002 暴力
結局、あのあとは危ない部分などなく魔鉄蠍を倒した俺は、野営地に戻って魔鉄蠍を倒したことを報告していた。
「この、ゴミクズがぁッ!!」
頬に衝撃を受けて俺は一歩後ずさった。ここで転ぶと鉄片入りのブーツで骨が折れるまで蹴り回される危険があったからだ。
歯が折れないように魔力でガードしつつ、口内は切れたので血をわざと口から流し、うつむくことで打撃がよく効いたことを示してやる。
そうして打撃が効いたことを示してやれば、冒険者集団【スカベンジャーズ】のリーダーであるジャッカルは満足げな表情で俺に言う。
「てめぇが夜間戦闘なんぞするからうるさくて寝覚めが悪いじゃねぇかよ! カスがッ!!」
拳が飛んできて、俺は耐える。耐える。耐える。奴隷の首輪があるから反抗はできないものの、心の内側に冒険者に対する殺意が満ちていく。
そんなことしていれば、魔鉄蠍の解体をやっていた冒険者どもが戻ってくる。
「お頭、解体終わりやしたぜ。状態もよし、安く売りつけても一千万ゴールドにはなるでしょう。がははははは」
魔導トラックに積まれた魔鉄蠍は俺が倒したモンスターだ。脚を全部切り落として何もできなくしたあとに急所に剣を突き込んで殺した個体である。
「おう、よくやった。寝ていいぞ。それともてめぇらを起こして働かせたこいつを殴っていくか?」
いいっすねぇ! と冒険者どもが活気づき、俺を全員で殴っていく。最終的には引き倒されて、背を丸めて耐えるハメになった。
◇◆◇◆◇
(クソ、畜生)
痛みは魔力で耐えられる。怪我だって自己回復に魔力を回せば治癒できる。だけれど殴られた屈辱は残る。心に汚泥のように殺意と憎悪が染み込んでいく。自分がゴミクズになった気分になって、惨めになる。
他の奴隷たちが何かを言いたげに俺を見るのを尻目に、俺は配給の保存食と水を手に取ると、一息に腹に入れてから魔鎧であるロングソードの中に入った。ここが一番安全だからだ。下手に外で暇してるように見せかけると、難癖つけられて殴られかねない。
(……ただ、別に、やつらだって馬鹿じゃねぇからな……)
スカベンジャーズはマジで夜中に起こされたことにキレているわけじゃない。要は俺に調子に乗るなと言いたいだけなんだろう。
スカベンジャーズはもともと盗掘専門の冒険者集団で、戦闘力に関してはそこまで高くない。
俺が操る魔鎧ロングソード一騎でAランク探索隊にまで昇ってきた冒険者集団である。前任者ではそこまで行けなかった。
奴らの集団としての戦闘評価は、まぁCランクの魔物を殺せるかどうかだろう。魔鉄蠍に強襲されれば全滅するような連中だ。本来なら俺に感謝するべき連中。
だが、俺に調子に乗らせたくないからあれこれ難癖つけてボコるのである。理屈はわかる。奴隷が調子にのって変な要求してきたら困るからな。生活環境をどうにかしろ、ぐらいならともかく金をもっと寄越せとか言って奴隷解放金を貯められて、奴隷をやめた俺に逃げ出されたら奴らとしても商売が成り立たなくなる。
だからといって、あれほど殴りつけるのは本当に
(ただ、冒険者はコンプレックスの塊だからな)
養成学校出で貴族の元婚約者だったから、嫉妬で殴ってくるような奴がいて、そういうのが問題だ。
ジャッカルのクソはなんだかんだと骨折はしても命まではとらない手加減ができるが、嫉妬で殴るような奴はたまに手加減ができずに、俺が寝込むような致命傷を与えてくるような場合もあった。
流石にイケメン凄腕魔鎧騎士である俺が死ねばジャッカルの人生計画は
(ここにいたらいつ殺されるかわかったもんじゃないな)
どうにかして逃げ出せないもんか。
俺は魔鎧の内部で自分の首に魔力を集中し、魔力で首を撫で回す。
俺を縛る、奴隷の首輪がここにある。これさえなければロングソードを使って冒険者どもを皆殺しにして、逃げ出せるのに。
(これさえ、なければ……)
奴隷の首輪は、魔道具の一種で隷属を強制するものだ。首輪に触れたり、外そうとしたり、主人に反抗したり逃げたりすると耐えられないほどの激痛を与えてくる。
解除は帝国が認めた奴隷商人だけができるのだ。
◇◆◇◆◇
魔鎧を纏いながら、ツルツルとした材質の通路を冒険者たちと一緒に歩いていく。
落とし穴のトラップなどに引っかかれば魔鎧といえど落下するから、冒険者たちも先頭に立てとは言わない。前任者の前任者をそういうように運用していたら落とし穴の罠に落ちて魔鎧が故障して回収に苦労したらしい。なおその前任者の前任者は修理代を聞いてキレたジャッカルに殺されている。魔鎧適合率の高い奴隷はそれなりに高価だが、魔鎧の修理費より高いわけではないからだ。
そして、それ以降、高価な魔鎧が罠で破壊されるようなことがないように罠の発見や解除ができる冒険者を先行させるようになっていた。
(まぁ、ちゃんと養成校に通ってた俺からすれば罠なんて怖くないんだがな)
