第13話


 静まり返った室内に微かに響く声。


「ティアナ」


そう、ささやくように漏れるその唇を、ティアナは瞬きも忘れ見入っていた。



 彼もまた、ティアナを愛していたのだ。

 だが、自分では王位に就くには弱すぎると、早い段階で心得てしまった少年はいつしか身を引くことを覚えてしまった。

 従兄弟であるアシュトンに勝るものがなくとも、王子教育で培ったものは身についている。そのためのティアナだと女王が言うように、二人が並べば足りぬものも補えるのに。


 しかし、若く素直すぎる彼は国を思い、民を思うことで全てを諦めることを選んでしまった。愛する人の瞳に自分が映っているとは思わずに、自分よりも勝る男を見ていると、そう信じ切ってしまっていたのだ。




~・~・~




 聖女の祈りによりこの国は今日も守られている。

 快晴の空の下、王子の結婚式が行われた。


 大神殿で神官とともに祈りを捧げる聖女ローズ。

 そして、来客者の席には留学から一時帰国したアシュトンの姿があった。



 神の前で向かい合い愛を誓いあう、クリストファーとティアナ。



 すれ違った想いをあの日確かめ合ったふたりは、二度と違わぬように誓い合った。

 国を守り、民を導く強さをくじかぬように、何度も、何度も想いを確認したのだ。




「ティアナ。私の隣に立つことを選んでくれてありがとう」

「クリストファー様。私はいつだってあなたのそばにおりましたのに。もう、二度と離さないと約束してください」


「うん、二度と離さないと誓うよ。君が彼を好きだと勘違いしたのは、私自身に自信がなかったからだと思う。だがこれからは私も強くなり、全てを守ると誓う」

「私たちは二人で一つです。ともにいれば守れる物も多くなるはずですわ」


「そうだね。2年後にはアシュトンも留学から戻って来る。そしたら僕たちのそばで支えてくれると言っていた。彼の友情には感謝しかない。でも、譲れないものある。どうしても、誰にも譲れないものが一つだけ」

「譲れないもの……ですか?」


「ああ、譲れないもの。それはティアナ、君だよ。君だけは何があっても譲れない。もう二度と離すことはない」

「ふふふ。嬉しいです。本当に、心から嬉しい……」


 そっとティアナの肩を抱きよせるクリストファー。

 ふたりが並び立つ王宮のバルコニーからは、王都の街が一望できる。

 

 大神殿からゴーンと鳴る鐘の音。聖女が祈りを捧げる合図だ。


 あの日、聖女ローズは夢から覚めた。

 愛しいと思っていた人が、実は未だ婚約者を愛していたのだ。一度はその人を捨て、自分の手を取りともに生きて行こうと誓ってくれた。

 だが、所詮自分は平民であり、国を守り民を導くだけの知識も教養も、そして妃になるための矜持も持ち合わせてはいないと気付かされた。

 愛があればなんとかなると思えたのは、ただの夢まぼろしだったのだ。

 一人の人間として、クリストファーとローズとしてならそれも可能だったかもしれない。

 しかし、王になり王妃になるという事は、国民すべての命を、未来を自らの肩に背負うことに他ならない。

 それをあの日、あの場所で初めて現実として知った時に、恐ろしくなり身震いした。

 そして、隣で恐ろしい形相でティアナに食ってかかるクリストファーの別の一面を見た時に、本当に愛していたのかどうか自分で自分の気持ちがわからなくなってしまった。

 そんなことはないと思っていたが、どうやら自分自身も恋に恋する少女であったようだと気付かされたのだ。



 アシュトンも、聖女ローズもその位から辞退し、結果元のさやに戻った二人ではあるが、王女も含めあの場に言わせた者みな、安堵の表情を浮かべていた。

 あの日、あの部屋での話し合いは、あの部屋にいた者だけの秘密とし、墓場まで持っていくことになる。

 それでも本来あるべき姿に収まったことで、国はこれからも守られていくのだ。



 初恋を拗らせながらも実らせたふたりには、もう二度と違わぬ想いを胸に後世へとその想いを伝えていく。

 子に孫に、自分たちの犯した間違いを繰り返さぬよう、愛ある平和な国を守るよう……


 その瞳に映る全ての色を無くすまで、末永く祈り続けた。

 


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聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし) 蒼あかり @aoi-akari

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