第5話 第2題目「ファッション」 異世界人ver


 レイスのいる世界_____『白森界アイントライム』は豊かな世界であり、決してこの世界、魔力という概念が存在しない『無界ラビン』に劣るわけではない。豊かな資源、恵まれた自然環境、平和な社会……他種族が共存し合い、互いの強みを活かしながら逞しく生きている。時たまに強大な魔力を有した魔王やら竜やらが恐怖を与えに来るが、勇者やら騎士やらのお陰で世界は平和で豊かなままである。

 平和で余裕のある社会では、文化が醸成じょうせいされていく。余った資源や人手を使い、平和な今この瞬間を彩るため、思いのままに鮮やかな日々を生み出していくのだ。白森界にも一流の職人種族がいるので、彼らによって服飾文化は大きく発展している。

 レイスもまた、一人の女性として人並み以上にはファッションに気を使っていた。休日には市場に出かけて着飾り、社交の場には煌びやかな衣装を纏って登場していた。

 だが_____今思えば、『こだわり』はなかったのだと思う。普段から殺伐とした仕事をしていること、服を見せびらかすような相手もいなかったが故に、身に纏うものに……いや、そもそも自分の姿そのものにほとんど関心がなかった。


 そんなレイスだからこそ_____さりげなく、それでいて力強いこれらの服に、どうしようもなく魅せられてしまったのだ。



 * * * * *



「い……イケイケファッション……」

「ふふ、見て驚け、勇也よ。私はお前よりも早く、この世界の人間の真髄に到達してしまったぞ」


 横に涙目でうなだれるサラを横目に、レイスは勝ち誇った顔で山のような服の塊を床に置いた。


「おいおい、流石に床は……」

「安心せよ。人払いは済ませてある。例え裸になっても見つからんぞ」

「例え人がいなくても人としての一線は超えねぇよ。俺のことなんだと思ってるんだ」

「ふむ、まぁ冗談はさておき……私が考案したいい服の組み合わせをお前に試してもらおうと思ってな。着せ替え人形になってもらうぞ」


 俺は既に、この二人が例の『勝負』モードになっていることに気付いている。普段はのんべんだらりとしたサラがいつになく本気になっていたこと、そしてレイスの口調がやや男口調になっていることが、それを証明している。

 異世界とやらがどんな世界か知らないが、聞くところによるとレイスは戦闘をする職業らしい。


『50時間連続で働いたことなどザラだぞ。ガーゴイルが大量発生した時は巣を1000個ほど潰して回っていたし……腹が減って次の日には街の飲食店が破壊されていた』

『……おい、まさかその店……』

『いやはや、思い出したくもないが……最後に食った鹿の丸焼きは絶品であった』


 この会話をしてからレイスを飢えさせないように注意することになったのだが_____閑話休題それはさておき、そんなレイスには『普段モード』と『戦闘モード』が明確に存在する。

 今のレイスは、もう完全に『戦闘モード』この状態になったら、最後まで付き合わないと街一個まるごと火の海にされそうである。


「分かった、着せ替え人形にはなってやる。その代わり、俺の着替えは絶対に覗くな。異世界人だからって、女の子の一線を超えるんじゃありません」

「ふむ……分かった。ちなみに言っておくが、私の年齢は_____」


 聞いちゃいけないことを聞きそうだったので、俺は全速力で試着室に向かった。人払いの魔術とやらをかけてくれたのか、人目ははけている。


(ファッション、か。こんなに本格的に選んでみるのは、いつ以来かな……)


 万年スーツ×革靴のサラリーマンにとって、ファッションとは暇人の道楽でしかないと考えていた。服について悩み、時間をかけるくらいなら疲れを取ることに時間を使いたかったし、そもそも金がないので楽しむことも難しい。自己肯定感が死んでいたせいで、『着飾っておしゃれになった自分』を想像できずにいたことも大きい。

 そんなわけでファッションについてはサラとレイス以上に理解がない可能性があるのだが_____目の前に積まれた服の山からは逃げられない。おまけに魔術によってセットごとにしっかりと区分されているという余計なサービス付きである。


(レイスのやつ……さっきの店で一体何があったんだ。この服……全部ストリート系ばっかりだ。ストリート系っていうか……どっちかっていうと……ヤンキー系?)