習ってないとわからないようだが、魔鎧の感覚器をきちんと使えば、この程度の遺跡レベルなら、施設防衛用の設置罠がどこにあるかぐらいはわかる。
それにそういった施設に付随する違和感を見抜けるように、魔鎧の記憶領域には暇なときにプログラミングしておいた【マップ作成】スキルや【罠発見】スキルが置いてある。
これらを使っているので俺には施設のどこに宝や罠があるかなどはっきりとわかっていた。
無論、冒険者どもに教えてやってはいない。俺が罠も宝も発見できるなんてわかれば、冒険者どもに嫉妬で殺されるかもしれないからだ。仕事を奪ったとキレられて殺されたらたまったもんじゃない。
(それに、罠で冒険者どもが全員死んでくれれば、俺だって自由になれるかもしれないしな)
奴隷の首輪があるから帝国奴隷協会に見つかったら終わりだが、犯罪奴隷ではないので主人が死ねば奴隷が死ぬような設定にはなっていない。
冒険者どもが全滅して、主人が誰もいない状態になったら俺だって自由になれる、かもしれないのだ。
無論、奴隷の首輪があるから街には行けずに山野で暮らすしかないが、それだって今の生活と比べれば幸福度は雲泥の差だろう。
◇◆◇◆◇
「お頭、この先です」
お頭と呼ばれた大男、ジャッカルは先程まで肩を抱いていた女奴隷を叩き落とすようにして魔導トラックから外に出た。
「ここか」
「罠は解除済み。周辺の
部下の言葉ににやりと嗤う。よくやったというように部下の肩を強く叩いてから、その扉の前に立つ。
ジャッカルが立ったのはもちろん人間用の通用口だ。傍らには大型魔鎧用の十メートルにも達する巨大の大扉があるものの、そちらには意識も向けていない。
「このカードキーが反応すりゃいいんだがな」
「しなけりゃ大損っすよ」
ジャッカルは懐から、とある冒険者集団が全滅した際の遺品分けで手に入れたカードキーを取り出す。
これはこの研究所の最高ランクのセキュリティカードだ。
この研究施設にほとんどものが残ってないのは、その冒険者集団が全て回収して売りさばいたからである。
とはいえ、その冒険者集団と一緒に酒を飲んだときにジャッカルは聞き出したことがある。施設の奥深くに、その冒険者集団だけでは攻略できない番人がいて、彼らは撤退する他なかったと。魔鎧と魔鎧騎士を手に入れたら彼らは再挑戦するんだと酒に酔いながら言っていた。
(結局、魔鎧騎士を手に入れる前に失敗して別の遺跡で死にやがったけどな)
冒険者が魔鎧を手に入れることは稀にある。魔鎧適合率の高い人間も稀にいる。しかしその両方が揃うことは稀である。
稀であるが、ないわけではない。そういうものだった。
金を積めばここまではできる。稀にいる羽振りの良い冒険者はそういった経緯があって存在している。
――しかし、魔鎧と魔鎧騎士が揃った冒険者はほとんどいない。
魔鎧騎士と魔鎧適合率の高い人間はイコールではない。魔鎧騎士とは魔鎧の操縦方法をきちんと学んだ人間のことだからだ。
魔鎧騎士は滅多に流出しない。帝国軍や、帝国貴族が囲い込んでいるためにその操縦ノウハウが外に出ることはほとんどない。戦争で捕らえられても、魔鎧騎士は高い身代金で買い戻されるし、払えなかった場合は帝国軍が購入して、軍で使われる。
稀にノウハウを教えてくれる道場を開く人間もいるが、それは養成学校を落第したような人間や、養成校出だと嘯く詐欺師が金を稼ぐために開く道場だ。
それではまともに魔鎧を扱えるようにはならない。
魔鎧騎士でなければ、魔鎧はその本当の力を発揮することはできない。
ジャッカルはちらりと大型扉の傍で待機する魔鎧ロングソードを見る。後ろ暗い奴隷商人から購入した、養成校の主席だったという魔鎧騎士があの中にはいる。
ジーク・ヨルハネント。くすんだ金髪に、淀んだ目が特徴的な青年だ。奴のおかげでジャッカルが率いる冒険者集団の年収は百倍以上に膨れ上がった。地方の都市ぐらいなら単体で陥落させることもできるBランクモンスターである魔鉄蠍ですら無傷で殺す凄腕をほぼ捨て値で購入できたことはジャッカルにとっては奇跡に近い出来事だった。
――あいつを使ってこの先のお宝も手に入れてやるよ。
全滅した冒険者集団は、この施設を探索したことで魔鎧十騎と魔鎧適合者二十名を要する
そしてジークを使えば、その魔鎧適合者に訓練を施すこともできるはずだ。
魔鎧が活躍する貴族同士の戦争に加わるような、貴族出身者が作った、魔鎧騎士を擁する一部の傭兵団ではそういった手法で団内の戦力を高めている集団もあるという。
もちろんジャッカルは戦争なんかに参加するつもりはない。遺跡漁りの方が性に合っているからだ。
そんな浅はかな、身に余る夢と未来をいだきながら、ジャッカルはカードキーをスリットに通した。
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