第4話 第2題目「ファッション」 未来人ver


 季節の変わり目。

 気候が変われば、生活が変わる。

 新たな生活になれば、必然と買い物の機会も増える。


「そうだな……ペンチとか合板とか……買うか」

村正むらまさ以外ありえない!!!」

「絶対に村雨むらさめだぁ!!!」


 俺の生活もまた、現在進行形で変わっている。

 目の前で起きている、超次元美少女二人の壮絶な戦いによって。


「腐れ異世界人め、喰らえ! 対物破壊光線!」

「愚かな未来人め、滅べ! 竜魔光線!」


 ズガーン。ドカーン。

 昼間のアパートには絶対に響かないはずの音が鳴り響き、色々なものが吹き飛んでいく。買いだめていた食材とか、たたんでいなかった洗濯物とか、まだ洗っていなかったお皿とか、色々が。

 外への被害についてだが、二人が張った結界によって外に音や光線は漏れていないらしい。近所迷惑にならないのなら良かったが、なぜ俺には迷惑をかけていいという認識なのか、心底疑問である。

 ちなみに戦いのきっかけは今流行りの漫画『刀剣ハンターズ』を見せた結果、主人公の仲間となる二人のイケメンキャラ『村正』『村雨』のどちらの方が好きかということで意見が分かれたことである。最初は互いの良さを語り合っていっただけだが、これが次第に過激化、そしてついに_____という運びである。漫画、恐るべし。


「……出かけるか」


 こうして俺は、ニート生活を始めてから初めて、自ら外出という選択肢を選んだのであった



 * * * * *



「……で、なんでついて来てんの?」

「家にいてもなんもないし……」

「勇也についていけば美味い飯が食えるからな」


 かつて毎日のように揺られた電車。朝と夕方(というよりは夜中)にお世話になった路線だが、平日の昼間に来てみるとまた違った趣があるものだ。人が少なくなり座ることもできるほどに空いた社内は広々としていて、いつもは気にしなかったはずの車窓の外がはっきりと見える。揺られながら街を見てみると、意外と気づかなかった発見が出てくる。

 内容が気になる広告、不思議な形の建造物、見覚えのある学校、気になっていたお店、意外なところにあった公園……少し前までの自分がいかに視野狭窄しやきょうさくだったか、思い知らされる。

 そうして感慨に耽りながら揺られていたのだが、両側におおはしゃぎする少女二人がいるせいで感慨もすぐに掻き消えてしまう。


「おお、車輪が回ってる……改めてみるとすごい技術ねこれ」

「速度は微妙だが、これだけの大人数を運ぶとは中々便利ではないか」

「ねぇ、あれって広告ってやつ? あっちこっちに貼られてあるわね」

「運転手がいるのか。この前の店主みたいにマグロを持っていけば喜んでもらえるか?」


 サラにとって鉄道は古代のアーティファクト、レイスにとっては異世界の摩訶不思議技術なわけだ。至るところに興奮することは理解するのだが_____せめて人目のないところでお願いできないだろうか。


「ねぇ勇也、乗り心地良くするために私専用の車両作っていい?」

「目的地が見えてきたな。このあたりで降りないか? 窓は開いてるぞ」

「頼むからあと5分我慢してくれ。喋ったら昼飯はなしだ」


 もっとも、視線を向けられた理由は二人がはしゃいでいたからだけではない。

 単純に、この世界、この時代の住人ではない二人の容姿が並外れていたからだろう。俺だってこの二人が関係者じゃなかったら、まじまじと眺めていたに違いない。

 だというのに、なんだかんだマナーはしっかり守れている。改札の通り方、列の並び方、どれもしっかりとしている。そんなこともあって、俺はなんだかんだで二人のことは信頼していたし、放っておいても問題ないと考えていた。