 世間には穴の開いたズボンをたしなむ若者もいるそうだが、俺はそういうのを楽しめないタイプの人間だ。来ていて心地いいことが最優先で、見た目だとかデザイン性は二の次。女性のハイヒールについても理解ができないので、モテない原因はそこだろうか。

 ともかく_____レイスが差し出してきたボロボロファッション、そしてよく分からない英単語が刻まれた服、なぜ存在するのか理解できないポケットや穴にまみれた服を、そこから30分以上着せられ続けた。

 ちなみに、着替え終わる度にレイスが(途中からサラまで)講評を入れる徹底ぶりである。その一部始終をご覧あれ。


「お、やはり良いな。だが……うーむ、色の配分を間違ったな。上はもう少し黒い方が良い。肩幅はまぁまぁあるのだし、大柄なパーカーが似合うかもしれんな」


「おぉ、色合いが変わると印象が変わるな。死んだ魚の目が、新鮮な魚の目に改善されている」

「それって改善されてないだろ。どっちも死んでるよな」

「やはり派手な色が一色は必要だな。身長とのバランスを考えて……」


「うむ、パーカーも悪くない。だが……パンツが微妙だな。上の色が派手な分、存在感が消えてしまっている。せっかくの刻印文字が台無しだ」

(あぁー、英語のことは『刻印文字』認識か。英語で喋ったら魔術だと思われるのかな。サラとかは喋れそうだけど……どうだろう)

