現代人魅了バトル! 未来人 vs 異世界人

八山スイモン

第1話 殺伐とした現代に未来人と異世界人が!


 現代はクソだ。

 

 不思議なことが一つも起きやしない。運が良くても、起きることといえばせいぜいSNSで「いいね」が普段より5個くらい多くもらえるくらい。不運に見舞われた時は、派遣先の上司に「これだからゆとりは」と言われる。明らかに釣り合っていないし、俺はゆとり世代ではない。


 自分を騙さないと心の底から笑えない。疲れ果てて帰り、だらけながらYouTubeを見て乾いた笑いを零すことが日常と化した。あるいはお酒があれば些細なことで笑えるのかもしれないが、酔いが覚めた後に待つのは正常でつまらない普段の自分。ちなみに一度大笑いをした時は、隣の部屋から「うるせぇ!」と言われながら壁ドンを喰らった。


 魅力的な人間が見当たらない。そりゃもちろん、「いい人」はいる。いつも面倒を見てくれてたまに食事を奢ってくれる先輩や、辛いことがあった時に優しく肩を叩いてくれる同僚、昔話で盛り上がることができる級友、なんでも打ち明けられる家族。残念ながら恋人はいないが、人並みに良好な人間関係を築けている。だが、彼らと一緒にいても劇的なことは起きないし、心躍ることは起きない。これはちょっと贅沢な考えかもしれないけど、渇望する人間はごまんといるだろう。読んでいるお前、「自分は違う」とか思うんじゃないぞ。


 ……とまぁ、もっともらしく現代が嫌いな理由を並べたが、俺は別に詩的に現代を謳う感性など持ち合わせていないし、共感してもらうほどできた人間でもない。


 何せ、俺こそが『現代人代表』と言わんばかりに、捻くれた人間なのだから。


 

 * * * * *



「悪いんだけど……ウチも余裕ないんだ。君の会社にはもう連絡したから、来月からは来なくても大丈夫」


 ここ数年続く不景気。定期的にやってくることは経済学的理由で致し方ないと理解できるのだが、なぜ人生で初めて昇給し、これからも働いていきたいと考えていた職場にいるタイミングでやってくるのか、さっぱり理解できない。

 派遣社員である俺は社員全員から「心配だし声をかけたいけど、話しかけたら地雷踏みそうだから、誰かが話しかけるまで放っておこう」という目で見られながら退社し、脳が空っぽになりながら自宅に戻った。電車に乗っている時も、他の乗客全てから「あぁ、コイツは会社をクビにさせられて人生終わったやつなんだ」という目線を向けられて(いるような気がして)いたので、生きた心地がしなかったものだ。

 派遣会社の上司からは「当分の間仕事がないから、しばらく休暇を取ってくれ」と言われている。柔らかい言い方だが、クビとさほど変わらん。「休暇」の2文字だけ見て喜びそうになった自分を殴り飛ばしてやりたいところだ。


 そんなわけで、今の俺は狭いアパートでだらける一般ニート。次の仕事が見つかるまでは、ちょびちょびと溜めていた貯金を切り崩す生活となる。


「……酒、買ってくるか」

 コンビニでビールとハイボールを購入。つまみはポテトチップス。


「……なんか良い映画、ないかな」

 動画配信サービスで適当な映画を検索。適当に選んでいたら、会社をクビにされて自殺する男の話が出てきた。俺を殺す気か、この映画は。


「…………」

 無言でSNSサーフィン。経済がどうとか政治がどうとかの話にいちいち不安になることも怒りを覚えることもなく、ぼんやりと色んな有名人を見て回るだけ。ご飯が美味しかったとか誰々と会えて楽しかったとか、そんなキラキラとした日常を眺め終わると、ふと自分が本当に何もしてない人間だということに気付いて虚しくなり、忘れるためにまた酒を少々。


 そんな時間を過ごしている内に、あっという間に夜になった。やることもなくなり、暇を潰すことにすら飽きた。たばこがあれば手を出していたかもしれないが、このアパートが禁煙なのでそれもできない。寝ることもできず、何も考えないままの時間が過ぎていった。


 1日の半分以上を沈黙したまま過ごし、なんだか口の使い方を忘れたようだ。

 ずっと床に座っていたこともあり、腰が痛くなっている。僅かに体が疲れを感じ、なんとも言えない倦怠感を感じる。

 

 ここに来て、俺の中には一つの感情が形成されていった。

 それは『諦観』。何もかも諦め、あらゆる望みを捨てることだ。

 そうすれば、別にニートであることに屈辱的な感情など感じないし、周りの目も気にならない。馬鹿にされないように見栄を張ることも諦めれば、高い服に手を出して散財することもない。

 そう、何もかも諦めてしまえばいいのだ。全てを諦めて、ただ生きてさえいればいい。そうすれば、傷つかずに、悲しまずに、怒らずに、泣かずに生きていられる。ほんの少しだけ目にたまった水が引いていき、乾いた笑いが零れた。


「……はは、いっそのこと_____」


 ちょっとだけ、実家においてきてしまったいくつかのコミックを思い出した。

 1つは、未来に行ってロボットに乗り込み、宇宙人と戦う話。

 もう1つは、異世界に飛ばされて勇者となり、魔王を倒す話。

 どちらの物語でも、遥か先の未来と、果てしない異世界が、まだ幼かった俺の少年心をくすぐってくれたものだ。


「未来か異世界に行ければいいのにな」


 機械的な明かりの蛍光灯。

 掃除が行き届いていない床の隅。

 ギシギシとうるさい床。

 布団の上で目を閉じた俺。

 そんな、何もない狭いアパートの1室に_____


 突如として、電子的なBGMが鳴り出した!


「__________はぇっ?!?!?!」


 明かりを灯していたはずの部屋が暗闇に包まれていき、夜にさざめく虫の音が消えていく。まるでこの部屋だけが宇宙空間に放り出されたかのような静寂に包まれた後_____机の引き出しの一つが、ひとりでに発光しながら開いた。

 引き出しの中には文房具とどうでもいい郵便物しか入っていなかったはずだが、何故か虹色に発光している。


「うわぁぁぁぁぁ?!?!」


 腰を抜かした。抜かすに決まってる。腰どころか顎が外れてもおかしくないくらいだ。

 そりゃ、机の引き出しが発光して_____そこから突如として、青髪の美少女が出てきたら、目玉の一つや二つ持っていかれるだろうよ。


「えー、コホン、BGMストップ!」

 

 少女が指を鳴らしながら優雅にBGMを止めると、瞬く間に部屋の明かりが戻っていき、部屋の外の何気ない車の音が聞こえるようになった。だが、飛び出してきた青髪の少女は消えない。


「……いやそんな……まさかな……そこから出てくるのは完全にアレじゃねぇか……」

「この時代に登場するなら机の引き出しからっていうのは正解みたいね。古代人も感動して腰を引いてくれたし」


 日本人どころか外国人でも見かけることのない、切り込まれた短めの青い髪。それと連動するように翡翠色をした瞳と合わさって外国人のような容姿だが、骨格の形はどことなく日本人のそれに見える。現代で見ることはないであろう、絶妙なまでの非現実的な容姿は、布というより機械の見た目に近い服装とも相まって、彼女が違う時代からやってきたのだということを強く象徴していた。

 髪色といい服装といい、全体的に青っぽいのはやはりどこぞのネコ型ロボットを模倣してのことなのだろうか。流石萌えの時代、馬や戦艦だけでは飽き足らずあのキャラまでも美少女に変化させてしまうとは、いやはや男の性欲はついにここまで_____


「私は青崎あおさきサラ。あなたから見て、5F4P17JHY年先の未来からやってきた未来人よ。よろしく!」

「うわぁ、現実じゃん……?! 本当に俺が仕事クビにされた方の世界の話かな、これ?!」

「はぁ? 違う時代から人がやってきたら、まず最初に言うべきはこの時代の年数と名前を言うことでしょ。何独り言言ってんのよ」

「あー……今年は20XX年、俺の名前は今原勇也いまはらゆうや。何ですか、FとかPとかGHQって」

「GHQじゃなくてJHYね。っていうか……待って、まさかこの時代って……」


 サラとかいう名前の少女はしばらく俺の部屋を歩き周り、部屋の隅から隅まで隈なく調べて回った。そしてキッチンの調理器具、数少ない私服、特に使う予定のない装飾品などを見て回った後……ワナワナと震えながらこちらを見た。


「まさか……すごい、すごい! ついに到達できた! 誰も到達できなかった、最古代時代だ! いぃぃぃぃぃぃぃぃやっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「最……古代?」

「うん! タイムバッカーで戻ることのできる一番昔の時代だよ! 一位の記録は西暦3549年って言ってたし、大幅に更新できた! いやー、嬉しい! よろしくね、古代の人!」

 

 差し出された白く小さな手を反射的に握り返すと_____人の温もりを感じ取れた。

 

(あぁ、この子は本当に……未来人なんだな)


 意味不明なことだというのに、すんなりと受け入れている自分がいることに気付いた。非現実的な出来事が、握手という現実的な行為によって、現実に引き寄せられたかのようだ。


「さてと、それじゃあ_____」


 未来人の少女サラが、突如として現れた。

 ここから、今原勇也と未来人の奇天烈な物語が幕を開ける、と思ったが_____


 BGMは、止まらない。



 * * * * *



 諸君、人生で一度でも『紋様』を描いたことはないか? あれだ、呪文とか魔法とかに必要な、あの幾何学的な絵のことだ。なんとなく意味のありそうなものを描いて、それを使って魔術が使えると思ったこと、誰しも1度や2度はあるのではないか?

 残念ながら、それでは魔術は使えない。だが、それが知らず知らずの内に_____どこか別の世界の人間が使うとしたら、面白いと思わないか?

 そんなわけで私が使わせていただくのは、そんなどこにでも紋様の内の一つ。どこか別の世界で刻まれた、雑だが気持ちの籠ったノートの落書きである。



 * * * * *



 今回もまた部屋の明かりが消え、部屋の外の環境音が消えた。


「な……別の誰かが同じ時代に同時に?!」


 驚くサラ。だが少し考えて欲しい。いきなり未来人を迎え入れ、さらにその次がやってくることが確定したこの俺の気持ちを。

 今度流れ始めたのは、どことなくクラシックな雰囲気のする幻想的な音楽。それが流れ始めると同時に_____部屋の隅に置かれていた小さな本棚から一冊のノートがひとりでに飛び出した。


(……ノートが飛んでいることにもう違和感を抱けなくなっただと?!)


 ノートは俺の前に着地すると、パラパラとページをめくり出し、ずっと昔の懐かしい思い出、小学生時代の落書きを見せてくれた。


「うわ、懐かしい……」

「なにこれ……古代デバイス? どうやって文字を……?」


 そして途中の1ページでめくり終え、そのページに落書きされていたカードゲーム由来の紋様が赤く発光し始めた。

 発光と同時に部屋全体に風が吹き荒れる。ボロボロだったはずのノートは光の影響もあってか、まるで古代の魔導書みたいな風格を放って……はいないな。どう考えても小学生の落書きである。


「……?! 待って、こんな登場の仕方はあり得ない。まさか、宇宙人とかじゃないでしょうね……?」

「俺に聞かないでくれ、黒歴史の落書きがまさか暴走を始めるなんて、どこの時代でも驚くだろ?!」


 やがて赤い光は部屋全体を覆い尽くし_____俺が目を再び開けた時。


 そこには、ふわりとベッドの上に着地した、銀髪の美少女がいた!

 

「ふふ、良い紋様であったな。おかげで簡単に顕現でき……む? ここは一体? てっきり、荘厳な神殿かと思ったのだが……」


 本の中から飛び出してくるとは、これまた随分とベタな登場の仕方をするものだ。それにしても、未来人のサラさんはどうしてびっくりして俺の腕を掴んでいるのやら。あなたも大概ですけどね。


「そこの男、お前が紋様の主であろう。さぞいい魔力を持った大魔導士なのだろう。感謝するぞ、ヨヘルベイセンポウ」

「よ……よへ?」

「ほう……この挨拶が通じぬとは、本格的に無界ラビンらしいな。やはり、ここが目的地で正しいらしい」


 少女は身長と同じくらいの大きさの杖を携え、頭には明らかにサイズを間違えた巨大なとんがり帽子を被っている。そして挨拶のポーズと言わんばかりに帽子を外し、その素顔を晒した。


「初めまして、無界ラビンの住人。私はレイス・オーディシア、魔術師だ。よろしく頼むぞ」

「えと、はい……よろしくお願いします……」

「よろしくお願い……します。って、なんで私が……」


 帽子を外した下に見えたのは、長い銀髪に赤い目、そしてこれまた非現実的な顔の作りをした美少女の容姿だった。俺が異世界転生ものの主人公なら是非ともヒロインに任命されて欲しいような麗しい容姿だが、なぜ向こうから来てしまったのか悔やまれる。服装もヒラヒラとした裾をなびかせているところが、どことなく異世界人っぽい。

 いや、異世界人なのだ。そうでなければ、土足で俺のベッドを踏んづけていることに悪意しか感じなくなってしまう。


「うーむ……それにしてもこの部屋はどこなのだ? どう見てもお前の自宅にしか見えぬが……まぁいい。男よ、お前に用があるのだ」

「……モンスターと戦わなくていいなら、なんでもいいや」

「戦わずとも良い。お前にはな、是非とも私の世界……白森界アイントライムに来て欲しいのだ。この世界、無界ラビンを代表する者として!」


 彼女、レイスは杖を持ちながら、凛とした目で俺を見つめてきた。こんなにも真っすぐな目を向けてくる人間など、俺は見たことがない。

 色々あり過ぎて一周回り感動を覚えていた俺は_____レイスのこの発言が、とんでもない争いを生むことをまだ知らない。


「ちょっと待って、聞き捨てならないわね。どこの時代の人間かと思えば、異世界ですって? 意味の分からないことを言わないで。彼を連れて帰らないといけないのは、私も同じ」

「……なに?」


 さっきまで一緒に困惑していたはずのサラは、いつの間にかレイスの前に仁王立ちになっている。どこからどう見ても、明らかに戦闘態勢である。


「私は未来の世界を守るため、彼を未来へと連れて帰らないといけないの。どこの時代の人間か知らないけど、異世界だとか吹聴して人をさらうのはやめなさい」

「未来だと? お前こそ何を言っている。時間を行き来するなど、禁忌中の禁忌ではないか。どこの世界の住民でもそんなことは許されんぞ。それに私にも世界を守る義務がある。そこの者はなんとしてでも連れていくぞ」

「えーと、あれ……? まさか……」


 状況を整理しよう。

 机の引き出しから、未来からやってきた青髪の美少女が現れた。

 本の黒歴史ノートから、異世界からやってきた銀髪の美少女が現れた。

 どちらも、自分のいる世界に俺を連れて行かなければならない。

 交渉決裂。では、この後に待ち構えるものといえば_____


「……あなた、本気? 私の実力行使はレベル5まで認められているのよ?」

「無茶はやめておけよ、小娘。私の魔力は竜族並みだぞ?」


 ピリッとした空気。そして_____


 爆発する、俺のアパート。


「上等よ、久しぶりだから、加減できないかもね!」

「魔力の解放は気持ちいいものだな! いくぞ!」


 いつの間にか機械じみた戦闘スーツを身につけ、光の輪を纏いながら飛翔するサラ。目にはバイザーをつけており、周囲には立体画面のようなものが複数浮かんでいる。

 そして杖を持ち、何事もないように飛翔してみせるレイス。服装などは変わっていないが、体からは赤い光が立ち込め、赤い目はいつの間にか黄色く発光している。杖の先端も光を放っており、突風が吹き荒ぶ。


 未来人 vs 異世界人。

 科学と魔術の戦いが、俺の自宅上空で始まってしまった。


「……引っ越さなきゃ」

 

 俺は、静かに呟きながら空を眺めた。


 * * * * *



 先制を仕掛けたのはサラの方である。


「空間制御機構、限定解除。閉じ込めてやるわ_____断空結界リジェクトエリア!」

「ほう……?」


 戦闘スーツから離れた小型機械が空を飛び、レイスの周囲に展開。お互いが光で繋がれ、レイスが浮遊する空間一帯が薄い光の幕で閉ざされた。


「結界か。だがこの力……魔術ではない、のか?」

「このまま大人しくしててよ……対人間攻撃機能、限定解除。_____強殴感覚、転送」


 サラがスーツについたデバイスを弄り、そこから出力された光がレイスを囲った機械に伝達され_____


「うぐっ……?! なんだ、これは……」

「『強く殴られた時の感覚』をあなたに転送したのよ、傷つけずに無力化するには、これが一番なのよね。このまま大人しく気絶してくれたら、怪我をさせずに済むのだけど」


 レイスは特に何もなかった状態から突如として三半規管が強く揺らされた感覚を味わわなければならない。ただ殴るよりも、酔いの効果は強く、常人なら一発で気絶させられる。

 だが_____相手は常人に非ず。


「……舐めるな。私は偉大なる英雄ファイスの子であり、大魔導士グレイの子だ。これしきのことで……倒れることはない!」


 体から放たれていた赤い光_____魔力が猛り、サラが張っていた光の幕が瞬く間に剝がされていく。狂暴な力の奔流は、まるで炎を放つ竜のようである。


「なにあれ……どんな技術なのよ……?! 気合だけで結界を破壊したっていうの?!」

「技術に非ず。これは、万物の力の元……魔力だ。そしてこれが_____魔術だ」


 レイスが杖を振り回し、光を放つ先端をサラに向けた。杖の先端の光ウンはレイスの流し込んだ魔力により膨張し、巨大な光球を作り上げていく。

 

敵を射貫けドゥラービス聖なる矢よハルゥロウン! 聖破壊弓せいはかいきゅう!」


 巨大な光球から、無数の光の矢が放たれ、一直前にサラへと向かう。サラは足に纏った光の輪を操って飛翔し光の矢を躱すが_____光の矢は外した後もサラを追尾し、軌道を変えながら追いかけ続ける。


「うわ、何それ! 面倒くさいなぁ、もう!」


 サラは飛行速度を上げることで辛うじて回避。そして再びデバイスを弄り、新たな技を発動していく。


「うーんと、こういう時は……空間制御機能、レベル3にアップ! それと……もう仕方ないや。対攻撃機能、限定解除」

 

 サラをおいかけていた光の矢は、サラが虚空に張り付けた透明な壁を通過した途端に、おかしな方向へと曲がっていき、最終的には消えてなくなった。

 そしてレイスから距離を取ったサラの戦闘スーツが、瞬く間に姿を変えていく。

 より戦闘に特化した、刺々しく、より戦うことに特化した姿。口元がマスクで覆われ、スーツに通った光の筋の色が淡い青色から力強い黄色へと変化していく。


「ほう、本気になったようだな。ならばこちらも……!」


 レイスもそれを見て、体から放出される魔力をさらに増大させた。輝かしい赤色の魔力はやがて禍々しい赤の魔力へと変化していき、それに応じて杖の形も変化していった。壮麗な杖はいつしかより鋭く、まるで槍のような形状に変化。そして先端には先ほどよりもさらに強い力を込めている。

 両者ともに譲らず、互いが一段と攻撃性を高めた。ここからはもう、小手だしの戦いでは済まない。


(でも_____)

(それでも_____)


 お互いに譲れないものがある。ならば_____


「ストォォォォォォォォッッッップ!!! 待って待って待って!」

「「?!」」


 ぶつかり出そうと二人が動き出す寸前、俺の声はなんとか二人に届いた。


「頼むからぁぁぁぁ! これ以上! 戦うの! やめましょうよ!」


 驚き、下を見下ろす二人。

 その二人でさえも、一瞬で顔を青褪めさせる光景がそこにはあった。


「俺の……俺の家がぁぁぁぁ!」


 アパートの一室が爆発し、燃えていた。

 既に周囲には人だかりまでできている。

 そしてもちろん、上空で派手に戦闘する二人のことも、近隣住民にばっちり見られていた。


「こ……れ……は」

「……一時停戦……だな」


 二人は互いに相槌を打つと、それはもう凄まじいスピードで対処に当たった。



 * * * * *



 翌日、修理された俺の部屋にて。


「はぁ……記憶消去しんどぉい……なんでこの時代の人は記憶保存機能使ってないの……全部アナログだからスキャンかけるのめちゃくちゃ大変なんだけど……」

「うぅ……魔力がない世界はキツいな……家財を元に戻すだけでもこれだけ魔力を持っていかれるとは……流石に予想外だった……」


 床の上で、二人の美少女が疲労困憊状態で倒れている。しかも、いつの間にか現代風のラフな服を着た状態で。


「……なぁ」

「なに?」

「なんだ?」


 俺は、ここ数年間のストレス全てを吐き出すつもりで_____叫んだ。


「お前ら、マジで誰だぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!? 一晩立って冷静に考えたけど、未来人と異世界人?! 何なの、ニートになった俺を元気づけてくれてるの?! 手の込んだドッキリだったらもう何も信じられなくなるんだけど?!」

「時代が違うってこんなに価値観違うのね。言語は同じものをインストールしてるけど、何言ってるか全然分かんない」

「私もだ。この意思理解能力を以てしても分からんことがあるとは……」


 おまけにあれだけ派手に喧嘩していた二人が、既に打ち解けている。相変わらず容姿は非現実的なので、やはり昨日見たものは見間違いではない。

 ではやはり……この二人は、現実の存在なのだろうか。


「ジト目で見られても恥ずかしがったりしないぞ、俺は正常だ。少なくとも俺の時代、世界ではな、未来人とか異世界人なんてものは登場しないんだ! それが常識だ! そんな不思議な存在なんてものは、空想上のものでしかないんだぞ! それなのに……それなの、に……」


 俺は、自分が正しいことを言っていると思っている。

 だというのに、それがなぜこんなにも寒い思いをしなければならない?

 少なくともこの場においては『現代代表』の俺が、なぜこんなにも……つまらないことばかり言ってしまっているのだろう。


「……何それ。この時代はそんなにつまらない時代なの?」

「え?」


 不意に、サラが真剣な眼差しでこちらを見てきた。翡翠色の神秘的な瞳が、一際輝いて見えるような……そんな感じがする。


「そんなものがいるわけない、それが常識だ、って……私は本当にあなたから見て未来人だし、ちゃんと実在してるのよ? どうして目の前で起きていることを、常識なんてもので否定しようとするのよ」

「…………」

「苦々しいが、同意するぞ。私も信じられない存在かもしれないが、お前から見れば異世界人だ。そして、この通りしっかりと実在する。それに、だ。異なる世界、異なる時代の人間が……こうして触れ合えている。こんなすごいことを、なぜ否定する必要がある?」


 レイスまでも、宝石のように赤く輝く瞳で俺を覗き込んでくる。まるで、俺の心の、一番固くて、一番嫌な部分を鋳溶かすかのように。

 二人の手が、俺の向けて差し伸べられている。窓の光を受け止めるその手の白さと人肌の赤みは、そこに立っている彼女たちが確かに本当の存在なんだと、強く、強く知らしめてくる。


「あんな出会い方にはなったが……やはり私は、感動が隠せない。違う世界の者と、こうして言葉を交わせることがどれほどの奇跡で_____どれほど面白いことか、分かるか?」

「面白、い……」


 改めて言おう。

 現代はクソだ。

 人々を救い導く英雄なんて現れないし、人間を助けてくれる天使も妖精もいない。サラの使っていた超科学も、レイスの使っていた魔術も、どちらも存在しない。

心躍る冒険もなければ、胸膨らむ物語もない。

 どこかにある可能性はあるが、すくなくとも俺の元には届いていない。俺の世界は、どこまでいってもクソだ。


 そのせいで、クソじゃないものを、いつの間にか見分けられなくなっていた。


「私も同感。こうして時を超えて色んな人に会うことは、素晴らしい体験だよ。未来と過去がこうして交わって話すことができるなんて……夢みたいだって思わない?」

「……そうかも、な」

 

 ストンと、何かが腹の底に落ちた気がした。

 体の重心が落ちてきたかのようで、思わず尻がベッドについてしまう。


「そうそう。私たち、あなたのこと聞いてなかったと思うんだよね。今度はあなたが自己紹介してよ」


 目の前の少女たちは、俺のことをどう思うだろうか。

 色んなことを諦め、諦め続け、何もなくなった空っぽの俺を、笑うだろうか。

 情けなくただ生きるだけの俺を、憐れと蔑むだろうか。

 

 ……否。


 彼女たちは、俺が諦め続けてきた『クソ』な存在ではない。


「……俺は、今原勇也いまはらゆうや。この時代で生きる_____ただのニートだ」

「ニートとはなんだ?」

「あー……なんだっけ、確か『労働』をしない人の言葉の一つにそんな言葉があったような……」


 ああ、良かった。

 彼女たちに出会えて、本当に良かった。



 * * * * *



「さてと、それでは本題だ!」


 一通り俺の人となり、そして現代での生活について話した後、レイスが元気よく立ち上がった。本題ということは、何か話さないといけないことがあるのだろうか。


「そもそも私、そしてサラがこの世界のこの時代にやってきたのは同じ目的……勇也、お前を連れていくことだ。私は私の世界に、サラは自分の時代に連れていくために、だ」

「うんうん」

「うんうん」


 なぜサラは、まるで他人事のように、そして俺のつまみであったポテトチップスを美味しそうにかじっているのだろうか。


「それで昨日は戦いとなったわけだが……正直言って、二度と同じことはできん。この世界には魔力がない以上、私が元の世界、白森界アイントライムに戻るためには私の全魔力を注がなければならん。もし今より弱って魔力が衰えたら、二度と帰れなくなってしまうかもしれないからな」

「それは私も同じ。私の使用デバイスの動力源はこの時代だとまだ使われていないから、補充が厳しいのよ。充電が切れちゃったら元の時代に帰れなくなっちゃうから、あんな使い方はもうできない」

「ってことは……本当にもう二度と戦わないん、だな?」


 二人はバツの悪そうな顔でそっぽを向く。……いや、サラは特に悪びれもせずポテチを齧っているが。


「戦いだしたらキリがないからね。……でも、譲るわけにもいかないし、連れていくことを諦めるわけにもいかない」

「え?」

「そうだ。戦いはやめるが、争いは終わっていない。私かサラか、どちらが勇也を連れていくかは、白黒つけなければならんだろう」

「あれ、ちょ……」


 そうして、二人は互いの目を合わせ、間に火花を散らせながらこう宣言した。


「そこで、だ! 私たちは、『アピール合戦』をすることにしたのだ!」

「アピール……合戦?」

「直接戦うのではなく、どちらが勇也の心を奪えたかどうかで勝負をするのよ」

「うーんと……俺?」

「ルールは簡単。題目を作り、それに沿ってどちらの世界がより良いかをアピールする!」

「それを勇也が審判として、どちらの方がより魅力的に見えるかを判断するの! どう? これなら被害も出ないし、平和的でしょ?」

 

 俺の被害は、もはや計算外らしい。人々の記憶を消したり爆発した家を元に戻せるとんでもないやつらだが……果たして俺の心労を回復させることはできるのだろうか?


「ってことで、私今日からここに住むから」

「いや、ちょっと_____」

「安心しろ。狭い部屋故、魔術で空間を拡張しておく。流石に同じ部屋では寝ぬよ」

「確かに大事だけど、そういう問題じゃ_____」

「何で勝負しよっか。とにかく、まずはこの時代の情報を探さないと」

「魔道具屋は……無いか。仕方ない、市場にがあれば寄ってみるとしよう」

「えっと……あの……」


 サラもレイスも、何事もなかったかのように自室(?)に入っていき、現代という時代を満喫する支度をしている。

 ここから先、俺はこのはちゃめちゃな二人のアピールを判断し続けなければならないらしい。


「……まぁ」


 俺は散らかった部屋を片付けて、カーテンと窓を開けた。

 外には、今という時代の空が、どこまでも広がっている。


「楽しそうだし……別にいいか」

 

 

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