 今日、この日までは。



 * * * * *



 話は30分前に遡る。


「お、おい勇也、出かけるのか?」

「だってお前ら戦ってばっかりじゃん……片づけるのも面倒だし、久しぶりに出かけてみるさ」

「おお、ようやくまともなお出かけね。ちゃんと街中を回るのは初めてよ」

「……いや、俺一人でいいよ。ちょっとした買い物だけだし」

「「買い物?!」」


 その一言で、二人は思い切り飛びついてきた。


「か、買い物……この時代の買い物ってあれでしょ、商品が店頭に陳列されてて、それを勝手に取っていいんでしょ?」

「そうだけど……」

「い、市場にいくのか? 豊かな世界のことだ、さぞ栄えた市場なのだろうな」

「市場かどうかでいえば市場だけど……」

「うわー、緊張するなぁ……あと、お金をもっていかないといけないのよね。紙のお金とか」

「ふむ……け、計算は上手くできるだろうか……」

「…………」


 こうして俺の「一人でいいよ」という言葉はどこへやら。瞬く間に二人は支度を整え、共に出てきてしまった。


「で、勇也は何を買うの?」

「ちょっとした食品と……あとは服だな。ずっと家だし、普段着が欲しくなった」

「「服……」」


 その後、二人は直前までの戦いなど何もなかったかのように大人しく俺の後をついて来ていた。

 そしてこれは俺も知らぬことだったのだが_____二人は沈黙の時間中、互いの意識を接続して通話をしていたらしい。


『おい、聞こえているか、サラ』

『うわ、なんか変な感じ。これが魔術ってやつ?』

『それを言うならお前だって妙な術を使っていただろう。お互い様だ』

『で、何の用? 私は今でも村正派だけど』

『その話ではない。私とお前の”勝負”についてだ』

『_____!』


 今原勇也をかけた、未来と異世界の争奪戦。その最前線に立つ二人は基本的に互いへの不干渉を貫いているが、『勝負』については全面的な衝突も辞さない構えである。


『この前の料理対決では、私によってもお前にとっても不本意な結果となってしまった。これの原因はなんだと思う?』

『さぁ。まだ私たちがこの時代、この世界のことを十分に理解していなかったからじゃないの?』

『それは仕方のないことだな。だが、それでも勇也にはどちらかを選ぶことはできたはずだ。あのように面倒な結果を選ぶ必要はない』

『……それをあなたが言っても意味ないわよ。どうであれ勇也には決断をしてもらわないといけないのだし、彼に決断をさせることが私たちの仕事でしょう』

『そうだな。だから、一計を案じてみることにしようと思う』


 レイスは魔術による『思念通話』を通し、己の考えをダイレクトにサラに対して『送信』した。


『うわ、何この気持ち悪い感覚は……って……なるほどね』

『そうだ。勇也には選んでもらう必要がある。これを勝負だと気づかせずに、裏でひっそりと勝負を続けるのだ。こうすれば、忖度のない純粋な感覚で、どちらが良いかを選べるだろう』

『リスキーだけど、面白いじゃない。乘ったわよ。勝負題目は……』

『……ファッションだ。今日の勇也は服を買いにきたと言うのだし、私たちがコーディネートをしても怪しまれまい。幸いこれから向かう市場にはたくさんの服が売っていると聞く』


 こうして二人は闘志を燃え滾らせながら_____電車を降り、改札を出た。

 戦場はこの先、駅前にあるショッピングモール。

 この中に、平凡な一人の男と、世界の命運を背負った二人の少女が入っていったのであった。



 * * * * *



 ちなみに、買いたい服はもう決まっている。

 徐々に気温が下がっていく時期でもあるので、パーカーを一枚とジーンズを一着。それと新しい靴下を少し買うだけだ。行き慣れたショッピングモールではあるので、どこに売っているのかも既に把握している。

 目的地を決め、最短ルートでそこへと向かい、買い物を済ませ、その後帰宅。モールに滞在する時間は1時間程度で済む予定だった。

 だが_____これは俺一人の場合の話。

 残念ながら、好奇心旺盛な女子二人を連れた状態で、予定通りに物事が進むなど、あり得ないのだ。


「うわぁぁぁぁ本当に服が……本物の服が陳列されてる……! 嘘でしょ、ちゃんと木綿でできたものが、こんなに……!」

「あり得ん……なんだこのデザインは……ぐお、す、好きだ……」


「わわわ、美味しそうな飲み物が……な、何リットル買えるかなぁ……」

「クリームがあれだけ乗ったパンケーキだと……(じゅる)」


「え、何あそこ、ものすんごいレトロな雰囲気の電子機器がいっぱい……歴史書で読んだ『ゲーセン』ってところかな」

「なんと眩しい……これほどまでに大規模な遊技場があるとはな。子供たちもよく遊んでいる」


「おお、2D映画だ! 雰囲気も暗いし、なんかいい感じだな……」

「すごい迫力の模型だ。今にも動き出しそうな……待て、本当に動いて……?」


 とまぁこんな具合に、通りかかった店全てに100点満点のリアクションを返していく。店員からすれば嬉しいことかもしれないが、引率の身になってくれ。疲れることこの上ない。