「そこの文字はどうしても主張したい! むむむ……仕方ない、強い主張同士を掛け合わせるのはナシだな……」


「ぐぬぬ、今度は上半身の主張が弱すぎる! 男なら上半身の逞しさは主張した方が良かろう。帽子は……ナシだな。肩幅を強調できる服でなければ」


「ぶっ……あははははは! まるで小僧ではないか、勇也!」

「うるせぇ! お前が着せてきたんだろうが! サラ並みのセンスだぞこれは!」

「あははははは! めちゃくちゃガキっぽい! あはははははは!」


「おぉ……? こう見るとなんだか……抽象画のような……?」

「人の顔見て抽象画だと思うのはかなり強力な侮辱ぶじょくだぞ、お前。ていうか異世界にも抽象画の概念あんのかよ」

「うーん……どっちかっていうと古代アート? この前見たのと似てるわ。確か渋谷敵に飾ってあった……」

「誰が『明日の神話』だ。俺が何に見えているってんだ」


「ダメだ。素材が悪すぎて似合うものが選べん……もうダメだ」

「お前、俺のこと本当に異世界に連れていく気ある?」

「ナノマシン整形であれば何の感覚もなく、寝て起きたら骨格ごと別人になれるけど、する?」

「俺にやらなくていいから、駅前でナンパしてたイケメンの顔面を不細工にしてくれ」


「いっそのこと戦闘服であれば似合うのかもしれんな。軽さと硬さは万全だ」

「異世界人がいるとは聞いたが異星人がいるとは聞いてねぇ。どこの戦闘民族ファッションだ。ていうかこの店にないだろこの服」

「おー、悪くない。十何世紀か前の宇宙服に似てるね」


「いや、諦めずに着せてしまえば……うむ、ポケットに手を突っ込めば様にはなるな。足の短さはいかんともしがたいが……」

「重力弄って足伸ばさせてあげようか?」


「お、金属系のアクセサリーも悪くないな。これならもう少し地味な服でも問題なさそうだ」

「そうね。意外とアクセサリーがいい仕事するじゃない。鼻にリング通してみたら?」


「靴も派手な色にすると良いだろうな。特に……うむ、この茶色の靴は良いぞ」

「身長盛れるから見た目も変わるね。上の方、もう一サイズ大きくしてもいいかも」

「…………」



 * * * * *



 そうして、時は流れ。


「さて、どうしたものか……他の店から服を持ってきても、最高最適のものは選べんな……このままでは……」

「まずいわね。女と同じ物差しで男のファッションを語っちゃいけないわ。骨格、身長、表情、肌の色……細かなところで違いが多い。このままだと……」

「…………」

「…………」


((_____いや、私たち戦ってる最中じゃん?!?!))


 ここに来てようやく、自分たちが勝負中だということを思い出した。

 そして同時に、自分たちの痛恨の過ちに気付く。


(まずい……非常にまずいぞ。あのイケてる店員と服に心を持っていかれ過ぎた! 私としたことが、世界の命運をかけた戦いを忘れ、己の美意識を優先してしまうとは……なんたる不覚!)

(やばいやばいやばい……焦って出鼻挫かれてるし、今は完全にレイスのターンじゃん……! 上手くいってはいないけど、このままじゃ最悪な印象のまま終わっちゃう!)


 顔が青ざめ、体がカタカタと震え、冷や汗をかきながら二人が顔を向けた先には_____着せ替え人形となったことで完全に魂が抜け落ち、彩度が幾分か薄くなってしまった勇也がいた。


「ゆ、勇也……」

「な、なんてこと……心が先に死んでる……」


 二人とも実際に着せ替え人形にされた身だからこそ分かるのだが_____あれらの店を楽しむことができたのは、自分に似合った、心の底から好きな服を着ることができたからである。もしあればいつもと変わらない、好きでもない服であれば……それは苦痛以外のなにものでもないだろう。

 それが分かるが故に、勇也が今こんな状態になっていることには、心の底から共感するし、罪悪感を覚えている。心の底から感動するファッションを見つけた二人だからこそ、尚更のこと。


(れ、冷静になるのよ、私……。簡単、簡単なことよ。勇也が着たがる服、それを選んで渡せばいいだけのこと。勇也の普段の服を見ているのだから、これくらいは……)

(ふ、ふん。オシャレさにこだわり過ぎたのが良くなかったのだ。その考え方を捨てて、いつも通りの服を渡せば……)


 二人は、今や店中から引っ張ってこられた服の山を漁り_____そして再び、1セットの服を選び当てる。

 サラは愛らしい黄色のTシャツと半ズボンのセットを。

 レイスは魔法使いが着るかのような長いポンチョとダボダボズボンを。

 それを心が死んだ勇也と見比べ……二人も同じく、地に倒れ伏した。


「ダメだ……ファッションは……深すぎる……沼だ……」

「まさに……深淵……これは……覗いては……いけなかった……」


 売り場には、心が死んで彩度が落ちた人間3名。

 そして_____


「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「「…………え?」」


 己のファッションに魂をかける二人の職人が!



 * * * * *



 レイスが張った人払いの魔術は、少ないコストで発動が可能な簡易式のものである。レイスの発する『近づくな』『見るな』『聞くな』という命令が周囲の人間の無意識に刷り込まれ、無自覚の内にレイスたちから離れていくことで成立する。

 だが、この術には破る方法が存在する。

 それは、レイスがかける命令以上の強い意思で、レイスたちの領分に入ろうとすること。この時のレイスは意気消沈していたこともあり、魔術の働きが弱くなっていたことも幸いした。


「「あ、あなたは……さっきの店の……!」」


 レイスの傍には、先ほどまで世話になっていたストリートファッション専門店のスタッフが。髭を生やし、ジャラジャラと金属のアクセサリーを揺らすその姿には、思わず胸に来るものがあった。


