第6話 第3題目「暇つぶし」 未来人ver


 自宅に蓄えられていた数多の映画たちのストックが、ついに底を着いた。

 見るものが、ついになくなった。


「…………終わりだ」


 コンテンツが無限にあふれ出てくるのが当たり前の現代。その気になれば動画配信サービスのドラマやら、無料で見ることができる動画を漁ればいい。だが、俺が好き好んでいたのはDVDをプレイヤーにセットし、グルグルと回りながら画面に反映されていくという過程であり、どことも知れぬインターネットの世界から引っ張られた作品だけではどうにも味気ないと感じてしまうのだ。

 なくなったのならまた買いにいけばいいという話だが、今の俺はニート。収入がなく、娯楽に金を費やしていてはたちまちもやし生活行きの状態である。迂闊うかつに出費を重ねられない。

 そんなこんなで、俺はついに暇つぶしの手段を失い_____再び、ニート生活が始まった当初のうつな状態に戻ってしまった。


「…………」

「…………」


 そしてもちろん、サラとレイスの二人がこれをただ黙って見ていることなどない。

 二人は顔を合わせ、言葉を交わすことなく静かに『勝負』の幕を引いたのであった。



 * * * * *



 サラは前回のファッションコーディネート対決で負けてから、自分の何がレイスに敗北したのかについて、寝る間も惜しんで分析を続けた。


(前回負けた直接の原因は、勇也なりのルール……すなわち価値観を捉え損ねたこと。勇也は寝るときにぬいぐるみを着ることがあまり好きではないということを調べる前に提案をしてしまったことが、最大の失敗だった。いや……思い返せば……)


 サラは、さらにその前の勝負についても同様に考察を進める。


(料理対決の時も、コーディネートの時も……私はよく考えることなく、先走ってしまった。レイスの方が私より後に提案をしているのは、もしかしたら私と勇也のやりとりを見て分析をしているからなのかもしれないわね。そうなると、この勝負はいわば後出しじゃんけんみたいなもの。そもそも私に勝ち目なんてないじゃない!)


 サラが生まれ育った時代_____5F4P17JHY年先の未来では、科学の進歩によってありとあらゆるものが数値化され、データとして分析可能なものとなっている。

 人の心についても当然のように数値化されているため、芸術品の良し悪しも全て点数で決まる。数値化できないものが存在しないからこそ、考えの違い・価値観の違いによって評価が分かれることはない。数値という絶対的な指標が存在する世界において、人の心による相対的な評価は意味をなさなくなってしまった。

 そんな時代に育まれたからか_____サラには、物事を相対的に見る癖がない。数値上の最高水準を満たすことこそが全てとする考え方でこれまで仕事をし続けてきたため、定性的判断でサラとレイスの勝負の審判をしている勇也とは、物事の判断基準がそもそも噛み合っていないのだ。


(思えば……異世界人のくせに、勇也とレイスでだけ通じる話がたまにあるのよね。漫画の画力について話をしたときも、明らかに絵が下手な人の漫画なのに『それがいい』とか『逆に趣がある』とか言ってたし……やっぱり、今の私の考え方じゃ通用しないみたいね)


 『想像力の不足』とでも言うべきサラの問題は、料理対決の時にレイスの精霊たちが繰り広げた演劇を見た時から、薄々自覚はあった。

 そして今_____新たなる勝負題目『暇つぶし』によって、サラは真正面から己の課題と向き合わなければならなくなった。


(映画がなくなった以上、それに匹敵するか、あるいか超える感動を勇也に与えないといけない。全力で、全力で考えるのよ蒼崎サラ! あなたなら、勇也にとっての感動が何かくらい、分析できるでしょう!?)


