第7話 第3題目「暇つぶし」 異世界人ver


『むかしむかし あるところに

おおきな竜と ちいさな妖精がおりました』


『竜はつよいちからとほのおで妖精をまもり

妖精は竜にたべものとすみかをあたえました』


『からだのおおきさはちがいましたが、ふたりはなかよく、まるでよぞらにうかぶふたつのおほしさまのように、なかよくしておりました』


 天井に明かりが灯る。小さくも、それでいて目を奪われずにはいられない確かな光。暗い部屋に灯った二つの星は、それは美しい光景であった。

 それと同時に、閉ざされていた扉が開く。重々しい音と共に_____その奥から巨大な竜と小さな妖精が現れた。

 巨大な竜の大きさといったら、アフリカゾウを丸のみできそうなくらい大きく、呼吸をしているだけなのに、その唸り声はライオンすら可愛く思えるほどに狂暴で獰猛に聞こえる。

 竜は顔の横をヒラヒラと舞っている妖精を目で追いかけた後_____ばったりと、俺と目を合わせた。


「……なぁ、ドラゴンって普通ダンジョンのラスボスだよな?」

「少なくともこの時代のゲームにおいてはそうだったわね」

「なんで初期装備でドラゴンに睨まれてんの? ハードモード過ぎ______ない!?」


 ドラゴンと目を合わせたら、始まるのが何なのかは決まっている。

 目をすぼめて明らかに不機嫌になった竜から、漫画でしか見ないレベルの炎が吐き出された。全速力で後ろに逃げていなかったら、一瞬で消し炭どころか消滅していたはずだ。炎の熱気からして、これはただの幻覚ではない。


「待て、落ち着くんだドラゴン! それとレイス! 確かに暇だったけどさ!? 流石に命のやりとりをしたいとまでは言ってないって! バトルジャンキーは少年漫画だけにしてくれ! 俺には無理だ!」

『わはははは! 安心しろ、このダンジョンで死んでも精霊たちの力で蘇生できる!   一度死ぬことには変わりないがな! がはははははは!」

「ばかやろおおおおおおおおおおお」

「死にたくなあああああああああい」


 何故か巻き込まれているサラもまとめて焼き払おうとする竜。

 一通り周囲が焼け野原になった後、竜と妖精は再び仲良く扉の向こうへと消えていった。


『竜のほのおは妖精とのきずなのつよさ そして妖精がもってくるたべもののおいしさは竜へのしんらいのつよさなのです』

「なんかいい話に惑わされるんだけど人を焼き殺そうとしたことは変わらないからな。覚えてろよ、あのドラゴン……」

「なんか昔戦った怪獣に似てるわ。私、本気で装備していい?」

「お前が装備したらあのドラゴンよりおっかないぞ。やめとけ」


 そうこうしている内に、いよいよダンジョンは本番へ。扉を抜けると、そこには先ほどまでの狭い通路とは打って変わった、広大で、そして大量の謎の生命体が跋扈ばっこする世界となっていた。


『それはあるひのこと 竜がいつもどおりに妖精にあいにもりへとやってきました

ですが、そこには妖精がいません

かわりに、そこにはみたことのない、たくさんの魔物がいました』


 毒々しい色の肌をした小人。四色歩行をしている昆虫のような獣。パタパタと飛んでいる単眼の球体。毛むくじゃらの多足動物。

 それがこのフロア_____『森に巣食う魔物たちの巣』に生きる魔物たちであった。


「悍ましい……レイスが作ったダンジョンだと思いたくない……」

「あの子、羽目を外すと私でもびっくりするくらい外道なこと考えるからなぁ……」


 サラが覚えているのは、一緒にアニメを眺めていた時のレイスの様子である。

 人気のキャラクターが壮絶な戦いに巻き込まれる展開を見て震えながら没入していたサラだったが、その横でレイスは『ここで~~が死ねば盛り上がるな……』と呟き、実際にその展開になると高笑いしながらポテチを齧っていた。絶叫&号泣しながら視聴していたサラにとって、最も間近で見ていたレイスこそが作中の魔王よりも恐ろしく見えていたことは言うまでもない。


