第2話 第1題目「料理」 未来人ver


 こうして、俺の騒がしく、そして忙しいことこの上ないニート生活が幕を開けた。


「うおおおお!? 後ろ、後ろぉぉぉぉ! 来てるよぉぉぉぉ?!」

「ああああやめろ、死ぬなぁぁぁぁ! 私たちのイーサン!」


 朝起きると、テレビの前にはホラー映画を見ながらプルプルと震える美少女二人。その傍らには、つまんだと思わしき大量のスナック菓子のゴミが。


(……ダメだ、ほぼ寝れてねぇ)

「あ……あぁ、良かった……助かったわ……」

「ほ、本当に……心臓が……虫型魔獣が忍び込んでくるより怖いぞ……」


 この二人、いつの間にか映画鑑賞を通して意気投合している。未来人と異世界人が現代に来て最初にやることが映画鑑賞だとは、なんとも面白みがないというか……


(いや、実際めずらしいんだろうな。未来にとっては古代のアーティファクトみたいなもんだろうし、異世界にとっては摩訶不思議な技術に見えるんだろうよ)


 暇つぶし程度に初めてみた映画鑑賞の趣味だが、存外悪くない。数多くの名監督が精魂込めて作った作品をこれでもかと堪能することは、現代に疲れた俺の心には沁みる。何かを忘れたい時、酒の代わりに印象の強烈な映画を見ることは教養にもなるし、他人におすすめできる趣味だと言える。

 とはいえ_____そのせいで大事な休憩時間を奪われたのでは、元も子もないが。


「おい勇也、他に映画はないのか? 私はこのスピルバーグとかいう者の作った映画が気に入ったぞ」

「私はクロサワが気に入ったわ。白黒って悪くないわね、色が分からないことでかえって想像の幅が広がるし」

「棚の奥にまだDVDが……って、あのな」


 俺は散らかったゴミをてきぱきと一通りまとめ、テレビの電源を切った。


「未来人と異世界人がどんななのか知らんが、少なくとも現代人はちゃんと寝ないと死にそうになるんだ。それなのにお前らと来たら……なんで夜通しで映画を大音量で見てるんだ……。近所迷惑だろ」

「うん。だと思って部屋は防音幕で覆ってある」

「私は眠る必要のない体なのでな」

「……いや、それでなぜ俺の睡眠を守ってくれなかったんだ……」


 この二人が現代にやってきてから数日。今のところ特に外出することもなく、一日中家で何かをやっていることが多い。俺が暇つぶしに映画を見ているところに二人が興味を示し、一度一緒に見てみたらハマってしまって……というのがここまでの流れである。

 意外だったのは、二人ともあれだけ「譲らん」とか息巻いていた割には、案外仲良くやれているということだろうか。冷蔵庫を漁ってスナックを漁るのには参るが、また部屋が爆発するようなことがなくて助かった。

 とはいえ、やはりまだ常識外れなところはある。生活習慣とかの文化的なところでズレたことがあるくらいは想定していたが、睡眠に関してここまで無頓着だとは計算外である。

 だが_____


「……? 勇也は働かざる者_____ニートなのであろう? 昼に寝れば良いではないか?」

「…………」

「私が調合した薬があれば1時間寝るだけで8時間分と同じ効果があるわよ。使う?」

「…………いや、えと」

「なんなら、私の大魔術で一時的に昼を夜にしてやろうか? よく眠れるようになるぞ」


 思わぬ角度から渾身の一撃が入った。

 そう、俺はニート。昼と夜の区別すら必要ない、この社会の除け者。

 もう「あるべき日常生活」を守る必要も、なくなったのだ。


(あー……改めて自分がなってみると、意外と慣れないもんだな)


 結局その後、二人には自室に帰ってもらい、俺はカーテンを閉めた部屋で夜になるまで安眠したのだった。



 * * * * *


 

「…………」


 翌日。

 俺の顔には、ニキビができた。

 もう間違いなく、食生活の乱れが原因である。


「うお、肌がリザードマンの鱗みたいになっているな」

「あらら……この時代の人はこういうの自動検知できないんだっけ」

(いや、間違いなくお前らのせいだからな、クソガキ未来人&異世界人め)


 ゴミ箱にはカップ麺の残骸、床には空になった缶ビール、机には少しだけ残ってしまったスナック菓子袋。

 今見返してみると、これから死のうとしている人間の生活でしかない。


(今日から……サラダだけ食おう……)