 だがまぁ……これは仕方のないことだろう。二人の年齢は見た通り、まだ十代後半がいいところだろう。言動からしても、二十代には達していないように思える。

 そんな歳の二人が、どういうわけか自分たちの世界の命運を背負ってこの時代までやってきている。詳しくは聞いていないが_____何か自分が知ってはいけないようなことを二人が背負っていることは、なんとなく察している。

 だから_____俺は二人が普通の少女らしく振舞うことに、寛容でいられるのかもしれない。

 ましてや俺はニート。急いで帰らないといけないことなどない。

 だったら、二人のために時間を使ってみるのも、悪くないと思えた。


(そういえば……二人用の服とか買ってあげるべきか? 婦人服レディースのこととかなんも分からないけど……)


 そんなことを考えながら、俺はこのショッピングモールの女性服売り場に踏み入る勇気が中々出ないまま、売り場に突撃していった二人を外で待つこととなった。



 * * * * *



『いいか、まずはこの世界、この時代のファッションを私たちが楽しめなければ、魅力的なコーディネートはできん。まずは一人の女として、存分に楽しもうではないか』

『めずらしく気が合うわね。この時代のオシャレがどんなものか、試してみるとするわ』


 こうして別々の店に入っていった二人だが_____そこでは思わぬトラップが。


「そ、そこのお嬢さん、ちょっと待った! 今ちょっといいかな?」

「む、店員か? 私に何か?」

「あの、失礼かもしれないんだけど……お嬢さん、モデルとか芸能人だったりする? 一目ですごい人だって思って……」

「そういう身分の者ではないが……」

「そ、そうか……でもさ、なんていうか、すごくオーラがあるし……ウチのお店で全力でコーディネートしたら、今よりももっと美人にできるよ!」

「ほう、コーディネート……」

「さっき仕入れた新作の服があるんだけど、モデルがいなくて……お嬢さんに是非来てもらいたいのだけど……頼めないだろうか!」

「うーむ……私は自分の服を買いにきたわけではないのだが……まぁ、いいか」

(悪くない。プロのコーディネーターの術を学べば、いいヒントになる!)

「ありがとう! じゃあちょっと、試着室に入っててもらえるかな。飲み物も出すよ!」


 そして、また一方では。


「あらまぁ、なんて可愛い子!」

「ん、あれ……私?」

「そうよ、あなたよ! ものすごい美人さんね。モデルとかじゃないの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「えー、もったいない! あなたがモデルをやれば、街中の広告全部埋め尽くせちゃうわよ!」

「(電車内の広告が全て自分になる姿を想像しながら)えぇ、そうですかね……」

「せっかくいいものを持っているのだし、磨かないとダメよ! そうだ、このお店の服を着てもらえない? せっかくだし、私が全力でコーディネートするわよ!」

「こ、コーディネートかぁ……」

「見て頂戴! 季節の変わり目に合わせて、色んなアイテムを揃えてあるの! 全部試してもらえないかしら?」

「おー、確かに可愛いかも」

(ビッグチャンス! このまま最近の流行りとか聞いて、オシャレについて伝授してもらおーっと!)

「良かったぁ! それじゃあ、これとこれとこれ、試着室で来てみてくれる?」


 こうして、着せ替え人形として店の奥に、二人は連れていかれた。

 ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのこと。


「何してんだ、アイツら……」


 俺は、女性服売り場の傍にある本屋で雑誌を立ち読みしながら、二人が出てくるのを待った。


▼レイスサイド


「おぉ、本当になんでも似合うな! 素材がいいから、何を着せてもいい味が出る! ちょっと写真を撮ってもいいかい?」

「お、お構いなく……」

「ていうか、すごい髪色だね。なんていう店で染めたの?」

「いや、これは地毛で……」

「え、地毛? こんなにオシャレな色が?! すごいな……もしかして外国の人だったりする?」

「いや、外国というか、なんというか……」


 入ったお店はストリートファッションを得意としており、アクセサリーも豊富だ。服も普通のTシャツから、何がどうなってその形になったのか想像もできない服まで様々。店員の趣味のせいで、随分とギラついたファッションになっていた。

 だが_____


(_____え、なにこの服……)


 着せ替え人形が終わらないのには、理由がある。


(めちゃくちゃ_____イケてる!)