「とりあえず……戦うか……」


 襲い掛かってくる魔物たち。

 レベルに合わせてくれているのか、やはりそこまでの強さではない。適当に剣を振るって突撃しているだけでも敵がバタバタと倒れてくれる。

 もっとも_____


「ぎゃあああああ! 私に近寄るなァァァァァァ!」


 叫びながら滅茶苦茶に剣を振るうサラの気迫がすさまじく、魔物たちは驚いて逃げている状態にまでなっている。


「わぁ、お二人とも強い! 魔物たちを倒すことで、レベルが上がっていきますよ。この調子でどんどんレベルを上げて、ラスボスである竜をコテンパンにやっつけましょう!」

「ナビゲーターがサラッとラスボスのネタバレするんじゃありません」


 お馴染みの効果音、そして演出と共に俺とサラのレベルがアップ。

 最初はただのシステム上の仕様だと思っていたが_____レベルが上がった途端に、着こんでいる鎧が軽くなったことに気付いた。鎧だけでなく、手に持つ剣の重さまで変わっている。

 

「これは……うわぁ、本当にレベルアップしてる?!」

「その通りです! レベルアップすると、ちゃんと皆さんの能力も向上するんですよ。マスターから魔力を譲ってもらったおかげですね」

「マスター……レイスのことか。レベルアップを体感できるなんて……なんだか感慨深いな……」


 ゲームではおなじみのレベルの概念。上げれば上げるほどステータスが上がり、攻撃力やら防御力やら体力が増えていくという仕様が、このダンジョンでは忠実に再現されているらしい。軽くなったように感じたのは筋力がアップしたからだろう。ちなみに鎧の硬さ、剣の鋭さも上がっているらしく、レベルアップは装備にも適用されているようだ。


「これ、魔法……魔術とか使えないかな? 炎を出したりとか」

「炎くらいなら自分で出せるけど」

「え?」

「え?」


 しばらく一緒に過ごしていたせいで忘れているが、サラとレイスは未来人と異世界人なのである。しかもその中でもとびっきりで変な奴らだ。竜みたく炎を出すだとか、朝飯前な連中なのかもしれない。


「炎は燃焼反応を起こせばいいのよ。パッとこう……酸素と水素を……」

「前に行くぞ、サラ。手で化学反応起こせるやつは置いていくぞ」


 そしてさらに、物語は続く。

 竜と妖精の物語は、まだまだこれから。


 

 * * * * *



『妖精がみつからなくなってしまって竜はあせります

どこにいってしまったんだ ほんとうにぶじなのか

魔物たちがいたせいで もしかしたら妖精はどこかとおくにいってしまったのかもいしれない

竜はよるになるまでもりをさがしましたが 妖精はみつかりません

竜にとってひさしぶりとなる ひとりぼっちのよるになりました』


♪~♪


 儚い音楽と共に、静かな夜の草原の光景が目に映る。

 僅かに吹く冷たい風は胸の内に秘めた熱をどんどんと奪い去っていく。

 虫の声も、鳥の羽ばたく音も、チラチラとこちらを窺う夜行性の獣たちも、誰もこちらに近づいてこない。

 何もない、孤独な夜の草原を過ぎる。


『つぎのひ あさになると そこにはいつもどおり 妖精がやってきました。

竜はおおよろこびで 妖精のかえりをよころびました 妖精もおおよろこびで たくさんのたべものをもってきてくれました

妖精は、こういいます

おそろしい魔物たちをおいはらってくれて ありがとう

わたし これからも あなたのことをたよりにしているわ


竜はそのことばをきいて よるのこどくをすっかりわすれました

またふたたび いつものまいにちです

どんなにこわいまものがきても 竜にかつことはできません』


 再び現れる無数の魔物たち。

 今度は先ほどの弱そうな魔物たちではなく、体もそれなりに大きい、強そうな魔物が控えている。剣を携えた骸骨、羽をはためかせる悪魔のような獣、熊よりもずっと大きな巨人、なぜか浮いている顔のついた斧など、ちゃんと苦戦しそうな見た目ばかりである。