 顔を洗った後、レタスとトマトだけの質素なサラダをシャリシャリと食う俺。

 それを見ていたサラとレイスは_____


「これは_____」

「_____決まりだな」


 お互い、目を合わせながら_____口元を「にちゃあ」と歪めていた。


「なぁ、お前らはどんなメシを_____うお、怖ッ……」


 サラとレイスはいい年した俺でも後ずさりするくらい陰湿な笑みを浮かべ、間に火花を散らせながら、俺の方へとゆっくりと振り返った。


「勇也、ついに競技種目が決まったわ」

「競技……?」

「これに勝る勝負項目はないであろうな。これで私たちの勝敗が決するかもしれん」


 どうやら……先日約束した、『戦わずに争う』の続きの話らしい。このまま平和に過ごせればいいと思っていたが、どうやらついに……始まってしまう、らしい。


「勇也、最初の勝負題目は_____ずばり、『料理』よ。もちろん、美味しいだけじゃダメ。栄養についても、今の勇也に適したものにしないとね」

「左様。食事には、作り手の細かな考えが一つ一つ、確実に反映されていく。世界そのものの勝負に、これ以上の題目はないだろうな」

「おー……お前ら、料理できんの?」


 そして再び、火花が。二人の視線がぶつかってのことではなく、俺に対して発せられた、なんだかヤバそうな雰囲気が火花を散らした。


「……ふーん、そこまで言うなら……見せてあげるわよ、未来の超科学ってやつ?」

「ふふっ、私がどれだけの料理を作ってきたか見せてやろうではないか。魔術の精髄をとくと思い知らせてやろう」

「えーっと……じゃ、じゃあ」


 忘れてはならないのが、コイツらは現代にとって怪獣レベルの怪物だということ。もし怒らせて暴れさせてしまったら、街一個消滅していてもおかしくない。

 勝負が白熱して、また争うようなことがあっては、俺の優雅なニート生活が破壊されかねない。


「……期限を設けるぞ。今日の夕飯、夕方6時までにメシを作ってくれ。そこで食って審判する」

「……良かろう」

「望むところよ」


 こうして、二人は睨み合いを続けた後_____凄まじいスピードで、外へと飛翔していった。


 俺は今更ながら_____自分がこの茶番にノリノリであることに、ちょっとだけ恥ずかしさを感じた。



 * * * * *



【サラ 食材探し中】


 実はサラ、ここ数日の間ただ映画を見て怠けていただけではない。


(この時代の情勢は大方理解した。作られている農作物なんかも、やっぱり大違いね)


 やっとのことでインターネッとが現れ始めた時代。サラが生きている時代に比べてば電子空間に落ちている情報は圧倒的に少ないが、それでも生活に必要な情報を手に入れるくらいであれば、どうということはない。3日程度でネット上に落ちている知識全てにアクセスが可能な状態となり、現代人についての知見を深めたのだ。

 故に、勇也が今どんな状態にあるか、サラはレイス以上に理解している。


(身の上の変化、急激に変わった生活習慣……これらが勇也に与えた影響が、肌の荒れ具合、そして心身の疲れということ。ならば_____これらを逆算すれば、完璧な『答え』が出せるはず!)


 サラが飛翔しながら向かっているのは、国内有数の大型食品卸売市場。毎日大量の食材が取引されるここでなら、食材の調達には困らない。

 ちなみに、お金については既に調達を済ませてある。既にネット上をお金が流れる時代となっているので、そこから少し拝借することはサラの技術と頭脳を以てすれば簡単だ。


(昔の時代の金融って面白いわね。ちょっとお金を動かしただけであっという間に稼げちゃう……このまま大金持ちを目指してみるのも、基盤づくりとして悪くないかな)

 

 現時点での所持財産は合計で3000万円。これだけの予算があれば、高級食材であっても手に入れられる。


(ふふん、レイスはお金を稼いでいる様子なかったし、普通の食品を使うしかない。食材の力で勝てば問題ないわ!)


 こうしてサラは、卸内市場での食材調達から始めた。



 * * * * *



【レイス 食材探し中】


 一方、レイスは。


「_____とか思っているんだろうな、サラのやつめ」


 絶海の孤島にいた。


「金など必要ないわ。いい食材なら、自分で獲ってくれば良かろう」


 レイスとて、この数日間を何もせず過ごしていたわけではない。

 サラがやったのと同じように、小さな使い魔、精霊を召喚し、この世界の住人の生活を観察していたのだ。


(思っていたよりも豊かな世界だな。一般市民でも、質の高い生活ができている。私の世界にこんな国があったら、さぞ栄えていただろうよ)


 サラほど広範の情報を手に入れていたわけではないが、入念な観察によって生活環境に対する理解を深めていた。特にレイスにとって驚きだったのは、『機械』という概念である。


(魔力がなくとも、金属を弄った仕掛けだけでここまで便利な道具を作るとは……恐れ入ったものだ。この技術を持ち帰ることができれば、たちまち産業革命だろうな)


 そして、生きている生き物もまた、レイスの知識の外にあるものばかり。


(なんと、陸からここまで離れた場所に来てまで魚を獲るのか。竜しか食わぬような食べ物も、この世界では人間の食物となるのだな。興味深い)

(この赤い野菜……実に面白いな。痩せた土地でも育つ上に、栄養価も豊富とは……是非とも種が欲しいものだ)

(コンビニとかいう店で見つけた冷凍食品には驚いた。あんなことが可能ならば、遠地の食品でもできたての状態で楽しめる……! もう干物を使わずとも良いではないか?!)


 この世界に来るまで、レイスは魔力のないこの世界_____無界ラビンを下に見ていた。魔力のない世界など、たかがしれていると、そう思っていた。

 だが、それは誤りだったと言わざるを得ない。実際、魔力に頼らずとも、この世界の遥か未来の住人であるというサラは、レイスと互角の戦闘能力すら持っていたのだ。


(魔力の有る無しで物事を判断するのは、もうやめるべきだな。私は正々堂々、人間としての魅力のみで、サラに勝ってみせるぞ!)


 絶海の孤島にやってきたのは、勇也を含めたこの国の住人、『日本人』が好き好んで食すという食べ物の材料を手に入れるためだ。

 食材を手に入れる程度、レイスの魔術を以てすれば簡単である。


「ではいざ参らん! 究極の美味を求めて!」



 * * * * *


 

 そろそろ日が落ち始め、街ゆく子供たちが帰り始めるくらいの時刻。

 サラとレイスが、自宅に戻ってきた。


「ふわぁ……お、おかえ_____って、うわあああああああああ?!」

「最初会った時と同じ反応ね……。リアクションの種類が少ない人はモテないわよ」

「なんでお前が現代人のモテを語ってんだ」

「そこはどの時代、どの世界でも同じよ。_____さて」

 

 食材が入っていると思わしき袋_____俺の身長くらいある_____を何かの技術で浮かせるサラの後ろから、同じく巨大な袋を抱えたレイスが入ってきた。


「ほう……サラ、お前もやるではないか。まさか盗んできたわけではあるまいな?」

「ふん。あんたこそ、まさか直接狩りでもしてきたんじゃないでしょうね?」

「うん? そうだが?」

 

 レイスの袋から、一つだけ食材が零れた。

 ドスン、と音を立てて床に落ちたのは、黒マグロ。


「…………」

「…………」

「さて、調理開始と行こうではないか!」


 レイスは意気揚々と、サラは何も言わずに自室へと入っていった。


 俺は、すごく恐怖を感じた。



 * * * * *



【サラ 調理中】


 サラは袋から食材を取り出し、並べた。

 市場で仕入れた新鮮な野菜、高品質の牛肉、卵、そしてお米。調味料も厳選した選りすぐりものである。


(食材のポテンシャルは十分! でも_____ここからが私のターンよ!)


 サラはレイスに勝つための秘策に打って出た。

 それはずばり_____


「勇也、ちょっとこっち来て」

「味見はしないぞ」

「味見じゃないわよ。今から始めるのは_____身体測定よ!」

「し、身体測定?」


 身体測定。身長、体重が判明し、自分の健康状態を暴露される、アレである。

 それを、なぜ調理のタイミングで? しかも_____なぜそのために、明らかに人が入るために設計されたかのような巨大なポッドが置かれているのか?


「……え、ここに入るの?」

「そう。身体情報完全検知機器『エミール』。これで勇也の身体情報を全て採取した後、この体に最高のパフォーマンスをもたらす食品を作るのよ! いわば、完全式オーダーメイド料理ってこと。私の時代では当たり前なんだけど」

「ほ、ほう……大丈夫だよな。電流流されたりは_____」

「しないわよ。入る時間も15秒だけだから心配しないで」


 一番気になったのはどこからその機械を持ってきたのかということなのだが_____未来人ならなんでもアリだろうと考えて、俺は『エミール』の中に入った。

 体感としてはX線検査を受けている時の感触に近い。特に何も感じないが、機械によって何かを調べられている感覚はある。


「……はい、終わり。もう出ていいわよ」

「これで、何か分かったのか?」

「うーん……勇也の体内の栄養構成、乳酸菌の数、臓器の状態、ホルモンバランスは完全に検知済み。あと味覚に関する好き好みの情報と照合して、最適の料理を計算するだけよ」


 思っていた20倍くらいはたくさんのことを調べられていた。


「へ、へぇ……それ、本当にちゃんとした計測結果なのか?」

「疑ってるの? 試しに、髪の毛の本数と明日抜ける予定の数を言ってあげようか? 何なら心臓があと何年で止まるかも_____」

「ごめんなさい」


 未来のテクノロジーと聞くと、夢のようなことが可能になる明るいイメージがある。実際、サラが未来人だと聞いた時は、どんな面白い道具を見せてくれるんだろうとワクワクしたこともあった。

 だが改めて使われているのを見ると、テクノロジーにはどこか怖さもあるなと感じる。少なくとも、今の人類にあのテクノロジーはまだ扱いきれない気がする。


(未来、か。どんな世界になってるかな)


 未来人が作った手料理が出来上がるのを待つという、地球上探しても誰一人同じことをしている人間がいないであろう時間を過ごし_____ついに、その時は訪れた。



 * * * * *



【サラの手料理 実食開始】


「それでは_____ご賞味あれ! 未来の天才エリートタイムエージェントの青崎サラが全力をかけて振る舞う『超未来スペシャルコース』よ! 全身の美嚢みのうかっぽじいて味わいなさい!」

「おお……!」


 机の上に並べられたのは、昔務めていた会社を退社した際に元上司に振舞ってもらったフレンチのコース料理を思い出させる、洋風のフルコース料理。

 まず前菜として、フルールトマトのサラダ。かかっているドレッシングは、使い慣れた和風ドレッシングとは匂いが異なる。


(なんだ? フルーツのような……それでいて香辛料みたいな……)


 フォークで刺して口に運ぼうとするところで、サラの勝ち誇ったかのような笑顔が目に入った。


(あー……色々と仕掛けがあるな。これ)


 体に毒する仕掛けなら勘弁だが、どこからどう見ても美味しい料理にしか見えないので、ここはひとまず信じてみることに。

 口に野菜が運ばれていき、シャキシャキとした歯ごたえが。そしてかかったドレッシングと野菜の甘味が口に溶け出して_____


「__________ん?」


 何かがおかしい。

 一瞬、体が何かに弾かれたかのように震えた。

 痺れかと思ったが、そうではない。頭はすっきりとしているし、口内に辛みなどは感じない。

 今一度、野菜を噛んでみる。

 そしてまた_____同じ感覚に襲われた。何かに強く殴られたかのような、強い酔いの感覚。意識が朦朧とするような、それでいて_____ものすごい快感を覚えたかのような。


「ふふふ……」

(これは……いや、そんな馬鹿な。あり得ないだろ……だって……だって……)


 そう、あり得ないのだ。食事をしているだけでこんな感覚を味わうことなど、覚えがない。こんな感覚を味わうのは、多分現代人なら俺だけではないだろうか。


 まさか_____、意識が朦朧とするなんて!


「サラ……なんだこれ。何を使ってんだ?」

「別に何も? ありふれた、ごく普通の食材を使っているわ。ただ……その構成が、絶妙ってだけよ」

「構成?」

「塩分量、うまみ成分、酸味、食感……勇也が美味しさを味わうために必要な変数全てを完全に計算し、それら全てを満たす料理を作ったのよ。数字にするなら、0.0000000001以内の誤差で条件を揃えてある。ただそれだけのことよ」


 そう、サラは特別な力など使っていない。

 市場で仕入れた高品質の食材。それらの食材は、サラが計算した勇也の味覚条件を全て満たしており、サラの調理の上限値を底上げしている。

 そこに、スーパーコンピュータでも不可能なほど高度な計算を行い、食材を最適な料理へと加工していく。温度加減一つとっても抜かりなく、空気に触れることによる酸化や水分の蒸発、しまいには地球の重力による形の変質までもを計算に入れた結果_____『勇也に美味しいと感じてもらうため』だけにフルチューンナップされた最強料理が出来上がったのであった。


(さらに、勇也が本来は苦手としているトマトをあえて入れることで、未来の科学が好き嫌いを克服するほどの力を持っていることを証明するアピールにもなる! さぁ、残り6品、ご堪能あれ!)