「お嬢さん、オシャレの真髄ってなんだと思う?」

「オシャレの……真髄? それは……」


 言葉が、出てこない。さっきまでの自分には、確かにファッションの真髄を理解していた気がしたのだが……なぜか、上手く言葉にできないのだ。


「難しく考えるもんじゃないさ。さっき俺の店にいた時のお嬢さん自身のことを、思い出せばいい。ヒントはいつだって_____自分自身にあるもんさ」

「…………」


 思い出す。

 この世界に着て、初めてのことに挑戦した。見たこともない服を着て、どうなるのかも分からない挑戦をした。もしかしたらダサいと思われるかもしれないと少しだけ緊張しながらも_____それでも、着飾った自分を見て、それら全てが吹き飛んだ。


「……あぁ、そうか」

「分かったって顔だな。安心したよ。俺の一世一代のお客さんに気付いてもらえて何よりだ」


 そして、サラの方もまた。キラキラとした派手な装飾の服をなびかせ、より一層派手なネイルをつけた店員が、目の前に優しく座り込む。


「嬢ちゃん、オシャレの真髄ってなんだと思う?」

「真髄……オシャレの……」


 口に、出せない。店員と一緒に店で試着していた時はあれだけ楽しかったというのに、なぜかその感動を叫べない。なんと不快で、なんと残念な経験だろうか。


「あら、せっかくの綺麗な顔が台無しよぅ。顔が曇っては、あなたのオシャレが曇ってしまうわ」

「……でも私……やっぱりオシャレのことなんて、全然……」


 思い出す。

 遥か昔の時代にやってきて、書類の上でしか知らない世界に足を踏み入れた。そして初めて触れたファッションには_____本当に、心の底から胸が躍ったのだ。生まれて初めて、新たな自分の姿を発見した喜びがあった。


「……あっ」

「おや、分かったって顔だね。これなら、これからもオシャレしていけるね!」


 レイスの人払いすら突破し、己の哲学を少女に伝えるためだけにやってきた二人の職人。

 彼らは満足げに振り返り_____そして、戻ってくることはなかった。


((あぁ、ようやく分かった。オシャレの真髄_____!))


 それは_____



 * * * * *



 気が付くと、俺は自室のベッドでぱっちりを目を覚ましたところだった。


「……着疲れで気絶した……だと?」


 記憶は鮮明なので、前後の出来事もはっきり覚えている。

 俺はサラの絶望ファッションを退けた後、レイスの迫力に負けて着せ替え人形にさせられ、その後それに疲れて_____


「……なんか、他にも人がいたような……まぁいや」


 ショッピングモールにいたはずがもう既に家についているということは、二人が運んでくれたということなんだろうか。常識外れなのに後始末はしっかりしているあたり、根本的には二人とも善人なのだろう。

 それは_____いつも敵対しあってばかりいるというのに、仲良く互いを蹴飛ばし合いながら床で寝ているところからも分かる。寝ているのに拳を頬にのめり込ませているのは、まぁ仲のいいことだと解釈しておく。


(勝負は……いや、それどころじゃなかったしな。この様子じゃ、今回も引き分けだろ)


ショッピングモールから帰ってきて、時刻はすっかり夕方。そろそろ、腹が空いてくる時間だ。


(さてさて……味噌汁でも作りながら、献立を考えようか)


 とまぁ、こんな具合に……久しぶりに充実したお出かけであった。


「う……すんすん、この匂いは……」

「むぐむぐ……闇市場の闇鍋の匂い……」



 * * * * *



 夕食後。


「どうしたお前ら、急に……怖いぞ」


 夕食を食べ終えた後、突如として二人が真面目な顔で働き出したのだ。

 サラは皿洗い、レイスは片づけ・掃除を始めたのだ。それも驚くことに、超科学の力や魔術を使うことなく、である。

 サラとは思えないくらい丁寧な手さばき、そして徹底ぶりって皿が洗われ、たちまちのうちに元よりも輝きを放つように。手際よくてきぱきとキッチンが整理されていく様は、まるでプロのお手伝いさんのよう。

