第10話
茶会終了後、王宮の会議室で話し合いが行われた。
女王が国旗を背に座り、左にティアナとアシュトン。そして右側にクリストファーと聖女ローズが向かい合わせに座る。
「私がローズを愛してしまったのがいけないんです。しかし、この気持ちを抑えることなどできない。こんな気持ちでティアナと結婚など、ローズを悲しませてしまうだけだ。
それだけは、どうしても避けたいんです」
「私もクリストファー様を愛しています。いけないこととは知っていても、止めることができませんでした。どうか、私たちが愛しあうことをお許しください」
女王は扇子で口元を隠しながらため息をつき、アシュトンは腐りきった者を見るような目で二人を凝視し、ティアナは感情を捨てたように微動だにせず、ただ一点を見つめていた。
「お前たちがこれほどまでに愚か者だったとは思いませんでした。
クリストファー。お前が王の器ではないことくらいとうにわかっています。だからこそ、強く聡明な娘をと、ティアナを婚約者に迎えたのです。
お前の弱さも優しさも包み込んでなお余るほどの包容力を持つティアナとなら国を支えることができると、そう思ったのに。
お前は自分によく似た愚かな娘を愛してしまった。
この国の王になる立場になければそれも良いでしょう。誰も反対はしなかったと思います。だが、違う。お前はこの国を、民を守らねばならぬ身。それがきちんと理解できていれば、このような愚行は犯すはずがないのです。
自分のことながら、育て方を間違えた母の責任です。謝ります」
女王はクリストファーに深く頭を下げた。
「母上! おやめください。そのような真似をなさらないでください」
あわててクリストファーが女王を制すように声を張りあげた。
すると、奥の扉がガチャリと音を立て、ノックもせずに開く。
そこからは女王の夫でありクリストファーの父と、アシュトンの父であるグレイ公爵と夫人、そしてティアナの父であるスプリング侯爵が入室してきた。
「遅くなったね」
「いえ、丁度よかったわ」
夫の声に女王が優し気に答える。
ズラリと並んだ顔ぶれを見て、ティアナは理解した。そういうことかと。
今ここでわかっていないのは、たぶん目の前の二人だけ。クリストファーと聖女ローズ。
なんで? どうして? と、自分の運命を呪ってもどうにもならないことはわかっている。それでも、呪わずにはいられない。
「アシュトン……」
隣をそっと見上げたティアナにアシュトンは、「僕だけのティアナ」二人だけにしか聞こえないような声でささやき、彼女の頭頂部に唇を落とした。
「全員揃ったところで、これより大事な報告があります」
女王の言葉に皆が姿勢を正し、神妙な面持ちで聞き入る。
「我がベルツ王国の次期国王にアシュトン・グレイ公爵令息を継承者とし、その妻である王妃にティアナ・スプリング侯爵令嬢を迎えることとします」
しんと静まり返った室内。息づかいまでも聞こえてきそうな空間で、ティアナは瞳を閉じたまま俯くことしかできなかった。
「母上!! なぜですか? なぜ一人息子の私ではなく、アシュトンが? なぜ!?」
女王の言葉に異論を唱えたのはクリストファーただ一人だけ。
ガタンと大きな音を立てて立ち上がると、テーブルに両手を付き睨むように女王に声を上げた。
まさか、こんなことになろうとは思ってもいなかったのだろう。
「かわいい、私の愚息よ。お前だけが王位継承権を持っているとでも思ったか?
アシュトンは私の実の妹であるグレイ夫人の子だ。彼にも継承権は当然ある。
そして、王としての才知も強さも、お前よりも兼ね備えている。
もはや、お前にこの国を任せてはおけない。わかってくれるな?」
母は女王の顔でクリストファーに語り掛ける。
その心中は、いかばかりだろう。辛い思いをするのは本人だけでない。母もまた辛い選択をせざるを得なかったのだ。
「そ、そんな。なぜですか? なぜ私ではいけないのですか? 王子教育もちゃんとこなしてまいりました。民を思う気持ちもあります。それなのに、なぜ? なぜですか?」
「まだわからぬか? お前一人では心もとないからと迎えた婚約者をお前は足蹴にしたのだ。ティアナ嬢がいてこそのお前の王位継承なのだよ。
それなのに、聖女とは言えそれだけの、ただそれだけの娘を娶りたいとは。
その娘で王妃が勤まると思ったか? 所詮は平民の娘がこれから王妃教育を受け、さらには王妃としての務めも全うすることができると? 本当に可能だとでも思ったのか?」
「愛があれば、乗り越えられる、はずです。二人で支え合えば、でき、ます」
クリストファーは俯き隣に座るローズの顔を見ることができない。
彼自身、言われて気が付いたのだろう。難しいことを。
「愛……ね。それが可能かどうかは、お前にもよくわかっているだろうに?
どんなに願っても、もはや覆ることはない。お前の処遇は改めて決める。
聖女、ローズ」
「は、はい」
「そなたは未だ聖女のままだ。神殿にて神の命が降りるまでは、その務めを果たすように」
「は、い。わかりました」
ローズはそっと覗き込むように視線を隣のクリストファーに向けると、うつむきブツブツとつぶやく姿を見た。
まるで別人のような形相で何事がつぶやく姿が恐ろしく感じ、思わず「ひっ」と視線を反らしてしまった。
「こんな、こんなはずじゃないのに。全部あいつのせいだ。全部ティアナが、あいつが、あいつさえいなければ」
わずかに聞こえるその言葉が恐ろしくなり、ローズの顔色はどんどん悪くなる。
そんな様子を知ることもなく、クリストファーはブツブツと口にし続けるのだった。
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