急
突破口
僕は色香ちゃんとの面会を断られた。
当然といえば当然だろう。僕は彼女の専属パティシエとして、五感を取り戻すことだけすればいいんだから。
水瀬さんは、色香ちゃんが心を開いてたことがショックだったらしく、ときおり僕に嫉妬して文句をいった。少し嬉しそうだったけど。
ただ、スイーツ作りは暗礁に乗り上げている。
ここに来て一週間、いろいろ作った。プリン・ア・ラモード。ガトーショコラ。アップルパイ。トルコアイスにタピオカドリンク……どれも一口で終わった。
流石としかいいようがない。
どれだけ甘美なものを作ろうと、味覚も嗅覚も失っていれば、おいしさなんてわかるわけない。せめて色彩感覚でも戻れば、フルーツタルトや、かき氷、もっといえば飴細工の芸術をぶつけられるだが、目で楽しませることも叶わない。
スイーツ以外に、昼食や夕食も作った。なにせこの軟禁場所には四人いるため、その用意をする必要がある。初日のカレーの件もあったので、実験として辛い麻婆豆腐を用意した。
舌で感じる辛みだが、これは味覚に入らず痛覚に属する。彼女に熱さと冷たさがわかるなら、辛さならわかるんじゃないかと予測を立てた。
色香ちゃんは無理して食べたが、辛いだけでしょっちゅう水を口に入れたという。水瀬さんには怒られたけど、確かな収穫だった。もちろん、辛いスイーツなどは論外だ。それは冒涜といえる。
もう一度、温度や食感を使ったデザートをするかと悩んだが、あまり効果がない気がした。
このままマンネリ化して、何もかも諦めて死んだようにスイーツを作るのだろうか。その疑念は、悪霊のいる沼のように、僕の手足を掴んで沈ませているみたいだった。
これが、彼女のいう呪いなのだろうか……。
何か突破口が必要だった。
日中、何もやることがなかった僕は、湖の前のベンチに座った。
軟禁生活が始まって、どこにも行けないことがわかると、なんとももどかしい気分になる。気分転換もできればアイディアが浮かぶのだが、同じ景色で、何の変化もない日々だと停滞していく気がした。
「生活は慣れたかい?」
おじいさんがそっと横から現れた。またパンくずを手にして、半分を僕に渡した。
「そうですね。なんか、やることがなくて、これでいいのかなって考えます……」
「国に協力しているんだ。気にすることはない。まぁ、私は足枷があるくらいで、生活に支障はないがね」
おじいさんの仕事は、畑や花壇の世話に、芝刈りや木々の伐採だ。農夫といってよく、汗をかきながら自然に向き合っている姿を見ると、充実しているみたいだ。
「色香ちゃんのことで悩んでいるんですが。彼女の食べ物に関することってありますか」
おじいさんは餌を投げてから首を振った。
「生まれてから、あの子に楽しい記憶はない。父親もすぐに死んでね、あとは、水瀬さんのいうとおり虐待の日々だ。どうすることもできなかったよ……」
肩を落として遠くを見つめるおじいさんを、どう慰めていいかわからず、餌をちぎってなげた。鯉が近づいてきた。
「あの子の父親が生きていればと思うと、残念でならないよ。芸術家というのは、自分の人生でさえ美しく飾りたいものなのかね……」
「そういえば、色香ちゃんの父親は酒浸りになりませんでしたか? 僕の母さんはときどき狂ったように飲んで病院に運ばれたことがあります」
「彼は下戸でね。一滴でも飲んだら具合が悪くなる。せめて、お酒に逃げていればちがったんだろうね……」
水瀬さんも僕に酒を薦めたっけ。未成年の僕には、酒のよさがいまいちわからなかった。
「――――!」
不意によぎった。苦みの中に生まれる、あのお酒の独特な匂い。
白と黒を織りまぜた不定形な芸術。
「おじいさん、スマホ持ってますかね?」
「あぁ、でも貸すことはできないよ」
「かまいません。いくつか撮ってもらいたい風景があります。そしたら、印刷してもらってもいいですか?」
「ああ、かまわんよ」
僕は椅子に餌を置いた。
「では、先にいきます。終わったらキッチンのほうに来てください」
「何かいい案は浮かんだのかい?」
これまでしたことないほど、自信満々に笑った。
「えぇ、最高のスペシャリテ、お孫さんに作ってみせますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます