魔鎧騎士追放
止流うず
001 発見
魔鎧――遺跡から出土される、もしくは職人が魔物の素材や特殊な鉱物を用いて作り出す全長三メートルほどの人形だ。
人間が纏い、魔力を通すことで自在に動かすことができる。
断絶時代を経て、魔鎧作成技術が途絶えた時代があるため、総じて古代の品の方が優秀とされる。
強力な魔鎧には特殊な権能を持った機体も存在する。
魔鎧騎士――魔鎧を纏うことができる訓練された人間のことをそう呼ぶ。
もっとも魔鎧は誰でも纏えるわけではなく、魔鎧との魔鎧適合率が高くなければならない。
魔鎧適合率30%から魔鎧騎士になれるが、その30%でさえ自然発生する人類の中からだと千人の中から一人というもの。
なお、この魔鎧適合率は生涯変わることはない。
また適合率は高い確率で遺伝するため、かつて魔鎧騎士であることが貴族であると法で定められていたクラストラム帝国では、今でも多くの貴族が魔鎧を纏うことができる。
遺跡――断絶時代より以前の建造物を帝国民は総じてそう呼ぶ。
もちろん通常の、学術的に貴重なだけの、断絶時代より後の建造物も遺跡と呼べるが、多くの人々はそれらのことを遺跡というとそれは違う、という表情を浮かべる。
遺跡というのは断絶時代より以前の文明が配置した強力な守護者に守られたり、守護者を倒した強力な魔物が巣としている建造物のことだからである。
それだけではない。遺跡で見つかる品々は総じて価値のあるものや強力な魔鎧であることが多く、この遺跡を狙って魔境を探索する者などを、冒険者、探窟家などと呼ぶ。
ただし、その実態は違法な遺跡荒らしと大差なく――
――頭を、
半分眠っていたためにぼんやりとしていた意識が現実に戻ってくる。
同時に頭の上から中年男性の怒鳴り声が降ってきた。
「おい、奴隷。寝てんじゃねぇよ。見張りはどうした?」
「ああ、はい。すみません。ぼうっとしてました」
「ぼうっとだと、無駄飯ぐらいが。死ね。カス」
腹を殴られる。腹筋を固めて耐えることもできるが、それはしない。耐えれば悪化するからだ。抵抗されたら怒って武器を持ち出すかもしれない。それが恐ろしい。腹筋をわざと緩めた腹に中年男の拳が突き刺さり、地面に転がる。口から血液混じりのヘドが出る。ぼうっと自分が吐き出したヘドを眺めながら、俺は気づかれないようにわざとらしい嗚咽を漏らして苦しんだふりをする。
(ちッ、俺の見張り時間じゃねぇだろうが、クソ。てめぇの担当時間だろうが)
魔力纏い、魔力剣生成、魔力弾放出……――魔鎧が破壊された際を想定した、魔鎧騎士養成学校のサバイバル訓練で俺は特等の成績をとっていた。競っていた相手は平民じゃなくて帝国の要たる貴族たちだった。
平民出身の学生ながらも、俺はそいつらにだって勝っていた。優越していた。
クラストラム帝国。大陸の多くを領有する巨大国家。そんな巨大な帝国でも才能ある魔鎧操縦士は貴重な人財だ。
ゆえに魔鎧騎士は、優秀であればあるほど、敵地でも単身で脱出できる能力が必須と言われている。
――ああ、俺が自由の身であったなら、こんな奴ら一息に……。
頭の中に、かつて習ったことが思い出されて俺は地面に
冒険者ギルド帝国南方領域、通称【魔境】。その魔境を探索するに冒険者ギルド所属の探索隊【スカベンジャーズ】。
その雑用奴隷となって五年。五年だ。俺―ジーク・ヨルハネントの現状は、ドブ底に転がるゴミと同じだった。
かつて帝国首都にある魔鎧騎士養成学校で主席生徒としてやっていた栄光は既に遠く、俺が自由になるためには、二十年は残っている奴隷の年季明けを目指すか、自分を買い戻すための金を稼ぐことが必要だった。
その金だって、こいつらが上前を跳ねるから俺の元にくるのはガキの小遣いと同じぐらいの金額。
そのなけなしの金ですら、奴隷ということで取り上げられることもあった。
――帝国の奴隷法では、奴隷の持ち物を奪ってはならないとされているのに。
金を受け取れば冒険者どもに預かってやると小突き回され、ようやく稼いだ金すらも奪われる始末だ。
預けた証明もできないので取り返すこともできない。
冒険者でない人間に訴えても、俺がやったことがことだけに、誰も関わろうとしない。
(負けてやればよかった……!! 負けてやればこんなことには……!!)