 異世界のファッションの事情、そして魔術を駆使して戦うというレイスの職業上、服には露出が多いものが多い。それ自体には何とも思わなかったのだが、この世界に来て初めて、露出度が低くともオシャレなものを発見したのだ。


(煌びやかな装飾だけではない。文字の印字、何のためか分からない穴……一つ一つの意味はまるで分からんが、まとまるとこんなにも……オシャレだとは!)


 こうしてレイスは、ものの見事にストリートファッションにドはまりした。


(なんと素晴らしい……そうか、人間に限界など……ないのだな……)


▼サラサイド


「まぁ可愛い! 素材がいいから、何を着てもバッチリね!」

「あ、ありがとうございます……」

「じゃあついでにこれもお願いできるかしら? 良かったわぁ、服飾の勉強してて良かったわぁ……!」

(なんか、変なスイッチいれちゃったな……)

「お肌も綺麗だし、スタイルも抜群! 髪色と目の色も、まるでお人形さんみたい! どこかのエステに通ってたの?」

「いや、これは元から……」


 入った店はガーリー系ファッションを得意とする店で、店中がピンクや黄色などの明るめの色で染められている。いかにも十代後半の少女が好きそうな服の中には、店員の好みもあってか、露出度が高いものもある。

 これに対して_____


(なにこれ、信じられない……)


 いつまでも試着室から出てこれないのには、理由がある。


(めちゃくちゃ_____可愛い!)


 サラがいつも身に着けているのは、ナノマシンによって構成されたマシンファイバーであり、サラの肌の調子に合わせて質感を変えてくれる便利なものだ。見た目についても、サラの好みに合わせて変化してくれる。

 だが、サラの好みに応じて変化するということは、予想外の見た目になったりすることはないということ。

 この服のように、サラの知り得ないところから発生した可愛さは、再現できない。


(うわ、肌の露出とかしちゃって……でも、機械の服ばっかり来てたから、リボンなんてほとんどつけたことないし……うわぁ、夢みたい……!)


 こうしてサラは、現代最強の概念『かわいい』に完全に屈したのであった。



 * * * * *



 その後。


「で_____その山のような服を買った、と」

「この時代の金を稼いでいて正解だったわ。この服たちは、後できっちり研究してやるわ」

「ふふ、またいい出会いがあったものだ。精霊たちにも、この服を着せてやりたいものだな」


 片手あたり6つの袋を両手に携えながら、二人は調子よく前を歩く。結局俺が何かすることはできなかったが_____ここに連れてきたことが、少しでも二人のためになったのであれば、良かった。


「さて、じゃあ俺も服を買いにいくか」


 ここに来て、二人は『勝負』のことを思い出した。


(来た_____ここからが分水嶺! 勝負の別れ際よ!)

(戦いは勇也が売り場に到着してから……その瞬間に売り場から最速でいい服の組み合わせを見つけなければ!)

(でもさりげなさを忘れずに。勇也のことを良く理解した上で提案しないとダメよ)

(勇也の求めるものを、サラよりも早く理解すること。そこが勝敗を分ける_____!)


 そして俺が目的地にたどり着き、店内に広がるたくさんの服が視界に入った途端、二人が猛烈な勢いで走りだした。


「うわっ……な、なんだ?」


 サラは最速で、あの店員から学んだ『かわいい』の神髄を満たす服の組み合わせを店内から導き出す。目に仕込んでおいた超高速計算コンピューターが稼働し、店内全ての服のデータを割り出す。


(色彩系統分析……『かわいい』属性を抽出し、勇也の棚にあった服の色彩と照合。ここから、勇也が一番好む色彩を算出。それから……材質分析開始。着心地のためには木綿が78%以上使われているものが望ましい……サイズについても最適なものを……)


 未来の超技術が高速で解析を進め、最適解を導き出す。

 そしてサラは最速で最適解のもとへと走りだし_____それを手にする。

 一目で分かった。その服が_____尋常ならざるものであるということを。


(すごいわ。こうして見ているだけでも、ものすごいオーラを感じる。誰でも手を出したくなるデザインに、逆らえないこの愛らしさ……。こんなの反則よ、絶対に勝てるわ……!)


