9.死神

 「ふー、疲れた」

 「お兄さん、お疲れさまでした」

 「いや、水なんて持ってきてもらって悪いね」



 ごくごく・・・



 「初めて聞いた話ですが、新作ですよね」

 「おう、古典以外にもいろいろとやってみないと、どうだった?」

 「うーん、ハッキリ言っていいですか」

 「おう、言ってみろ」

 「少し、生々しすぎるかと」

 「馬鹿、俺の持ち味は生々しさなんだよ」

 「にしても、血生臭すぎますよ。お客様、少し引いてました」

 「ふん、なに、革新的なものってのは最初は批判されるのが世の常よ」

 「それに、妙に真に迫っていたというか、もしかして、本当にあった事件じゃないんですか?」

 「馬鹿野郎、お前、なんにも聞いていないな」

 「いやいや、全部、袖でしっかりきいておりましたよ」

 「やっぱりなんにも聞いちゃいないよ。いいかい、言っただろ。『噺家ってのはあれ、全員嘘つきですから信じちゃだめですよ』ってな」

 「ほう、なら、全部、お兄さんの作り話ですか」

 「その通り、それにほら、お前、死体ってのは死後硬直があるだろう。普通はな、死体なんて、すぐにカチンコチンに固まってしまうもんだから、あんな風に、やれ助手席に載せるだ、車椅子に載せるだって出来ないもんなんだよ」

 「なーんだ」

 「どうした。少し、がっかりしたか」

 「いえいえ、でも、本当だったら面白いなって思ったんですよ。お兄さんが丸尾くんだったら、俺の兄弟子ってのはつまり人殺しなわけでしょ。なかなかいないですよ、兄弟子が人殺しなんて男は」

 「俺が人殺しならお前のこともう五回は殺してるね」

 「あ、ひでえや、ところで、本当はその顔の傷どうやってついたんですか」

 「ああ、これは・・・つまらん話だよ」

 「教えて下さいよ」

 「これは、お前誰にも言うなよ」

 「言いませんよ」

 「子供の頃、母親につけられた」

 「・・・すいません」

 「いや、いいんだよ、母さんもワザと傷つけようとしたんじゃねえ、事故でね」

「すいません、かなりセンシティブなことを聞いちまって」

「だから、気にすんな馬鹿」

「あ、はい、すぐ行きます。すいません、師匠に呼ばれたんで行きますね」

「おう、まあ、頑張りな」

 「はい、そうだ、夜の宴席、飲みすぎないでくださいよ。お兄さん酒乱なんだから」

 「分かってるよ」

 「ではでは」

 「おう」



















・・・・・・・・・いないね?

・・・・・・・・・本当にいないね?

うん、誰もいない。

あ、いましたか、お一人だけ。

誰のこと?って、あなた様にお話ししているんですよ。

よくぞ、まあ、ここまで残って下さいました。

そのお礼に最後に小話をさせていただきます。

なに、寄席じゃねえんだから、金なんて取りませんよ。

『死神』ってお話をご存知でしょうか。

もう、時間も遅いんで、軽くディティールだけ説明いたしやしょう。


あるところに借金まみれの男がいた。その男が首を吊ろうとしたら、どこからともなく死神が現れる。

死神は男にね、金儲けの方法を教える。

その方法ってのがね、あんたは医者になりなさいと。病を患っている人には死神がついている。枕元に死神がいる場合は助かる見込みはない。でも、足元にいたらば、話は別。まだまだ寿命がある証拠だ。それで、この呪文を唱えなさい。そしたら死神は病人の元を去らなきゃいけないルールだ。死神がいなくなったら、たちまち人は元気になるから、それを利用して病人を治せば金を稼げると。

