第6話


次の日から、ティアナは朝の祈りに行くことをやめた。

クリストファーに自分の存在を思い出させる事ができた。ならば、次は聖女だ。


ティアナは王子の婚約者になってからと言うもの、社交の場へは女王に相談し許可を得たものだけにしか参加をしてこなかった。

貴族間によくある派閥などに巻き込まれることがないよう、王家をたてるつもりでの行動だったが、侯爵家としての付き合いもある。婚約者とは言え、まだ嫁いだわけではないのだから。指示を出されたわけでは無いのだし、これからは存分に参加しようと思った。


ティアナはずっと避け続けていた夜会に参加することにした。

まずは噂好きな貴族家での夜会。もちろん、クリストファーはいない。

婚約者がいながら、パートナーを伴わずに一人きりでの参加。

きっと注目を浴びるだろう。今から楽しみだと、心が躍るようだった。



夜会当日。事前に参加の返事を送ると、申し訳ないほどの謝礼の返事が届いた。

王子の婚約者として、ほとんど社交の場に顔を出さなかったティアナ。

その彼女が久しぶりに夜会に参加する。周りは当然、クリストファー殿下を伴ってのことと思っていただろう。

しかし、実際はティアナ一人だけ。エスコート役もつけずの参加である。

予想通り注目を浴びるも、ティアナに気遣って誰も声をかけるものはいない。


主催者である公爵がティアナに近づき挨拶をする


「これは、スプリング侯爵令嬢様。今宵は我が家の夜会にご参加いただき、誠にありがとうございます」


「まあ、ワイマン公爵様。ご丁寧にありがとうございます。

今夜は私ひとりの参加で申し訳ございません。殿下は何やらお忙しいらしく、私ひとりでの参加になってしまいましたの。お詫びいたしますわ」


そう言いながら寂しそうに俯き、扇子で口元を隠した。

きっと周りの者達は、クリストファーは婚約者を放っておいて、今頃聖女と一緒にいるに違いないと、ここにいる皆がそう思ったことだろう。


夜会の間もティアナはわざとらしいくらい、明るく振る舞った。それは痛々しいほどに。

たとえ一人で参加したところで、ティアナにダンスを申し込む者などいない。

王子の婚約者である。恐れ多くて声をかけるものなどいないが、主催者であるワイマン公爵が義理で声をかけてくれた。


「せっかくのお申し出ですが、殿下のいないところではお受けしないことにしておりますの。申し訳ありません」


ティアナの言葉に「ほぉ」と声が漏れ聞こえる。


第一王子の婚約者はその人の前以外で、その人の許可が無ければ異性の手は取らない。

そんな噂がまことしやかに流れるのに、時間はかからなかった。

クリストファーを愛するあまりたとえその指先であろうと、手袋越しにも肌を触れさすことはないのだ。そんなティアナは、貞実な婚約者として名を知らしめるようになっていく。



夜会だけでなく、茶会にも顔を出すようになる。

女性ばかりの茶会。当然、色々な噂話が飛び交う中、今までは自分の事も言われてきたことは重々承知している。

それをこれからは、自分の口で広げるのだ。婚約者であるクリストファーから相手にされない可哀そうな婚約者であると。聖女にその地位を奪われた哀れな婚約者。

聖女とは言え平民に気持ちを奪われるほどの、魅力のない娘と噂されようとかまわない。

クリストファーが心変わりをした事実が全てなのだから。

彼の中で聖女に比べ自分に魅力がないことなど、自分が一番よく知っている。それは、どの令嬢も同じこと。

か弱く、儚い庇護欲を駆り立てる聖女に、その容姿で太刀打ちできる令嬢などこの国にはいないだろう。

それほどまでにクリストファーにとっては、あの聖女が大事なのだろうことも十分わかっている。



 何が違うのだろう? 何がダメだったんだろう? 

 ティアナはここ最近、そんなことばかりを考えていた。心の隙間を埋めるものは、そんな自分自身への叱咤の思いでしか埋まることはなかった。



 次第にティアナへの擁護の言葉が噂として流れ始めた。それと同時に王子に捨てられた惨めな侯爵令嬢を演じているとの言葉も。

 それで良かった。むしろ自分への擁護などいらない。婚約者を、聖女とは言え平民に奪われた情けない令嬢、その言葉を待っていたのだ。




「ティアナ。ここ最近、夜会や茶会に顔を出しすぎじゃないかしら? もう少し休んでも良いのよ? 女王様も無理に出ることはないと仰っていたでしょう?」


 ある日、ティアナの母が声をかける。最近のティアナの噂が耳に入り、心配になったのだろう。たとえどのような境遇に置かれていたとしても、彼女はまだ王子の婚約者だ。

 王家との婚姻。何か言える立場にはないが、それでも娘の名に、家の名に傷がつかないように心配してのことだった。

 そんな言葉を聞いても、もはやティアナの心には何も響かない。

 むしろ、家の名に傷をつける不出来な娘と疎んじているのだろう。そんな風に歪んだとらえ方しかできなくなっていた。それに気が付き、もう自分は心まで醜く成り下がってしまったと実感してしまった。


「お母さま、心配をかけてしまってごめんなさい。私はもう殿下の婚約者でいることはできないと思います。今後の身の振り方をお父様とも相談をしなければいけませんね」

「ティアナ、そんなこと……」


「不出来な娘でごめんなさい」


 そう言うと、小さく口角を上げやっとの思いで笑った。ひどく醜い笑い顔だったろうと思が、ティアナに今できる精一杯の笑顔だった。


 それを見て母はかける言葉が見つからなかった。



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