 サラは自室に籠り、ナノマシンで常時監視し続けていた勇也の生活記録の分析を始めた。

 勇也の心を知り、そして勝利するために。



 * * * * *



 一方、レイスはというと_____


「精霊たち、集結せよ! 今こそ、お前たちの真価を発揮する時だ!」

「またー? 私たち、もっと遊んでいたーい!」

「俺もー!」

「ヴぃヴぃ!」

「なぁに、安心するがいい! お前たちはいつも通り、全力で遊ぶがいい。少しくらいなら羽目を外しても構わん!」


 レイスの眷属となった精霊たち普段、レイスが手にする杖の中に封じられた魔術によって編み出された結界空間の中で自由に暮らしている。そしてレイスが許可した場合のみ、外の世界に出ることを許されるのだ。

 そんな杖の中の世界では、レイスが持ち込んだこの世界、無界ラビンの文化作品が大人気。勇也が楽しんでいた映画や漫画を参考に、精霊たちも様々な遊びを開発していた。特に人気だったのはハリウッド映画に影響を受けたカーチェイスごっこであり、馬車を改造した『精霊カー』によって精霊たちは連日連夜車をぶつけあうアクションを楽しんでいた。

 あまりに危ない遊びがある場合は主として注意を入れるレイスなのだが_____そんなレイスが、『羽目を外せ』と言った。

 これは精霊たちにとって、一種の魔法の言葉のようなものだ。


「…………え、いいの?」

「マジジ? オデタチ、ホントニヤッチャウヨヨヨ?」

「Buuuuu?」

「全力で……って言ったの?」

「あぁ、全力で遊べ。準備ができたら_____ここに勇也を呼ぶ。一緒に遊んであげるんだぞ、いいな?」


 いつもは騒がしい精霊たち全員が静まり返る。

 そして次の瞬間_____静寂は万来の雄叫びによってかき消された。


「うおおおおおおお!!! 久しぶりの全力だ!!!」

「やるぞぉ、やるぞぉ!」

「いいいいいいやったーー-!」

「ねぇねぇ、何する? 何して遊ぶ?」

「あれもいいし、これもいいな! 何をしても、楽しいな!」

「アソブ! アソブ! タノシイ、タノシイ!」


 精霊たちの歓喜が、杖の中の世界を書き換えていく。

 精霊たちには、『世界を作る』という役割、そして機能が存在する。精霊たちに『歓喜』という感情が移れば周囲の世界はたちまち『歓喜』という感情を体現した景色へと変化し、逆に『憤怒』が移れば怒りに染まった景色に変貌していく。

 今、杖の中の世界は、レイスが感じている猛り_____なんとしてでも勇也を元気にするという気概によって塗り替えらえている。レイスの気持ちを受け取った精霊たちが、世界そのものを書き換えているのだ。

 それも、『羽目を外した』状態で。どんな世界になるのかは、レイスにも分からない。


(ふふふ、精霊たちのもてなしは世界を隔てど通じるものであるということは既に確認している。それに、今回の題目は『暇つぶし』ときた。精霊たちの力を見せる絶好のチャンスだ!)


 レイスもまた、サラと同じく勝利するための条件については自分なりに考察を進めている。そして、分析能力という点において、サラには遠く及ばないことは、十分に理解している。


(凄まじいものだ。魔術もなく、ただ頭脳を働かせるだけであそこまで勇也のことを知り尽くすとは。まだ若いというのに、大賢者様かと思うほどの鋭い目を持っているとは恐れ入る。だからこそ_____勇也への理解は、サラの方が上であると考えざるを得ないな)


 一度勝利を掴んでいるレイスだが、驕りはない。勝利できた条件を冷静に分析し、連勝に繋げるべく考えをまとめる。


(私が勝利できたのは、たまたま_____サラが気を逸らせたことによるものだ。もう同じ過ちはしないだろう。だとすると、私にできることは……)


 理屈では勝てない。ならばどうするか。

 簡単だ。理屈ではない何かで、勝てば良い。


(サラが徹底的な分析の上で勝つというのなら、私はその反対を行くまで。魔術の真髄を見せ、理屈だけでは勝利できないということを思い知らしめてやらなければな!)


 レイスはいつも以上に気分を昂らせながら、精霊たちによる『大改装』を眺めていた。



 * * * * *



(……どうしよう。マジで寝ること以外やることなくなっちまった)


 サラとレイスの二人は自室に籠ったまま出てこない。大方、次の勝負に向けた準備でも進めているのだろう。

 こういう時、かつての先輩に言われたことを思い出す。


『仕事と生活が全てじゃない。仕事と生活がダメになっても残るものを、今の内に作っておいた方がいいぞ』


 その先輩は動画編集に強いこだわりを持っていて、会社員をやめた後はフリーの動画編集者として活動している。収入はカツカツのようだが、好きなことに全力投球できて満足しているようだった。

 

(俺には……ないのかな、そういうの。好きなことなんて……あったっけ?)

 

 思い出せない。忘れているだけの可能性もあるし、本当に何もなかった可能性もある。

 相変わらず理不尽な世界だと思う。幼い頃から仕事をする大人になることは素敵なことだと教わってきたが、いざなってみたらストレス以外に感じるものがないことだらけ。中には素敵な仕事だってあるのだろうが、少なくとも俺はそれにありつけなかった。

 そして、生活をして人として生きることがどれだけ難しいかも、自分の体験として覚えるまで教えてもらえなかった。そういったギャップを理解して克服できた頃には_____脂ののったいい大人。人生をやり直すには、引き返せない通過点を通り過ぎてしまった。

 何をすれば、ここから脱せられるのだろう。勇気があれば良かったのか? それとも、もっと努力しなければダメだったのか? あるいは、才能が無ければ超えられないことなのだろうか?


「……はぁ」


 頭を働かせれば働かせるほど、頭の中がクソみたいなことでいっぱいになる。深く何かを考えることに、俺は向いていない。

 そうこうしている内に、あっという間に夜になった。ちょうど都合よく、眠気もやってきてくれた。

 そうしてまた、俺は眠りに落ち、クソみたいな脳内をリセットして_____


 そして翌日。

 俺は再び、訳の分からないことに巻き込まれた。


「…………は?」


 目を覚ますと、そこは空の上。

 猛烈な風が吹き付け、日差しがいつも以上に眩しく感じる。

 そして、身に着けた覚えのない羽を、俺は必死にはためかせていた。


「え_____えぇぇぇぇぇぇぇ?!?!」

「お、起きたみたいね。今フライ中だから、もうちょっとだけ楽しんでいきなさい!」


 頭の中に直接響くサラの声。

 こうして俺は知らぬ間に、二人の『勝負』に巻き込まれていった。



 * * * * *



 『幽体離脱』というものをご存じだろうか。

 意識のみが体から離れる現象のことであり、一般的には錯覚や幻覚の一種だとされることも多い。だが、実際に体験した人物が数多くいることや、研究によって実現できる可能性が示唆されつつあることから、ただのフィクションの産物ではなくなりつつある現象である。

 意識、心、魂……肉体とは別で人を人たらしめる霊魂的存在と肉体の関係性については他にも様々な考え方が存在しており、現在も研究が進んでいる。

 では現在がそうなら_____未来ではどうなっているだろうか。

 その答えの一つが、今の勇也の状態である。


「寝ている間に勇也の脳をスキャンして、人格をナノマシン上に保存したの。もちろんバックアップも取ってあるから、万が一この状態で死んでも、寝ている勇也はちゃんと寝ざめることができるよ」

「おいおい、それってめちゃくちゃ怖い話じゃん。大丈夫? 俺、二度と元に戻れないとかじゃないよね? 今の俺はただのコピーで、必要なくなったら消されちゃうとか、そういうのないよね?!」

「大丈夫じゃない? 私も何度かコピーされた経験あるけど、何にも覚えてないから」

「余計怖ぇーよ……。で、これどういう状況?」


 どうやら今の俺はたかになっているらしい。頭がおかしくなった、という方が説明しやすいのだが、サラの説明からしてそうではないらしい。


「ナノマシンに保存した勇也の人格と鷹の感覚を接合している状態よ。どう、本物の鷹のように飛んでいる気分を味わえるんじゃない?」

「あ、あぁ。確かに……羽をはためかせて、思い切り飛んでいるな。あ、今……外の机に置かれた食べ物に目をつけた」


 そして鷹は_____急速降下。風の流れに乗っかり、まるで滑り台を滑っているかのような滑らかさで食べ物に向かって滑空し、鋭利な足で机に捕まり、小さな口を食べ物に突っ込ませた。


「うお、めちゃくちゃがっつくな……よっぽど腹が空いてたみたいだ」

「任意で味覚の共有もオンにできるから試してみていいわよ。まぁ、ゴミを漁ることもあるからおすすめしないけど」

「やめておく」


 その後、食べ物の主だった人間が大慌てで駆け寄ってきたことで鷹はその場を離れていった。腹を満たした後は、しばらく空を跳び回った後、巣らしき場所に戻って休憩している。


「どう? 鳥になった気分は?」

「状況含めさっぱり理解できねーけど……まぁ、悪くなかった。そこそこ気持ちよかったし」

「良かった! それじゃあ、他のものにもなってみよう!」


 そう、これは始まりに過ぎない。


「他のものって……おい待て、これって拒否権とか_____」

「さぁ、もっと遊んでらっしゃい! 最先端技術を使った『人格憑依ごっこ』、とことん楽しんできなさい!」


 鷹から離れた後、俺は次々と色んな動物や物体に憑依することになった。



 * * * * *



 鷹の次に憑依したのは、空き家の庭で寛ぐ野良猫。この空き家な野良猫の集まり場になっているらしく、他にも数匹の猫が寝転んでいる。


「あぁ……猫になりたい人の気持ち……少し分かった」

「うん、私も悪くないなって思えたわ。私の時代には野良猫とかいないし……」


 もちろん、ただ寛いでいるだけではない。食べ物はそう簡単に見つかるものではないので必死に探さなければならないし、寒さに弱いので集まることができる場所は限られている。誰かが守ってくれるわけでもないので、交通事故や病気はいつだって命に直結する問題だ。

 だが_____柔軟な体はどんな隙間にも入っていけるし、人間の多い都市部であれば襲い掛かってくる外敵が多いわけでもない。普段から不自由さを感じている人間にとって、確かに野良猫は羨ましい存在なのかもしれない。


「すげぇな、こんな場所にまではいっていけるのか。街の知らないところが次々と見えてくるな」

「身近にこんなにたくさんの動物がいるなんで面白いじゃない。それに、周りの目を気にすることなく堂々と歩くのは以外と気持ちいいわね」

「はは、そうだな」


 

 * * * * *



 続いて憑依したのは、公園のブランコ。なんと生物だけではなく、無機物にも憑依可能だったらしい。


「なんでもありだな未来のナノマシン」

「動くことはできないけど、見て、聞くことはできるわよ。子供たちも遊んでいるし、一緒に遊んでみましょう!」

「どっちかっていうと遊ばれる側だと思うけど……おわぁっ?!」


 話している内に子供たちが近づいて来て、ブランコを勢いよく漕ぎ始めたのだ。中には座らずに立って漕いでいる子供もいる。


「おいおい、ちょっと危ないぞ……」

「この時代の子供は元気に外で遊ぶのね。いいことよ」

「……まぁ、何も気にせず無邪気に遊ぶってのは……そりゃ、楽しいだろうな」


 そうしている内に俺も釣られてしまい_____子供たちの満面の笑みを見て、満たされた気分になっていた。


「……子供って、いいな。こうして見てみると、俺が悩んでいることとか、全部どうでもよく思えてくる」

「勇也の悩みって、どんなことなの?」


 勇也がこの現代においてどんな立ち位置にいる人間なのかは、なんとなく聞いている。少し前までは真面目に働いていたらしいのだが、経済的な不況がきっかけで失業したのだと聞いた。それで現在は、新たな仕事が見つかるまで無職の状態が続くのだと。

 そんな勇也を自分の時代に連れていくためにサラはこうしてレイスとの勝負を続けているのだが_____それとは別で、この現代に生きる勇也のためになりたいという気持ちもある。いつの時代に生きたか、どの世界で生きたかに関係なく、個人として勇也のためにできることがしたい。

 そんなことをしても、勇也を連れていくきっかけにはなり得ない。だが、だからと言ってここで放っておくのは、人として正しい判断であるとは思えなかった。


「……別に大したもんじゃないさ。単純に、やりたいことがないだけで」

「やりたいこと……仕事とは別で、ってこと?」

「まぁ、仕事もだけどさ。なんていうか……今の俺には『明日も頑張ろう』って思えることがないんだよ。飯食って寝て……それ以外にできることが何もない。映画を見たり漫画を読むのは、別に頑張らなくていいからな」

「頑張らなくていいのは、いいことじゃないの?」

「そうだな。でも……うまく言えないけど、ちょっとは頑張らないと……人として、ダメになっちまう気がする。生きていくことはできても……『生きていたい』って思えなくなってしまう気がするんだ」