思い出すのは数多くの魔鎧騎士たちが参加する、帝国全騎士が参加する帝都騎士絢爛祭。
俺はそれに参加した。学生ながら現役の騎士とも戦い、勝ちに勝った。中には剣聖とも称される帝国随一の騎士もいたがそいつにも勝った。心躍る戦いだった。一つ一つ勝ちを進めていく度に未来が開けていく気分だった。
――だが、俺は失敗した。
その最終試合、皇帝を前にして試合を披露する御前試合の前座戦で、帝国の皇太子に勝ってしまったのだ。
魔鎧騎士養成学校の主席として、卒業生である皇太子と一戦する。花を持たせなければならなかったのに。俺は勝ってしまった。
あの頃の俺は、鼻持ちならない、世間知らずのガキだった。
魔鎧操縦の天才とちやほやされ、公爵家から婚約者も与えられて、血統で遺伝しやすい魔鎧適合率も、脅威の十億人に一人ぐらいしかいない90%オーバーだった俺なら、その遺伝子の貴重性から勝っても問題ないだろと考えてしまった。
無論、学校で平民階級がと嫌がらせを受けていて、婚約者からも内心では見下されていたことを根に持っていたことが関係ないとは言わない。
だから、帝国のトップでもある皇太子に勝てばきっと誰もが一目置くと思ったのだ。
もっとも、皇太子が纏っていたのが最上級の皇室機とも呼ばれる遺跡産の機体で、俺に与えられたのが整備不良の練習機で、事前に魔力を乱す特殊な薬まで飲まされていたことも関係ないとは言えない。
でも俺だって、善戦できるぐらいで、本当に勝てるなんて思わなかったのだ。
でも勝ってしまった。何糞畜生と
勝利を告げる審判の、苦々しい声は忘れられない。
皇帝陛下は楽しげに褒美の言葉をくれたけど、皇室の権威を汚した俺に対して、内心ではブチギレていただろう。
――それで結局、いろいろあってハメられて奴隷にされた。
いつの間にか実家の両親が借金まみれになっていたとか。
後援してくれるはずの公爵家が俺と令嬢との婚約を破棄したとか。
俺がいつのまにか他の貴族令嬢に手を出していたことになっていたとか。
諸々あって、まぁ、全部やってもいないことを俺が引き受けるハメになった。
養成学校を退学になり、故郷の村に帰ってきたら親に、なんてことをしてくれた、借金はお前が返せと奴隷商人に売られたのだ。
その結果、魔境探索に参加する冒険者の元で奴隷をすることになっている。
(まぁ、こういうことできるのは楽しいけどな)
散々俺を蹴り飛ばして満足したのか「さっさと見張りしろやカスが」と中年男が去ってから、俺はゆっくりと、弱々しそうに見えるように立ち上がると治癒魔法で体の内側だけを一秒も掛けずに治療してから、仕事に取り掛かることにした。
蹴り飛ばされる俺たちの傍には、地面に膝をつく形で待機していた、巨人のような存在。魔鎧『ロングソード』がある。
花が花弁を開くように、腹側に人間が乗り込む部分がぱっかりと開いているそいつに、俺が背中を預けるようにして身体を押し込めば、俺を取り込むように、花が蕾に戻るように魔鎧の腹が閉じていく。
魔鎧の生体組織である肉色の内壁に取り込まれ、俺と魔鎧は一体となる。
(……本当の肉体に戻ったって感じだな)
魔鎧から接続された疑似神経によって脳や魔臓の同調が行われていく。同時に、手足の感覚も俺の肉体ではなく、魔鎧のものに置き換わっていく。
心が落ち着いていく。魔鎧。魔鎧か。俺をこんな境遇に叩き込んだもの。しかし、この奴隷生活の唯一の救い。
元魔鎧操縦士訓練校の学生という売りでこの魔鎧が与えられなかったら、どこかで俺は自殺していたかもしれなかった。それぐらいに、俺は魔鎧のことが好きだった。
(それが、たとえ安物の機体でも)
