第10話 現代人代表として


 サラとレイスは銭湯作り対決の後、しばらくの間『勝負』を中止することになった。審判を務め、そして各々の世界に連れて帰るべき対象がいなくなってしまったため、やむを得ず一時休戦になった、というのが正確なところであるが。


「……暇になるのって本当に久しぶりだわ」

「何をしたらいいか分からんな。暇潰しという概念が理解できた」


 という会話をゲーム・漫画を楽しみながら語る二人。

 ちなみに_____この二人が未来の科学と異世界の魔術を使いゲームを進めたことにより、とあるオンラインバトルゲームの世界ランク1位と2位が固定のものとなってしまった。突如現れた強過ぎる二人にプレイヤーたちは何事かと驚き、プロゲーマーたちがこぞって二人に勝負を仕掛けては敗北するという前代未聞の事件が起きていたのだが、当の本人たちは知る由もないのであった。


「……出ていく時の勇也、見たことのない顔をしていたな。期待と恐怖が混じっているような……そんな表情だった」

「きっと……何か大事なことをしに行くんでしょうね。私たちのような部外者が立ち入れない_____この時代で生きたことに」


 勇也が帰ってくるのは、明日になってからだ。

 勇也がどう変わって帰ってくるかは_____まだ、分からない。



 * * * * *



 もし全ての人間が『好きなこと』しかやらなくなってしまったら、世界は立ち行かなくなってしまう。『好きなこと』と『やらなければならないこと』のバランスが取れているからこそ、自由な社会が、平等な社会が実現できる。

 だから、俺が『好きなこと』をできずにいることは至って正常なことだし、俺が常日頃クソだと思っていた仕事をしていたのは非常に喜ばしいことだった。

 だが、俺は正しいことをやめて、間違ったことをしようとしている。

 間違えることを恐れながらも、間違えることへの魅力に惹かれて止まない。


「……我ながら、イカれてるな」


 俺が今いるのは、俺のことを心配してくれていた先輩の自宅の目の前。少し前に連絡し、泊まりで飲み過ごさないかという話になったのだ。

 よくある飲みニケーションでしかないはずなのだが_____俺には一つ、重大な用事がある。

 

「おぉ、勇也じゃん! 久しぶり~!」

「お久です。酒、買ってきましたよ」


 先輩には、ちょっとした悩み事があるから話させて欲しいという話しかしていない。当然だが、サラの憑依ごっこで先輩の家を覗いたということは話せないので、俺が先輩の日常を見てどう感じたかは悟られないようにしなければならないが……この先輩なら、未来人、異世界人がいると言っても、真面目に話を受け入れてくれそうではある。


「動画作りは大好きだがな、もちろん好きなことだけして仕事になるわけじゃねぇ。誰もが俺の好き嫌いを理解してくれるわけじゃないからな。ある程度の我慢はしてるさ」

「そういう我慢って、どこで解消してます?」

「動画作りだよ。動画作りで感じたストレスは動画作りで晴らせる。クリエイターは作品を通してずっと自分と喋ってるようなもんだからな。自分一人でそういうの全部循環させられちゃうんだ。エコだろ?」


 先輩は本能的・享楽的に生きているように見えて、ある部分では誰よりも冷静に考えている。楽しく生きるために切り捨てるものが何であるかを、良く理解している。


「俺がこれまでやってた仕事は……常に他人と一緒に進めないといけない。他人がいることは安心できるし楽ですけど、少しだけ窮屈に感じます」

「満員電車と同じだよ。乗れば時間を節約できるけど、その代わりぎゅうぎゅうにされるだろ? 電車は簡単に大きくならないし、よく似てるよな。この社会に」

「社会、か。その例え方……秀逸ですね」

「嫌なら歩けばいいけど、電車より早く歩くのは難しいだろ? どっちを取るかって話であって、どっちが良い・悪いなんて簡単な話じゃないんだよ、こういうのは」


 きっと先輩は、俺が何の相談をしに来たのか既に理解している。自分のところに相談をしに来た段階で、薄々と勘付いていたのだろう。昔から俺は先輩に対して『羨ましい』ということを言っていたので、もしかすると身構えていたのかもしれない。

 裏でも俺のことを心配してくれていたくらいだし、もしかすると俺は想像以上に周囲に心配をかけていたのだろうか。


「俺は多分……自分が思っていた以上に、自分の思ってることと自分がやっていることの折り合いをつけるのが下手なんでしょうね」

「わざわざ俺ん家に呑みに来ないと踏ん切りつけられないくらいだもんな」

「……俺は、優柔不断なだけなんでしょうか?」

「……確かに優柔不断だけど、バカじゃない。悩み事は、決断する前に多いに悩んどけ。悩んでいいのは幸せなことだぜ?」

「俺に……正しいことを捨てる決断ができるようには思えません」

「それはお前の頭で考えただけだろ? お前がその手で何を掴んで、その足でどこに向かうかは_____どう考えたのかとは違う話だ」


 こうして、俺と先輩の夜は過ぎていく。

 たくさんのことを話して、胸に抱えたものをたくさん吐き出した。

 おかげで、すっきりした。


「勇也。お前は……自分で思ってるよりたくさんのことを考えているし、人一倍頑張ってる。だから_____少しくらい、自分を信じろ。自分を信じれば、後悔しても立ち直れる」