 もちろん戦うことになるわけだが、先ほどのようながむしゃらな戦い方はしない。

 サラとも作戦会議を組んで、作戦を考えてきている。


「まさか大人になってからダンジョンでこんなに興奮する戦いができるとはな……」

「しっかりバトルジャンキーになってるじゃん。やっぱり楽しいんでしょ」

「行くぜ! うおおおおおお!」


 作戦はこうだ。

 まず、俺が盾を構えて敵の群れに突っ込む。

 どんな生物でも、突撃を喰らったらまずは防御をするだろう。俺は魔物たちが防御した隙に、盾と共に後ろに退く。

 そのタイミングを見計らって、サラが剣を防御態勢を取った敵に突き立てる。盾で突撃されている以上、敵はそれを受け止める態勢になっており、鋭利な剣を防御する態勢ではなくなっている。

 故に、サラの剣が敵に深々と突き刺さり、作戦は無事に_____


 ばこーん


「あれ」

「あれ」


 盾と共に突っ込んだ瞬間、魔物の反撃によってレベルが上がったはずの俺の体がまるで空のペットボトルかのように吹き飛んだ。


『あ、いかん。出力設定を間違えてしまった』

「いや、いくらなんでも強すぎない?」


 筋肉もないくせに超パワーで俺を吹き飛ばした骸骨は、中盤のモブ敵とは思えぬ速度で踏み込み、その剣を高々と掲げた。


(うわっ、死ん_____)


 ゲームの設定ミスによって一生を終えるというあまりにも納得のいかない死に方をするところだったが_____ギリギリのところで、サラの防御が間に合った。


「万が一のために取っておいて良かったわ。いざという時に頼ることができるのは、やっぱり自分の戦闘力、ってね!」


 いつぞやの戦闘スーツを纏い、サラの拳が骸骨の顔面を殴り砕く。

 凄まじいパワーに、魔物たちの足が止まった。


『……未知の敵生体を観測。学習開始……新たに”魔物”カテゴリーの敵生体を登録……データ最適化開始……成功しました。自動で最適化を実行しますか?』

「もちろん、イエス!」


 全身に纏われたスーツが発光し、新たな色彩へと変化していく。

 そして次々と襲い掛かってくる魔物たちを、腕から放たれた光線が消し飛ばした。


『ぬおっ、そんなのアリか?!』

「大アリよ! 不具合のせいで死にそうになったんだから、こっちだってルール違反の一つや二つ、普通に使わせてもらうわよ」

「おお、サラ様はお強いのですね! マスターとちょっと似ております~!」

『「どこが?!』」


 こうして未来の超科学によって命を救われた俺だが、接敵した魔物が倒されたおかげで、しっかりと経験値は入っている。今のレベルなら、先ほどのようにふっ飛ばされずに済むだろう。


「もう一回だ……うおおおおおお!」

 

 今度はしっかり魔物を押し飛ばすことにも成功した。作戦の意図を汲んだサラが、その後ろから剣_____ではなく無数の光線を浴びせる。


「あはははははは! やっぱりレーザービーム連射が最高なのよ!」

「……なんか、強くなるとみんなハイになるんだな。気分は分かるけど」


 そうして敵を薙ぎ払い、剣を交え、時折真剣な戦いを経て_____なんとか、魔物だらけのフロアを抜け出す。

 そして再び、そこには天井に輝く二つの星が。


『きょうもまた 竜がまものをたいじしてくれました

竜がいれば こわいものなしです

もりは きょうもへいわのまま 

妖精も おなじ妖精のともだちといっしょに たのしくあそぶことができました』


「…………」


 天井に瞬く二つの星は、以前と変わらず美しい。

 だが_____気のせいだろうか。前に比べて、星の間の距離が開いているように見える。そして、もう片方の輝きが、わずかに弱くなっている気がする。


『今日もまた 竜がわるものをたおしました

たたかったあとにたべる 妖精とくせいのみつが とてもたのしみです

すぐさま 竜はもりにむかいました


"いつも ほのおをはいていて こわいわ"

"そのうち わたしたちも やかれてしまうのではないかしら"

