第8話 第4題目「癒し」 未来人ver
ここ最近、俺は二人のお陰もあって心身ともに健康状態に優れている。朝の目覚めもよく、倦怠感なども感じない。ニートにしては、かなり
それに引き換え、居候している仕事中の美少女二人はと言うと_____
「ぐえ……も、もう無理……頭働かない……」
「ぐふふ……そ、そんなものか……まだまだ……やれるぞ」
いつの間にか手に入れていた家庭用ゲーム機を使い、オンライン対戦ゲームに熱中している。購入から3日で、プレイ時間が60時間に達している。
(なんだろう。ゲーム機を取り上げる親の気持ちが少しだけ分かるような……)
二人とも目に隈を浮かべながら、凄まじい速度でコントローラーを操作する。サラのコントローラーは独自に改良を加えたのか、ボタンの数がおかしなことになっている。そしてレイスのコントローラー操作は複数の精霊がサポートしている状態に。
「ぐひひ……終わりがないゲームとはいいものだな。どれだけ強くなっても、戦い甲斐のある強敵が次々に現れてくれる。闘技場の選手になったかのようだ」
「ちゃんと相手が人間なのもいいわよね。私の時代にもゲームはあるけど、相手がAIばっかりだから面白くなかったのよ」
「どうする、サラよ。これで167勝、166敗状態だ。このままゲームで我々の『勝負』を決してもよいぞ?」
「そっちがその気なら本気出すわよ。見てなさい、さっき身に着けたコンボを……!」
そして再び一戦。サラのコンボが上手く決まり、サラの勝利となった。これで再び、二人は互角の状態に。
「おのれサラめ……随分と調子がいいではないか。ならばこちらも……」
「負け惜しみばっかり。いいわ、今度こそ分からせて……」
「はい、そこまで。ひと段落しだんだし、ひとまず休め」
二人からコントローラーを取り上げ、首根っこを掴んでベッドに置いた。いつもなら怪力で俺をぶっ飛ばしていた二人だが、流石に体力の限界を意識しているのか、ほとんど抵抗されなかった。
「うぐ……ひ、ひとまず休戦よ。でも、私の方が先に起きて練習して腕を上げてやるんだから……」
「ほ、ほざけ。私の方が……」
そのまま言葉を言い切ることなく、二人はパタンと意識を閉ざした。敵対しながらもこうして一緒にゲームしているところからしても、二人の仲は良好そうだ。
異なる世界からやってきた二人だが、その実性格の相性はいいのだ。いい意味でも悪い意味でも大胆で強気な性格、高めのプライド。その一方で最適な手段を考える冷静さを持ち合わせ勤勉なところまで、性格なそっくりである。
本当に、俺とは真逆なのだ。
(俺がこの二人に気を許しているのは……こういう人間に憧れていたからなのかもな)
囚われたものが多く、何もできない俺に比べ、二人は自由だ。やりたいことを大胆に実行し、そして心ゆくまで楽しむ。やる気を出す時と出さない時のオン・オフをしっかりと切り替え、失敗を後に引きずらない。見ていて、本当に気持ちがいい人物である。
(俺も……こんなやつらになりたい。そのためにも……やることをやらないとな)
俺はニートで、今日も仕事がない。
だがめずらしく……今日は予定を入れている。
かつて一緒に過ごしたことのある同級生と飲みに行く約束を交わしているのだ。
* * * * *
「いやー、本当に久しぶりだな。なんていうか………めっちゃおじさんになったな」
「お前も大概だぞ」
「あははは! 俺らの年齢でおじさんじゃないやつなんていないだろ」
「そりゃ、な。姪っ子にはちゃんと『叔父さん』呼ばわりされてるからな」
「うひー、リアリティあるなぁ」
一緒にジョッキを交わすのは、かつての同級性の二人。お堅いスーツ姿にワックスでばっちり固めた髪の方が
「いやしかし……不況は辛いな。俺は業界と仕事的にそこまで変わってないんだけどよ、達人のところは影響受けるんじゃねーか?」
「めちゃくちゃ影響されてるさ。顧客獲得が以前より3割以上減ってるんだ。どれだけ工夫しても、お金が無いんじゃ売れるものも売れないしな……」
「その状況は俺の会社……この前までいた会社でも同じだったな」
「はーん。そういえばさ、勇也は仕事やめたんだっけか。今、転職中か?」
「まぁ……な。でも、どこも仕事募集してなくてさ。悩んでるんだ」
この二人にさえも、会社を『クビにされた』ことは話していない。この二人がこれしきのことで俺を馬鹿にする人間でないことは知っているというのに______なぜこうしてしまうのか、俺自身にも理解できない。
「勇也は真面目で責任感もあるし、どこにいっても上手くいくと思うけどな。俺、真面目な仕事無理だからさ。多分転職できんわ」
「そうだな。それこそ営業の仕事とか向いてるんじゃないか? 情勢的に厳しいかもしれないが、俺の会社に紹介しようか」
「あぁ、いや……大丈夫だよ。候補はあるからさ」
「そうか。何かあったら頼っていいからな」
「おう。ありがとう」
そこからは、他愛もない飲み会が続いた。職場であったおかしな出来事、ここにはいない他の同級生の今について、恋愛・結婚事情、社会情勢……この年の男が話しそうなことを一通り話した。
流石に『自宅に未来と異世界からやってきた謎の少女が居候してる』なんて話はできなかったが、それ以外については共通の話題も多い。久しぶりの機会を得たことで、俺も少し羽目を外すことができた。
「いやー、呑んだ呑んだ。信夫は本当に酒に強いな」
「接待で飲むからな。2次会にも付き合うぞ」
「いやー、もう無理だわ。それに明日が納期の仕事もあるからさ。俺はここで帰るわ」
「……あ、達人、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……」
「おう、どした?」
俺がなけなしの生活費を削ってまで、同級生と飲み会に来たのには、わけがある。
ほぼ真反対のキャリアを歩んだ二人が、何を決断して今の道を選んだのか、聞きたかったのだ。
「達人はさ……最初広告代理店勤めだったろ? そこから……なんで、今の会社に入ったんだ?」
「え? ああ、そりゃあ……その方が後悔しないと思ったからかな?」
「後悔しない、から?」
「おう。そりゃ、代理店勤めの方が給料も高いし、仕事のスケールもデカいけどよ。好きなことばっかできるわけじゃないだろ? だから、好きなことしていい仕事を選んだんだ。給料は半分以下だけど、毎日楽しくできてる」
「そう……か」
「おい勇也、お前転職について相当悩んでるだろ。顔に出てんぞ」
「……まぁ、な」
この二人には、かなり気を遣わせてしまっていたらしい。信夫もわざわざ紹介しようとしてくれていたし、思えば呑んでいる時もあまり仕事の話を出していなかった。
「そういや、勇也もデザインとか結構できた方だろ? そういう仕事の方が向いてるんじゃないか?」
「いや、得意じゃないけど……まぁ、趣味でグッズとか作ったことはあるけど」
「いや、いいんじゃないか? デザイナーで勇也みたいに真面目な人は少ない。大抵、達人みたいなのばっかりだ」
「おいおい、今俺のことバカにしてただろ」
「……趣味、か」
俺にも、ちょっとした趣味でアイドルやアニメのグッズを作った経験がある。
といっても、そこまで専門的な技能を持っているわけではない。パソコン上で素材のデザインを作った後、印刷所や工場で作ってもらっていただけだった。
それを学生時代の副業にして少しだけ小遣いを手に入れていたことはあるが______就職したことをきっかけにやめてしまった。
理由は単純。仕事が忙しく、時間がないから。
あるいは専門のデザイナーとしてフリーで食っていく道もあったかもしれないが、それをやるには自信が足りなかった。自分以外にも優れたデザイナーなどいくらでもいて、安定的な収入のためには特定の企業に自分を売り込まなくてはならない。
そんな自信は、自分にはなかった。
「まぁ……そうだな。今が不況っていうのもあるし、仕事は中々見つからないかもしれない。少しでも収入を得られることがあれば、今の内に挑戦してみるべきだ。勇也にはこれまでの仕事で培った忍耐力もあるし、なんとかなるはずだ」
「そう、か?」
「そうだな。昔はやってたんだろ? 仕事で諦めた夢ってんなら、仕事のない今がチャンスだぜ」
「……ありがとう、二人とも。ちょっと、考えてみるよ」