魔鎧『ロングソード』、こいつが奴隷の俺に貸し与えられた魔鎧だ。
鉄色の、飾り気のない甲冑型の魔鎧。帝国の皇室魔鎧工房で作成される最下級の魔鎧。
癖のない魔鎧、という評判通りに本当に癖のない魔鎧だ。
魔力の通りも素直で、魔鎧の心臓たる
ただし馬力は低い魔鎧の中でも最下級で、索敵などに使う感覚器も弱い。
加えて言えば付属の魔杖や魔剣も最弱なので、強力な魔物に対抗するには力不足な魔鎧でもある。
(まぁ、そこは操縦士のやりようでいくらでも変わるがな)
何しろ俺ぐらい優秀なら訓練機でも皇室機をぶちのめせるのだから。
そんな益体もないことを考えながらも魔鎧を纏った俺は、魔鎧の感覚器を用いて、周囲の様子を探った。
目、耳、鼻、肌や魔力感知だけが人間ができる感知方法だが、魔鎧は周囲を索敵するための専用の危機が搭載されている。
まぁロングソードはその探知装備も貧弱なのだが、ないよりマシをうまく使うのが優れた騎士というものだった。
普段ならささっと済ませて鎧の中で仮眠でも取るのだが、あのざまじゃあ本来の見張りである中年男がサボっていた可能性があるので念入りに探査してやることにする。
空にあるのは夜の闇。太陽は隠れて久しく、熱源として用意された焚き火と、冒険者どもが借りの宿にしているトラックの車列から見える車内灯だけがこの場の光源だった。
(とはいえ、あんな微弱な光じゃ遠方の探索はできねぇがな)
そもそも敵地での単独行動を任せられることもある魔鎧にとって、暗視機能は標準装備だ。
ゆえに俺の目には荒野とそこに並んでいる廃ビル群が見えている。まぁ目視で確認するわけではなく、微弱な魔力波を周囲に放って、その反響から脅威を捜索するわけだが。
(波が返ってきたな。遺跡内部。周囲に魔物の気配はなし。危険物なし。人間の気配もなし)
問題ないと魔鎧の腕を動かして、中年冒険者に向けてサインを送れば奴は馬鹿にしたような顔をしただけだった。
なんともやりがいのない仕事だ。俺は魔鎧の中で息を吐いた。
(だが、魔鎧の中は落ち着く)
自分の体温を同じ温度の、分厚い肉にも生体組織でできた魔鎧の内部に取り込まれていると、俺は主席の生徒だった過去の栄光を思い出すことができるからだ。
(それに、騎士になってたらこういう場所にはこれなかっただろうからな)
公爵令嬢の婚約者で、養成学校の主席だったらきっと近衛騎士団か、第一騎士団所属か。
危険に満ちた魔境探索なんて没落貴族が冒険者ぐらいしかやらない。俺が五年も這いずり回っているこの地が、どんな場所か知ることもなかっただろう。
(魔力波は……何もない、か)
もちろん思考をしながらも定期的に魔力の波は飛ばす。見張りをサボって強力な魔物を呼び込んで冒険者どもを殺すこともきっとできるんだろうが、俺は、自分の仕事には誠実でいたかった。だからそういうことを実行したことはなかった。
もちろん奴隷の首輪が持つ犯行防止機能による精神抑圧も理由には入っただろうがな。
(落ち着け。落ち着けよ俺)
物騒な考えを落ち着かせるように俺は息を吐いて、ロングソードの感覚器を通して集めた周囲の情報を脳に取り込んでいく。
(俺のご主人様たちである
今回の目的地は、この野営地の隣にある巨大な、古代の研究所だ。
つるつるとした謎の資材でできた遺跡内部は見ている。ただ、この研究所跡らしき場所には何も残っていない。
既に多くの冒険者が探索し終わった施設だからだ。
(スカベンジャーズのリーダーまでここにお宝があるから手に入れると言っていたが……)
多くの冒険者の手が入った遺跡でそんなことあり得るのだろうか?
