008 装備


 一晩掛けて、傭兵団の準備が整った。

 主力である魔鎧は甲冑を張り付けて肉の部分を隠した魔鎧キメラと魔鎧ロングソード改の二体。

 魔鎧キメラの端末であるヒルデと、ロングソード改の操縦者ミニオンが一体。

 随伴歩兵として、施設で回収した遺物装備で身を固めた平均的な体格と顔の男女三十体の、合計六十体の戦闘型ミニオン。

 歩兵部隊の補助として【捕喰】に加え、探索能力を持つ十五体の猟犬型ミニオン。

 洗濯や掃除、料理などの雑用のための十名の男女のミニオン。

 それと医者――スカベンジャーズにいた医者の知識に、遺跡にあった医療知識を組み込まれたミニオン――が二名。

 医者の補助として看護師ミニオンが四名。

 遺物に加え、武器の作成、整備として鍛冶師と研究者の知識を持ったミニオンが四名。

 あとは都市での補給を担当する補給担当のミニオンが二体だ。スカベンジャーズにいた補給担当と法律家の知識を与えてある。

 基本的に武器や部品などは【再構成】の権能を再現した設備で作れるがその原材料となる素材や食料、水などは都市で補給した方が楽だろう。

 俺と魔鎧キメラ一体を維持するために密猟や密掘して資材を確保するならたぶんこっそりやれば誰も気づかないだろうが。八十名強の傭兵団を維持するために食料を採取したり、鉱物を採掘したりなんかすれば普通にその土地の兵士が出張ってくるだろうからな。

 魔鎧キメラと俺がいれば都市の一つも落とすのは楽勝だが、俺は盗賊団としての名声を稼ぎたいわけではない。平時はお上品にお行儀よくやる必要があった。

 もっともこの規模の傭兵団を維持するのに俺はミニオンを使うことでだいぶ楽をさせてもらっている。


 ――給料を払う必要がないのは最高に良い。


 俺の大目的である、貴族制の社会を粉砕するためにはいずれ人間の部下を扱う必要も出てくるだろうが、この立ち上げの時期に人件費が掛からないのは本当に最高だ。

 まぁそのせいで俺の一人相撲感は大きいのだが、最初はそれでいいだろう。

 貴族にムカついている人間は俺以外にも絶対にいるからな。貴族制の崩壊を手伝ってくれる人間を見つけたらどんどん勧誘してやろう。

(あとは、作成した装備の確認だな)

 魔鎧四体を格納して、整備もできる魔鎧運搬機キャリアーが一台。これには【捕喰】と【再構成】の権能を付与した設備に加えて、俺の私室がある。

 ジャッカルの寝室で得られた高級家具を捕食して再構成したことで寝心地の良いベッドなどが備え付けられた部屋だ。俺の暇つぶし用に施設で回収した書籍なども置いてある。もともとはコンピューターと呼ばれる魔導具の中に情報として入っていたものだが、再構成の魔導具で書籍として作り直している。タブレットとかいう魔導具でも見られるようだが、俺としては本で読んだ方が知的に見えるから、本棚を置いてもらっている。

 キャリアーの他は大型魔導トラックが十台。人に加えて、装備の予備や食料などの物資、換金用の魔物の素材を載せるためのものだ。再構成の設備を使うのもタダじゃないからな。

 設備を動かすのには素材に加えて液体エーテルが必要なので、食料などは作るより買った方が安い。

 あとは大型トラックに乗せている偵察用の魔導バイクが四台。小型のモンスターを追ったり、単独での偵察に使う。

 兵員輸送用の魔導トラックが三台。医療設備が備え付けられた医療トラックが一台、これには研究施設で回収した医療ポットが一台備え付けてある。ヒルデ曰く、医者より優秀とのことだ。まぁ医療ポットなど帝都でも公爵家以上の家にしかない貴重品なので誰彼構わずぶちこむわけにはいかない。なので医者を置いておいておいた方が良いのだ。

 あと医療ポットは俺の私室にも一台ある。ヒルデ曰く、俺に何かあったらこの傭兵団は行動目的を失うので、週一でポットによる検査をしてくれとのことだ。致命傷を負ったときに身体にぶちこまれた混成獣キメラ因子のおかげで俺の肉体は奴隷時代の不摂生状態の改善に加えて、寿命なども強化されているらしいが、念の為とのこと。混成獣因子……ヒルデを抱いたときに五年前より精液がドバドバでたのはそのせいか。

 残りは荒れ地などの走破性に優れた小型魔導軍用車が六台。重量物輸送や大型魔物解体のための強化外骨格エクゾスケルトンが三機。

 なおこれらの車両や装備は、スカベンジャーズの痕跡を消滅させるために捕喰してから再構成しなおしている。

「ヒルデが言う通りに作ったが……うーむ」

 戦力が多すぎないか? 小さな貴族家ぐらいならキメラがなくても粉砕可能な戦力だぞ。

 現在の液体エーテルだって無限じゃない。スカベンジャーズ時代よりも車両の数は減らしているのでまだ余っているが、補給の目処は立っていないのだ。

 だがヒルデとしては俺の要求にはこのラインは必須らしい。

「主にジャッカルと呼ばれた者の知識からすると、まともな傭兵団はこの程度は戦力がないと、戦場では肉壁として消費させられて終わりだそうです。特に美味しい任務は魔鎧よりも歩兵の数が重要で、それなりの数がいないと略奪のできる都市の占領任務は受けられないそうです。液体エーテルに余裕があればあと百名は歩兵の数を増やしたいところですね。現状の六十名では、ちょっと大きい村の占拠が限界ですから」