「…………」


 ちょうどブランコからは子供たちが帰り_____仕事を終えた大人たちが、公園の横を通り過ぎていく景色が見える。


「俺はどうせ生きるなら、人として胸を張れるような、満足できる日々を過ごしたい。でも……俺には、人に自慢できるようなものなんて一つもないんだ。そんなもの、一つも手に入れずに生きてきてしまったからさ。だから……どう生きていけばいいっか、分からなくなっちまった」


 もしサラが己の任務に忠実な人物であれば、ここですぐさま勇也を誘惑していただろう。『未来に来れば、そんな悩みはすぐに解決できる!』と言って、任務成功に近づいたことを喜んだかもしれない。

 だが、サラは何も言わなかった。

 ただの未来人が口を出していい問題ではないと、サラの心が判断したから。

 

「……ゆっくりと、見つければいいんじゃないかな」

「……え?」

「今の勇也には時間があるでしょ? だから、今の内にゆっくりと見つければいいんだよ。どう生きていくかを考える時間は、たっぷりあるよ」

「…………」


 今のサラに言えることは、これくらい。

 ここから歩き出すのは、勇也次第だ。


「……そうだな。そうしてみるよ。_____お?」


 ブランコに、一人の男が座った。服装なラフで、仕事帰りのサラリーマンではなさそうだ。背中には、ギターを入れていると思わしき鞄を背負っている。

 青年はしばらくブランコに腰掛けながら、ぼーっと空を眺めていた。俺とサラも、青年が何を思っているのかが気になり、黙ってその様子を眺めていた。

 空が黒に染まり、星が瞬き始めたくらいの頃_____青年の瞳から涙が零れた。一粒の涙を拭った後、青年は必死に目をこすり、涙を抑えた。

 荒くなった呼吸を整え、拳を握りしめ、そして潤んだ瞳で夜空を眺める。

 都会の夜空は明るくない。一等星の輝きですら、豆電球よりも弱弱しい。

 そんな空を眺めた後_____青年は一際大きなため息を吐いた。

 その後ブランコから離れ、何かを口ずさみながら、公園から去っていった。


「…………」

「…………」


 今の青年が何を想いながら座ったのか。なぜ涙を流したのか。

 なぜ最後_____青年が笑顔で公園を去ったのか。

 見守っていた二人はその答えを言うことなく、ブランコから別のものへと憑依していった。



 * * * * *



「次、何に憑依したい? リクエストあれば受け付けるよ?」

「……それじゃあ」


 こうして憑依したのは_____やや離れた場所で一人暮らしをしている、かつての先輩。今ではフリーの動画編集者として仕事をしていて、夜遅くまで忙しそうにしている。今も、締め切りギリギリの動画を制作中のようである。


「はは、エナジードリンクをあんなに飲んで……大丈夫かよ」

「この人が、勇也の先輩? 勇也と違って、随分と大変そうね」

「俺と違って、この人は今の仕事が大好きだからな。やると決めたら最後までやりきる、そういう人だったし_____今でもそれは変わらないみたいだ。安心したよ」


 その後1時間ほど作業をして、ようやく作業がひと段落したようだ。


「くぅああああ! 終わったぁぁぁ!」

 

 フリーの仕事をする場合、やりようによっては会社員で働くよりもずっと大変な場合もある。自分で全てを判断できる裁量の広さは魅力的だが、言い換えれば全てが自己責任になるということでもある。その責任を負いながら、会社に守られることなく自立していかなければならない。