「ていうか、それを訊くためにわざわざ呼んだんだろ? もっと早く言えばいいのに」
「全部バレてんじゃん。恥ずいな」
「勇也は変なところで水臭いよな。もっと素直になればいいのに」
挙句の果て、全て見透かされて励ましてもらえる始末。本当に情けない。
でも、この二人を誘って、本当に良かった。
俺の弱さと、そして強さを、教えてくれたから。
* * * * *
自宅に戻れば、またいつもの美少女二人のドタバタ劇が始まる。ため息を吐きながらも笑顔で扉を開けた。
「おう、ただいま……って、一人暮らしの俺が言うのも変だけど……言うべきなのかな……」
帰ってもどうせ二人は自室に籠っているかゲームをしている可能性が高いので、返事が返ってくることはほとんどない。
「おかえり」
「おかえり」
「…………なんだ、頭打ったか?」
が、綺麗に二人分の「おかえり」が返ってきた。しかも、二人とも床に座ったまま微動だにせず固まっている。ゲームもせず映画を見ることもなく、ただ静かに座っていたのだ。
「ど、どうしたんだ、二人とも? まさか、また戦ったりして……」
「……違う。そんな次元の話ではない」
「ええ。私たちは、次なる戦いに向けて既に準備しているわ。次は正々堂々、真向から勇也にアピールしてみせるわ」
つい数時間前まで白目を剥いてよだれを垂らしながら寝ていた二人に、一体何があったのだろうか。頭を打っていたという方が、まだ理解できる。
「……私とサラはつい2時間前、ほぼ同時に起床した。久しぶりの長時間睡眠だったために、お互い気分がフラフラとしていてな。せっかくだし、体を洗おうと考えたのだ……が」
「私は常にナノマシンで体のよごれを取っているから問題ないし、レイスも魔術があるから別にお風呂に入る必要はないのよ。ただ……この前、見ちゃったのよ」
「な……何を、だ」
サラとレイスは目をかっ開き、視線だけで俺を攻撃するつもりかと言わんばかりの目力で俺を見てきた。
「「……銭湯よ」」
「……銭湯?」
「そう、銭湯。散歩しにフラッと飛んだ時、湯気が出てる場所を見つけてね。近場に銭湯があることが判明したのよ」
「私もコンビニに精霊と共に行った時、偶然通りかかったことがある。出てきた者たちの気持ちの良さそうな顔色……未だに忘れられん」
「そ、そうか……」
近場の銭湯には、俺も何度か行ったことがある。家で入る風呂にはないあの熱気と湿り気、そして出てきた後の清涼感。確かに、銭湯は気持ちのいい場所だった。
「そこで……先ほど、私とレイスの二人で銭湯に行ってきたのよ」
「え?」
「ああ。この世の心地よさを絞って煮詰めたという、あの伝説の銭湯にな!」
「そ、そうか……」
この二人、俺以外の一般市民に対しては基本的に無干渉の立場を貫いているが、もう随分とこの世界に慣れたらしく、最近はかなり自由に生活している。
最初の料理対決の時からそうだったが、既に二人はこの世界で安定した収入を得ているらしい。サラはネット上で自動的にお金を稼げるとんでもないAIを開発したらしく、レイスに至ってはマグロを素手で釣って漁師に買い取ってもらうという頭のおかしい稼ぎ方をしている。
そして稼いだお金を使って、随分と自由な暮らしをしている。サラは通信販売でガジェットを購入しまくっており、サラはダース単位のスナック菓子を精霊たちと一緒に食べている。
最近になっては外にも平気で外出するようになっており、特徴的な容姿の美少女が歩く様子が街の至る場所で確認されているそうだ。今更銭湯に行ってもおかしいとは思わないが……銭湯にいた人たちは、さぞびっくりしたことだろう。
「ああ。用意できるものを全て用意し、私たちは意を決してあの暖簾を潜った……」
「そして……あの靴箱で、靴を脱いだのよ。木の札が鍵となっている、あの靴箱で……」
(随分と細かい回想だな)
「そうだな。まずあの靴箱が衝撃だった。靴は各々の結界の中にしまうのが普通だと思っていた私が浅はかだった」
「ええ、まさかあんな開けた場所に置いていいだなんて……なんて開放的な雰囲気なのかしら」
(……え、この調子で続くの?)