"おそろしい はやくこのもりからも いなくなればいいのに"』


 輝きが衰えていなかった星の光が、ゆらゆらと瞬く。

 まるで、光を向けるべき方向を、見失っているかのように。


『竜はさいしょ ききまちがいだとおもいました

あるいは いやな魔物のいたずらだとおもいました

でも そこにいたのは たしかに妖精でした

みまちがうことなどありえないほどに なかよくしたはずの 妖精でした

竜はそのひ 妖精にあわず すんでいたどうくつにもどりました』


 扉が開き、次なるフロアへ。竜が住んでいるという洞窟らしき場所にやってきた。


「……なんか、悲しい物語だな。レイスが書いた脚本とは思えない」

「私たち精霊劇団の脚本は紡ぎ手の精霊、オンペッペが書いているのです。白森界アイントライムでは伝説の存在なのですよ」

「引き込まれる物語ね。ちょっと重いけど……戦うだけより、これくらいの方が楽しめるものよ」


 サラは逆に没入感が高まったのか、より一層真剣な顔つきで洞窟の奥へと突き進んでいった。

 俺はというと_____さっきまで散々悪態を吐いた竜の気持ちを考えて、立ち止まってしまった。

 信じていたのものに、これ以上ないほど残酷な形で裏切られる。

 それがどれほど胸の中をぐちゃぐちゃにさせるか、分かる気がするから。


(……別に、この竜と妖精みたいにドラマチックな話があったわけじゃない。だけど……)


 恐らく、大なり小なりがあれど、誰もが経験している感情なのかもしれない。

 だから共感できるし、剣を握りこの先に進むことが、この上なく恐ろしく感じるのだ。


(ただの戦闘ダンジョンだと思ってたけど……そうだったな。レイスと精霊たちが作るエンタメは、こういうところに尋常じゃないくらいのこだわりがあるからな)


 どうであれ、先に進むしかない。

 人生が後戻りできないものと同じように、このダンジョンにもまた、後ろがないのだから。



 * * * * *



 洞窟の中には、炎を纏ったコウモリやら、吹雪を吐き出すトカゲやら、洞窟の主と思われる竜と何らかの関係がありそうなモンスターが多数出現している。

 俺が一体一体ちまちまと相手にしている間、サラは多種多様な光線を放ちまくり、次々とモンスターを薙ぎ倒していく。


「その状態で戦うのって、あんまりよくないんじゃ……」

「いいのいいの! こういうところで加減してるんじゃ、楽しめるものも楽しめないでしょ! 楽しむこと正義、なのよ!」

 

 魔物の群れと戦うメカニック系未来美少女。絵面がすごいことになっている。

 

『こなくそぅ、サラが強過ぎて魔物たちが勝てんではないか! こうなったら、管理者特別モンスターを追加だぁぁぁぁ!』


 レイスの横暴がまた始まる。サラの前に、突如として15メートル以上の大きさを有する巨人が現れた。体の表面がレンガの模様をしているので……俗に言う、『ゴーレム』だろうか。


「石でできたロボット? 本当に強いの?」

『ふははは、デカいからといって速度が落ちるわけではないぞ。ゆけ、ジャイアントゴーレム! そこのクソ未来人を粉微塵に消し飛ばせ!』


 ゴーレム、変形を開始。胴体のある部分が開き、そこから砲門らしきものが出現。

 さらには腕からも多数の砲門が顔を出し、それらが一斉にサラを向いて_____一斉掃射。


「うぎゃあああああああ?!」


 爆発の衝撃、熱気、爆風によって地獄のような状態と化す洞窟内。

 まだ残っていたモンスターもろとも、サラを消し飛ばす気で放たれた熱線は、竜の吐く炎といい勝負である。


『ふはははは! どうだ、これなら流石のサラで______も……?』


 轟々と燃える炎の中、ゆっくりと起き上がる少女の人影。

 肌の表面がちょっとだけ焼けたサラが、そこに立った。


「……レイス、後で仕返しするから覚えておきなさいよ」

『うーむ……流石にあれをまともに喰らって立つのは私でもドン引きだな……』

「こっちのセリフよ!」


 石ころのように吹き飛んだ俺は会話にツッコむ余裕すらない。正に超次元美少女二人の所業は、俺には到底届かない境地の話である。


(でも、まぁ……楽しそうだな)