 そしてレイスの方も、疑わんばかりの丁寧さで隅々まで埃がはらわれていく。床も壁も磨く前よりも輝きを放つようになり、さらには片づけもしっかりと俺のルールに則って整理してくれている。

 

(反省……じゃないだろ。こいつらが反省なんてするわけがない。俺のことを窓から吹っ飛ばした日にも平気でプリンを要求してくる災害レベルのお転婆だぞ? 世界の命運かかってる仕事してる中ゴロゴロと漫画読んでるサボり魔だぞ?)


 皿洗いも片づけも、どちらも俺が一人でやっていたことだ。俺は自分のものを自分でしっかりと管理したいと思っているのでそれでも全然構わないので、こうしていきなり手伝われても困惑しか残らない。とにかく本当に、この二人の考えが読めない。

 片づけがひと段落した後も、二人は相変わらず猫を被ったままだ。寝転ぶのではなく床に正座し、お互いに目を閉じながら緑社を嗜んでいる。


「……ふむ。なるほどな」

「ちょっとだけ……理解できたかも」

「……?」


 二人が突如として目を見開いた。その表情はいつも通りの何も考えていない表情ではなく、何かを察したかのような、凛とした表情だった。


「これまで……私たちは私たちなりに、この世界のことを知ろうとした。この世界のことを知り、そして勇也を攻略することが、我が使命だからな。そこに手を抜いたことなどないし、いつだって本気だった」

「そうね。でも……それじゃあ、ダメだった。私たちはあくまで知識として知ろうとしていただけで、その本質を分かっていなかった。分かろうとも、していなかったのかもしれない」


 ゆっくりと緑茶をすすりながら、二人は気づきを淡々と話す。

 俺から見ても、二人がこの世界、この時代に適応する速度は十分に早い。何の常識も持たぬ状態のまま、知識を吸収し、生き方を吸収し、そして人々の有り様を吸収していった。そして、既にそれらをわが物とした上で、俺に自分たちの世界こそが至上であると認めさせようという手段まで講じている。改めて、本当に尊敬できる少女たちだと思う。

 でも、彼女らにとってはまだまだなのだろう。恐らくそれを_____今日のショッピングモールでの体験が教えてくれたのかもしれない。


「私たちが知らないといけなかったのは_____『どうしたら楽しめるか』であって……決して、この世界、この時代にない力を見せびらかすことじゃない。それを今日_____あの店員たちが教えてくれたのよ……」

「あぁ、忘れもしない……。オシャレの真髄とは_____『理解すること』なのだ。それは単に知識として覚えることとは、天と地ほどの差がある。そういう意味では、これまでの我々はあまりにもイケていなかった」

(……なんでこうなってんのか知らないけど……まぁ、いい気づきなのかもな)


 理解することと知識として記憶すること、知ることは大きく違う。

 知識として記憶し、知ること_____それは単なる情報の獲得に過ぎない。知ったところで、それを活かすこと、そして他者に共有できないのであれば、それは自分の内側で蓄積されるだけのものになってしまう。

 理解すること_____思考そのものが共有できるようになり、知識を生きたものとすることができる。二人はようやく、現代というこの時代を、この世界を、自分たちなりの言葉で捉え、そして俺と同じ視座で語る土壌を整えたのだろう。


「そんなわけで……現代人代表の勇也の普段の動きを真似てみたのだ。面倒な洗いもの、掃除、そして終わった後の一息……どれもこれまでの私なら絶対にしなかった行動だ。だが……やはりやってみると、違うものが見えてくるな」

「えぇ。私は普段私たちがどれくらい道具に助けられているか見つめ直すいい機会になったわ。こうして食後に嗜むお茶もこんなに心が落ち着くものだと知ったのはついさっきよ」