仮に何か、リーダーしか知らないような財宝があったとしても、もっと抜け目のない強欲な冒険者どもがとっくに持ち去っている可能性の方が高いだろうに。
考え事をしているうちに、野営地から少し離れた位置に魔物の動態反応を感じた俺は、また魔鎧の手を動かして、魔物を討伐してくると中年男に告げた。
早く行ってこいというサインを受けて俺は音を立てないように慎重に魔鎧を動かしてこの場から移動する。
重量の塊である魔鎧に静音機動させるこの技術は『隠密機動』という高等テクニックだ。
魔鎧操縦士の養成学校では教えてくれない技術で、公爵家の後援を受けていたときに公爵家の騎士団で教わった技術である。
習得した最初は不格好なものだったが、俺はこれを奴隷になってからの五年の間に自分なりに鍛えてモノにしていた。
隠密機動だけではない。養成学校時代で習ったあらゆる技術や、奴隷時代に編み出した様々な技術を俺はこの奴隷の日々で鍛え上げて自分のモノにしている。
金は取り上げられるが、技術や知識は別だからだ。俺は俺を諦めていない。
(まぁ、寝ている冒険者どもを起こすと殴られるってのもあるがな)
夜間うるさくない『隠密機動』。これができたから、前任の魔鎧操縦者より、この探索隊唯一の魔鎧を奪えた。
もっとも前の操縦者は所詮、魔鎧適合率が50%ぐらいの奴隷出身の操縦者だ。
それも養成学校の出ではなく、この探索隊で技術を見様見真似で覚えたような奴隷。
貴重な魔鎧を預けるには、少し以上に慎重になってしまう相手だろう。
ちなみに、俺に魔鎧を奪われたそいつは今は探索隊で洗濯や掃除、魔物の死骸解体などの普通の奴隷がやるような雑用をしている。
嫉妬の目でいつも見られていることには気づいているが、反応してやってはいない。立場を奪った俺が何を言っても喧嘩になるからだ。
(それでも本来なら、もう一騎、ロングソードがあればいいんだがな)
魔鎧が高いとはいえ、養成学校で学んだ身からすると魔鎧単体での運用など正気の沙汰ではない。
こいつを整備している間の探索隊の護衛や、物資の運搬などももう一騎魔鎧があれば不安がないからだ。
(っていうかケチりすぎなんだよ)
人、武器、資源! ねだっても手に入らないものは多い。
とはいえ、鍛冶系の人材を増やしてほしいものである。魔鎧の整備を自主的にやっている俺だってちゃんと専門の学校で学んだ魔鎧鍛冶師ってわけでもない。簡単な修理をする程度ならともかく本格的にぶっ壊れたらお手上げだ。
今だって、なんとか拝み倒して移動鍛冶場を購入させて、俺がロングソードの補修部品を自分で作成している始末であるし。
(ただ、これは仕方ない。魔鎧を作ったり修理できる魔鎧鍛冶師自体が、帝室預かりの身だからな)
操縦士以上に囲われるのが魔鎧鍛冶師だ。操縦士は俺みたいに奴隷になって売られることはあっても、鍛冶師はそんなことはない。罪を犯しても秘密保持のために殺されるか、そのまま終生の奴隷として囲われるかのどっちかだからだ。
(じゃあ、やっぱ操縦士でよかったか。俺は。いや、奴隷ってだけでよくないが)
そんなことを考えている間に、俺が纏っている魔鎧は探索隊のキャンプから離れた位置に移動していた。
(あれか……?)
遠目にキャンプ目指してうろうろと周辺にある遺跡の中を歩いてくる巨大な魔物が目に入る。
俺は見つからないように傍にあった巨大な瓦礫の陰に隠れ、先を感覚器を使って偵察する。
遺跡特有のつるつるとした巨大な通路に、人間の集団が放つ魔力に誘われてやってきた魔物がいる。上機嫌にふらふらと身体を揺らしながら歩いてきている。
(魔鉄蠍か)
それは全長10メートルほどの巨大な鋼鉄の蠍だ。
帝国が定めた魔物分類ではBランク等級に該当する強力な魔物。
生身で戦えば結構強い部類だが……魔鎧からするとそうでも――いや、前任者なら苦労するか。魔鎧ロングソードの装備は最下級だ。魔鉄蠍相手なら、攻撃が通じずに負けるかもしれない。
(しかし、魔鉄蠍は面倒だな。激しい音が出れば冒険者どもが騒ぐんだが)
ここは野営地からはそこそこ離れているが、Bランクの魔物との戦いでは戦闘音を隠すことはできないだろう。
起こされた冒険者どもに理不尽に怒鳴られる未来を想像して、憂鬱になる。
【スカベンジャーズ】は倫理観最低の冒険者集団だから、襲ってくる魔物を倒しても俺は褒められたことはないし、むしろ怒られることまであった。
逆らえない奴隷の身であることを意識する瞬間だ。
(いや、そうでもないか。養成学校のときも貴族の横暴はあったしな)
いつだって俺はそういう身だった。村人だったときに親。学校では貴族。奴隷になったら冒険者。上から押さえつけられる。自由になれたことはない。