 竜の物語を見てしんみりしていたことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 あの物語を見て自分の過去を思い出した自分自身のことも。



 * * * * *



『竜はどうくつのなかで ただしずかに めをつむっていました

竜はかしこいので 妖精がなにをかんがえているのか わかるのです

妖精は じゅんすいなこころをもっています

妖精は だれよりもきれいないきものです

妖精は うそをつきません


だから 竜のことをいやがるきもちは ほんとうのことです 

もし竜が もりをおそったら

もし竜が じぶんたちをたべちゃったら

"こわい おそろしい"


"はやく いなくなってほしい"


でも 竜はいまでも 妖精のことがだいすきです

竜には ほかにいくあてがありません

竜には ほかにともだちがいません

だから ここにいるしかないのです』


『竜は もういっかいだけ 妖精にあうことにしました

もういっかいだけあって おたがいのきもちを うちあけようときめました


"まぁ つよくてかっこいい わたしたちの竜"

"きょうは あなたのすきな おさかなをとってありますよ"

"きょうもいっしょに たくさんあそびましょう"


妖精たちは うそをついていません

こころのそこから 竜のことをかんげいしていました

こころのそこから 竜がいることをよろこんでいました


そして

こころのそこから 竜をうとましくおもっていました』


 そこから先のダンジョンは、強いモンスターが出てくるわけではなかった。

 森に住む生き物を体現したモンスターたちは、少しだけ戦うと、すぐに逃げていってしまった。そして襲い掛かってくるたびに、笑顔なのだ。

 不気味なモンスターたちの襲来に、俺もサラも、口数が減っていった。


「……なるほどね。森に住む生き物……妖精をはじめとする可愛らしい生き物の、どことない不気味さ、陰湿さをこうやって表現するのね。いやな演出だわ」


 まるで子供のように無邪気なモンスターたち。その笑顔が純粋なものであるということは、一目見れば分かる。

 だが、その笑顔が恐ろしいものであると、俺とサラ、そして竜は知っている。

 悪意がなくとも、他者の心を削ることはできる。

 それを思い知らされた、不気味なフロアであった。


『きょうもまた たのしくあそびました

きょうも たくさんわらいました

でも 竜はしってしまったのです


そのえがおに うしろがわがあることを

そのこころに くろいものがあることを

そのかがやきのうらに くらいかげがあることを


竜はうまれてはじめて おそろしいとおもいました

じぶんよりもよわくてちいさなものたちが おそろしくみえました


だから 竜は ここをはなれることに したのです』


 場面が切り替わる。

 再び、天井に星がまたたく荘厳な建物の中に。

 星は先ほどまでとは異なり、2つだけではなくなっている。数十もの瞬きが一糸乱れぬ動きで、美しい動きを作っている。

 だが、一際強く輝いていた二つの光はない。

 片方は、ずっと遠くの場所に、既に離れてしまっていた。

 

 そして、さらに場面が切り替わる。

 突き抜ける突風に体が飛ばされそうになるところを、なんとか踏ん張って堪えた。


「__________」


 見えたのは、青と白。

 辺り一面を覆う雲海と、その上を覆う青い空。

 表現する言葉を失うような光景の広がる、天空であった。


『竜は とんでいきます

どこまでも とおく とおくに とんでいきます

いくあてはありません おりるよていもありません

でも つばさがあります どこまでも とぶことができます

だから とぶのです

とばなかったらかなしいから いっしょにいるとくるしいから

だれもいないばしょへと とんでいきます』


 気づけば俺の鎧には、翼のようなものが生えている。

 そして剣や盾も、豪華な色に染まっている。


「……あれ、まさか」

「……ここで……やるの?」


 ダンジョンに入ったからには、絶対に成し遂げなければクリアできないことがある。

 そう、ボス戦である。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 

 言葉にならない、竜の咆哮。

 それが自分たちに向けられ、空中で方向転換した竜の牙が_____俺に向かう。


「ウソだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」


 鋭い牙が盾に食らいつき、俺ごと飲み込まんと噛みつく力を強める。

 巨大生物の唸り声、殺意に満ちた目。あまりにリアルな恐怖を見せつけられ、体が竦む。

 だが_____不思議と、恐怖で動転することはない。

 鎧が硬いことへの安心とか、そういうのではない。

 これだけ雄々しく強い竜が、本当は自分と同じくらい弱い存在だと知っているからこそ、強く見えないのだ。

 恐ろしいと、思わないのだ。


(…………)