 その後、勇也が欲しがっていたジーンズと靴下を揃えに向かう。ジーンズについてはあまり色が変わらないように見えたが、靴下は最適なものを見つけられた。


(靴下……最初はよく分からなかったけど、靴と足の肌が擦れるのを防ぐ便利アイテムだったのよね。足を守ることが靴下の役割なのであれば、私の役割はそこに可愛さを付随させること。ならばもう_____答えは決まっている!)


 手を伸ばした先には、奇跡としか言いようのないほどに、サラの思い描く理想を体現した靴下。男性の靴下を選ぶのは初めてだが、これなら失敗しないだろうと断言できる。

 こうして勇也が望むものを揃えた。あとは勇也の元に舞い戻り、最強のセットを勇也に見せつけることのみ。


(ふふ、悪いわねレイス。この勝負、私がもらうわよ)


 全速力で店頭で立ち尽くす勇也の前に舞い戻り。勝ち誇った顔で、サラは持ってきた最高のセットを勇也に渡した。


「さ、さっき部屋を汚したお詫びよ。私なりにあなたに似合う服を選んでみたから、これを試して御覧なさい!」


 こうして、俺に見せつけられたものは_____

 デカデカと小児向けアニメのキャラクターが描かれた派手なTシャツと。

 カラフルに小児向けアニメのキャラクターが描かれた派手な靴下だった。

 思わず、時が止まった。


「…………あれ? 勇也」

 

 サラの容姿に驚いてこちらを振り返った者も、サラが手にしたものと俺の容姿を見比べた瞬間、察したかのように周囲から離れていく。

 そして、近くを通りかかった子供の『あー! ぼくあれほしいー!』という声が聞こえて、反響と共に何度も俺の耳に入ってきた。

 こうして沈黙の時間が続き_____俺は倒れた。


「ゆ……勇也ー--?!」

「サラ、お前……」


 店内に入った瞬間、サラとレイスが駆け出したのを見て_____俺は瞬時に、例の『勝負』が始まったことを、感覚的に理解した。

 何せ二人とも顔が分かりやす過ぎる。闘志に燃え滾った二人の顔は、それはもうシリアルキラーであっても恐怖するほどに狂暴だ。

 どうせまた『俺にオシャレなコーディネートをした方が勝ち』という勝負をしているのだろうと思ったので、俺はあえて待つことにした。とんでもない勝負なわけだが、二人の腕は信頼している。

 料理の一件でも分かる通り、この二人はちゃんとこの世界に対するリスペクトがある。闇雲に自分たちの世界の良さを押し付けてくるのではなく、あくまでこの世界に合わせようとする努力があった。だからこそ、どんなものであれ俺は二人の料理を存分に楽しめた。

 今回もまた、きっと二人はファッションについて理解を深めた後、お互いの強みである超科学・魔術を駆使してくるに違いないと、俺は期待していた。


 そのせいで_____俺はサラのセンスが壊滅的であることを、忘れてしまっていた。



 * * * * *



 数日前。


「『刀剣ハンターズ』か。この前読ませてもらった『乱国ブレイダーズ』の正当続編だと聞いたぞ」

「ストーリー的にはブレイダーズの3年後だな。国がまとまった後の話だから、ハンターズの方が平和的らしい」

「へぇ。どれどれ」


 映画に飽き、漫画というコンテンツに走ってみたのだが、意外とこれが長続きするのだ。映画と違って短時間でも吸収できるものがあるため、暇つぶしにちょうどいい。また、映画に比べてストーリーが分かりやすくできているものも多いため、こうして複数名で楽しむのにも適している。