 言われれば、まぁそのとおりだ。最近は無縁だった養成学校の教育を思い出す。

 確かに、魔鎧は都市占領にはあまり向かないと教師からも教わっていた。

 魔鎧は都市の防衛隊や、反抗勢力が立てこもっている拠点を粉砕するのはできるが、重要人物を拘束しての監視や、都市の治安を維持するための巡回には不向きなのだ。

 無論やろうと思えばできなくはないが、魔鎧は縦横無尽に動かして敵を粉砕するのが本領だし、都市内で軽々に動かすと関係ない建物を粉砕することになる。瓦礫に埋もれても魔鎧の出力なら問題なく動けるが、それを隙とみて、凄腕の剣士とかに奇襲されると魔鎧であってもちょっと危うい。強力な魔法剣なら魔鎧の装甲を貫いて内部の人間を殺すこともできるからだ。

 加えてコストパフォーマンスも悪い。魔鎧を動かすのもタダではないのだ。魔鎧にしか解決のできない有事があって魔鎧を向かわせるならともかく、人間同士の争いが基本で、何かがあっても人間の兵士で制圧できる都市内の警備に魔鎧を投入する意味は薄い。

 そういう意味で、都市占領には兵士の数が必要だというヒルデの主張は妥当なものだった。

「もちろん兵数問題は現地で村や街の人間を素材にしてミニオンを増やすことで解決できますが、それをやると倫理や宗教的な理由からマスターは討伐対象になるでしょう。轟くのは名声ではなく悪名。なので戦場でできた捕虜や死体を鹵獲のために引き取って、処理するついでにひっそりとミニオンにするのが無難でしょうね」

 冷たい顔でそうつぶやくヒルデに俺は頷く。帝国の兵士なら俺もなんの遠慮もなく素材にできるし、捕虜を奴隷にして雇ったと言えば人間が増えたことの言い訳も立つ。

 なお、傭兵として活動したい都市に行ってからミニオンや車両を作る案を思いついたがすぐに自分で却下した。

 突然領内に強力な戦力を持つ集団が現れたら現地の人間が恐怖して傭兵団どころじゃない。


                ◇◆◇◆◇


「傭兵団の名前はキマイラとする。ヒルデ、ミニオンどもに伝えておいてくれ」

「了解しました。キマイラ、ですか」

 研究施設から出て、瓦礫が散らばる荒野を大型の運搬車とそれを囲む中型トラックやジープなどを運転席から見ながら俺は言う。

 俺の視線は手元の書籍に向いていた。古代の伝説や神話の本だ。

「ああ、この本によると、キメラの語源がそうらしい。俺の転機になったものだからな。幸運にあやかって、傭兵団の名前はキマイラとする」

 雑な命名だが、これでいいだろう。なお宣言などはしない。

 ミニオンたちの前で一席ぶって何か言っても士気が上がらないことはわかっているからだ。あいつらはヒルデが言うように根本は昆虫の精神だ。

 俺というより、ヒルデの大本である魔鎧キメラを女王として従う兵隊たちだった。

 そんな俺に対してヒルデはなるほど、と呟きながら何か作業をしている。タブレットとかいう機械を操作しているようだった。

「何をしてるんだ?」

「キャリアー内で起動して待機しているロングソード改の感覚器を使って取得した周辺情報をまとめています。この辺りに大型のモンスターがいれば売却用に狩ってもいいですからね」

 魔鉄蠍の素材はロングソードの作成と、魔鎧キメラの強化で使い切ったからな。魔鎧キメラ用に甲冑に加えて、魔鉄蠍の素材で長剣型の魔剣も作成している。特に高く売れる尻尾も魔物由来の魔法が使える【強毒弾】の撃てる魔杖に作り直してしまった。

「使用している装備の補修用にも遺跡の素材はあまり放出したくないですから、なるべく売れる魔物が生息していればいいのですが」

 ちょっと所帯じみた言葉に苦笑してしまう。昆虫のような精神と言う割には人間っぽさがある。

「ヒルデ、その人格には何かモデルのような人間がいるのか?」

「モデルというわけではないですが、魔鎧の人工知能は親しみを持ちやすいように女性型の人格で作られますね。もちろん女性だからといって無条件で親しみを持ってもらえるわけではありません。パイロットが人間嫌いや女性嫌いの場合は人格を破棄したケースもあったようです」

「ふぅん、まぁ理由はわからないでもないな」

 魔鎧に乗る魔鎧騎士は万能感に支配されやすい。ほっといても攻撃姿勢を取りやすいから、男性型の人工知能は補助に向いていないのだろう。

 人工知能にも性別があるということは性差による思考の別もあるだろうしな。

「……ああ、そうだ。ヒルデ、俺たちが名乗るとき、家名はキマイラにしておくぞ」

 俺もヨルハネントの姓を捨てたかった。俺を売った家族の名など名乗りたくなかった。

 そんな俺の言葉にヒルデは了解しました、と感情の籠もっていない言葉を返してくるのだった。



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