 取り乱さず、冷静になったまま、体を動かす。

 強くなったであろう剣を竜の鼻目掛けて振るうと、硬そうな竜の鱗がズバリと切り裂かれた。痛がる竜は俺を離し、距離を取る。


「勇也! 大丈夫?」

「大丈夫だ。なんつーか……以外と怖くないぞ、あの竜」

「……? まぁ確かに私はあれの5倍大きな怪獣と戦ったことあるし」

「…………5倍?」

「ま、その時と同じ要領でいいでしょ。こういうでっかい生き物は_____来るわよ!」


 距離を取った竜から、例の熱線が放たれる。

 加減抜き、本気で俺たちを殺すつもりで放ったであろう一撃。

 それを、サラは_____


『対熱線反撃機能、展開。反転衝撃アンチバースト、発動します』

「どぅおりゃああああああああああ!!!」

「______マジか」


 あろうことか、

 熱線をボールのように蹴り返し、跳ね返された熱線が竜に直撃した。


「力自慢は、力で分からせる! これに勝る解決方法などないわ!」

『……ぐぬぬ、敵ながら見事だ……』

「すごいです! 脳筋なところも、マスターそっくりですね!」

「『違うわ!」』


 もちろん、これで竜が倒されることはない。

 ラストに立ちはだかった竜を倒す方法といえば、一つしかない。


『さぁ、トドメだ勇也よ! 勇者が竜にトドメを刺すやり方は_____分かるな?』

「もちろんだ!」


 弱った竜に向けて翼をはためかせ、剣を掲げる。

 途中、竜と目が合った。

 やはり、竜にしては、弱弱しい。

 望みを失い、絶たれれば、たとえ竜であってもここまで弱ってしまうということか。空へと羽ばたく翼をもって尚、何も見つけ出せずにいるのか。

 そこに俺が何を感じたのかは______また後で、ゆっくりと考えるとしよう。



 * * * * *



『竜のたびは どこまでもつづきます

そのご どこへいったのかは だれもしりません


うわさによると 妖精たちのもりは竜がいなくなったことで

魔物たちにうばわれてしまったそうです

 

それから ずっとさきのじだいで

人間のおんなのこが このものがたりをしりました

おんなのこは 竜がどこへいったのか せんせいにたずねました

すると せんせいは こうこたえました


"わからないね でも どこかとおくに かならずいるよ"

"きみがしってくれたから 竜はいまでもいきている"

"だから いつかかならず さがしてあげなさい"