「掃除をするだけでも……この狭い空間に、どんなものが置かれているかを細かく把握できるようになるな。それに、物の配置を考えた勇也の人格が見えるところも興味深かったぞ」

「私も、料理してる時に勇也が何を考えているのか、少しだけ分かるようになってきたかも」

「……そうかよ。じゃあ、またいつか任せるかもな」


 ニート生活にも、随分と慣れてきた。

 改めて言うが_____現代はクソだ。未来の超科学やら異世界の魔術やらを見てきている俺だからこそ、より強くこれは断言できる。食事の後に油のついた皿を洗わないといけなかったり、ただ住んでいるだけなのに部屋の掃除をしないといけなかったり、やたら高い家賃を払わされたり……生きていて、大変でないことなどほとんど存在しない。二人は何やら色んなことを学習しているようだが、やがて『クソ』な部分も理解していくのだろう。

 そして、そんな世界で、そんな時代で生まれ育った俺のことも、段々と理解しつつある。そしていずれ_____俺の嫌な部分もまた、理解していくのだろう。

 嫌だな、とも思う。でもそれでいて_____ちょっとだけ楽しみにしている自分もいる。多分、『理解してもらえること』はきっと、万人にとって心地のいい体験なのだろう。

 ならば_____俺も、理解していかなければ。

 俺を自分たちの世界、時代に連れて行こうとする、この摩訶不思議な少女たちのことを。のんべんだらりとしていて、それでいて刺激あるこの毎日をくれた二人のことも、俺は理解できるようになりたい。

 それが、イケていない俺なりの、第一歩だ。



 * * * * *


 

 ちなみに、結局俺が買いたかった服は買えなかった。時間はあるのでまた買いにいけるが_____二人のコーディネート対決は、一旦中止である。


(どうせなら未来風ファッションとか異世界風ファッションとかを着てみたいけど……俺からお願いするのは違うな)


 そういうわけで、色んなことがあった今日はもうこれで終わり。後はベッドの上で横になり、睡魔の到来を待つのみ。

 ……と、そこで、例の美少女二人が、何かを抱えながら自分たちの部屋から出てきた。

 瞬間、察した。これは_____『勝負』なのだと。目つきの変化、そして視覚化して見える程度には強烈なものになっている二人の殺気が、俺の危険信号を鳴らしている。


(寝ようって時に戦うのだけは勘弁してくれよ……)


「勇也よ、寝る前に_____」

「勇也、先にちょっとおすすめしたいことがあって」


 決裂。

 あとは、白黒をつけることのみ。


「……順番に見るから。まずはサラから頼む」

「あの……勇也はもう疲れてるでしょ? だったら……疲れを癒す睡眠のために、これはどうかしら?」


 差し出されたのは_____ぬいぐるみ。いつぞやの『ボーじろう』のものらしいが、サラが出したということは何かしらの細工はあるのだろう。だが……デザインは悪くない。触り心地もよく、寝ている時に横に置かれていても不快感を感じないようになっている。


「ぬいぐるみなら柔らかいし、クッション替わりにもなるわ。追加で私流のアレンジもかけておいたから、これで大分寝やすくなるはずよ」

「お、おぅ。この年でぬいぐるみを抱いて寝るのは……まぁ、いいけど」


 大きさも主張が激しいということはなく、適度な眠りのお供にもってこい。これまでのサラにはない、慎ましさのある提案である。正直なところ_____割とポイント高めの評価である。


「さて、次は私だ。ぬいぐるみとどちらを使うかはこれを見てから_____決めてもらおう」

「これは_____パジャマ?」


 レイスから差し出されたのは、丁寧に畳まれたパジャマ一式。しっかりとアイロンがかけられたお陰で皺も少なく、洗濯のおかげかいい匂いもする。サイズも合っているようだし、着る分には問題ない。


「勇也が寝る時は寝返りが多いからな。服に皺ができないよう、魔術での細工もしてある。普段着でそのまま寝ているようだが、しっかりとこういうのを着た方が、睡眠の導入にはいいのではないか?」