それを聞いて男は早速医者を始めますが、もう、大儲けもいいところ。

しかし、良いことは続かない。ある時を境に患者のところに行っても死神が枕元に座っているばかり、途端に治せなくなり、男はヤブ医者!なんて言われるようになります。

貧していましたらば、噂を聞きつけた大富豪の使用人が依頼人としてやってくるんですが、大富豪のところにいったらば死神は枕元に座っていやがる。

金に目が眩んだ男はズルして死神を追い出し、大富豪を治しちまった。

どう言ったズルをしたかは長くなりますんで割愛。ご自身で調べてみてください。

それで、怒った死神は男を地下の世界に連れて行っちまう。

そこにはずらっと並んだろうそく。

ろうそくは人間の寿命だ。と死神は言うわけです。

それで、とりわけ短いろうそくを男に見せて、

「これはお前の寿命だよ」

と言うんです。

ズルした罰として、死神は男の寿命と大富豪の寿命を入れ替えちまったんですな。

でも、死神、優しいのは、真新しいろうそくを差し出し、上手い具合に火を移せたら、新しい寿命をやろう。と言ってくれた。

必死になって火を移そうとする男。

「早くしないと、消えちまうよ」

急かす死神。



 この話の下げと言うのがですね、実はいろんなバージョンがある。

 あー、火が消える。と言って男が死ぬパターン

 うまい具合に火を移せたけど、安堵のため息で自分で火を消しちまうパターン。

 死んでしまったけれど、死神として生まれ変わるパターン。

 正月なんかのめでたい席ですと、無事生き残れて万々歳のパターン。

 


 ん?何が言いたいのかって?

 つまりは人の生き死になんざ、ゆらゆらと揺らめくろうそくみたいに不確かなもんだってわけですよ。

 これは『粗忽長屋』にも言えますな。所詮、死と言う絶対的な自然の摂理も人の目を通して見ちまえば途端に不確かでつかみどころのないものになってしまう。

「一体死んでいるのは誰でしょう」なんて、馬鹿みたいな話になっちまう。



 この私の顔の傷、一体なんだか分かりますか。

 あの野郎、刃物を俺の顔に力いっぱい押し付けやがって。おかげで、まだ傷が残っている。でも、不思議なもんで、俺の顔にすーっと線が入って、血が出ているのに、あいつなーんにも気が付かない。

 しっかし、俺の弟弟子も馬鹿だねえ。

 あれだけ、噺家の話は信じちゃだめだと言い聞かせておいて、すんなり信じてくれるんだから、可愛いもんだよ。

 


 それだけじゃない。

 何が看護師だ。

 生きているかどうかひとつ見抜けやしない。

 うん、店長にしたってそうだよ。立派なひとだけど、人を見る目がない。

 あの警察官にしてもそうだ。一人で舞い上がっちまって、ヒロイズムの塊だね。

 でも、一番酷いのは丸尾だな。

 俺が適当に話を合わせていただけで、それを自分の都合のいい風に解釈しちまって、泣き出すんだから面白いよね。

 いやいや、俺の演技が凄過ぎたのかも知れない。話上手だなって、あの時は自分の演技が神がかって思えた。だから、こんな職業選んだんですけどね。

 え、なんで、すぐに逃げ出さなかったのかって、私も機会を伺っていたさ。でも、気が付いた時、高速道路ですよ。事故でもしたら軽自動車はひとたまりもないし、その後の民宿じゃ、あいつ、包丁もってやがりましたからね。

 まあ、ここまで、私の長話にお付き合いいただきありがとうございました。

 ここいらで、至言をひとつ。

 


 お客様方の前で、

 『人は自分が思うほど他人のことを見ていない』

 しかしながら、

『人は自分が思っているよりも他人のことを見ている』

 とお伝えしましたが、あれは両方とも間違っております。

 本当はね

『人は見ているわけでもないし、見ていないわけでもない。自分の見たいものを頭の中で作り出し、それを見ている』

 と言ったところですな。

 自分に都合の良い解釈しか出来ないのが人と言うもの。

 


 怖い怖い、俺は殺人が怖いけれど、

 今は人が一番怖い。



ってなところで、これで、本当におあとがよろしいようで。

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旅する死体 牛丼一筋46億年 @gyudon46

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