 脳がとろけるような味覚のハーモニーを味わった後、次に出されたのは簡素なかぼちゃスープ。こちらもまた、匂いからして異質である。


(どうせこのかぼちゃスープもあり得ないくらい美味いんだろうな。やべぇぞこれ、麻薬かってレベルでクセになっちまう……)


 昨日食したカップ焼きそばを思い出す。あれはあれで美味しく食べていたが、この料理と比べては流石にわけが違ってくる。

 もはや、口が止まらない。吸い付くかのようにかぼちゃスープにありつき_____俺はぶっ倒れた。


「わっ、ゆ、勇也?!」


 椅子から転げ落ち、ぶくぶくと泡を吹く俺。フレンチのコースを食ってこうなる人間、他にいるだろうか? 


「うわぁ、美味しすぎて気絶してる……。あと3分以内に起こさないと、スープの質が下がっちゃうな」


 そして気を取り直し、スープを完飲。飲み終わった頃には、俺の脳内にはかぼちゃしか現れなくなった。


「宇宙人が攻めてきて人類を家畜として飼うなら、かぼちゃスープが一番だと思う」

「……この時代って宇宙人いるの? 寝ぼけてるだけかな?」


 そして、3品目。魚料理として、鮭のムニエルが提供された。


「鮭か。寿司でも鮭は食うし、魚料理は良く作る。ハードル高いから気絶はしないと思うぜ?」


 食後。


「鮭に支配されたい……熊になって毎日鮭を食おう」


 続いて4品目。口直し料理として、レモンソルベをもらった。


「気絶することがもう分かってるわけだし、俺のこと支えてくれよ」

「はいはい。なんで食事を提供した側がこんなにお世話しないといけないんだが……」


 今回もガツンと来たが、気絶には至らず。とはいえ、こんなにも甘味と酸味が両立したレモンの味は初めてである。揚げ物にかけるくらいでしかレモンを使ったことがなかったが、今度からおやつにするのも悪くない。

 続いて5品目。いよいよメインディッシュの出番である。


「じゃじゃーん! お待ちかね、牛フィレステーキでーす! お好みで3種類のソースをつけて食べてみて!」


 危険な匂いがする。まず、肉の見た目がもうやばい。

 焼き加減は俺が好きなミディアムレアになっており、筋は完全に取り除かれている。食べやすい赤身肉だが、しっかりと脂がのっていることが、見るだけでも分かる。

 ソースの方もやばそうだ。匂いからして、初手で倒された例のドレッシングと同じものを使っているソースに追加して、さらにもう2種類の味があるとは。片方は辛味のあるチリソース、片方はステーキによくつける塩味の野菜ソースらしい。匂いを嗅いだだけでもソースに体が吸い寄せられてしまう。

 丁寧に一口サイズで切り分けられたステーキを、まずは野菜ソースにつけて口に運ぶ。


「…………」

「…………」


 …………


 …………


「……あれ、勇也? 動かない……おーい」


 反応、なし。


「また気絶してるかな。起きてもらわないと_____って……」


 顔を覗き込むと、そこには絵柄が崩壊して白黒と化した勇也がいた。


「し、死んでる……」


 こうして、今原勇也は美味しさのあまりに死を迎えるという_____


「_____ハッ?! 危ねぇ、変なナレーション音声が聞こえてきた……」

「お、生き返った。どう、ステーキで味わう臨死体験」

「夕飯で臨死してたまるか。だが_____死を乗り越えたおかげだな。気絶せずにステーキが食える」

(よしよし、完璧だね。それに_____この料理のお楽しみは、まだまだこれからだからね)


 ちなみにこの後、ステーキがなくなっても皿をフォークで突き続ける廃人と化した勇也を連れ戻すのに30分ほどかかった。


「さて、締めのデザートに入っていくよ! デザートは、南国で作られたフルーツのケーキ! いちご、オレンジ、ぶどう、キウイ、桃、マンゴー、パイナップル、合計7種類の果物が乗せられた、超豪華ケーキよ!」