「その次、受付で料金を払ったのだ。そこから、私たちは女湯に入ることになるのだが……」
「暖簾を潜った瞬間の……あの蒸気の匂い、凄まじかったわ。一瞬で、『ああ、ここから先に温泉が待ってるんだ』って分かったのよ」
「そして、更衣室だ。本当に不思議なものだぞ、あの空間は。静かな部屋に、外の音と、温泉から響くやけに反響した音のハーモニー……狭間の空間にあのような音が鳴るのは、実に心地よかった」
「服を脱いでちょっとだけ肌が冷えるのも、それはそれでいい雰囲気になるのよ。寒いのは嫌だけど、もうちょっとしたら温かい温泉に入れるって思うと、肌寒いのも我慢できる……」
「そして______タオルを持ち、私たちはついに温泉に入っていった……」
語ることに感情がこもり過ぎて、二人とも目を強く瞑り、拳をワナワナと震わせている。どれだけ強く記憶に残っているのやら。
「肌寒く、温泉の温かさを恋しく思った瞬間の______あの湿り気のある熱気……!」
「水が滴り、音が木霊する狭い空間の包容力!」
「そこからは……うーんと、あまり記憶がないわ。多分だけど……掛け湯をして体を洗ってから浴槽に入ったと思う」
「そうだな。そして浴槽に入ってからは……うむ、気持ちが良かった以外の記憶がない。体の隅々まで熱が伝道し、自分の中にある冷たいものが洗い流されていったような……」
「浮力もあるわけだし、なんだか体が軽くなっていったような気もするわ。体が火照ってきて、段々と頭がボーっとしてきて……」
(随分と明確に覚えてるな)
「そこから一度出たのだが……そうすると、さっきまでは嫌だった外の冷たさがびっくりするほど心地よくて……」
「そうそう。あの時急激に襲ってきた睡魔には参ったわ。こんなに気持ちのいい眠り方があるなんて……」
「それからもう一度体を洗い、更衣室で着替え、建物の中にあるベンチに腰掛けた瞬間の、あの脱力感ときたら……いやはや、思い出すだけでも恐ろしい」
「二度とベンチから立ち上がれないかと思ったわよ。それで……自動販売機があったから、例のあの飲み物を買ったのよ」
「あぁ。『コーヒー牛乳』だな。見た目は濁り茶だったが……手に取った瞬間、これがそんな代物ではないと分かったぞ。冷たい瓶の中に封じられたともなれば、もう後は飲むしかあるまい」
「そして蓋を取って飲んだ時の……言葉にできない満足感よ。コーヒーの香りに牛乳のまろやかさ、そして砂糖の甘ったるさ。それが冷たさを伴って、火照った私たちの体の中に注ぎ込まれて……」
「……で、今に至るというわけだ。あまりに衝撃の体験の連続で、しばらくここから動けそうにない」
「随分と幸せな体験だったな。ま、気持ちよかったのなら良かったよ」
「話はまだよ、勇也。座りなさい」
「あ、はい」
二人があまりにもすごい剣幕をしていたのでもうしばらく外に出ていようと思ったのだが、微動だにせず目線を向けられて座れと言われたら逆らえない。
「そして、次の勝負題目についてなのだけど……勇也、最近調子良さそうね」
「そ、そうです、か?」
「うむ。出会った時に比べて、目に生気が宿っている。私たちが頑張ったお陰なのもあるかもしれないな」
「へ、へぇ……」
「でも、まだどこか不調のように見えるわ。多分だけど……心の問題ね」
「……そう、かな」
達人と信夫だけでなく、この二人にもバレていたとは。
俺は気持ちを隠すことが、随分と苦手らしい。
「一応、私たちは勇也にお世話になっている身でもあるし、勇也に自分たちの世界の魅力を感じてもらう必要もある。そんなわけで、恩返しをしつつ、そして勇也にたっぷりと私たちの世界の良さを感じてもらうために______今回は!」
「ズバリ! 銭湯対決をすることになった!」
二人の目から炎が迸り、部屋の中に雷鳴が轟く。それほどまでに、二人が今回の勝負に賭けているものは大きいようだ。
「ルールは簡単、お互いに最高の銭湯を作り上げ、どちらがより気持ちよかったかを勇也に判断してもらうだけ! 前回の料理対決みたいなヘマはもうなし! 真剣勝負よ!」