「……先輩って、本当は俺よりネガティブですよね」

「そうだな。夢がない人間だから、好きなことを我慢できないんだ」


 そして、俺は家に帰った。

 帰って_____棚から取り出した道具を、机に並べた。



 * * * * *



「……違う」


 ガチャガチャと手を動かす。

 しばらくやっていなかったせいで、たくさんのミスをした。

 理想とするものの輪郭が分からず、途中まで作ったものを何度も解体した。

 やっている内に何を作りたいのか分からなくなり、何度も手が止まった。

 がむしゃらに動かした手が止まる理由が分からなくて、本当にイライラした。

 でも、すこしずつミスの原因が分かってきた。

 少しずつ、理想とする輪郭を理解してきた。

 何を作りたいのかの漠然としたイメージが掴めて、手が止まらなくなった。

 そして、なんとか完成させられた。


「……違う」


 完成させた程度で終わるはずもない。

 ここから何度も何度も何度も何度も作り直して、それでもダメになるのが当たり前だ。理想というのは、自分の努力よりもずっと早く遠くに離れていってしまう。

 もっと、手を動かさなければ

 もっと、考えを深めなければ。

 もっと、誰かの気持ちを考えなければ。

 もっと、自分自身を突き詰めなければ。

 もっともっともっと、俺がやりたいことが何なのか、俺が理解しなければ。

 俺にとって、俺は最も謎に包まれた存在だ。だからこそ、手の先を通して、俺は俺自身と会話しなければならない。


「……違う」


 対話する。

 俺はどう生きてきた? 少しづつ言い訳をすることが増えて、その度に少しづつ性格の悪さを覚えて、その度に少しづつため息を吐いて、その度に少しづつ何かを飲み込んで笑顔を維持した。どこまでいっても、クソな現代人だ。

 どういった理屈で生きてきた? 誰からも嫌われたくなかったのか? 誰とも仲良くしたかったのか? 誰かと一緒に生きていたかったのか? 孤独が嫌だったのか? 何を主軸として、何を揺るがぬ支柱にして生きてきたのか?

 他者に何を理解して欲しいのか? 救われた気持ちか? 僅かな希望を見出した気持ちか? 涙を流すような切なさか? 顔が綻ぶ楽しさか? 言葉にできない心の文章を、どうやって目で伝えるのか?


「……違う」


 俺は本当にを続けられるのだろうか。

 俺は本当にこれが好きなんだろうか。

 俺はこの先、どんな後悔をするのだろうか。

 俺は、俺は、俺は_____


「…………なぁ」

「どうした?」

「なに?」


 俺の後ろで相変わらず現代を満喫している美少女二人に問いかける。


「好きなことを仕事にしちゃって大丈夫かな、俺」


 少なくとも見た目では俺よりも若いはずの二人に、俺は人生の相談をした。

 唐突な質問に二人は目を泳がせてから_____真剣さが一切ない声で、こう答えた。


「……大丈夫じゃない? 大丈夫じゃなくても、未来は変わらないと思うし」

「……問題ないと思うぞ。どう決断しようと、勇也が世界から消えることはない」


 二人とも、随分と自分の世界にちなんだ模範解答をしてくれたものだ。

 

「……ふっ、ははは」


 未来やら、異世界やら。思えば随分と大きな話をしている者たちが、俺の横にいたんだった。俺が狭い狭い世界の話で悩んでいる間、コイツら二人は自分の世界そのものを代表してここでゲーム三昧している。

 

「なんか……肩が軽くなったな」


 やっと、分かった。この二人が、先輩が、同級生たちが、お世話になった人たちが、常に羨ましく見えた理由が分かった。


 余裕があるからだ。


 俺よりももっと大きなものを背負っているはずなのに、俺よりも身軽に生きている。俺と反対である様に、強く惹かれていたんだろう。

 だから、何度も何度も話を聞いてもらった。

 彼らが自分をどう見ているのか、知りたかった。

 コイツらに俺のことを知って欲しくて、俺の弱さを知って欲しくて_____そして、俺の弱さをぶっ飛ばして欲しくて、ずっと『勝負』に付き合い続けた。

 

