をまとめ、火照る身体で部屋から出ていった。私はその足音が聞こえなくなくなるまで、動かなかった。そのあと、部屋中を紫の霧に満たして、無言で力を行使しただけだった。
針の音が響いている。本当の時間では、架空の地球誕生から一秒も経っていないのに、さも正しいような顔で壁掛け時計は動く。街は、先ほど自分が起した爆破事件の喧騒に満ちている。叫び声も、救急車のサイレンも、信じられないほどのリアリティーで耳を貫く。
June 27th, 1970 14:27:04 ――
数年前に
私にだけ観測できる断裂や歪みが毎日現れた。何度も、結んだ約束はなかったことになったし、出たはずのない課題の提出を迫られた。個人の生活範囲に限った話ではない。例えば、一昨日から月は
ここは
一九九九年のいま、私は一〇代目の
「はっはは、言った、言った! 殺した! 一〇人かな、それくらいは死んだ!」
外の救助の様子に手を叩きながら笑う。そう、私は正しい。怯えてとどまっているのは誤りだ。そうでないと、宇宙は始まらない。予測を終えた以上、私たちは前に進まなければならない。私たちは数万年後に冷えて原子を作る。構造形成のなかで、クエーサーとなり、銀河となり、恒星となり、惑星となり、何かを軸に回り続ける。あるいは、ガスや様々なエネルギー波、光そのものとして残り、
選ばれて、より膠着した個別のものが、大地として覆い、風として舞い、雨として降り、本当の世界と、街と、命を作り出す。未来が遅れる。そんなことを、誰が望むのか。命でもない、根無し草の思考現象の分際で、ここにいる誰が。
「防衛大臣の会見の中継の予定でしたが、衛星からの映像です」
全ての不幸は私に降り注ぐから、そこにちょっとやそっとの質量物が混じっていたって変わらない。二人で行けないなら要らない。都市ロンドンが、テレビの画面の向こうで、天体衝突により灰燼に帰していくのを見ながら、頬に一筋の涙が流れた。直後、
「ばっ、バッカばかしい! お前も、お前も、本当は元から生きてないくせに泣いたり叫んだりしやがって! 何も始まってない! きみらは100プランク時間の幻想なんだよ! 記憶も、建物も、友情も、愛も、全部、瞬く間の存在なの! ほら、壊れて困るものとかないでしょ! ねえ、うっぜえなぁ、黙って消えろよ! 消えろって宇宙が言ってるんだからさぁ!」
青年を床に擦り潰したぐらいでテレビの向こうで悲鳴が響くのがうるさかった。通りの人間を数人染みに変えた程度で眼下の騒ぎが大きくなるのが鬱陶しかった。その度に膝を折って、
自然と待った。まとめてぺしゃんこにして良いのに、パートナーが街路に逃げ出すのを待ってから、私は一〇階建てのビジネスホテルを一メートルの厚さまで叩き潰して飛び立った。長門市上空五〇〇〇メートル。星空は半分以上侵された。黒髪をたなびかせ、この世の何よりも悍ましい紫煙の瘴気の上に立った私は、遠く海蝕地形の端に見える朱色の鳥居の連なり、
「
悲鳴が散る。足音が響く。血が瞬く。
私は独り、星を落とし続ける。
ねえ、みんなそんなに死を恐れないでよ。
ねえ、――――。お願いだから、嫌いだって思わないでよ。
私のしていることは、宇宙的に観て正しいのに。
私たちの未来のためなのに。
Predicted Aiinegruth @Aiinegruth
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