終 僕の座敷わらし


 童子はこれまで通り、石座いすくら神社にいることになった。

 でなければ常に健と一緒にいるか、健の気の濃い自室に籠るしかなくなる。

 中学校についていくわけにもいかないし、実際問題、女の子を部屋に住まわすなど親に説明のしようがなかった。


 だがこの神社の常世とこよの内ならば、すでに健が馴染み、つながっている所でもあるし、神気しんきの助けもあるから童子はのびのび過ごすことができる。そして健は頻繁に顔を出す。

 これまで通り、だ。



 だがシシは少し寂しかった。童子が健の年頃に合わせた姿をするようになったからだ。

 十三歳ほどに育った姿でこれまでのような着物をまとっていると、それはそれは美しい。健もそう思うのか、時々照れているのが男親的に腹が立つ。


 そのきっかけになったあのセーラー服はなんなのだと問うと、童子は答えた。


綾女あやめが孫娘の女学校にと用意したものじゃ」

「綾女が……」


 それでシシは何も言えなくなった。


 童子をここに託しに来た人。

 健の前にこの常世に出入りすることができた娘。

 親のため、人の世で婿をとらなければならなくなったと泣いた女。


 もういない綾女につながるセーラー服で、童子は健の元に走ったらしい。


「いつもの童姿わらわすがたで健の学校に行ったら目立つじゃろ。我とて頭は使うのじゃ」


 座敷わらしとしての自分に贈られた物や部屋にあった物なら、童子は再現できる。

 だがこのところずっと神社にいたので、最近の服装は持っていない。着ていてなんとか許されそうなのがあのセーラー服しかなかったそうだ。


 中学生のふりをして、健と同じ高さで視線を合わせ、隣に並んで歩けることが、童子は嬉しい。




 そもそもの発端となった白鼻心ハクビシンのハクは、豪雨にまぎれて愛するテンを奪い返し、逐電ちくでんしたそうだ。二人で元気にしているだろうか。


 そして白鼻心を豪々と非難するてんや狸の一族を、コマは一言で黙らせた。


「同じ穴のむじなだろうが」



 中沢の親分の指揮の元、狸達がお堂の再建を請け負った。狢一同としてのけじめだそうだ。

 夜陰に乗じて一晩で新しくなったお堂に人間が気づいたら、きっと腰を抜かすだろう。こんな場合は、あまり人の寄りつかないこの神社もありがたい。




「では、行ってくるの」


 ワクワクと輝く顔でシシとコマに告げる童子は、今日は着物ではなかった。

 赤いタータンチェックのプリーツスカートに芥子からし色のセーター。ダークグレーのダウン。

 おしゃれとして合っているのかわからないが、健がプレゼントしたものだ。貯めていた小遣いとお年玉をはたいたのである。着てもらって、健はご満悦だ。


 これを着て、二人で出かける。いわゆるデートというものにあたると思うが、町の中を歩くだけの予定だ。

 童子はろくに外に出たことのない身だし、健だって世間知らずの中学一年生、何かあったら童子をどう守ればいいのかわからない。


 これから少しずつ、世界に慣れていくのだ。二人で。



「行ってきまーす」

「おう、気をつけてな」


 狛犬達に見送られて、健と童子は石段をおりていった。




 大人になった時、この二人はどうするのだろう。

 健はあやかしを妻に迎え入れるのか。

 童子は人と暮らす困難に打ち勝てるのか。

 そもそもそれまで共に歩んでいられるのか。

 それはまだ、わからない。


 そしてまた、もし夫婦めおとの契りを結んだとして健が死ぬ時に童子をどうするか。

 健に依っている童子は今、健が死ねば共に消える。絶対に事故に遭うなとシシが言い聞かせたのはそういうわけだ。

 でもいずれ、人の健は寿命がくる。




 永い時を過ごす狛犬達は、それぞれに想いを馳せた。


 美しかった山の紅葉もみじに。

 人として過ごすことを選んだあやめに。


 こうやって過去を想いながら悠久を過ごすのも悪いものではない。童子がそうすると言うのなら、また神社に依らせて戻せばいい。

 三人で、くした者を想っていれば、優しい時が流れるはずだ。



 今はまだ健も童子も、共に進む時間を見つめている。前へ。前へ。

 でも別れの時はいつかくる。

 どのようにして別れるか。

 それは、その時の童子―――いや、健と童子の二人が選び取り、決めるのだ。


 二人で。ずっと二人で。





 健と童子は二人でバスに乗ってみた。初めて見たバスに、童子が興味津々だったからだ。

 健は二人分の往復運賃を持っているか、ちゃんと財布を確認して乗り、後方の二人掛け座席に童子を座らせた。

 窓際に座った童子は緊張しながらも笑顔だった。


「すごい。これが、鉄の猪と聞いていた物の中なんだ」


 今日の童子は、今風の話し方をすることに決めていた。これから健と共に外に出るなら、身につけなくてはならないことだから。でもどうやら、話す内容もアップデートしなくてはいけないようだ。


 窓に貼りついて外を眺める童子がそっと健を振り向く。


「ねえタケル。私、タケルと一緒なら、世界のどこでも行けるんだよね」


 童子に言われ、健にもそんな未来が見えた気がした。童子と二人、どこまでも。

 バスどころじゃなく、鉄道も飛行機も、船旅だってさせてあげたら、どんなに童子は喜ぶだろうか。


「僕もざーさんとあちこち行ってみたい。たくさん旅行に行けるように、僕、頑張ってお金を稼がなきゃ」

「ああ、それはきっと大丈夫。だって私―――」


 童子は悪戯な顔をしてそっと健の耳に顔を寄せると、ささやいた。


「我は、座敷わらしじゃもの」





                      終






 最後まで読んでいただき感謝いたします。


 健と童子、一対の狛犬たちに、少しでもワクワクしていただけたでしょうか?


 お付き合い、ありがとうございました!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と座敷わらし 時々こまいぬ 山田とり @yamadatori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