「おぉ……いかにも、って感じだな。誕生日みてぇだ……」

「ケーキの生地はオランダ直輸入のスイーツチーズを使ったチーズケーキ風になってるのよ。女の子の手作りスイーツなんだし、食べきりなさいよ」

「こんな凶器じみたケーキ作る女の子は現代にはいねーよ。まぁ……いただきます」


 この後、飲み物としてコーヒーが待っていたのだが_____それを口にすることなく、ケーキに顔を突っ込ませたまま気絶した勇也は、翌日まで目覚めなかった。



 * * * * *



「ハッ……果物に喰われる夢を見た……」

「おはよう、勇也。体調はどう?」


 外では雀の声がする。時刻は朝の7時を過ぎており、十数時間もの間俺は寝ていたらしい。仕事をしていた時代なら寝坊を呪ってすぐに身支度を始めるのだが、もう急ぐ必要もない。ケーキの美味さに失神したという幸せな眠り方をして寝坊するなら、それはそれでいい思い出だろうが。


「おう、体調は……体調は……?!」


 何かがおかしい。昨晩からおかしいことだらけなのだが、今朝は本格的におかしい。

 まず、体が軽い。気分がスッキリしたとか疲れが取れたとか、そういう次元ではなく本当に体がふわふわとした気分になっている。足を一歩踏み出してみるだけでも、足裏にかかる負荷が明らかに異なっているのだ。

 俺はいつも寝相が悪いので、こうして長時間睡眠をした後はいつも背中や肩が痛くなるのだが、それもない。それどころか、肩の凝りが完璧に治っており、血の巡りが良いのが体感で分かる。

 

「え、月? 重力どこ? なんか本当に軽くなってない?!」

「ふふふ、これぞ私の料理の真骨頂よ」


 体をひとまず動かした後、顔を洗いに洗面台へ。ゴシゴシと顔を洗い、鏡を見た途端_____それが自分だと気が付かなかった。


「あれ、誰? どこのイケメン? こんなお肌ツヤツヤでお目めぱっちりのイケメンが俺の家にどうして……」


 その後ゆっくりと30秒ほど鏡を眺めて、そこに移った男が自分だということをようやく自覚できた。

 

「そう、料理とは人体を構成する最重要要素。なら、完璧な料理が完璧な体を作ると言っても過言ではないのよ」

「ニキビ、消えてる……こりゃ……芸能界がひっくり返るぜ……」

「美食に刺激された味覚、そして整えられた腸内環境、提供された完璧な栄養……こうしてバランスを整えてあげれば、誰にだって美しく生まれ変わる権利が提供されるのよ」

「おお……未来すげぇ……」


 ここに来て、初めて未来の超科学のすごさを知った。

 科学の果てにあるのは、何も派手な兵器やタイムマシンだけではない。

 こうした細かなところを究極まで突き詰めることにこそ、科学のすばらしさが光るというものだ。


「そこはもう一声! 『未来最高!』って言ったら追加でご褒美料理を提供するわよ」

「うんうん、確かに『未来最高!』って言いたいところだな。めちゃくちゃ元気になったし、これ以上の美食にはしばらくありつけないだろうな……」

「……うん?」


 確かに、サラの料理は死ぬほど美味い。どれくらいかと言えば、それはもう、最高に、だ。

 だが、勝負はまだ終わっていない。


「まだ_____レイスの分が残ってる。準備はもう出来てるだろうし、そっちを見てからだ」

「ハハハ! よくぞいってくれたな、勇也よ!」


 どこからともなく______ではなく、明らかに洗面所の天井からレイスが頭上に落ちてきた。


「やれやれ、サラには先手を取られてしまったが、安心するがいい。こちらも準備は万端の状態だ。いつでも食っていいぞ」

「ふん。私の完璧な料理に勝てるとでも?」


 俺を下敷きにして火花を散らす二人。コイツら、いつになったら俺への態度を変えるんだか。


「では、いざ参らん! 我が大魔道の神髄、その体に叩き込んでやろう!」


 こうして、俺は次なる美食_____レイスが振舞う料理を堪能することになる。


 

 白熱の『料理』題目。勝利の女神が微笑むのはどちらか?!



   ~続く~

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