第5話


翌日から、ティアナは朝早くから神殿に向かうようになる。

毎朝クリストファーが朝の祈りを聖女とともに行っていると聞いたティアナは、朝早くから侍女と共に神殿に赴いた。

ティアナは今までこのように祈りを捧げに来たことなど一度もない。そのような事をする令嬢も聞いたことはない。

着けば神官に怪訝な顔をされながら、

「こちらにクリストファー殿下が祈りを捧げにいらっしゃっているとお聞きしましたの。

私もこれからご一緒させていただこうと思いまして」


予定を聞いていなかった神殿では、すぐにクリストファーの元に確認を取りに行く。

しばらくして現れたのは、クリストファーの側近であった。


「これはティアナ様。お出迎えも致しませんで、申し訳ございません。

殿下はこれより聖女様と朝の祈りを捧げるために準備をされております故、しばらくお待ちいただけますでしょうか? 控室にご案内いたします。どうぞ、こちらに」


側近はティアナを案内するため、すでに歩き始めたが、


「今日は、私も一緒にお祈りをさせていただこうと思って参りましたの。

神殿でのお祈りはどなたでも可能なのでしょう?」


チラリと神官を見ると、小さく頷き、


「はい。神殿では身分に関係なく、皆一堂に祈りを捧げることができます。

最前列で、殿下たちとご一緒というわけには参りませんが、一般席でよろしければ、どうぞご一緒に祈りをお捧げください」


その言葉にティアナは満足そうに微笑むと


「ありがとうございます。では、そうさせていただきます」


神官と側近を置き去りにして、誰の案内もないままに神殿の一番後ろの席に座った。

姿勢を正し、凛としたその居住まいは、さすが王子妃教育を受けた者であろう美しさがあった。そこに居合わせた者すべてが息を飲むほどに、ティアナは貴族令嬢としての矜持を持って、そこに座っていた。



神殿での朝の祈りには、市井の者達も多くが祈りを捧げに来ていた。

大聖堂の最前列と、最後列。あの位置からなら、一見しただけではティアナのことはわからないだろう。だが、側近に知れてしまった以上、クリストファーは自分を探すかもしれない。

そして、何故来たのか?と責められるかもしれない。ならば、祈りの時間が終わったらすぐに帰ろう。そんな風に考えていた。


しばらくすると、大神官様と一緒に聖女とクリストファーが現れた。

聖女の姿を見た者達は皆、感嘆の声を上げる。

クリストファーに付き添われ現れた聖女ローズは、恥ずかしそうにしながらも笑みをこぼし、クリストファーと共に手を振って答えていた。


クリストファーと共に並び膝をつき、両手を胸の前で組んで祈る姿は、初々しくも聖女のそれなのであろう。

だが、まだ不慣れなのであろうその姿が、ティアナには滑稽に映った。



時間にして1時間ほど。

クリストファーは最後までティアナに気が付くことはなかった。いや、むしろ敢えてティアナの方を見なかったのだろう。不自然なほどに同じ方向を見ていた。

祈りが終わると大神官様と共に退場する。クリストファーに手を引かれ、笑顔で去るその姿を見たくなくて、ティアナはすぐにその場を後にした。


侍女を連れ馬車止めまで行こうとすると、クリストファーの側近が声をかけてきた。


「ティアナ様。クリストファー殿下がお会いになられるそうです」


常にクリストファーの側に付き従う彼のことは、以前から見知っている。

以前の彼はティアナに対して、第一王子の婚約者として敬意を持って接してくれていた。

なのに、今の声色は別のもの。まるで、王子と聖女の仲を邪魔する悪者であるかのような、恨みのこもったような声。

下を向いているので顔は見えないが、きっと苦々しく思っているに違いない。


クリストファーに次いで彼もまた態度が変わったことに、思わず吹き出しそうになる。

そんなティアナの態度に、不思議そうな顔で頭を上げた側近に


「殿下も聖女様との逢瀬でお忙しいのでしょう? 私などに裂く時間もないほどに。ならば、邪魔はいたしませんわ。馬に蹴られたくはありませんもの。そう、お伝えくださいまし」


貴族令嬢の気品あふれる笑みをこぼすと、ティアナはわざとらしく側近の脇を通り馬車に乗り込んだ。

馬車に乗り、閉まるドアの隙間から見えたその顔は、眉を上げ憎々し気に睨んでいた。

一瞬目が合った後、すぐに側近としての顔に戻るその表情すら可笑しくてティアナは声を上げて笑った。きっと馬車の外まで聞こえたことだろう。いっそ彼の耳にも聞こえればいい。そう願った。


「お嬢様、大丈夫でしょうか?」

「なにが?」

「その……王子殿下に、あのようなお言葉が耳に入れば、不敬に当たりませんか?」


心配そうに問いかける侍女に


「大丈夫よ。私は彼の婚約者なのですもの。婚約者の可愛い戯言くらい流してくださるわ。ね? そうでしょう?」


そう言って、扇で口元を隠しながらティアナは笑った。




次の日もまた、侍女を伴いティアナは大神殿に現れた。

昨日と同じ時間、同じ席、同じ笑み。

そして同じように側近が近づいてくるが、今度はそれを振り切っての帰宅。


更に次の日もまた、侍女を伴い大神殿に祈りを捧げに来る。

同じ時間、同じ席、同じ笑みで。

同じように現れる側近に隠れるように逃げ続ける様は、追いかけっこをしているようで、もはや楽しかった。


そして、その次の日にはクリストファーは朝の祈りに姿を見せることはなかった。

執務で忙しいのか?それともティアナを避けてのことなのか?

早起きにもいい加減疲れ始めていたティアナは、朝の祈りはこのくらいにしようかと考え始めていた頃だった。

大神殿のいつもの同じ席に座り祈りを捧げていると、クリストファーの側近がティアナの脇に膝をつき


「クリストファー殿下がお待ちでございます。ご案内いたします」


そう言うと壁際まで下がり、ティアナを待った。


(こちらの意見も聞かずに、横柄だこと。祈りが終わるまで勝手に待っていればいいわ)


ティアナは席を立つことはなかった。

その後、約一時間の祈りの間、側近はずっと立って待っていた。

いつまでも立ち上がらないティアナに、さぞや苛立ったことだろう。

だが、そんなことはティアナには関係ないこと。

祈りが終わると、何食わぬ顔で立ち上がり側近の脇を通り過ぎようとした。


「殿下がお待ちでございます」


頭を下げ、告げる彼の額からは汗が滲んでいた。


「私は祈りを捧げに来ておりますの。殿下とお会いするためではなくてよ」


そう言うと、待っていた馬車に乗り込み大神殿を後にした。



呆然と立ち尽くす側近が余りに惨めで、ティアナは声を上げて笑った。



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