軟禁生活

 私、灰川はいかわ 色香しきかは警察庁刑事局によって軟禁生活を強いられている。扱いは重要参考人なのだけど、そんなの体のいい言葉。世界的犯罪の可能性が高いから、怖くて外に出したくないんだ。本音をいえばこの世から消したいんだろう。

 私もできたらそうしたい……。

 外に出て他人に不幸をまき散らすなら、いますぐ自殺したほうがマシだった。でも罪状はなくて、ニッポンコクケンポウって規定で、私の生命は守られているみたい。おかげで私の身の回りに刃物や尖ったものはなく、住んでいる家は基本的に監視されている。

 生きがいは何一つない。

 気がつけば五感の三つを失った。

 視えている世界は、昔あった白黒映画みたいに、白紙に濃淡の差が映っているだけ。どんな花や甘いものも鼻先は匂いを感じず、提供された料理も一切味がしない。

 ――それでも、死ぬことが許されないため、出された料理を食べなければならなかった。


 軟禁生活に不自由はない。

 住んでいる場所の一帯は国が管轄し、庭先まで自由は許されている。

 テレビも本も新聞もインターネットもある。

 ――どれも興味がなかった。

 心はとっくに死んでいる。何もしていなくても伸びていく爪や髪は、私服の女性警官が世話係となって適当にカットした。その女性は時々私に話しかけてきたけど、私の意識が朦朧としているのか、心の外の世界に関心がないのか、生返事をするだけだった。

 その婦警さんは、ときどき憐れんで、寂し気な顔をする。

 そのたびに私は首を振る。

 生まれたことが罪なのだから同情なんてはいらない。変に気を配るなら、自分の楽しみだけを考えればいい。どうせ私は世界に必要ないのだ。


 ――警察のお世話になってから四年の歳月が過ぎ、私は高校一年生の年齢になった。勉強は義務教育ゆえに、オンラインで課題を与えられている。

 授業は淡々と進み、テストを行い、〇と×の羅列が続く。どれも他人事だった。

そんな日々が……ほんの、少しだけ、変化した。

 始まりは、午後のおやつだった。最初はほんとにどうでもよくて、義務ですらなかった。ただ、婦警さんが私のために用意したので、仕方なく、一口だけて、後は放置した。


 ――それが、ある日を境にお菓子のグレードがあがった。

 最初はパンケーキらしきものだろうか。スポンジみたいな何かに、フォークで割けばとろりとした何かが出てきた。口の中に入れたら、口内が熱を持ったように熱く、それでいて舌が氷みたいに冷たく、それが調和して一瞬で熱が失った。

 明らかに、口の中で、熱と冷気を感じさせる意図があった。

 数日が経過して出てきたのは、氷菓のようなものだった。一口サイズの球体を口の中に入れると、それは口の中で溶け、後から細かなものがぱちぱち弾け、最後は口の中で溶けて消えた。

 ――何なのだろう。

 その次に出てきたのは、黒くて硬いブロックみたいなものだった。

 今度はそれを手で食べろという。

 両手でもつと、ざらざらしていて、口に入れると噛み切れないほど硬かった。前歯で強くかじって引っ張ると、白っぽいものがネバーっと伸びて、歯の間でじゃりじゃりと、トロトロが中和されて、やたら舌に絡みついた。

 一体何を食べさせられているんだろう、私は。

 驚きと戸惑いに襲われた。わけがわからず、気づいたらもう一回齧っていた。

 また味のない何かが、口の中で混ざり合う。

 わからない……わからない……。

 なんで? なんで?

 気が付けば、目の奥が熱くなっていた。

「え?」

 もう出ないはずの声が漏れた。

 私は、いま、涙をこらえていた。

 とっくに、枯れているはずだった。もう絶対に泣くことはないと思っていた……。

 試しに、もう一口、齧る。

 味なんて、全然わかんない。なのに、口の中では、はっきりと、それがわかる。

 

 ――これを作った人は、明らかに「私」の異常に気づいている。

 味覚や嗅覚がないことも。もしかしたら、色がないことだって。

 なんでなんでなんでなんで???

 私は、この世界にいらない存在。不幸をまき散らす呪われた人間なの。

 だから隔離され、秘密にされ、誰にも知られていないはずなのに。

 どうして、私のこと、意識してくれるの??? 気づいて、くれたの????


「う……ん……く……」

 もう泣かないって、決めたのに……。

 食べたくないのに、勝手に指が、そのお菓子を求めている。

 なんで? 私――

 ボロボロと口から食べかすがこぼれていく。

 みっともない。恥ずかしい。どこかで、あの婦警さんは見ているのに。

 私の身体は滅茶苦茶で、目が熱くて涙が止まらなくて呼吸が苦しくて味が全然わからなくて、口の中がザクザクもわもわトロトロしていた。

 最後の一口を頬張ったとき、リビングのドアが激しく開く音がした。気づけば、強く抱きしめられていて、婦警のお姉さんが頬をくっつけて泣いていた。

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