"きみが かわいそうな竜を さがしてあげてね"』



「……以上で、『ドラゴンキャッスル』の攻略完了でございます。勇也様、サラ様、お疲れさまでした!」

「…………」

「なんか、ちょっと泣いちゃいそうになっちゃった。レイスのくせにあんなのズルいわよ」

「ふむ、その様子だと楽しめたようだな。どうだ、気分は少し晴れたか?」


 ダンジョンが閉まり、いつも通りの俺の部屋へ。

 仕事を終えたレイス、そして精霊たちが、扉からわらわらと出てくる。


「気分は……そうだな、晴れたよ。ただ戦うだけじゃなくて、戦う時の心情がストーリーと合致していたのも良かった」

「ふふん、よく分かっているではないか。ほれ、オンペッペ、お主の手柄じゃ」

「むほほほん、ありがたき幸せ。無界ラビンの皆さんにも楽しめる物語となったこと、実に喜ばしく思いますん」


 丸っこい体をした手足の細い執事服の精霊は優雅(?)に一礼した後、扉の向こうに戻っていった。


「さっきの竜の物語、なんて名前なんだ?」

「『彼方で待つ竜の呼び声』。白森界の子供であれば、知らぬ者のいない名作だ。今でも数多くの魔導士やら冒険者が、この竜を探し求めているだろうよ」

「へぇ……素敵だな」


 思わずぽろっと口にできた言葉が、サラとレイスの目を引いた。

 ______後から知ったのだが、俺は二人に会ってから、一度も『素敵だ』という感想を言ってなかったらしい。



 * * * * *



 こうして、レイスのターンも終了。二人の勝負は、一旦幕を閉じた。

 サラによる、人格憑依ごっこ。視点を変えるということがどれほどの発見をもたらすのかを知る、いい体験になった。

 レイスによる、『ドラゴンダンジョン』。物語性のあるダンジョンでの戦いは、体を動かしたこともあって強く記憶に残る体験となった。

 あとは、俺のジャッジを待つのみ。先ほどから、二人のウズウズとした目線がチクチクと痛い。


(どっちもいい体験だったし……暇つぶしという意味では滅茶苦茶良かった。でも……どちらも楽しさの方向性が違うからな……)


 それに_____当然だが、課題もある。


(サラがやってくれたあの遊びは確かに面白いけど……初めてだから楽しいんだよな。また猫になりたいかって言われたら、なんか違うし……。

 レイスのダンジョンも、正直やり過ぎだな。暇つぶしの度に竜と戦うのは勘弁だし……参ったな)


 本気で取り組んでくれている以上、また引き分けにはしたくない。

 だが、選ぶというのも難しい。

 

 こんな時は、一旦全てを忘れて食事にするのが正解だ。


「二人とも、色々ありがとう。俺が飯を作るから、それまでちょっと休憩しててくれ」

「分かった(早く決めてくれないかな)」

「分かった(早く決めてくれ)」

「……あ、ごめん。醤油切らしちゃってるみたいだから、どっちかが買ってきてくれないか? じゃんけんで負けた方が」


 言い終わった瞬間、「しまった」と思った。どんなに小さな形であれ、この二人に勝負をさせるのはまずい。


「じゃんけん……そうか、じゃんけんか」

「へぇ、じゃんけん、ね。いいじゃない、面白そう」

「そうか? 私も同じ感想だ。じゃんけんは楽しくやらねばな」

「ええそうね。せっかくだし_____どっちが楽しくじゃんけんできるか、勝負してみない?」

「ふふっ、望むところだ」

「ふふっ、笑った者負けだからね」

(じゃんけんを……面白く? じゃんけんのためにダンジョンで戦ったり、本当に石とかハサミになったりとか……しない、よ、な?)


 いや、この二人ならやりかねない。最初はグーの段階で拳をぶつけ、辺り一帯を吹き飛ばしかねない。


「ちょ、お前らおちつけ! もういい、二人で仲良く醤油を_____」

「「最初は______グぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッッッッ!!!!」」


 迫真のグーが出される。幸いなことに拳がぶつかることはなく、部屋の中が爆風に見舞われるだけで済んだ。

 だが、次はどうなることやら。


「じゃあああああああああん!」

「けええええええええええん!」

「「ぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!」


 出されたのは。

 レイスが魔力を帯びて不思議な色を纏ったグー。

 そしてサラは、ただのチョキ。


「…………」

「…………」


 そして、これで終わることなどあり得ない。

 二人の目的は、どちらが面白くじゃんけんをできるか競うこと。どちらが醤油を買いに行くかなど、どうでもいいのだ。


「……どうした、サラ。何の工夫も仕掛けもないではないか」

「そっちこそ。拳が派手になったから何なのよ」

「ふふん、聞いて驚くなよ。このグーには______特別な仕掛けがあるのだ!」

 

 すると、レイスの拳に纏われていた魔力が魔法陣を描き出した。魔法陣が幾重にも折り重なり、見たことのない文字が複雑な形で書き連ねられている。


「これは……?」

「魔術ではない。私という存在が有している『加護』を見えるようにしただけだ。私自身にかけられた精霊たちの『加護』は、私の運勢にも影響を与える。つまり_____じゃんけんで絶対に負けることがないよう、運勢を改変することも可能なのだ!」

「…………」

「…………」


 運勢を変えることで、絶対に勝てるようになるじゃんけん。

 それは______どうなんだ?