「……おお、この『村雨』というキャラはいいな。大人らしくて、頼り甲斐がある。『村正』の方は、どちらかというと幼いのだな」


 これが、最初の発端だった。


「えぇ? 私は断然『村正』。技名がカッコイイし」

「キャラクターの魅力はそれだけで決めるものではないぞ。この人物がどうやって動くか、もしその人物が私の前にいたらどんな行動を起こすのか……そういったことに想像を巡らせて初めて、キャラクターは生きた存在として魅力を発するのだ」

「んー、よく分かんないや。『村雨』も悪くないけど、傷跡とかがあんまりオシャレじゃないしなー……」


 思えばこのあたりから、サラのセンスには若干不安が芽生え始めていた。登場する『村雨』というキャラクターは額に傷を持ちつつも、仲間たちの年長者として主人公たちを引っ張る頼もしい人物だ。歴戦の猛者といったキャラクターであり、傷跡は過去の戦いで負った勲章傷のようなものである。それは魅力の一つでもあり、このキャラクターを語る上では欠かせないものだ。

 だが、どうにもサラはそれが理解できないようである。原因については、少ししてから判明した。


 どうやら、サラのいる未来の世界には『フィクション』の産物が少ないらしい。物語、という概念は存在するのだが、基本的には過去の世界の記録についての使いまわしであり、わざわざ新たなフィクションを紡ぐ必要がないのだそうだ。食事対決

の際にレイスが見せつけた演劇にあそこまで感激していたのだ、そういった背景があってのことである。

 故に、サラには『架空の人物のことを理解する』という認識が根本から欠如している。『額に傷跡のついた』と聞いて、そのまま現実の世界の出来事として処理してしまうのだ。俺も男なので剣士と聞けば『カッコイイ』とは思うが、現実で目の前に剣士が現れたらドン引きものである。その境界線が、サラには無いらしい。


 そんなこともあり、サラはフィクションのキャラクターに対する審美眼が、その魅力が個人と適するかどうかを測る感覚が、欠如してしまっていたのだ。



 * * * * *


 

「お前……それを……俺に着ろっていうのか……」

「え、えぇ?! だ、ダメなの?! こ、こんなに可愛いのに……!」


 自信満々の状態から急落、一気にサラの顔は涙目になっていく。本人は会心の一作を出したつもりなのだろうが、そもそもの前提が間違っている。


「……いいかサラ。まずその服に描かれているキャラはなんだ」

「えーっと……『ボーじろう』? 帽子の形をした妖精らしいわね」

「ああそうだ、子供に大人気なあのボーじろうだ。なんで大人気か分かるか?」

「あー、えと……か、可愛いから?」

「ボーじろうはいつも明るくて、特別なことなんて何もないのにひたむきなキャラクターなんだ。その明るさが健気で逞しいから、みんなに大人気なんだ」

「じゃ、じゃあ勇也にも_____ひっ?!」


 俺はサラが持っていた服を取り上げ、大人げのない怖い顔でサラを見下ろした。


「今の俺はニートで、あんまり家から出ない準引きこもりだ。そんな今の俺に_____ボーじろうの明るさは……少し沁みる」

「……へ?」

「俺が欲しかったのは、もっと地味な色の……もっとダサい服だったんだよ。その方が、重いものを背負っていなくて、楽になれたように感じるからな」

「は、はぁ……」


 文句を言いながら、なんだかんだで自分のことを受け入れてくれる勇也のことを、サラは『なんだかんだで明るいやつ!』と思っていたのだが、それは間違いだった。

 この男_____サラでは想像もできないほどに、ネガティブな人間なのである。


(ネガティブじゃなきゃ未来とか異世界に行きたいとか言わないもんな)


 何はともあれ_____こうして、サラのファッションコーディネートは、一瞬にして撃沈した。


「フフン、その様子では、失敗のようだな」


 そして次に、サラの後ろから、異世界の大魔導士が参上した。


「レイス……」

「サラよ。お前の方が早かったようだが、思慮深さが足りなかったな。それでは私が教えてやるとしよう。本物の_____イケイケファッションが、どんなものであるかをな!」


 そうして、いつの間にか先ほどのお店で買ったストリートファッションをわが物として着こなしたレイスが、手に抱えた大量の服と共に俺の前に現れた。

 ファッションコーディネート対決______先に撃沈したサラを超えて、レイスは勇也に認めさせることができるのか?

 

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