「おぉ……パジャマなんて何年ぶりだろうな。一人暮らしになってから、ちゃんと着なくなっちまってたな」


 レイスの魔術によって直接パジャマを身に着けてみると、着心地もまたいい。サイズもそうだが、通気性・吸水性もばっちりであり、寝汗をかいても問題がない設計になっている。


(うーむ……パジャマを着たままぬいぐるみも悪くないけど……ここまでされたのなら、流石に一回は白黒をつけた方がいいよな……)


 このまま何度も引き分けにさせても、二人のモチベーションを削ぐ結果になっては面白くない。念のため落としどころまで考えた上で_____俺は初めて、結論を出すことにした。

 未来人 vs 異世界人。その最初の勝敗が、静かな夜に訪れる_____!


「……分かった。それじゃあ、ここで選ばせてもらう」

「_____!」

「_____!」


 俺が選んだのは_____


「_____サラ」

「えぇっ?! 私の勝ち?」

「まだだ、落ち着け。いいか、よく聞け」


 乗り出し気味になった二人を押しのけ、おれはまずサラに向き合う。


「『ボーじろう』は確かに可愛くて人気のキャラクターだ。俺も結構好きだ。ぬいぐるみの見た目も悪くない」

「じゃあ_____」

「だが_____俺はぬいぐるみとは寝ない」

「__________え」


 サラの目が死んでいき、レイスの目が次第に輝いていく。


「ぬいぐるみはな、あくまで見て楽しむものだ。それをクッションに使うやつもいるのかもしれないが……少なくとも俺は、『ぬいぐるみは大切に飾っておく』派だ!」

「そ、そんな……」

「よって_____サラ。そのぬいぐるみと一緒に寝ることは、できん!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ぶっ倒れるサラ。そして_____


「今日のお出かけ、本当はパジャマも欲しかったんだ。ってことで、レイスの案採用だ」

「__________ッ!」


 レイスが、言葉にならないガッツポーズを決める。顔が完全にボクシングの試合を終えたチャンピオンの顔をしていた。


「というわけで……『寝る時のお供』対決はレイスの勝ちだ」

「いぃぃぃぃぃぃよっしゃああああああああ」

「……そうか、やるしか……ないか」

「だがっ! 二人の勝負は、まだ終わっていない!」


 サラから不穏な空気が流れ始めたので、その前に宣言しておく。

 そうでなければ、また再び怪獣少女二人の戦いが始まってしまう。


「……?」

「終わって……ない?」

「そうだ! 確かに今の話でいえばレイスの方が勝ちだけど……でも、もっと違うものだってあるはずだ。食べ物と服以外にだって、比べられることは、勝負できることはたくさんあるだろ? だったら_____勝負できることを全部やろう!」


 そもそも、こんなちょっとした勝負事の一つや二つでどちらの世界が優れているかを決めるのなんて間違っている。

 俺が決定権を握っている以上は_____とことん、我がままを言わせてもらおうではないか。


「少なくとも……俺がちゃんと今の生活に踏ん切りをつけて、ちゃんと新しいことに踏み出す心の準備ができるまで_____勝負は続けて欲しいんだ。それに……」

「「それに……?」」

「……俺ももっと、二人のことが知りたい。だから、もっと未来のことを、異世界のことを、もっと俺に教えて欲しいんだ。お願いできるか?」


 二人はきょとんとした顔で俺をまじまじと眺めた後_____二人で目を合わせて笑いだした。


「ふん、私もまだまだ勝ち足りないと思っていたのだ。あと3連勝して、サラのことも連れて行ってやるとしよう」

「次は私が勝つから! 私だって、ついでにレイスのことも未来に連れていくからね!」


 この面白おかしい戦いも、まだまだこれから。

 未来人と異世界人の対決は、まだまだ続く!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る