「……なんか、面白さの定義をはき違えてないかしら?」

「な……! ぜ、絶対に勝てるようになるのだぞ?! 超豪運になれるんだぞ?! す、すごくないのか?!」

「はぁ、分かってないわね。ほら、見なさいよあの勇也の顔。どうリアクションしたらいいのか分からなくて困ってるわよ」


 実際、困惑していたので、サラが解説してくれて助かった。


「ば、馬鹿な……では、サラ、お前はどうなんだ。私よりも面白いネタを考えらているんだろうな!」

「うーん、どうだろう。流石にあんたのこれよりはマシ……かな?」

 

 続くサラの番。どんなものかと楽しみにしていたが______いきなりレイスのグーをチョキの中指と人差し指で挟んだ時は何事かと思った。


「…………?」

「サラ……お前、まさか……」

「教えてあげるわ、未来のじゃんけんってやつを!」


 そしてまた、不思議なじゃんけんが始まる。

 サラとレイスの手の上に、立体の映像が浮かんだ。

 サラの手の上にはハサミの映像が、そしてレイスの手には石の映像が。

 そして現在の状況_____チョキがグーを挟んでいる構図が、映像でも再現されている。ハサミが石をカチカチと挟んでいるのだ。


「あと、これはこの時代の漫画で学んだことなんだけど……じゃんけんにはね、こんな格言もあるのよ。覚えておきなさい」

「サラ、そのネタはまさか……」


 すると、サラがチョキで、なんとレイスの拳を力強く挟み始めたのだ。立体映像の方でも、ハサミが石を少しずつ切っていっている。


「ぐぬ……貴様、まさかこの私に力づくで勝とうと言うのか? 上等だ……!」

「甘く見るんじゃないわよ。事前にさっきのダンジョンの竜のパワーを学習しているのよ。今から力づくでも負けないわ______よ!」


 美少女二人のじゃんけんとは思えぬほどの気迫。二人とも、手に青筋を立てながら渾身の表情で拳を握り、そして指で敵の拳を挟む。映像上でも、デカくなった石をハサミが頑張って両断しようとしている。


「ぐぬおおおおおおおおお!」

「うおりゃあああああああ!」


 勝負は30秒も続き、そして______


「この世には、石とも断ち切るハサミがあるということをっっっ!」

「ぐああああああああ!」


 サラの指が、レイスの拳を断ち切った。

 映像上でも、ハサミが石を真っ二つに切り裂いていた。


「……とまぁ、私のじゃんけんはこんなもんよ。単にじゃんけんするだけじゃなくて、それを映像化して楽しむ。子供の教育にもいいし、じゃんけん以外の遊び……鬼ごっことかにも使えるわよ。というわけで______勇也、選んで頂戴。私とレイス、どちらが面白いのかを!」

「…………そうだな」


 正直、ツッコミどころはありまくりである。

 レイスのやっているものは、じゃんけんの面白さを殺しているため、点数では0点だ。

 サラのものも、チョキでグーに勝つ演出は不必要である。どこからネタを仕入れたのやら。だが、日々のちょっとした遊びをあのように表現するというのは、技術からしても興味深いと思える。

 そうなると、どちらが現実に欲しいかの答えは決まっている。


「……サラだな。実用的ではないけど……なんていうか、未来のテクノロジーは、こういう使い方になって欲しいなって思ったから」

「いいいいいいいいやっっっっっったぁぁぁぁぁ!」

「おのれぇ……次はこの『勝負』の運勢を操作して……」

「レイス、不正は禁止だ」

「ぐぎぎぎぎぎ」


 こうして、3回目の勝負は______サラの勝利!

 二人の勝負は、これで1勝1敗。再び振り出しに戻る形となった。

 

(やれやれ、まだたくさんのことで『勝負』してもらわないといけないな)


 だが、今回の『勝負』は非常に良かった。ただ未来の超科学と異世界の魔術のすごさを思い知るだけではなく______新たな視点で現代を、そして自分を見つめ直すきっかけになった。

 いずれ俺は、どちらかを気に入り、未来か異世界に行くのかもしれない。

 だがその前に______これまで生きた現代という時代で、しっかりと清算をしてからにしたい。


(まだやることは______たくさんあるな)


 こうして_____食事に必要な醤油は、結局俺が買いに行くことになった。

 

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