「望むところだ! 私もたっぷりと蓄えた魔力があるのだし、それを注ぎ込んで最強の銭湯を作り上げて見せよう!」
「期限は明日の夜! それまでに、最高の銭湯を作り上げるのよ!」
「ふははははは! 今度こそ地に膝をつかせてやるぞ、サラ!」
「こちらのセリフよ。ハンカチを用意しときなさい、レイス!」
こうして、二人はまた『勝負』モードに突入した。
そうして自分たちの部屋に入っていった二人を見送った後______俺はとある知人に電話をかけた。
「……もしもし。お久しぶりです。あの……明後日の夜に3名で予約を入れられませんか?」
* * * * *
サラがまず始めたことは分析だ。この時代における『銭湯』『温泉』という概念に対する人々の認識が何であるか、そして勇也が銭湯に何を求めているかを分析する。銭湯の歴史、そして今のような形になった経緯、そして科学的な効用に至るまでをその類まれなる頭脳で分析する。
(この国……日本には、昔から天然の温泉が多かった。そこに浸かる文化が生まれたからこそ、湯に浸かる文化が生まれていったのね。温泉が自然の中にあるようにデザインされているのは、その名残ね……)
(街中で誰もが気軽に温泉を楽しめる場として銭湯が普及していき……自宅に湯舟がつくことが当たり前になるまでは、銭湯こそが唯一の温泉体験になる場合もあった。つまり、『癒し』の象徴でもあるわけね。海外にも……ふむふむ、癒しの場としてだけではなく、社交の場としても使われた歴史もあるわね。こうなると、ただ湯舟に浸かるだけではダメだわ。その他のものまで全て整った上にこそ、理想的な銭湯があるのだわ。そしてさらにそこに______極上のお湯を作ることで、完璧な銭湯が完成する!)
一通り分析を終え、銭湯のイメージを固めたサラは、その後すぐに家を飛び出した。向かう先は______日本の秘境、日本アルプス。火山も多く存在する山々の中には、人知れず眠る極上の温泉も存在するらしい。
「えーっと、レーダーだと確かこのあたりに……あった!」
サラが発見したのは、手つかずのままとなっていた天然温泉。今もなお地面の熱で温められ続けており、含まれる成分や水質も最高品質のものである。
(完璧! あとはこのお湯を運んで……そこから、最後の一手を加えるだけ!)
サラにとっての今回の切り札。それは______勇也やレイスも知らぬ間に宇宙空間から採取していた、未知の元素である。
(ふふん、料理対決の時のような、期待していたものとは異なるただの技術自慢じゃ終わらないわよ。今度こそ、正面からレイスに勝ってやるわ!)
* * * * *
一方そのころ、レイスは。
「マスター、今何してるの?」
「しー! 今は近づいちゃダメなのだ! マスターはとっても集中しているのだ!」
「うぼぼぼぼぼ! びー!」
「こら、騒いじゃだめー!」
精霊たちが見守る中、一人静かに瞑想を続けてきた。
温泉を作る作業自体は既に精霊たちに任せており、舞台の準備は着々と進んでいる。そして______舞台の準備においては、レイスはサラには勝てないと考えていた。
(サラの技術力ならば、私の想像が及ばないようなものを作ってしまうだろう。前回のじゃんけんの時といい、エンターテインメントの方向性はやはり世界が異なることの隔たりがあるな)
面白いものを作ろうとなると、レイスはどうしても精霊たちに頼らざるを得ない。だが、精霊たちにも力の限界があり、ドラゴンダンジョンを作るような真似は頻繁にできないのだ。
ならば、次は自分が頑張る番だ。舞台のクオリティで勝てないのなら______浸かる湯舟のクオリティで勝てばいい。
レイスが瞑想をしているのは、レイスの中に眠るとある強大な魔力を呼び起こすためである。極限の集中をし、己の中に眠るその存在との合一化を果たすことで、レイスの魔力はもう一段階上のステージへと引き上げられていくのだ。
(そう簡単に勝利はやらんぞ、サラよ。勝つのは______私だ!)