 そして、俺は理解してもらえた。俺が抱えていたものを、吹き飛ばしてくれた。

 だから_____これからも、俺は手を動かさなければ。


「……二人とも、ありがとう」

「……? どういたし、まして?」

「なんだか、今日は随分と爽やかだな」

「実際、爽やかだよ。お陰様でね」


 俺は笑顔で、続きを作る。

 手を動かし、見つけてもらえた自分自身を作っていく。

 物と物が繋がり、俺の心の形が輪郭を帯びる。

 こうして、作りたいものができていく。



 * * * * *



 後日。


「さて、どうだ?」

「私たちが選んだ現代人代表なんだし、優秀じゃないと困るわよ」

「横で緊張されても緊張感が増幅されるだけだからやめてくれ……」


 パソコンの前に、冴えない成人男性一人と美少女が二人。三人で仲良く画面を見ながら、3時間以上微動だにしていない。


「流石に100人くらいはいけるんじゃ……」

「流石にそこまで甘くないだろ……」

「だが、私たちも太鼓判を押せる出来であったことは間違いないぞ」

「お前らの基準って頼りになるのか?」

「未来人代表と異世界人代表が押してるんだから、随分とすごいわよ」

「そういえばそうだった。そういえば聞けてなかったけど、お前らってなんで俺の家に来たんだ? 未来に行きたいとか異世界に行きたいって、俺以外にも思ってるやつたくさんいそうだけど」

「……言われてみれば確かに?」

「さぁ、なんでだろうな。まぁ、運命ってことでいいのではないか?」

「へぇ……まぁ、そんなもんか」


 そうして軽く話は進んでいき_____いよいよ、画面をまた開くタイミングになった。

 部屋に緊張が走り、震える指で無理矢理カーソルを動かす。

 URLがタップされ_____受験結果が判明した時に似た感覚が走った。


「…………」

「…………」

「…………」


 目的の数値は、すぐに見つけられた。

『購入個数:17個』


「…………17、か」

「これって……いいの? 悪いの?」

「さぁ……どうなんだ、勇也?」

「…………そうか」


 俺は、オリジナルデザインのグッズを製作し、販売を開始した。

 ゆくゆくは人気のキャラクター_____アニメやゲームのキャラクターのグッズを作っていきたいが、実績のない俺がアニメやゲームを作っている会社と取引できる可能性は限りなく少ない。そのため、少しでも実績を作るためにグッズを作り、販売実績を作ろうとしたのだが、その結果がこれだ。

 サラとレイスは黙りこくってしまった俺を見て、少しだけ気まずそうだ。


(期待していた数字じゃなかった……のかな。落ち込んでるみたいだし、何かできることがあれば……)

(下手に慰めるのはやめた方が良いだろうな。まずは放っておいて、喋りたくなったら喋るのが一番だ)


 できるだけ勇也に気付かれないよう、そっと自室に戻ろうとする二人。

 だが_____


「__________っっっしゃあああああああ!!!!!!」

「「?!?!」」


 見たこともないほどに強くガッツポーズを取った俺を見て、その足を止めた。


「見てくれよサラ、レイス! 俺のグッズはぞ! 社会人経験を活かして地道に営業して、ちゃんと販売経路を設計して、ちゃんと商売を作った結果だ! 製作経験も仕事の経験も、全部使った! そしたら売れたんだ! 俺の商品が、誰かに届いた! ああ、嬉しい。めちゃくちゃ…………めちゃくちゃ嬉しい!」

「……へぇ」


 サラとレイスは、初めて_____現代人代表として選んだ男の、本物の笑顔を見た。


「いい笑顔もできるじゃないか」

「これは……ちょっと、作戦変更かな」

「これからの勇也は、少しだけ厳しくなりそうだ」


 こうして二人のミッションは続く。

 この時代、この世界の人間を自分の時代、世界に連れていく。

 そのためには、競合した敵であるサラ/レイスよりも自分が優れていることを示さなければならない。

 その審判となる男は、自分の世界に満足し始めている。

 ならば、どうするか。


「まぁ、ここまで来て他に乗り移る選択肢はないっしょ」

「むしろ、ここからだな。私も、弱みに付け込むようなやり方は嫌いだったからな」


 中々振り向かないこの男が振り向くくらい、もっと魅力的なものを見せよう。

 自分の世界の素晴らしさを、これまで以上に強く強調しよう。

 そして_____納得いく形で、相手に勝利しよう。


「よし…………サラ、レイス、聞いてくれ!」

「「?」」

「俺は_____このアパートを、もう出ていく!」

「「……へ?」」

「多分、しばらくの間まともに家賃は払えない! なんて言ったって、ちゃんとした仕事はもうやめるからな! しばらくの間、寝床には困るぞ! でも、俺はやるぞ!」


 _____現代はクソだ。

 だが、その片隅に未来人と異世界人がいて、クソじゃないことが起きたって、別にいいと思うのだ。


「俺は必ず、グッズデザイナーとして大成してみせる! 一人でも多くの人が『買って良かった』って思えるグッズを作ってみせる! クソな現代人は……卒業だ!」



 こうして、未来人と異世界人の戦いはまだまだ続くことが決定した。

 前に向かって走りだした現代人に、二人は何を見せてくれるのか? 

 負けられない『勝負』は、新たなステージへ_____





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代人魅了バトル! 未来人 vs 異世界人 八山スイモン @x123kun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る