 その状態で理想の仕事をこなすには、相当な苦労が伴うだろう。会社員であることよりも、遥かにストレスがかかる場合もある。

 だが_____先輩はどうやらそれを乗り越え、満足した仕事をこなせているようだ。仕事を終えた後の表情が嘆息ではなく笑顔であることからも、それは明白だ。


「……羨ましい。俺も一度は、あんな風にやりがいを感じてみたいな」

「大変なことをし終わった後の満足感は私も好きよ。この人は_____自分の選択を後悔していないのでしょうね。今の自分、そしてこれからの自分にも希望を抱けている」


 そうして一通り業務を終えると、フラフラとベッドに転がり込んでいく。仕事しっぱなしだったせいか、体の各所に疲れがたまっている。


「良かった。先輩が満足できているみたいなら、俺も満足だ。そろそろ……帰ろう」

「えぇ」


 そうして憑依ごっこを終え、元の体に戻ろうとサラが作業を開始する。

 その時_____俺は、先輩が開いたスマホの画面が見えた。


「_____え」


 画面に映っていたのは、先輩と同じ職場で働いていた時の俺の写真だった。

 先輩と共に飲んで、くだらないことでゲラゲラと笑った日の写真だった。


「アイツ、上手くやれてるかな。せっかくいいとこあるってのに……我慢ばっかりしてたからなぁ……」

「…………先輩」


 俺はその後すぐに、眠ったままだった自分の体へと引き戻された。



 * * * * *



「さて_____ということで、未来の超科学を駆使した『人格憑依ごっこ』、楽しめたかしら! 私なりに色々と考えた結果だし、もちろん満足はできているんだろうけど……どうかしら、勇也?」


 まるで夢だったかのように、人格憑依ごっこは終わった。記憶もバッチリ残っているし、体にも不調はない。

 そして_____サラがいなかったら得られなかったであろう、貴重な体験をした。


「……大満足だ、サラ。前回までとは大違いだな」


 ストレートな褒め言葉をもらい、キョトンと固まるサラ。

 目を泳がせた後、ゆっくりと部屋の隅っこへと移動していった。


(……あれ、もしかしてちゃんと褒められたのって初めてじゃない? 料理の時にも美味しいとは言われたけど、あれは美味しくて当たり前なわけだし……)


 サラの生きた時代では、数値による評価が絶対だ。

 故に_____そこに至るまでの過程、あるいは個人による努力が賞賛されることはない。

 勇也やレイスにとってはありふれたものだったが_____この時の勇也の賞賛は、サラにとっては人生初とでもいうべき、心からの賞賛だった。


(褒められるの_____悪くない……!)


 勇也にもまた、気づかされることがあり、そしてサラにもまた、気づかされることがあった。

 こうして『人格憑依ごっこ』は終わり、サラのターンは終わり。

 次は_____


「わぁーはっはっは! 待たせたな、勇也よ!」

「うぉぉぉぉぉい?! なんだなんだなんだ?!」


 突如として、壁に巨大な扉が開いた。

 それも石でできた、「ズゴゴゴゴゴゴ」という音の鳴る扉が。

 両側には火がついた松明が飾られ、扉の上には剣を持った骸骨が。


「……なんで急にこんな異世界っぽいことを……? なんかエモい話だったじゃんこれまでさぁ……」

「難しいことは考えなくとも良い。さぁ勇也よ、目の前に落ちたものを拾うが良い! ああそうだ、今回はサラも参加して良いぞ! せっかくの催しものだ、大歓迎してやろう!」


 目の前に落ちているのは、西洋風の剣と盾。そしてそれを握った瞬間、体には鉄の鎧が纏われた。

 サラも似たような恰好になり、いよいよ駆け出しの勇者風の恰好に。こんなシチュエーション、2世代ほど前のドット絵ゲームでしか見たことがない。


「さぁ、準備ができたら扉を潜るがよい。私はそのずっと先のフロアにて_____お前たちを待っている。さぁ、突き進み、そして戦え! 剣で自らの道を切り開いた者にのみ、栄光と宝は与えられるのだ!」


 普段とは明らかに異なるテンションのレイス。

 その声を聞いて、俺はようやく


(あ、これ『勝負』中だな)


 これがレイスなりの全力のもてなしであることに気付いた。

 こうなった時のレイスの本気っぷりはすごい。何せ、力強い味方が大勢いる。


「ハーイ! 勇者の皆さん、準備はできましたか~? 私はナビゲーターピクシーのフェリィと申しまーす! 以後、よろしく~」


(……ちゃんと精霊っぽい精霊だ)

(……可愛い)


 蜂の妖精の見た目をしたフェリィより、扉の先の世界の解説が始まる。

 俺とサラは剣と盾を握りしめ、先へと向かった。


「ルールは単純! 扉を抜けたら、ひたすら通路を進んでボスフロアを目指しましょう! 迷路みたいになっているから、罠にはご注意! たくさんのモンスターも湧いてくるので、ちゃんと戦って勝ってくださいね~! 道に迷ったら私が案内しますから安心安心! それじゃあ_____いきましょ~!」


 こうして、レイス流最強の暇つぶしダンジョン『ドラゴンキャッスル』が幕を開けた。

 勇也とサラは、レイスが待ち受けるフロアまで辿りつけるのか?


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