* * * * *
そして、『勝負』の時間となった。
いつも通り、最初に準備を終えたのはサラ。
扉が開き、その向こうから______
「うおっ?!」
「はぁ……はぁ……。さぁ、いらっしゃい、勇也。史上最強の銭湯が……できてしまったわ……」
汗だくになり、フラフラになりながらサラが現れた。
「おい、なんでそんなことに……」
「え? あぁ……別に作るのが大変だったわけじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「……試しに浸かってみたら、気持ちよくて腰が抜けそうになっただけで……」
「なんで君たちは俺を恐怖させることばっかり言うかなぁ?」
そんなこんなでサラを肩に担ぎながら扉を潜ると、そこにあったのは______
「うわっ_______すげぇ……」
「ふふん、今流行りの『スーパー銭湯』をイメージしてみたのよ。贅沢な作りになってるでしょ?」
近場にあった銭湯とは比べ物にならないほど広く、そして豪華なデザインとなっている。立ち込める湯気や反響する音については変に飾ることなく、現実の銭湯のままとなっている。
「もちろん、普通の銭湯じゃないから期待しててね。ま、あとは湯舟に浸かるなり体を洗うなりすれば分かるし、あとはご自由に」
「わ、分かった」
「何かあったら呼んでいいわよ。あ、でも股間はちゃんと隠してね」
「俺のこと小学生男児だと思ってないか?」
「まぁ、年上の威厳はないわよね。じゃ」
この後、しばらく本気で落ち込んでから、俺は体を洗って湯舟に入ることにした。
最初は、『どうせナノマシンが何かしてくれるんだろな』程度にしか想定していなかったが______足の先端を湯舟に入れた瞬間、明らかに普通の銭湯とは違うと確信した。
(な……なんだ?! お湯の温度と感触からして普通じゃないぞ?! 普通の水じゃなくて、なんていうか……ふんわりしてる……ゼリーみたいな?)
水は触れればすぐに形を変えるが、この湯舟の水は違う。表面張力の違いなのか、足先を入れると、水面が凹むのだ。
そして水中に体を入れていくと、浮力と共に、肌にかかる水の重さに絶句する。
(そうか、水の密度が濃いのか。浮力も強いし、頭を出しながら浮いていられる。温度は割とちょうど、い、い……?!)
時すでに遅し。浸かった時には既にサラの術に嵌まっていた。
俺の体を襲ったのは、凄まじいほどの脱力感。どれくらいかというと、体を動かせなくなるほどである。
(やべぇ、思考が全部消し飛んだ。なんだここ、雲の上か?)
体から汗以外の何かが出ている感覚がしている。実際、時間経過に伴って少しずつ体が浮いているのだ。脱力感どころではない。
(なるほど……デトックス風呂ってことか。お湯に何か細工をして、体内の余分な成分を吐き出させてるんだろうな。どんな風呂だか……)
これこそが、サラが風呂に仕込んだ切り札。
宇宙で採取した未知の元素を使い新たに作り出した新成分。
「その名も……『ツカレトリウム』!」
この成分は人体に入った後、体内にある不要な物質とくっつき、汗となって外に排出する効果がある。その効果は凄まじく、『ツカレトリウム』が充満した風呂に浸かって1時間もすれば消化器官全般の不要物がほとんど回収され、臓器にたまった老廃物の80%が処理されるのだ。過剰な排出は自律神経を乱してしまうが、サラの計算により、健康に影響を与えない範囲で成分量が調整されている。
そうして浸かって10分もしていれば、体重が目に見える形で変化し、やがてデトックスを終えて脱力感がなくなる。
そしてお湯から上がると______なんということか。
「うわ……本当に軽い!」
体が軽くなっているばかりが、肌の艶が10代のそれに戻っているではないか!
「うはっ、すげぇ! すげぇ風呂だな、サラ!」
「気に入ってもらえたようで何より! さぁ、お風呂から上がった後もまだまだ楽しめるから、体を洗っちゃって!」
これまでのサラなら、追加で10種類ほどの温泉を用意していた可能性もある。
だが、今回は随分と控えめだ。いや、控えめになったというよりも______俺のツボを押さえた、というべきか。
(流石だな。俺がどのタイミングで満足するのか、もう分かってるんだろう。欲張ることなく次に進めるようになってるのは……なんていうか、成長してるな)
普段はバカっぽい姿しか見せないが、本当のサラが想像もできないくらいの天才であるということには薄々気づいていた。何せ、世界中の金融状況を把握した上で、自動で取引を進めて利益を上げるAIを自力で発明した天才なのである。何度もやっていれば、勇也の好き好みくらいには気づけるだろう。
そして、天才っぷりでいえばレイスも同じだ。今後、この二人の勝負はさらに高度になっていくのだろう。
勝負なので、永遠に続いていくわけではない。それでも、ちょっとだけ今後に期待できるようになってきた。
「さて……次は何が待ち受けているかな」
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