(ふぅ……まぁいい。落ちるとこまで落ちた身だからな。せいぜい努力して、殴られないように振る舞わねぇとな)
戦闘を避けるために魔鉄蠍をこの場から離すことも得策ではない、か。
あんまり離れすぎて、他の魔物が探索隊を襲っても面倒だし、引き離したところで帰り道で遭遇すれば結局戦いになるからだ。
(ここで仕留めるが吉、か)
今は単体でいるこの魔鉄蠍が、他の魔物と合流した場合、戦闘は更に困難になるだろう。
加えて、探索隊から離れすぎた場所で殺すと戦利品である魔物の素材回収が面倒になる。
俺は周辺を確認する。
魔鉄蠍がいる遺跡の通路は、魔鎧が戦える程度には幅広い。
もちろん古代の人間が巨人だったとかそういう話ではなく、脇に人間用の小さい通路が設置されており、その奥には遺跡の人間が使っていた研究室や警備室があったりする。
この通路は、おそらくこの遺跡で作ったり、使われていた魔鎧を運び出す通路だったんだろう。
もっとも魔鎧用にしては少し以上に幅広いので、他にも用途はあったんだろうが。
(それに、古代には俺たちが運用している3メートル級以上の、大型魔鎧が多用されてたなどの話も聞いたことがあるしな)
この通路はたぶん、そういった魔鎧用なんだろう。ロングソードの巨体でも持て余すような、見上げるほどの巨大な扉もこの研究所にはあって、その奥に通常の魔鎧を整列させていた痕跡なんかも残ってるしな(もちろんとっくに魔鎧は誰かが運び出したあとだが)。
冒険者どもの間では、この遺跡地帯では世界最強種であるドラゴンでも殺すための研究でもやっていたのかともっぱらの噂だった。
「まぁ、やってみるか」
魔鎧を操作し、ロングソードに付属する、魔鉄でできた長剣を背中の
そうして俺は瓦礫から飛び出すと静音機動のままに魔鉄蠍の背後を取った。
(よし、気づかれてないな)
俺は魔鎧操作の天才と自負しているが、自分でも惚れ惚れするほど、うまくやれた瞬間は内心で喝采を上げたくなる。今の人生にこれしか楽しみがないからではない。俺が最強に天才であることが自覚できることが嬉しいからだ。
敵は俺に気づいていなかった。
不意打ちを仕掛ける絶好の機械。背後を取っているため、魔鉄蠍の強力な武器である鋼鉄毒尻尾を切り落とせれば、戦闘は格段に楽になるだろう。魔鎧は生体組織を使っているから、毒を受ければそれだけ反応が鈍くなるのだ。もちろん刺さりどころが悪ければ毒尻尾で操縦席を貫かれて死ぬことになるから、というのもあるが。
無論、俺が持っているのはロングソードごとき最下級魔鎧の付属剣だ。普通にやったら魔鉄蠍の固い甲殻に弾かれ、ダメージを与えることすらできないだろう。
(もちろん、俺なら斬れる。
俺は魔鎧内部で
そしてその満たされた魔力を魔鎧外部を含めた魔鎧全体に流し――鉄剣を魔力で覆った。
これは【魔力纏い】と呼ばれる魔鎧騎士――というより一流の剣士の技術だ。
己が持つ武具に魔力をまとわせて、武具の威力や耐久力を向上させる技術。
(気づいたかッ!)
俺が魔力を剣にまとわせたことで魔鎧の魔力に反応した魔鉄蠍が俺に向かって振り向こうとする。だがさせるつもりはない。蠍の動きに合わせて背後を取りながら剣を魔力で加速させながら高速で振るう。
――、一閃。
ぐしゃん、と魔鉄蠍の尻尾が付け根から切り落とされる。
魔鉄蠍が衝撃で飛び跳ねるようにして転がりながら回転。尻尾を失ったことで俺に対して正面を取ろうとするもバランスが取れずにバタバタを暴れまわる。
そこを逃す俺ではない。素早く近づきつつも
(正面は危険だ)
正面には魔鉄蠍の巨大な鋏が二つある。挟まれたらロングソードの柔い装甲など盾にはならない。魔鉄蠍の側面を維持しながら、俺は何度も脚の関節部を狙って剣閃を叩き込んでいく。
(装甲の薄い関節以外にまともに当てたら剣が欠けるからな)
俺がこの立場になってより大事に使っている長剣だが安物だ。
魔力で覆っているとはいえ、冒険者の探索用。貴族の師弟も通う帝国の養成学校の訓練剣よりも質の悪い剣でもある。
(まぁ、この安物でさえ、魔鎧用の特別性だからな。一本で帝都の高級馬車ぐらい買えるだろうが)
家が買えるとは言わない。帝都は一等地だからな。でも馬車ぐらいは買える値段である。
「っと、斬れたか」
俺が叩きつけたことで脚の一本が半ばから千切れ飛んでいく。俺は位置を変えると、五本に減った脚を更に減らすべく、剣で斬りつけていく。
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