第2話


ベルツ王国には昔から聖女が存在する。

大神殿に突如現れる新しい聖女の姿。それを持って聖女の交代となる。

年齢や身分に関係なく選ばれしその者は、短い者で一年足らず、長い者では生涯に渡り神に祈りを捧げ続けることになる。聖女は日々国の安寧を願い、その祈りがこの国を守り続けるのだ。時には表舞台に出ることもあり、その際には王家が後ろ盾となり支えることになる。


今代の聖女は昨年16歳で神に仕えることになった、平民出身のローズである。

ローズは慎ましく思慮深い娘であり、市井での評判も悪くない。

見目も少女らしい愛らしさを持ち合わせ、誰からも好感を持たれるような娘であった。




ティアナとクリストファーは二年前、ティアナが社交界にデビューした年に婚約を結んでいる。

クリストファーの従兄弟に当たるアシュトンとは、三人で遊ぶような幼馴染であった。

ティアナとクリストファーは、一年後に結婚をする予定でいた。



そのはずだったのだが……





「アシュトン、もう聖女様にはお会いした?」

「いや、まだお会いしてないよ。たぶん、お披露目の時まで誰にも会わないんじゃない?」


「今はクリストファー様がお相手をされているのでしょう?お忙しいみたいで、最近ぜんぜん会っていないのよ。お元気かしら?」

「え?婚約者のティアナにも会っていないの?それはなんだか……そんなに大変なのかな?」


「聖女様の交代ですもの、色々と大変なのよ。きっと。

私ね、ご迷惑でなければ聖女様とお友達になりたいと思っているの。きっと市井からいきなり神殿に入って大変だと思うのよ。だから、同い年の私がお話し相手になれば少しは気も紛れるでしょう?お披露目の後にでもクリストファー様にお願いしてみようと思って」

「ああ、そうだね。ティアナにしては良い考えだと思うよ」


「もう! また馬鹿にして」

「あはは。ごめん、ごめん。本当に良いアイデアだと思ったんだよ」


ティアナとアシュトンはまだ見ぬ聖女に対して好印象を持ち、今までの三人に加えこれからは四人で良い関係を結べると思っていた。




新しい聖女の誕生が発表されてからすでに一か月以上。その間、婚約者であるティアナとクリストファーは一度も顔を合わせていない。文を出しても返事が来ることはなかった。

今までのように会えないもどかしさはあったが、これも聖女を支える仕事だと思い、ティアナは自分を納得させていた。

きっと、クリストファーも同じように寂しい想いをしているに違いない。

次に会えた時は、会えなかった分も存分に甘えさせてもらおう。その想いが彼女を支える原動力になっていた。





新聖女の発表から二か月余り、ついにお披露目の日を迎える。

まずは王宮の大広間で国の貴族達を前に顔合わせをし、その後、大神殿から市井の民を前に姿を見せ大々的なお披露目となる。


ティアナは聖女よりも、二か月以上も会えずにいたクリストファーに会えることの方が嬉しかった。

『やっと会えるんだわ』そう思うだけで、胸がときめいてくる。

まるで恋を覚えたばかりの頃に戻ったようで、甘い感覚を思い出す。

『こんな気持ちを思い出すのも、何だか悪くはないかもしれない』そんなことを考えなから、アシュトンとともに彼の姿を待っていた。




王宮の大広間に女王が先代の聖女を伴い入場し、新聖女の誕生と交代を告げる。

女王らとともに入場した先代の聖女を、皆の拍手ともにたたえた。


その後、大広間の壇上に現れたクリストファーと新聖女ローズ。

この国では聖女だけが着ることを許される純白のドレスを身にまとい、クリストファーの手に自らの手を重ね並び立つ二人は、眩いほどに光輝いていた。

その姿はまるで初めて恋を知った、初々しくも儚い姿にも見える。

その場に居合わせた者皆、感嘆のため息をもらすほどに。


しばし二人は見つめあい、視線を甘く絡ませていた。

クリストファーの熱を帯びた視線を受け、新聖女は名前の通り頬を薔薇色に染める。

新世代の聖女の名にふさわしく初々しく映るその少女に皆、心を奪われるのに時間はかからなかった。


誰の目にも惹かれあっているように見える「ふたり」。

まるで婚約披露の場のようである。本来の婚約者であるティアナを一人置き去りにして。


大広間でアシュトンと並び二人を見つめるティアナは、ドレスのしわを気にすることもなく強く握りしめ、ただただ二人を見上げていた。

あれほど会いたいと強く願った恋しい人を目の前にして、自分という存在を消し去りたいと願うほどに彼女の心は傷ついていた。


「ティアナ、これが終わって落ち着けば聖女様を紹介してくれるよ。そうしたら、元通りになる。大丈夫さ」


アシュトンの言葉を聞いても、ティアナは返事をすることができなかった。

どんなに楽観的に考えても、それはないだろうことは誰の目にも明らかだ。


「ティアナ?」心配そうに隣で見下ろすその瞳に


「ありがとう。アシュトンは優しいわね」そう答えるのがやっとだった。



クリストファーのエスコトートで壇上から階段を降りてくるローズは、動くたびに薔薇の香りを纏うようだった。

すぐに皆に囲まれた二人は、順に挨拶をし始める。このままではすぐに自分のところに来てしまう。ティアナはそっと後ずさり、その場を後にしようとする。


「あの二人に会いたくないの?」

アシュトンの声が頭の上から冷たく降ってくる。逃げるのか?と責められているように。


「人混みに酔ったみたいなの。少し休んでくるわ」

「なら、少し席を外そうか。この雰囲気なら誰も気がつかないよ。行こう」


そう言ってティアナの手を握ると、後ろを振り向き人混みの中を足早に通り抜けた。

見上げたアシュトンの顔は能面のように表情を消していて、何を考えているかわからずティアナは少し恐ろしさを感じた。

それなのにつないだ彼の手は温かく、緊張で強張り冷たくなったティアナの手にぬくもりをあたえ、少しだけ落ち着きを取り戻してもくれるようだった。




新聖女のお披露目は大神殿のバルコニーから、市井の民に向かっても行われた。

先代の聖女が長きに渡り神に仕え老齢であったため、新しく誕生したその若く可憐な少女は、国民からも愛を持って受け入れられた。

その時も王子であるクリストファーがローズの手を取りエスコートをしていた。

並び手を振る二人を見上げ、民は皆、二人の間に愛を感じたことだろう。


折しも名前の通り、薔薇の花が咲き誇る季節の聖女交代。

ここ大神殿にも、市井の街並みにも野薔薇が咲き乱れ、まるで運命であるかのような二人に、この国と自分たちの輝かしい未来を重ね見ていたに違いない。


すべての国民から祝福を受け、愛される存在。

そして、その存在のそばに付き添うこの国の王子。

寄り添うように並ぶ二人の姿は、この国の平和な未来そのものだった。


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